29話「洞窟を抜けて」
巨人の居た場所から三十分程歩き、魔物の居ない場所で四人は座って話していた。
望とアルタは自分達も別の世界から急にこちらの世界へとやってきた事、同じような境遇の者を集めて一緒に暮らしているという事、そしてちょっとした事故で転移してしまい出口を探している事を説明した。
ニナとミイに関しては偶然にも望達とほぼ同時刻にこの洞窟へやってきていたことが判明した。
勿論いつ襲撃があるかは分からない為、望はさり気無く周囲を警戒している。
ニナが催眠を掛けた魔物にやらせてもいいのだが、巨人の場所にゴブリンを捨ててきた為現在は周囲には何も存在していない。
「それではノゾム達もここから出るのが目的なのですね」
「うん。良かったら一緒に来ないか?」
疑問系の言葉ではあるが実際に子供であるニナとミイを放置して動くことはアルタの性格上有り得ないので望は誘うという選択肢しか取れない。
かといって強引に引きこむわけにもいかずこういった会話になるのだ。
「一緒にって……出口までのルートは分からないのですよね?」
「うっ……まぁそうだけど。でも二人をこのままにはしておけないし、少なくとも四人で居た方が安全だ」
「一理ありますね。ノゾムは悪い人じゃなさそうだし一緒に行ってあげるのですよ」
「ミイとニナだけでも大丈夫ですけど二人が来てくれるのならもっともーっと安全になりますからね、ミイも賛成します」
二人の了承を得て四人での行動が決定する。
ちなみに既に互いに自己紹介は終えており、ニナとミイは共に十三歳。
望の予想通りドラクよりも年下であった。
ニナとミイは元の世界で『人類進化計画』という世界規模で行われている研究によって造られたいわゆる人工生命体である。
二人の世界は魔物がそこらをうろついているわけでもないし、大きな戦争が起こっているわけでもない。
それでも強力な力を得ようとするのは人間の性なのだろうか。
ともあれ人工生命体第二十七号、第三十一号として生を受けた二人は世界中から優秀な研究者を集めたガルドゥドゥスという都市の研究所で暮らしていた。
体の作りは普通の人間と遜色がなく、違いと言えば超能力が扱えるかどうかだけであり、現在では超能力が使えるのはホムンクルスだけである。
ちなみに研究施設における職員はニナを二十七号、ミイを三十一号と呼んでおりニナ、ミイというのは同じホムンクルスだけで呼び合うだけとなっている。
造ったホムンクルスに超能力を日常生活で使わせそれが当たり前だと認識させ、同時に能力を成長させる。
更に相性のいい相手と組み合わせる事でそのホムンクルスが超能力を有した子を宿し、その子には再び超能力を日常的に使わせる生活をさせる。
それを繰り返す事でやがて人類全体が超能力を自在に操れるようになる――というのがこの計画の目標である。
「なら早く出発しようか。ここだと食料も確保出来ないからね」
「ふふん、それではニナの力を見せてあげるのですっ!」
「ニナちゃんは何か出来るんですか?」
アルタの疑問にやれやれ、と呟くニナ。
「ニナの超能力は催眠なのです。だからこの世界に居る魔物に案内をさせれば一気に解決なのですよっ! 行きますよミイ」
「はいはーい!」
「あっ、危ないから走らないで」
駆けて行く二人に注意するも止まる気配はない。
せめて見失わないようにと望とアルタも追いかける。
幸い身体能力はそこまで高くはなく、望とアルタは苦も無く二人の後ろを追走する。
数分経過し立ち止まったのは一体のとある魔物の前。
「オークか」
「あれを案内役にするのです」
「ノゾム達はじっとしてて下さい」
そう言い残し二人はオークに向かって走る。
人間の大人程の背丈でぶくぶくと太った体をしている魔物を恐れる事なく進む。
望は巨人との戦いで二人の強さを分かっており落ち着いていたが、同様に見ていたアルタはそれでも心配そうな眼差しで黒と白の少女を見ていた。
「これとーそれとーあれもー……いってらっしゃーい!」
ミイは白い髪を靡かせ走りながら辺りに散らばっている大小の岩を片っ端から浮かしオークへと向けて飛ばす。
瞬く間に足、腰、上半身付近に岩を移動させ固定させた。
周囲を岩で固められ身動きが取れなくなったオークはそれらをどかそうと脂肪のたっぷりついた腕を動かすが、念動力で制御された岩はピクリともせずにその場に留まっている。
「さて、それでは言う事を聞いてもらうのです」
動けなくなったオークに対し無防備に近づく。
岩を動かす事から近づいたニナに意識を向け腕を伸ばし掴もうとするがギリギリ届かず何度も空を切る。
そして一瞬全身が痙攣したかと思えば力を失ったように腕がダラリと下がった。
それを見てくるりと振り返ったニナはミイに対し目線を向けると意味を汲み取ったミイは岩を適当な場所へとどかせた。
「動かなくなったな。これは催眠状態になってるってこと?」
「そうなのです。ニナの僕となる催眠を掛けたのでもう安全なのですよ」
催眠は強力ではあるが完全ではない。
ニナだけでなくミイにも言える事だが能力を掛けた本人が意識を失ったり思考のほとんどを別の事に割く事でも超能力は解除される。
また超能力に影響されている物質や生物が本人の有する有効範囲外に出る場合でも同様である。
「本当ですね。近づいても反応がありません」
「この生き物は幸い知能がほとんどなく抵抗が限りなくゼロに近いものだったのです。もし鏡像認知でも出来るレベルで知能が高ければこう簡単にはいかなかったはずなのです」
「知能……? きょう……え?」
アルタには何一つ理解出来なかったらしく頭に疑問符を浮かべている。
基本的に知能が高ければ高い程抵抗力も強くなる。
「要は賢い生き物はミイ達の力が効きにくいという事です。特にミイの念動力は意志を持つ生物に使うとすごくすごーく疲れてしまうので基本的に意志を持たない物にしか使えないと思っておいて下さい。逆にニナの催眠は生物に対して使う超能力なのでさっきミイが動かした岩とかには使えないのです」
微妙な顔で「わ、分かりました」と自信なさげに呟くアルタ。
「ではふとっちょさん、ニナ達が飲んでも平気な水がある所まで案内してください。あ、ついでに出口方面でよろしくなのです」
ニナがそう話しかけるとオークはふらりと方向転換しすたすたと歩く。
足取りに不安定さはなく一歩一歩力強く大地を踏みしめている。
案内役と化したオークの後ろを付いて行きいくつかの細い抜け道を通るとそれまでしなかった音がし始める。
「これは水の音?」
「そうみたいだな。それにしても超能力でこんな事まで出来るなんてな」
感心が混じるアルタと望の声に若干嬉しさを含んだ様子でニナが反応する。
「到着したみたいなのです!」
そこは行き止まりになっており窪んだ地面に水が溜まり小さな泉が出来ていた。
水の出所となっている箇所は小さな穴が開いてはいるが、かなり小さく人間はおろか小型の魔物でも通れそうにはない。
この洞窟では今まで見なかった植物も少しばかり存在しており、柔らかな緑の色が疲れた心を少しばかり癒やす。
立ち止まりじっとしているオークの横を通り過ぎ早速とばかりにニナとミイが水で喉を潤す。
「おいおい、本当に飲んでも大丈夫なのか?」
若干の不安を感じてそう言った望に「ぷはぁ」と既に水を飲み干したニナが返事をする。
「大丈夫なのです。ふとっちょさんにはそう命令していますので。もしふとっちょさんが『飲んでも平気な水』が近くに存在しないのならば行動の開始がされません。んーと、ちょっと待って下さいね」
近くにあった少し尖った石を持って地面にガリガリと何かを描く。
不備がないか確認したのちオークに向かって「これを解いてください」と命令するもオークは一向に動く様子はない。
「これは……数式?」
「はいなのです。ニナ達人間には答える事が出来ても知能の低いふとっちょさんは命令を遂行する事が出来ないので結果として『動かない』という現象に辿り着くのです。あくまでふとっちょさんが出来る事しか行動を操作出来ないのですよ」
本来はニナが口を閉ざしていても催眠で操る事が出来る。
研究所で生まれたニナは口に出したことを実際に遂行させるという訓練を行っていた為ただ癖となっているのである。
ちなみにニナの書いた数式は望も理解出来なかったが、世界が違うということで無理やり自分を納得させた。
ともあれ望とアルタも水を手で掬う。
動き回った上に一晩何も口にしていなかった事もあり、一口飲むと体が乾いていた事実を知り何度か掬っては飲むという行為を繰り返す。
「今度はお腹が空きました……」
きゅるると鳴るお腹を押さえながらアルタがそう漏らした。
他の三人も同意し、さっそく移動を開始する。
案内役のオークは引き続き先頭を歩き、他のゴブリンやオークがうろうろしている場所では別の方向に獲物がいると知らせ戦闘を回避した。
四人は三時間程歩き続け、ようやく待ち望んだ光景を目にした。
「光……おぉ、出口だ!」
「ニナのお陰なのです。褒めてもいいのですよ?」
望の方へ頭を差し出し撫でてと言わんばかりの姿勢を取るニナ。
「よしよし、偉いぞ。いやほんとに」
「えへへー。ノゾムは撫でるのが上手いのです」
気持ち良さそうに撫でられているニナを見てミイも手をあげた。
「ミイもとってもとーっても頑張りました! 同じ待遇を要求します!」
この辺りは子供らしいんだな、と思いながらも空いた手でミイも撫でる。
「あ、気持ちいい。本当に上手いですね。これから朝・昼・晩の三回は頭を撫でさせてあげますね」
若干の上から目線に苦笑しながらもひとまず二人が満足するまでサラサラとした感触を楽しんだ。
洞窟を出た四人はオークを捨てた。
残念ながら外の情報は一切知らないようで役に立たなかったからだ。
代わりに道中で見つけた適当な魔物を再び催眠で案内役とし何とか近くの町まで辿り着くことが出来た。
四人が足を踏み入れたのはレリクの町。
入り口に居た暇そうな青年に聞いた所その名前が判明した。
場所はメイルプル王国の端、ということだったが依然どちらに進めば帰れるのか分からないので後ほど地図を探すことになっている。
「しかしお金が無いな。何も買えない」
「そうでした……」
露店の食べ物を物欲しそうに見ているアルタにそう言うと凄く悲しそうな声が返ってきた。
「露店なんて初めて見たのですっ!」
「ミイ知ってます知ってます。今日は特別なお祭りなんですよきっと! 施設の資料でお祭りの日は露店が出るって見た事があります」
物珍しそうにキョロキョロとしている子供二人を見て微笑ましい気持ちになりながらも先を促す。
何も持っていない状態で転移した為なるべく早くに資金を作らないといけない。
そこまで大きな町ではなかったが依頼所は存在しており、四人は中へと入る。
依頼の数々に再び騒ぐ二人に周囲の目が注目するが気にした様子は無く依頼が貼られている場所でどれがいいか吟味している。
「このエリートリザードマン討伐がいいのですっ!」
「えー、こっちの報酬が多いギガントゴーレム討伐の方がぜったいぜーったいお得ですよっ!」
「ミイはいつも二択クイズで間違えるのです、なのでニナの言う通りにした方がいいのですっ!」
「ニナはこの前テストで赤点だったじゃないですか! ミイは五十三点とニナより上だったのでミイの言う通りにしたほうがぜったいぜーったい良いのですっ!」
「こらこら待て待て」
二人の主張合戦を中断させて望も依頼を一つ一つ見ていく。
魔物が多いのか討伐系がよく目に付き報酬も割といい。
(四人の生活費を考えると討伐系しかなさそうだな)
顎に手を当てて考えていた望の横からひょいと顔を覗かせたアルタが口を開く。
「ノゾム、どれにしますか? 採取系は……あまりないですね。報酬も他より少し低そうですしここは少し頑張って討伐依頼を受けますか?」
アルタもノゾムと同意見となりひとまず方向性は決まった。
「じゃあ、どれを受けるかだけど――」
「はいなのっ!」
「はいはーいっ!」
下からひゅっと小さな手が伸びて存在を主張する二人。
そして互いに顔を見合わせ「むむむ」と唸る。
再びケンカが始まりそうな雰囲気になるも望の一言で二人の表情は一変する。
「ケンカせずに決められたらそれにするけど、ケンカするなら選ばせないぞ」
「任せるのですっ」
「任せて任せてっ」
「あぁあと俺武器がないからなるべく弱いやつに……って聞いてないな」
シュタッと敬礼した二人はあーでもないこーでもないと依頼を見ていき望の声は既に届いていなかった。
まぁいいかと肩をすくめ壁に寄りかかると一息つく。
ふと間が空くと考えるのはラウラ達の事である。
「ラウラ達の事を考えてるんですか?」
「ん? あぁ、向こうはどうなったのかと思ってね」
そこそこの時間を共に過ごしたお陰かアルタは望の表情からその心境を察する。
自身が発動した転移では違和感があったという事しか分からず、アルタにとってもラウラ達の事は気がかりであった。
「ラウラは強いですから平気ですよ。今頃きっと私達の事を心配して探してくれているはずです」
「ま、そうだろうね。俺もそこまで心配してはいないさ」
「あの子達もいますしまずは自分達の事を優先しましょう」
「そうだな。しかし超能力ってのは凄いもんだよなぁ」
洞窟からここまでほとんど二人が魔物を相手にしていた。
故に戦闘に関しては心配どころかむしろ頼りにしている部分がある。
この世界に来てそれなりに戦闘経験を積んだ望が思わずそう思う程に子供二人の超能力は強力だったのだ。
話に区切りがついた頃にニナとミイが駆け寄ってきた。
一通りそれを確認し問題は無さそうだったので受付で受理してもらう。
「それじゃ行くか。無茶だけはしないこと」
「怪我をしたらすぐに私のところに来て下さいね。すぐに治療しますから」
大人組二人の声に子供組二人が元気な返事をハモらせる。
そして、望の予想通りニナとミイはあっさりと討伐をやり遂げそれからも次々と依頼をこなしていった。




