31「光撃の少女」
「レリクの町とやらにはまだつかねーのか?」
時折戦闘に混じってストレス発散をしていたブルーガイだが、頻繁に戦闘は起こらず大半は暇を持て余していた。
昨晩兵士達に明日中には到着すると言われてから何度目かの質問である。
「もう通り過ぎたよ」
「えっ!? ウソだろ?」
「嘘だよ」
「今のウソに一体何の意味があるんだ……?」
答えたラウラはこの問答に飽きを感じているのか適当に答えている。
ちなみにブルーガイは十分後に再び同じ質問をヴァーニに投げかけ「あと二日で着く」と嘘をつかれ同じ様な反応を示した。
「……ん、何か騒がしいですね」
魔道具でゲートキーの位置を調べていたアリーシャがふと顔を上げる。
遠くから人の叫ぶような声が聞こえる。
声には悲痛なものが含まれておりただ事ではないと全員が反応する。
そして馬車の入り口が開き薄い赤の髪がひょいと入ってきた。
「魔物よッ! 既に誰かが交戦しているから助太刀してくるわね!」
その声にバッと勢いよく起き上がり外の様子を見たのはブルーガイである。
勿論魔物という単語に反応してのことだ。
「ありゃノゾムじゃねぇか?」
「えっ?」
ブルーガイの声に他のメンバーも反応し同様に外を見る。
「ほんとぉですねぇ。見つかってよかったぁ」
「いや、思いっきり苦戦してませんかあれ? というかあの魔物前に見たやつじゃ……」
「ん……本当だ。アルタも居るね、大きな怪我をしている様子はないし二人共無事みたいだ」
黒い魔物に一同は驚く。
明らかに同一種であり、望一人では荷が重い相手である。
すぐさま近くに居るロリューヌに魔物の事を伝え、全員が外へと出た。
食料を積んでいる馬車もある為まだ僅かに距離はあるが、近衛隊も含め一度ここで全員が降りる。
近衛隊の騎士達は積荷を守護する者、そして周囲を索敵する者に分かれいつでも行動出来る様準備を済ませていた。
隊長であるロリューヌは部下達に向かって視線を向ける。
今回は隊長自ら出撃する事になっており、眼差しは鋭くいつもの姿からは想像出来ない重圧を放っていた。
「今回は私が出るわ! あなた達は周囲の警戒を。強力な魔物だという情報を得たからもし別の個体を発見としても無茶な戦いは避けるように!」
「はっ!」
部下達を見て一つ頷いたロリューヌはくるりと半回転し魔物へと向かって歩く。
ラウラ達もすぐに後を追おうとしたが、部下の一人に止められてしまう。
「巻き添えになりますので」
「それは一体……?」
何の事か分からなかったが、その謎はすぐに解ける。
ロリューヌは軽く息を吸い、短く吐く。
そしてグッと足を踏み込んだかと思うと一気に加速。
単独でみるみる魔物との距離を縮め腰の刃を空気に晒す。
「シッ!」
魔物へと肉薄すると通常よりも細身の剣で切り裂くように攻撃を見舞う。
が、刃の通った感覚があるにも関わらず魔物には一切傷がついていない。
「聞いていた通りね。なら――」
魔物の攻撃を難なく回避し蹴りで吹き飛ばす。
同時に自身もそれに追従するように移動する。
ロリューヌが魔力を練り上げると体から淡い光が漏れ始める。
それは一筋の軌跡を残し、消えていく。
地面を転がり動きを止めた魔物に追いつくと、感情豊かなロリューヌにしては珍しく平坦な声で告げる。
「終わりよ。ライトウエイト」
一瞬空が輝いたかと想うと、魔物をすっぽりと覆う高密度の光が空から降り注ぎ、大地諸共押し潰した。
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(えぇっと、何がどうなってんだ……)
魔物と戦いながら横目で誰かが近づいていたのは見ていたが、肉薄するまで近づいてきたと思えば魔物と共に離れていった。
目の前で起きた出来事に望は理解が追いつかなかった。
ラウラ、ブルーガイを合わせた三人ですら倒せなかった魔物を一人で相手にしつつ、更に後方に居る三人や御者達を守っていた事による疲労も頭の回転を鈍くさせていたのもあるが。
そしていきなり現れた光に一瞬視界が白くなったがすぐに持ち直し状況を整理する。
「あ、キミは……」
視線を彷徨わせるとついこの前に出会った人物であり、望とアルタが洞窟行きとなった原因の一つである赤い髪の少女が居た。
「大丈夫? 見た所怪我はしていないみたいだけれど」
「あぁうん。流石にキツかったから助かったよ」
「聞いていた通り剣ではダメージを与えられなかったわね。間に合ってよかったわ」
頭を撫でて子供っぽく怒っていたときとは違い歳相応の対応だな、と思いながら並外れた耐久性を持つ魔物へと目を向ける。
「……出てこないな」
「私の一撃を受けたんだもの。アレで終わりよ」
ロリューヌが持つのは攻撃系スキル。
その系統の所有者はそれだけでこの世界における強者となる。
『光の柱』
それがロリューヌの持つスキル名である。
光に誰しもが認識出来る質量を与え、相手を押しつぶすスキルである。
扱いの難易度も魔力消費も桁外れなそれをロリューヌは身につけた。
故にロリューヌには倒した、という確信があった。
その言葉通り魔物はロリューヌの攻撃によって空いた穴から出てこない。
やがて残留していた光が消えると穴の中に拳大の玉が見つかった。
「これはさっきの魔物のコアかしら」
魔物の色と同じ漆黒の玉を拾いながらロリューヌは呟く。
「ノゾム、無事で何よりだよ。遅くなって悪かったね」
「ったく結局オレの出番はねーのかよ」
戦闘が終わった事を察した他のメンバー達もやってくる。
「ラウラ! 転移でどこかに飛ばされたんじゃなかったのか?」
「それだけど転移したのは望とアルタだけで私達は城に残ったままだったんだよ」
「そういう訳でお迎えにきましたよぉ~」
魔物を倒したことにより馬や御者も落ち着きを取り戻している。
仲間と合流出来た望達は王都へ向かう馬車とは分かれることにして騎士隊の馬車へと移る。
「ごめんなさいっ!」
馬車の中に入った早々、いつかの時と同様にロリューヌと副隊長のエギンが頭を下げる。
「いや、こっちにも落ち度はあったし気にしないでくれ、下さい」
外に並んでいる兵士も同時に頭を下げており、畏まる望。
結果的に全員が無事に再会出来たから望的には何も問題なかった。
そばに居るアルタも再会出来た事を喜ぶばかりでロリューヌを非難するつもりはない。
しかし申し訳なさそうな顔を続けるロリューヌとエギン。
そこに助け舟を出すようにラウラが望へと問いかける。
「ところでノゾム、可愛らしいその子達は一体誰なんだい?」
当たり前のように望の左右に座っているニナとミイ。
「この子達も異世界人なんだ。飛ばされた先で一緒になってね、城に連れ帰ろうとしてたんだよ」
「そうなのかい? 詳しい話は後でゆっくり聞くとして、それなら一緒に帰ろうか」
「よろしくなのですっ!」
「お世話になりまーすっ!」
元気に挨拶する白と黒のちびっ子。
「あっ、そうだノゾム」
「ん?」
思い出したようにくるりと望の方へ振り返るニナ。
「さっき助けて貰ったお礼に頭を撫でてもいいですよ」
「お礼貰う側なのに頭を撫でなきゃいけないのか」
そう言いながらも擦り寄ってくるニナを撫でる望。
そして撫でられているニナは羨ましそうに見ているアルタをチラリと見てニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっとヴァーニさん。今あの子笑いましたよね?」
「可愛い笑顔ですねぇ~」
「いやそうじゃなくて……」
何となく状況を察したアリーシャは女と女の戦いにうろたえる。
研究所では周囲が男だらけなのもあってこういった状況は噂程度でしか耳にした事がなかったのだ。
しかしヴァーニはいつも通りのマイペースさでそれに気付いていなかった。
そんなやり取りをする異世界メンバーだが、帰り道は人数が増えた事により大いに盛り上がった。
戦える人間が増えて余計にやる事が無くなった、と愚痴る一人の男を除いて。
無事に城へと戻り七日後の昼。
「ねぇブルーガイ、飲み物持ってきて」
「いや自分でやれよ。というか完全に入り浸ってんな」
食堂にはブルーガイとロリューヌがいた。
他のメンバーは食事を終えそれぞれのやるべきことをやっている。
「私の相手を頼まれたんでしょ? だから、冷たい物持ってきて」
「頼まれたのは召使いじゃねぇんだよ。好きな物取ってきていいから勝手に飲んでくれ」
仕方ないわね、と席を立ち飲み物を取りに行くロリューヌ。
完全に場所を把握しており足取りに迷いは無い。
ちなみに着ているのは近衛の鎧ではなく私服である。
望、アルタ、ラウラ、ヴァーニ、ドラクの五人は依頼を受けに町へと行っており、フォティスはいつも通り自室で調合、アリーシャは研究室に篭り、ニナとミイはチェリーシアと外で遊んでいる。
「しかし今日は暇ね。私も付いていけば良かったかしら」
「いや近衛隊の隊長で貴族なんだろ? それが依頼所でショボい依頼を受けるとか明らかにおかしいじゃねーか」
「そうそうバレないわよ、きっと」
「それでいいのか……」
望達を連れて帰ってきてからというもの、ロリューヌは部下達だけに帰還命令を出し異世界王国に入り浸っていた。
本人曰く、「様々な価値観を持った人物と過ごすのは何気ない会話でも新鮮で楽しい」という事である。
その地位にらしくない振舞い方をしており、食事の際は指についたソースをペロリと舐めるくらいだ。
「いいのよ。だって規則とか常識だけを意識して自らの言動を決めるって、果たしてそれが生きてるって言えるのかしら?」
「そこまで極端な事は知らんが好き勝手やってると色々マズいんじゃねぇか? 部下達だって嫌味言われるかもしれねぇぞ」
「近衛隊の皆もそうだけど近しい者を蔑ろにしてる訳じゃないから問題ないわ。実際エギンは色々言われているようだけれどそれでも私についてきてるもの」
「エギンのおっさんその内ハゲるぞ」
「大丈夫よ。調べたけど彼の家系は代々ふさふさだから」
「調べたのかよ……」
一区切りついた頃、思い出したようにブルーガイが口を開いた。
「そういやチビすけの部下って今日来るんだったか?」
「チビって言うな! えっと、そうね、今日来るはずよ」
「こんな辺鄙な所にわざわざ報告させに来させるとか本当に大丈夫なのか?」
「だから大丈夫よ。今まで小さな事でもしっかりフォローはしてきてるもの。言っておくけど私の隊は死亡以外での離職率ってかなり低いのよ?」
ロリューヌは普段好き勝手やっているものの他人を見ていない訳ではなく、悩み事があるようならば話を聞いたり飲みに連れていったりと部下達の評判は良好である。
実際に本人の家庭の事情等で仕方なく、という事はあってもキツくて辞めるということはまずない。
勿論選ばれたエリートという事で部下達自身もかなり優秀でそうそう問題などないのだが。
そしてこの日は予め決めていた報告の日である。
これも話だけ聞けば部下達は大変だという感想を持つが、アルタを始め美少女や美人揃いの異世界王国へ足を運び手料理をご馳走になるという役目は何気に人気があるのだった。
部下が心を弾ませ城へ向かっているとは知らない二人は他愛のない話を交わし続ける。
ちなみにロリューヌの実力が気になっていたブルーガイは手合わせをしようと提案したがあっさりと断られた。
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夕方。
「ただいまー」
「今日のご飯当番誰でしたっけ?」
「あ、私だよ」
「泥だらけになっちゃいましたぁ~。先にお風呂入っちゃいますねぇ~」
「俺もドロだらけだ。あぁ……漆黒のマントまで……」
依頼を終えた五人が戻ってくる。
よく依頼を受けていてある程度どんな内容でもソツなくこなす望、アルタ、ラウラの三人には余裕があり、依頼を受ける機会がどちらかと言えば少ないヴァーニとドラクはへとへとになっている。
「今日も無事で何よりじゃな。しかし見事に汚れておるのぅ、何をしてきたんじゃ?」
「じっちゃん聞いてくれよ! 今日はさ――」
たまたま一階へと降りてきたフォティスも加わったところで報告の騎士もやってきた。
「おや皆さんお揃いで。隊長、来ましたよー」
馬車の旅でそこそこ打ち解けた騎士は既にラフな態度である。
隊長であるロリューヌにも砕けた態度なのは仕事時以外はそうしろとロリューヌが言っており近衛騎士隊では普通のやり取りである。
「あら早かったわね。ご苦労様」
「急ぎましたから。あっ、ラウラさん。今日もお綺麗ですねっ!」
「それはどうも。夕食を作るので良ければ食べていって下さい」
「ラウラさんの手作りですか!? いやぁ今日当番になってよかったなぁ!」
この騎士はラウラに好意を示しているが当のラウラは全く気付いていない。
それでもラウラの手料理が食べられるだけで満足なのか騎士は満面の笑みを浮かべている。
夕食が出来上がり全員が食べようとしたところで報告にやってきた騎士が口を開く。
「そういえば今日の報告は異世界王国の皆様にも関わることなのでここでお知らせしておきます。帝国がこの付近にて『実験』を行うと情報を得ています。実験が行われるとその地域の魔物が増えるという現象も確認されているようですのでお耳に入れておこうかと」
騎士の言葉にいち早く反応したのはアリーシャだった。
「それは本当ですか!?」
現在意欲的に研究を行っているアリーシャだがまだ歪みに干渉する魔道具は完成に至っていない。
だが帝国の実験を見過ごすことは出来なかった。
「既に数名の研究員とその護衛が帝都を出発していますので間違いないかと。早ければ明日の夕刻、遅くとも明後日の昼には彼等の予定地に着くと思われます」
「そうですか。――アルタさん」
険しい顔つきで問い詰めるアリーシャに困った表情を浮かべながらも騎士は確信を持った声で答える。
そしてアリーシャは何かを期待するような目でアルタを見た。
「そんな顔しないで下さい。前にも言いましたが私はアリーシャさんを助けます」
歪みの発生を防ぎたい、アリーシャがそう考えているのは誰もが知っていた。
アルタは勿論、その他のメンバーも異論はない。
望も既に手を貸す気で兵士に詳細を問いかける。
「その予定地って詳細は分かってるんですか?」
「えぇ。後ほど地図を広げてご説明させていただきます」
「ならメシ食おうぜ。ウマくもマズくもないラウラのメシが冷めちまう」
「……なんだって?」
「ブルーにーちゃん余計な事言うなよ! 俺はラウラねーちゃんのご飯美味いと思うぜ!」
「ありがとうドラク。お礼にブロッコリーをあげるよ」
「ありが、とう? 別にこれ好きでも何でもないんだけど……」
「もしかしたら一定量摂取することでブロッコリーの貴公子ってスキルが手に入るかもしれないじゃないか」
「……それはノーセンキューだなぁ」
すっかりいつもの食事風景になった食堂の雰囲気にアリーシャの固かった表情も元に戻る。
しかし秘めた想いは冷める事なく胸中に留まり続ける。
全員が食べ終えると早速作戦会議が始まった。




