27話「転移事故」
「へぇぇ、ここが転移部屋なのねっ!」
夕食も終わり早速転移を体験したいという事でロリューヌ、エギン、アルタ、ラウラ、望の五人は転移部屋へとやってきていた。
ちなみに夕食時はいくら幼いといえどドラゴンは混乱を招く可能性があるとアリーシャの助言により望とチェリーシアは望の部屋で夕食を取った。
「では魔法陣の中に入って下さい」
「隊長のワガママにつき合わせてしまい申し訳ありません」
畏まるとアルタが微妙な顔をするため多少態度が柔らかくなったが、それでも本来の性格なのかアルタの目の前で頭を下げるエギン。
気にしないで下さい、というアルタに礼を述べると自身も魔法陣の中に入る。
「しかし壮大な陣ですな。これほどのものは見た事がありません」
「そうなのですか? そういえば私達がこの城で暮らす前に誰か暮らしていた、なんて事はないのですかね?」
ラウラの疑問にエギンは頭を左右に振った。
「以前、と言っても数年前になりますがここに来た際何も無い平地だったと記憶しています。町からも少し離れていますし人の立ち入らない場所でポツンと城だけが建っているのもおかしいでしょう?」
「ではこの城は一体誰が建てたんですかね?」
「恐らく、になりますがこの城も世界転移してきたのではないでしょうか。ここはわが国の領土でも帝国の領土でもなく少し外れに位置しますので正直情報も少なく確かな事はいえませんが」
エギンの言葉になるほど、と頷くラウラ。
城だけが建っていて周囲には建物も無ければその形跡もない点に関しては疑問を持っていたが、異世界であるこちらの文化もまだ十分に理解しきれていない為あまり考えなかった。
だが、こうして現地の人間も同じ心境だというのはやはりこの場所にこの建物が建っているのはおかしい事であり、自分の価値観がこちらの世界でも通用するのは何となく嬉しいものがあった。
「もう、そんな話は後でいいじゃない! 早く長距離転移してみましょ!」
二人の話をつまらなそうに聞いていたロリューヌが少し声を荒げる。
腕を組みタンタンとリズムよく地面を叩く足がその心情をよく表していた。
「では行きますね」
アルタが困ったように笑いながら転移を発動させる。
「すぐに転移できるから良い子にしてないとダメだぞ」
転移するほんの僅かな間に望が隣にいるロリューヌの頭を撫でながら宥める。
誰が見ても望の対応は子供にするようで、昔散々その事でからかわれていたロリューヌは相手に悪気がなくても反射的に怒りがこみ上げた。
「私はもう二十六よっ! 子供扱いすんなー!」
細い腕から繰り出される右ストレートが一切の警戒をしていなかった望の腹部をとらえる。
思ったよりも高威力な拳にぐふぅ、と肺の空気を吐き出され吹き飛ぶ。
そして、転移の発動が丁度行われた。
「えっ、ちょっと――」
それが誰の声だったのか望には分からなかった。
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「うぐ……いててて」
背中から地面に倒れた衝撃にくぐもった声を出し同時に腹部の痛み顔を顰める。
「二十六って……あれは詐欺だろ。どう見ても中学生じゃ――ん?」
ロリューヌの外見からは想像できない衝撃発言に思わず悪態をつく望だったが、ふと違和感を覚えた。
「暗いな。どこだここ? ていうか何か重い」
地面に寝ている自分に何かが覆いかぶさってきている。
暗くて一瞬上に乗っているのがなんなのか分からなかったが、体に押し付けられている柔らかな感覚と漂う優しい香りで予想がつき、同時に先程の自分の発言を悔やむ望。
「んぅ……あれ、ここは?」
「アルタか、今気付いたのか?」
はい、と小さく返事をしたアルタに先程の言葉が聞かれていないと分かり安堵する。
そしておかしいと感じたのか十数秒程して自分の状況を理解したアルタが口を開く。
「どうやら、転移に失敗したようですね……魔力も空っぽになっちゃいましたしちょっと頭がボーッとします」
そう言ったアルタの声には確かにいつもの元気が無かった。
ついでにいうならばこんなに望と密着しているにも関わらず特に慌てた様子がないのもそのせいである。
「失敗……? あぁ、そういえば最初の頃に転移陣から出るなって言われたっけ。もしかしてあの子に殴られた拍子に俺が転移陣から少し出てた?」
「私も前を向いていたので多分ですがそうだと思いますよぉ。発動の瞬間に違和感がありましたし」
いつもよりも若干甘えるような声になっており未だに望の上からどく気配の無いアルタ。
魔力切れにより若干意識が朦朧としており、いわば寝起きのような状態となっている。
本来なら望と密着すれば慌てて離れるところを起き上がりたくない一心でこの状態を受け入れていた。
「それよりアルタ」
「んー、なんですかぁ?」
「とりあえずどいてよ」
「えー……」
寝起きのアルタを知らない望はいつもと態度が違うアルタに若干の違和感を覚えつつも徐々に慣れた目で周囲を窺う。
「あっちの方が少し明るい……?」
頭だけを動かして左右を確認した望は右に進めばほんの僅かではあるが光源があるのを見つけた。
「あっちに行ってみようよアルタ」
「えー……ノゾムだけ行ってきて下さい」
「それは別にいいけど、どいてよ」
「えー……」
いつもはこちらに気を使うアルタがいかにも面倒臭そうにそう言う望はようやく転移の失敗による作用なのだと何となくであるが理解した。
(魔力が無くなるとダルくなるんだっけ?)
子供にいい聞かせるように後で甘いものを食べさせると約束するとようやく望は体の自由を取り戻した。
「じゃあ行くか」
「うぅ……眠い……」
未だ寝ぼけた状態のままのアルタがゆっくりとではあるが自分の後ろを付いてきていると確認した望は光の方向へ向かって足を進める。
体を動かした事で徐々に頭が冴えたアルタはというと……。
(あぁぁぁ……ノゾムの前なのに私はなんてことを……)
下を向いてぷるぷると震えるが時既に遅し。
城で目覚めた時はいつもラウラがついていてくれて頭が冴えるまで部屋で話したり身だしなみを整えたりしていた為寝起きの悪さは露見しなかった。
仕方ないとはいえ出来れば見られたくなかった、というのが乙女心である。
とはいえ望自身は既に魔力切れによる状態だと結論づけており特に何とも思っておらず、
(鉱石が光ってる? これが洞窟内にたくさんあるのか)
と、既に別のことを考えている。
目が覚めた場所には無かったが、鈍い光を放つ石があちこちに埋まっていたり転がっていたりと視界は十分確保出来るようになっていた。
そして少し進むと洞窟内も広がりを見せ同時に嫌な存在を見つけてしまう。
「げ、魔物だ……。今武器持ってないんだよなぁ。アルタは何か持ってる?」
「えっ、あと、その……ゲートキーだけです」
「そっか。魔力も無いみたいだしなるべく戦闘は避けよう」
反応が気になり後ろをチラリと見た望。
いつものアルタに戻った事を望は察したが、先程の態度については触れない。
それが優しさだろうと思っているからだ。
実際望もこちらの世界に来て数日経ったある日、自分しか居ない寝室で寝ぼけ「えっ!? どこだここ!」と飛び起きたことがある。
前後に並び歩く二人。
一歩足を進めるごとに土の地面が僅かに音を鳴らす。
(洞窟は音が響くよなぁ……。とはいえここかなり広そうだし慎重に動けば見つからずに進めるか)
顔に朱が差しているアルタからひとまず前方へと意識を向けて考える。
現在魔力切れにより回復すらままならないであろうアルタと武器を持っていない自分。
一切戦えない訳ではなかったが、普段剣を使った訓練を中心としている為どうしても戦闘能力は落ちる。
「ノゾム……あの、大丈夫そうですか?」
「見つかっても倒せないことはないだろうけど、戦闘は避けたいかな。洞窟がどのくらいの広さかまだ分からないし」
まだ少し顔が赤いものの幾分かマシな態度となったアルタの質問に答える。
見えている範囲ではゴブリンやオークといった所謂「雑魚」に分類される魔物たちであるが無闇に体力を減らさない方がいいだろうと望は考えた。
足音に気をつけつつ洞窟内をしばらく歩く。
次第にアルタに疲れが見え始める。
「休憩しようか?」
「いえ、ちょっと眠たくて……あ、でも大丈夫ですよっ!」
少し慌てたようにガッツポーズを取って元気を示すアルタ。
(そういえばいつもならばそろそろ寝る時間か)
と、望は思ったが時計が無い為正確にはわからない。
だがアルタは一度魔力切れを起こしており魔力を回復させる為にも休んだ方がいいと判断した。
「休める所を探すか。無理して進んで体力が無くなるのもアレだし」
「ノゾムがそう言うなら……」
明らかにアルタを気遣っている事が分かる発言だったが、疲れているのがそれに大人しく従うアルタ。
方針を決めた二人は再び足を動かして広い洞窟を歩くのであった。
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異世界王国会議室。
「ごめんなさいっ!」
城内に声が響き渡る。
頭を下げているのはメイルプル王国の近衛騎士隊の隊長であるロリューヌ・セルダント。
何故彼女が頭を下げているのかというと――。
「隊長の悪い癖でアルタ王とノゾム殿には大変な目に合わせてしまい申し訳ありません」
ロリューヌが転移の瞬間に望を殴り事故を起こした事でアルタ、望の両名が何処かへと飛ばされたのだ。
異世界王国のメンバーは勿論、エリートと呼ばれる近衛騎士隊の中にも転移魔法が使える者は皆無であった。
事故が起こった際ラウラ、ロリューヌ、エギンは転移魔法が発動したにも関わらずそれが適用されなかったという現象が発生しこうして城の中に居る。
背の低いロリューヌと平均よりは若干背の高い副隊長のエギンが並んで頭を下げている様子はまるで親子が謝っているようにも見える。
「いえ、起こった事は仕方ありません。それよりも二人を助けにいかなければ……」
本来なら慌てていた所であったが、この世界に来たと同時に発現した「冷静沈着」のスキルがラウラに冷静さを残していた。
どう動くのが一番効率的かを考えていたその時、水色の髪を揺らしながらアリーシャが走ってやってきた。
「ラウラさん、二人を探しに行くのならこれを使いましょう!」
「それは魔素を調べる魔道具、でしたっけ?」
「最初はその機能しかありませんでしたが、今は改良が進んで更に機能が追加されてます」
北の大地フアルキュルマへ行った時には調査しか出来なかったゲートキーに似た魔道具ミールキーだが、現在では魔素を調べるだけでなく「ゲートキーの位置情報の取得」が可能となっている。
ただ、現在では一方通行となっておりゲートキーからミールキーへはそれが出来ない。
「それでも充分ですよ! 今どのあたりに居るか分かりますか?」
「やってみます。……ん、どうやら大分離れているみたいですね。索敵範囲を広げる為に魔力を流しているのですがまだ引っ掛からない」
予想と違ったのかアリーシャは眉を顰めて静かに告げる。
「こうなってしまったのも我々の責任です。すぐに捜索に行けるよう準備しておきます」
「ではこちらも準備を……」
「あっ! 反応がありました!」
ラウラがエギンと会話しているとアリーシャが声をあげる。
「幸いメイルプル王国の方面ですね自国内であれば近衛騎士隊が動いても申請等は必要ないでしょう。遠すぎて大まかな方向しか分かりませんが距離がかなりあるようなのでそれなりの準備してから出発しましょう」
もし近衛騎士隊がアルデスト帝国領に入る場合、事前にそれを申請しておかなければ侵略行為と見なされる恐れがある。
だが、メイルプル王国内であれば当然ながらそういった手続きは必要がないため一同はホッと胸を撫で下ろす。
そしてアリーシャの声にラウラ、エギンが頷きそれぞれが出発の準備を整えに足を動かす。
「それじゃ私と一緒に行くのはアリーシャさん、ブルーガイ、ヴァーニさんという事で」
「分かりました」
「おう! 任せとけ!」
「頑張りまぁす!」
予め伝えてはいたが確認の為にと三人の名前を呼び、呼ばれた三人はやる気充分といった感じで返事をする。
真剣な表情をしていたアリーシャ、戦いに望むような笑みを見せたブルーガイと違ってヴァーニだけはいつも通りのほのぼのとした雰囲気を出していたが。
「ラウラちゃんや。これを持っていきなされ」
「こんなにたくさんのポーションどうしたんですか?」
「ちょっと急ぎで作っただけじゃよ。ノゾムとアルタちゃんの事よろしく頼むよ」
「えぇ、任せておいて下さい」
大量のポーション、マナポーションの入った袋を受け取りながら二人は言葉を交わす。
フォティスとしても孫のような年齢である二人が居ないのは寂しく感じており無事に戻ってきてほしいと自分にやれることをやったのだ。
「それでは皆さんよろしくお願いします。出発しましょう!」
日も落ちてすっかり暗くなっている。
しかし少しでも早く二人を迎えに行きたい。
そんな思いからラウラ達は城を後にした。




