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33話「説得」

「私達は異世界王国ですっ!」


 通る声で言い切るアルタ。

 その言葉を咀嚼するように少しの間目を閉じていた帝国兵が口を開く。


「あ? 異世界王国? おい、お前知ってるか?」

「いえ自分は知りません」

「同じく知りません」

「同じく」


 帝国の兵士は顔を横に向け部下へと聞くが返ってきた答えは自身の出したものと同じだった。

 白けた目を向けられたアルタはぷるぷると震え顔が赤くなっている。


「知ってると思ったのに……何か恥ずかしい……」

「まぁ気にするなよ。人生こういうこともあるさ」


 帝国では重要度の高い情報ならば定期的に更新されその都度通達がされる。

 異世界王国の情報も一度は全兵士へと渡ったが、結局それきりで既に覚えている兵士は皆無となっていた。


「貴様等が何者か知らんがここは我々が使用する。退去せよ!」

「何者って……さっき言ったのに……」

「まぁ気にするなよ。人生こういうこともあるさ」

「おい! 聞いているのか貴様等!」


 落ち込むアルタを適当に慰める望。

 水晶洞窟で共に戦った兵士達がいれば、と思ったがそうそう上手い展開になるわけもなく場は緊張した空気へと変わ


っていく。


「ふぅ。私の事も知りませんかね?」


 呆れたようなため息と共にアルタと並ぶように前に出たのはアリーシャである。

 少しダボついた白衣のポケットに手を突っ込み前方の兵士達を見据える。


 反応したのは兵士ではなくその後ろに居た研究者の一人だった。


「あ、あ、アリーシャ上級研究員!?」

「おや、これはお久しぶりです」


 そうは言ったもののアリーシャは自らの名を呼んだ男に見覚えは無かった。

 交友関係を築かなかった自分が悪いのだが、分からないものは分からない。

 僅かな時間記憶を探ったが、思い出す事を諦め言葉を続ける。


「あなた方がここで行うのは歪みを発生させるいつもの実験ですよね? あぁ、もう知っていますので誤魔化すなんて


つまらない事はやめて下さいね。それと……一つだけ忠告します。危険だ、止めておきなさい」


 いつもよりも低い声でそう言ったアリーシャの言葉には有無を言わさぬ説得力があり、戦場に身を置く兵士すらも気


圧される。


 しかしたった一人。

 これまで黙っていたもう一人の研究員らしき男が人をバカにするような笑い声を出した。

 地肌は病的に白く、さほど手入れのされていない長髪から除く瞳は人を喰らう大蛇のように鋭い。


「何が可笑しいんですかね?」

「くっくっく。アリーシャ『元』上級研究員よ、そもそもお前の発言に耳を傾ける者が居ると思うのか? 裏切り者の


お前の言葉に」

「…………」


 見張りの兵士に嘘を付いて姿を消したアリーシャは上層部より裏切り者として通達されている。

 そして見張りの兵からも実際にあった出来事としてすっかりその評判が定着し、十三名いる兵士達は全員が警戒態勢


を取る。


 自らを守る兵士の動きに満足したかのように笑みを深めた研究員らしき人物は機嫌が良さそうな声となる。


「あぁそうだ。お前の残した()()は役に立っているぞ」

「……ディクリース」

「お前の開発したコレのお陰で帝国の大願は遠くないうちに成就するだろう。研究所最高責任者の私の手によって、な


「最高、責任者……!?」

「私自身動くのは最近になってからだ、知らないのも無理はないだろう。だがルルイドという名は書類で見たことがあ


るだろう?」


 アリーシャは目を見開き驚愕を表す。

 自身が帝国に所属していた時はその地位に居た人物は同じ研究所所属の者達にも知らされておらず、極秘とされてい


た。

 そしてその人物がこれまで何をどう決断したか、その一部をアリーシャは知っている。


「あなたが……お父さんを……」

「ん? あー名前は何だったか、そう、ヘルトだったかな。あの()()は悲しい出来事だったな」

「事……故……だって?」


 とても悲しそうには見えず、薄ら笑いを浮かべるルルイド。

 資料保管室の鍵を開発したのは他ならぬルルイドであり、そのシステムの詳細を知っているルルイド本人のみ。

 いつ解錠されたか内部に記録が残る仕組みとなっていてアリーシャが居なくなって数日後には既に誰が入室したのか


ルルイドには予想がついていた。


 ルルイドの声を理解したアリーシャは瞬間的に水色の瞳に憎しみが溢れ、本人ですら気付かない内に体が動く。


「待って! 落ち着いて!」


 望は相手に取って掛かろうとするアリーシャの体を掴み抑える。

 力のないアリーシャだが、そのアリーシャに望はほんの僅か引きずられた。

 怒りからか脳のリミットが外れたかのように力強い。


 既に兵士達は武器を抜いており近づくのは得策ではない。

 そしてこうなってしまえば戦闘になるのは秒読みである。


「それにしてもお前達は邪魔だな。不思議な魔道具を持つという老人を匿ったのもお前達異世界王国なのだろう?」

「あれは貴方達が無理やり連れていこうとしたから助けたのですよ」


 今まで黙っていたラウラがルルイドへ返答する。

 声に侮蔑が混じるのは全てを知っているからか、この手の人間が嫌いなのか。


「力にものを言わせるというのはどうにも賛同出来ませんので。それにこの世界でも誘拐は犯罪でしょう? そんな事


をしなければ成し遂げられない事など貴方には荷が重過ぎるのでは?」


 普段のラウラであれば言葉を選び相手に不快感を与えないようにするところだったがやけに攻撃的である。

 その辛辣な批評に薄ら笑いを浮かべていたルルイドは笑みを消し下を向いた。


 ギリッと歯を食いしばる音が鳴る。


「……かに……のか……」

「……?」

「貴様等などにッ! 分かるものかぁぁぁぁぁあああ!」


 突如としてがなり立てるルルイド。

 最高責任者とはいえたった一人の研究者であるが、その気迫に全員が圧倒された。

 誰が見ても戦闘能力は皆無だというのに、冷静で肝も据わっているラウラでさえも猛獣を前にしたような心境となり


半歩足を引いていた。


 声が割れる程に叫び、息を荒くしながらもルルイドは喋り続ける。


「呑気にこの世界で暮らすお前達にッ! 帰りたいと思う者の気持ちが分かるか!?」

「あなたは……異世界人、なのですか?」

「あぁそうだとも! 七年だ……。もう七年もこの世界にいるッ! 私は帰らなければならないのだ!」


 鬼気迫るものを感じ周囲は声を発せなかった。

 ただ一人を除いて。


「なら最初から助けを求めてくれれば私達も協力出来たかもしれないのに、どうしてあんなやり方を?」


 アルタであれば最初に助けを求められたら最大限手を貸しただろう。

 この世界に来てから続けている行動となっており、異世界王国のメンバーならば誰もが知っている。

 今も尚、険悪な雰囲気であるにも関わらずどうにか分かり合えないだろうかと模索し続ける。

 自身の境遇で自身が出来る最大限に楽しい暮らしを、というのがアルタの覚悟である。

 勿論、他者に迷惑を掛けたりましてや犠牲にしたりなどはしない。


 だがルルイドは違う。

 例え何を犠牲にしたとしても元の世界に帰る。

 執念とも呼べる程の覚悟である。


 ルルイドは肩を上下させ何度か呼吸を繰り返すとある程度の冷静さを取り戻す。

 髪から覗く鋭い眼光は先程までの燃えるような威圧感はなく、冷たくアルタを見据える。


「……助ける、だと? なんだ、お前は私以上の知識があるとでも言うのか?」

「え、それは……」

「ならば失敗する確率が高いだろうな。頑張ったけれどダメでした、で終わらせるのか?」

「それでもこの場所で平和な暮らしが出来るように――」

「私が自分の世界に戻る事を前提としている限りそれは逃げの選択だ。どうせお前は全員に『この世界で楽しく暮らそ


う』等と言っているのだろう。元の世界に帰りたいやつがいても自身の理想を押し付けそれが幸せだと思い込ませてい


く。ハッ、見事な洗脳だな」

「そっ、そんなつもりは」

「結果としてそうなっているのではないか? この世界に突如として迷い込み訳も分からぬ内に手篭めにした人物もい


るだろう? その人物に帰れない旨を伝え、それではこの世界で生きていくにはどうしたらいいか、そう思考をコント


ロールしたことはないか?」


 アルタはハッとなって望を見る。

 出会ったのはラウラ、ブルーガイと共に買い物をした帰りのナチャーロ平野。

 気持ちの良い風が吹く中、望が目の前に世界転移してきた。

 驚き数秒はかたまったが、すぐに話しかけ城に招いた。


 自分は帰れないと知っているからこそこれからの生活を考え共に来る事を提案した。

 望はその時何を思っていたのか。

 出会ってすぐに帰る事が出来ないと伝えたのは望の思考を切り替えさせたのではないか。

 最初から協力的で優しかった望は本当にこれまでの生活に後悔していないのか。


 思考が渦巻き胸の中でうごめく。

 ずしりと重く感じたそれに望を直視出来なくなりアルタは俯いた。


 ルルイドは顔色を悪くするアルタに追い討ちをかけるように口を動かし続ける。

 ギラついた目はそのままに愉悦を孕んだ口元だけが醜く歪む。


「図星か? 世界転移は文字通り数多の世界からの転移、その中には自分の世界を遥かに超える技術を持つ世界もある


だろう。突然巻き込まれた者は通常帰る手段を知りたがるはずだ。知識が大きく違うという前提を正しく理解していれ


ばまず相手の立場に立った対応が出来るはずなんだがなぁ」


 何も言い返せず拳を硬く握り締めるだけのアルタの肩に、そっと手が置かれる。

 僅かな温かみを感じ、アルタは反射的に置かれた手の方へと顔を向けた。


「アルタ」


 いつも通りの声で、いつも通りの笑顔で自分の名を呼ぶ同い年の男の子。


「大丈夫」


 その声はゆっくりと胸に浸透していき黒く淀んでいた部分が消えてゆく。


「俺は後悔なんてしてないから」


 当たり前のように紡ぎ出される言葉は不思議と嘘はないと理解出来た。


「城でご飯食べる時、談話室であれこれくだらない話をしてる時、皆笑ってるだろ? それが答えだよ」

「……ぁ」


 ポンポンとアルタの頭を撫でるように叩き望はルルイドへと視線を移す。

 望にしては珍しくその目に敵意が宿り、仲間であるアルタを傷つけられた怒りがぶつけられる。


「ルルイドさん、だっけ。悪いけどうちの王様をイジメないでくれるかな?」


 望は薄く笑みを浮かべお口調も気さくなものであるが声のトーンはいつもより低く、異世界王国のメンバーならば誰


もが怒りに気付くほどである。


「当然の事を言ったまでだ。本人も心当たりがあるからこそ反論が出来ずにいる」

「……なるほど。自分の考えが正しくないと気が済まないタイプか」

「なんだ?」


 望がポツリと呟くように出した声はすぐに消え相手まで届かなかった。

 訝しげな表情を浮かべるルルイド。


「いや、おかしなことを言うなと思ってね」

「おかしなことだと?」

「互いの知識に差があるって言っただろ? それは相手に対し自分の常識が当てはまらない可能性が高いって事にも言


い換えることが出来る。文化や価値観だって大きく違うだろうしね」

「ふん、だからそれがどうした?」

「それなら普通洗脳なんてしないんじゃないかな? というか出来ない。だってさっきの前提条件を当てはめると自分


の誘導が通用しないって可能性が高いってことなんだから。手篭めだのなんだのって話になるのは可笑しくないか?」

「くっ……。しかし現にお前達はその女についているではないか!」

「それは手篭めにされたんじゃなくてお互い協力し合える仲になったってだけだよ。それが結果さ」


 会話をしつつさり気無く視線を動かすと少し離れた岩陰にブルーガイ達が見えた。 

 言葉でアルタの援護をしつつ奇襲組が位置についたことを確認すると少し強引に会話を断ち切る。


「ま、何を言ってもあんたには分からないだろうね。だって七年も居て結果一つ満足に残せてないんだからさ。そんな


人間の発言って実際説得力が感じられないよ」

「貴様……」


 自身を否定されたルルイドの怒りは再び再燃する。

 そして一通りの会話を聞きながらも警戒をしている兵士へと向き直り声を掛ける。


「おい、そこの兵士」

「はっ!」

「奴等は私の研究の障害と言える。貴様達全員で直ちに排除しろ」


 今回の目的はあくまで実験である。

 更にルルイドは帝国に莫大な利益をもたらすと思われており、権力としてはどの兵士よりも上である。


「分かりました。ただ、全員だと護衛する者が居なくなりますので三人程残しておいてもよろしいでしょうか?」

「ふん、好きにしろ」


 吐き捨てるように許可を出すと兵士達は素早く動いていく。

 それを目にしながら深呼吸をして心を落ち着かせる。


「必ず……必ず帰らなければ……」


 先程までの怒りや冷徹さは消え、確固たる意志が宿る目で誰にも聞こえない呟きを漏らす。

 病的なまでの思考の切り替わりはルルイドの研究者としての能力を最大限に伸ばしたと同時に、他者にとっては得体


のしれない人物という評価を植えつけた。


 そして兵士達は陣形が整い戦闘がまさに始まろうとしていた。


 望達が兵士と対峙している時、後方の岩陰でもそれを察知して準備が進んでいる。


「開戦と同時に思いっきりやってやれ」

「分かったのです」

「ミイも何かしたい、したいですっ」


 兵士の陣形が変わった事により、ニナのEPS系の超能力のみを使って奇襲を行う事が決定されている。

 その直後にブルーガイが単独で出ていき、ニナとミイの存在を察知されないように立ち回る予定である。


「そう言うなよ。お前ら接近戦超苦手じゃん」

「ミイのウルトラデラックスパンチを食らってもまだ同じ事が言えますか?」


 ふっ、と軽い息遣いと共にパンチがブルーガイに届く。

 ポフッという音の後三秒ほど全員が無言になったのち、ミイが口を開いた。

 頬は僅かに赤みを帯びている。


「ふぅ、ふぅ。な、中々タフですね」

「たった一発で疲れたのかよ……。しかも痛くねぇし」

「二人共、うるさいのですよ」


 ニナに怒られた二人は大人しく前方を見る。

 その時、丁度その場が動いた。


「かかれっ!」


 マントを着た兵士がそう声を上げるとニナが素早く準備していた岩を操作する。

 頑丈そうな鎧を着ていた兵士だが、頭部を集中的に狙われ、ある者は兜が取れ、ある者は顎に直撃し次々と沈んでゆ


く。

 何事かと残った兵士は後方を見る。


「っしゃいくぜっ!」


 予定通りブルーガイは飛び出し即座に駆ける。

 最近は満足の行く戦闘をしていなかったからかその声には抑えきれない喜びが混じっておりやる気がありありと感じ


られた。

 ニナとミイがこっそりと見守る中、戦闘が始まった。

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