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26話「メイルプル王国の騎士」

「ピューイ!」


 高い声の鳴き声が辺りに響く。

 白い体毛をもつそれは気持ち良さそうに飛び回る。


「成長はぇーな」


 筋肉質の男が大きく呼吸をしながら手に持ったタオルで汗を拭き取りながら半ば呆れたようにそう言った。


「そう言うものらしいよ、成長の仕方が独特らしいねドラゴンって」


 その隣では痩せ型ではあるが、しっかりと筋肉が付いた腕で同じように汗を拭き取る青年が居た。


「あーそんな事も言ってたか。体の大きさは数年は変わらないんだったか?」

「みたいだね。でも生後二ヶ月でここまで動けるようになるとは異世界って凄いなぁ」


 しみじみと話すブルーガイと望。

 ドラゴンの卵を持ち帰ってから二ヶ月経った今日、毎朝行いすっかり日課となった訓練の時間ということで男二人だけである。

 この城のある地域は一年中穏やかな気候で常に過ごしやすい。

 現に望がこちらに来てから季節が変わった、という実感をしたことがないくらいだ。


「過ごしやすいと言っても動けば流石に暑くなるなぁ」

「そらそーだ」


 一通りの訓練を終えた望とブルーガイは二人の間でベンチと呼ばれているただの丸太に腰掛ける。


「ピュィピュィ」

「おかえりチェリ。もういいの?」

「ピュィ!」


 チェリーシアも一通り遊んで満足したのか望の腕の中へとすっぽり収まる。

 強力な魔物として知らない人は居ないと言っても過言ではないドラゴン。

 そのドラゴンの中のコキュルスという種族の幼体であるチェリーシアはすっかりこの異世界王国での生活に慣れている。


 異世界王国のメンバーからは「チェリ」の愛称で呼ばれており、相当に知能が高いのか人間の言葉がある程度理解出来るようである。

 食事は皆と同じ時間に食堂でとり、寝る際はアルタと望の部屋を交互に使っている。


「ふぅ……ふぅ……」

「おー戻って来たか」

「お疲れ、タオルそこにあるよ」


 息を切らしながら二人の前に姿を見せたのは訓練の際はその長い銀髪を後ろで括っているドラクである。

 邪魔になると分かっていても髪を切らないのはその方がヴァンパイアっぽいからというのが本人の拘りで頑なに切ろうとしない。

 誰にも分からない感性だったが本人が満足しているみたいなので王国のメンバーは好きにさせている。


「いやー疲れた。てゆーかさ、一向に強くなる気配なくね? いつ覚醒するの俺?」

「……諦めるのも男には必要だぞ」

「そんな現実は必要ない! カモン覚醒!」


 ブルーガイに背を向け両手を上にあげて叫ぶドラク。

 すっかり誰も触らなくなったステータスボードをドラクだけは毎日使用し自分のスキルを確認している。

 未だに「???」となっている部分に変わりはなく一体何のスキルなのか分かっていない。

 この世界出身のアリーシャですら分からないという事で早くこの謎を解明したいドラクは毎日アレコレと様々な実験を行っている。


「でもよードラクが試してるのって攻撃系ばっかだろ? 違うのも試してみろよ、クワ持って畑耕してみたり。『耕しの貴公子』とかのスキルがつくかもしれないぜ?」

「なんだよそれだっさい……。俺のスキルは攻撃系だね! 絶対そうに決まってる!」


 この世界のスキルはいくつかの系統に分けられる。


 望の「植物の恩恵」は特殊系。

 アルタの「救済の女神」は呪文系、「太陽の温もり」は特殊系。

 ブルーガイの「熱血」は防御系。

 ヴァーニの「韋駄天」は移動系。

 と、言った感じである。


 もっと大雑把に戦闘に役に立つものは「戦闘系」と一括りで呼ばれる事もあるので呼び方は意外とアバウトだったりもする。

 というのもスキルを持っている者はこの世界では少なく、多くの人間には関係ないからだ。

 厳しい戦闘訓練を受け、その道のスペシャリストとされる国の兵士ですらもスキル持ちは三割に満たないと言われている。

 その中で戦闘で有用なものと限定していくともっと少なくなる。


 ドラクの希望は所謂必殺技と呼ばれる「攻撃系」と呼ばれる系統であり、そのスキルを持っている本人にしか使用することが出来ない中二病ならば誰もが夢見るスキルである。

 歴史上で攻撃系に分類されるものは全てが極めて強力だが、その分レア度が非常に高く現在所持しているのがメイルプル王国とアルデスト帝国に各一人という事となっている。


 どちらも近年の戦では他の追随を許さない程の功績を挙げており、その者が戦場に出た時点で勝敗が決するとまで噂されるほどである。

 ちなみにその二人がぶつかったことは未だない。


「あー俺のスキルはなーにかなー」

「そんな期待すると後々落ち込みが激しくなるぞ。攻撃系ってすげぇ珍しいみたいだし無理だろ、諦めろ」

「不安になるからそういう事言うのやめてくんない!?」


 ドラクは気弱な思考を振り払うように勢いよく立ち上がり木剣を手にして素振りを始める。

 毎日続けている為パッと見は綺麗な型にはなっているが、実際に打ち合うと圧倒的に弱い。


 そしてこの日もドラクがスキルを習得することは無く平凡な日であった。



------



 数日が経過した。

 男達は朝に訓練を行い、それが終わってからようやくアルタが食堂に顔を見せる。

 そしてアルタの気分でいずれかの町に転移し依頼を受け、人助けをしつつもそれを遂行する。

 特に変わり映えも無い日々を送っていた異世界王国のメンバーだが、ある日の夜珍しく城に客がやってきた。


「…………。えーと、もう一度いいですか? なぜあなた達がこのような場所に?」

「だから、興味があったの。領地視察のついでに寄らせて貰ったわ!」


 何ともいえない顔をして同じ質問を繰り返したのはラウラである。

 もうじき晩ご飯の時間になろうとした時、珍しく来客が訪れた。

 それは構わなかったのだが、問題は相手の素性だ。


 メイルプル王国の中でもエリートと呼ばれる近衛隊。

 その近衛隊の中でもトップに君臨する近衛隊隊長がやってきたのが問題だった。

 余談ではあるが、メイルプル王国では「騎士」、アルデスト帝国では「兵士」、という単語が使われる。


(身なりからしても近衛隊っていうのは本当だろうけど……)


 メイルプル王国騎士隊の紋章が入った軽鎧を見につけている。

 目の前の少女はラウラよりも背が低くどうみても子供にしか見えない。

 薄い赤の髪に琥珀色の瞳をしており、興味津々といった感じで城の中を見ている。

 彼女の後ろに控えているほかの騎士だろう彼女より若干質の下がる鎧に身を包んだ人達を見るにやはり一番階級が高いのは恐らく彼女と予測出来た。


 だが、興味があったから来た、なんて誰が信じるだろうか。

 そんなラウラの表情を見て少女の斜め後ろに立っていた人物が一歩前に出て口を開く。

 見た目は四十歳前後だろうか。

 穏やかそうな雰囲気を纏ってはいるが、隙の無い立ち姿はかなりの力量を秘めていると感じさせる。


「申し訳ありません、うちの隊長はいつもこうでして……。あなた方は異世界王国と名乗っているそうですね。だとすれば本来ならばしかるべき手順を踏んだ上で訪問するのが礼儀です。それを失したことについは謝罪を申し上げます」

「いえいえ、名ばかりの王国ですしそこは気にしなくていいのですが」


 丁寧な動きで頭を下げる騎士は「あぁ、失礼しました」と前置きして再度話す。


「申し遅れました、私はエギン・コルコーマと申します。メイルプル王国近衛騎士隊副隊長を務めております。こちらがロリューヌ・セルダントで我が近衛騎士隊の隊長です」

「あれれ、名前言ってなかったっけ? ごめんね」


 小さな口から舌を出してウィンクをするロリューヌ。

 エギンに「失礼ですよ」と言われるも「はいはい」と軽く流すあたり気さくな性格なのかもしれない。

 そしてラウラも突拍子も無い出来事に忘れていた自己紹介を済ます。


「それで、私達は入れてもらえるのかしら?」


 質問口調ではあるが断られると思っていないのか、断られても問題ないのか小さな少女には不安は微塵も感じられない。


「特に何もない城ですが、それでよければどうぞ」


 どうするべきか考えていたラウラだが、相手に敵意は感じられないため通す事に決める。

 近衛隊は全員で十五名。

 決して多くは無いのだが、それでも現在の異世界王国の人数より多かった。


「ところで王国を名乗るからには王がいるんでしょ? 是非一目お会いしたいのだけれど」

「えぇ、今なら恐らく――」


 言葉の途中でラウラは目当ての人物を見つけ呼び止める。

 呼ばれた本人、アルタは珍しい光景に首を傾げながらもラウラのそばまで歩く。


「どうしたんですか?」

「こちらはメイルプル王国の近衛騎士隊の人達でね、興味があったから寄ったそうだよ」


 少しトーンを落とし話し合う二人。


「はぁ……何をすればいいんですか?」

「……なんだろうね」


 ラウラにも相手の目的が掴めていない為、言葉に詰まる。

 そこに二人より背の低い少女が近づく。


「あなたがこの国の王様? 初めまして、私はロリューヌ・セルダント。メイルプル王国の騎士よ」

「え……あ、はい。私はアルタっていいます」


 余りにも軽い挨拶に後ろにいる副隊長エギンが慌てた様子を見せ声を出すがロリューヌは不満げな顔をする。


「この人達は異世界人よ? 私達の世界のやり方に囚われていないわ。それとも何? あの無駄に無駄を重ねた申請方法をやれって? くだらない、あんなの無駄よ」

「しかしですな……」


 渋い顔をしているエギンも思う所があったのか途中で言いよどんでしまう。

 メイルプル王国では新しく何かをしようと思ったらその分野の大臣に申請をして会議を行うのだが、それがとても長い事で有名である。

 もし異世界王国に接触したいと申請すれば結論が出るまで一ヶ月はかかるとロリューヌは予想していた。

 そして何より危険かもしれない事には安易に首を突っ込まないべきだという意見をよく出すガッシュ外交大臣が居る限り申請が通る可能性は限りなく低いとも。


「ガッシュ大臣にまた怒られますよ?」

「ならまた『騎士を首にすれば?』って言い返すわよ」

「……全く、ただでさえ隊長は良く思われてませんのに余計睨まれますよ?」


 エギンの忠告をどこ吹く風といった感じで聞き流す。

 そしてアルタへと顔を向ける。


「そうだ、今日泊めてくれないかしら?」


 手をパンと合わせいい案だとばかりにアルタへと問う。

 一瞬悩んだアルタだが、既に外も暗く日はほとんど沈んでいる。

 となればアルタの答えは一つしか出なかった。


「ここで良ければ、どうぞ」


 二人の背後でラウラとエギンがため息をついた。





「飲め飲め! いやーここのメンツは飲める奴がいなくてよー」

「はっはっは! そういう事なら今日はトコトン付き合ってやるさ!」

「しかし良い酒を用意してるな。こりゃ美味い!」


 ロリューヌ達は夕食がまだという事でアルタ達は夕食を振舞った。

 今日の当番はヴァーニだったが、ラウラと交代してこの世界でも割とありふれているメニューとなっている。

 ブルーガイと兵士達は早くに打ち解け、次々と酒瓶の中身を消していく。


「食事を分けて下さるどころか夕食に同席させて頂けるとは光栄です、アルタ王」

「うぇっ……いえ、お気になさらずに……」


 メイルプル式であるがエギンの丁寧な礼を受け驚きとなんだか申し訳なさを感じるアルタ。

 何となく「国」という言葉を使っただけで正直なところアルタ自身は権力といったものには興味がない。

 そしてそういった対応をされるというのにも慣れておらず、困惑するだけであった。


 城の食堂だけあって収容人数は多く、騎士達が入っても問題なく全員が席につけている。

 料理はパンとシチューを全員で分けたあとは大皿に肉料理と魚料理がテーブルに置かれており、やはりというべきか肉料理の周囲には男達が多く陣取っている。


 元々食事時は会話が飛び交う場所ではあるがこの日の夕食はより賑やかで明るい場所となっていた。


「それでアルタ王はどんな世界からきたの?」

「私の世界はもっとお花が咲いてましたね。なので色んな場所で色んな香りが楽しめましたよ。あ、それと王って別につけなくていいです、ほんとに……」


 ロリューヌがアルタを捕まえて食事よりも会話を楽しんでいたり。


「ほほう、これは素晴らしい魔力ですな。複製魔道具が既に発動可能状態になっている。一体どのような鍛練をしてこられたのですか?」

「これといって特別は……。ただ、この世界に来てからより力がついたとは実感していますね」

「なるほど。やはり異世界人の成長力というのは目を見張るものがありますね、我々も負けないよう努力せねば」


 ラウラの魔力量にエギンが目を見開いていたり。


「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ! っしゃああぁぁぁ!」

「うぷっ……く、言うだけあってさすがだな」

「おぉぉぉ! またブルーガイ殿が勝ったぞ! 次は誰がいくんだ!?」


 ブルーガイと騎士達が飲み比べをしていたり。


「今日は楽しいですねぇ~」

「おっ、これうめぇ! もいっこ食べよう」

「たまには賑やかなのもいいもんじゃな」


 マイペースな三人がいつもの席でいつものように食事をしていたり。


 そしてアルタの世界の話を聞いていたロリューヌはこの城に到着した時に思った疑問をふと思い出しアルタへと質問する。


「そういえばこの城って厩舎が見当たらなかったけど馬はいないの?」

「いませんね。買おうと思った事はあるんですがちょっと予算が……」

「あっ、もしかして何か魔道具を使ってるの? あそこに居るの帝国のアリーシャ研究員でしょ? 彼女の事はメイルプル王国でも有名よ。と言っても大臣かそれに相当する権力の持ち主の間では、だけど」


 メイルプル王国でもアルデスト帝国の動きは常に警戒しており、可能な限り情報は集めている。

 故に隊長格であるロリューヌが密かに実験を行っていたアリーシャの存在を知っていた。


「いえ、アリーシャさんは関係ないですよ。私専用の魔道具で転移しています」

「専用……?」


 基本的に魔道具というのは魔力さえ注げば誰にでも扱えるようになっている。

 少なくともロリューヌが知っている魔道具は全てそういった仕組みだった。

 アルタも自分専用という事は分かっていたが、なぜそうなのかまでは分からずいまいち要領を得ない説明となったが、ロリューヌも詳しい訳ではなく早々に思考する事を諦めた。


「だったら一度私も体験させて貰えないかしら?」


 防具を装着する際に全く邪魔にならない平らな胸を張るロリューヌ。

 頭で分からないのならば実際に経験すればいい、それがロリューヌの出した結論だった。

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