25話「ペット的な」
「はぁー。落ち着くな、ここは」
望は食堂で一人そう呟いた。
黒い魔物から逃げ切った後は名も無き村へと寄り住民に知らせた。
この地に生息している魔物だと思っていたのだが、魔物の見た目や性質を挙げても誰も知らないと口を揃えたのであ
る。
魔物についての情報は一切手に入らなかったが、自分達は恐らく倒せていないという事実を告げ、もし村に近づいた
ら逃げる事を勧めて城へと帰還した。
慌しい時間だった為かしばらく何も口にしていなかった望は食堂にて渇きを潤していた。
「さて、風呂でも入るか」
戦闘により随分汚れている。
水を張ったり沸かしたりするのにも城にある魔道具がやってくれる。
勿論使った分貯めた魔力を消費するのだが、魔法は使えない望にも魔力はある為こうして魔道具一回分くらいならば
問題なく補填できる。
戦闘時に斬撃を飛ばす「剣閃」と呼ばれている技術に関しても魔力は使い、最近では魔力保有量自体も増えているた
めラウラに変わってたまに城の中の魔道具の点検をすることもある。
更に言えばこの城の風呂は男女別の大浴場に別れており毎日温泉気分が味わえるのだ。
慣れてくれば有難みは薄れるものの、それでも元の世界で入っていた一人暮らし用の狭い風呂とは比べものにならな
い快適さであった。
魔冷庫によって冷やされた水を飲み人心地ついたところで大浴場に歩いていこうとしたその時。
「あ、いたいた。ノゾムちょっと手伝ってもらえますか?」
「アルタ? どうしたの?」
いつの間にか機嫌も直り笑顔を取り戻したアルタが食堂へとやってきた。
肩には先ほどまで別の女性が使っていたと思われる鞄がかけられている。
「あれ、その鞄って魔道具だよね」
「そうです。卵が入ってるので食料庫に入れようと思って」
それを聞いて望はなるほど、と思った。
卵は一人で運ぶには少し手間取る大きさでありアルタは手伝いを申し込む。
「んじゃ行こうか。今食料庫も一杯だから置く場所考えないとね」
「今日はもう疲れたのでプリンは明日作ろうと思ってます。卵はとりあえず邪魔にならない所に置きましょう」
食堂の奥にある調理場の突き当たり。
そこにある銀色の扉を開け階段を降りていくと地下にあたる部分に食料庫があり、現在は買い物をしたばかりなのか
豊富な量の食材が蓄えられている。
この場所にも城の魔道具が設置されており、その効果はで食料が腐りにくいというものである。
一般家庭でなく城の食料庫だけあってその床面積もそれに見合って広い。
照明もある為息苦しさを感じることなく二人は野菜の入った木箱、肉の置かれた棚、ニンジンのみが入った大きな木
箱を通り過ぎる。
「なんでニンジン専用があるんだ……」
「あぁ、コレはヴァーニさんが自分で用意したやつですね」
呆れた声を出す望に困ったような笑顔で答えるアルタ。
ヴァーニが当番の日は大量のニンジン料理が出てくるが合点がいった。
「ここに置きましょうか」
アルタがそう言い鞄を地面に置く。
そして魔道具の中から魔道具を出す、という手順を踏んで卵を出す。
すぐに望が手を貸し二人でゆっくりと地面に下ろす。
「んじゃ戻るか」
「はいっ」
問題なく保管でき、二人が卵に背を向けたその時――。
――ピシ
「ん? 何か言った?」
「いいえ、私は何も……」
――パキッ、ピキキ
思わず、といった感じで音のする背後を振り返る二人。
「……うそだろ!?」
「え? なに? もしかしてこれ、孵っちゃいます?」
「た、多分」
言葉を交わしている間にも卵はヒビが増え続ける。
そして殻の弾けるひときわ大きな音と共に――
「ピューィ!」
小さなドラゴンが誕生した。
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「――で、これがコキュルスの子供ってことだね」
二人はすぐさま食料庫を飛び出した。
毎度のように困った時はラウラを呼んだ。
慌てふためく二人を宥め一度皆を会議室に集めたラウラは事の顛末を聞き納得したようにそう言った。
現在コキュルスの幼体は会議室のテーブルの上に乗りアルタの手に擦り寄っている。
白いふわふわの羽毛、微かに青が入る三つに分かれた尾。
生体になった姿は誰も知らないが少なくとも赤子は愛くるしいといっていい姿をしている。
「んで、食うのかこれ?」
「食べませんッ!」
頬杖をついて大して興味も無さそうにしているブルーガイの言葉を真に受けたアルタはコキュルスの幼体をその手に
抱きかかえてブルーガイから離れる。
「冗談だっての」
「……ブルーさんは今晩お肉抜きです」
話が始まってから様子を見ていたアリーシャ。
コキュルスの幼体とアルタを交互に見て、しばらく思案顔だったが慎重に口を挟む。
「あの、アルタさんノゾムさん」
「なんですか?」
「なに?」
「もしかしてお二人はコキュルスの幼体に親だと思われてますか?」
会議が始まってからコキュルスの幼体はアルタと望の元ばかり往復している。
アルタと望の間にはブルーガイが座っているが完全に素通りである。
そしてその他のメンバーのところにも行こうとはせずひたすら二人の間を行き来していたのだ。
そして現在もピュイ、と高音の可愛らしい声で鳴くとアルタの腕から抜け出し望のところへとよちよち歩いていく。
「先程からアルタちゃんとノゾムの所ばかりを行き来しておるの」
「じゃあアルタちゃんがママで、ノゾムくんがパパですねぇ~」
「ま、ママ……じゃあ私が、ノゾムと……」
ヴァーニの言葉を聞いたアルタがみるみる顔を真っ赤にさせて俯く。
ノゾムは鳥のヒナみたいなものか、と思いながら自らの腕と戯れるコキュルスの幼体を眺めていた。
「そういえばぁ~、この子の本当のパパとママはいなかったんですよねぇ~?」
「そうだな。黒い魔物だけでドラゴンなんていなかったぜ」
「ドラゴンは基本卵から離れる事がないと言われてますからね。恐らくはあの黒い魔物に――」
ドラゴンの卵を手に入れようというのはメイルプル王国、アルデスト帝国共に試みたことがある。
しかしただでさえ人間には過酷な環境に生息し、近づくだけで完全に臨戦態勢に入るドラゴンに対し卵を無事に奪取
するというのは非常に困難を極め、一度も成功した例は報告されていない。
ドラゴンの習性から本当の親は既に存在して居ない可能性が高いという事実に、王国メンバーは無邪気に振舞うコキ
ュルスの幼体が可哀想に思えてきた。
少し暗くなった場の空気を飛ばすような明るい声が割り込む。
「なぁなぁ、俺エサやりたい! あ、ドラゴンって何を食べるんだ!?」
中二心を刺激するドラゴンの登場にいつもの仰々しい喋り方ではなく素になっているドラク。
「ドラゴンは生態に謎の部分が多いですからね……」
「生肉とかやっときゃ食うんじゃねぇか?」
「赤子だったらミルクとか飲むかのぅ」
「ニンジンあげてみますかぁ~?」
思い思いに意見を出す王国メンバー達がアレコレと意見を出す。
「うーん、とりあえず食堂に行こうか。何を食べるか分からないとこれから用意もしてあげられないしね」
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「よし、まずはオレからだ」
食堂に着いた一同はドラゴンが食べそうなものをそれぞれ一つずつ用意した。
誰からあげるか揉めたが、ジャンケンで見事勝利したブルーガイが一番手である。
ドラゴン自体には興味無さそうだったのに、勝負らしきことになると途端にやる気を出し腕まくりもしている始末。
手に持っているのは掌に乗るサイズの生肉。
アルタの前に行き、その腕に抱かれているコキュルスの幼体にエサを差し出す。
「おらエサだぞ。しっかり食えよ」
「……」
コキュルスの幼体はアルタに抱かれたまま大人しくなっており、しばらく待ってみても食べる様子はなかった。
選手交代となり、二番手のヴァーニが前に出る。
「じゃあ次はわたしですねぇ~。はい、どうぞ~」
「……」
ヴァーニはニンジンをそのままコキュルスの幼体の前に差し出すが、先程と同じく食べる事はなかった。
「あらら~、食べてくれませんねぇ~」
「あ、これは親であるアルタさんかノゾムさんがエサやりしないと食べないかもしれませんね」
アリーシャが思いついたようにそう提案すると、食堂の椅子に座り皆の様子を見ていたノゾムが立ち上がる。
そしてヴァーニからニンジンを受け取りコキュルスの幼体の口元へと持っていく。
「あっ、食べましたっ!」
ガリガリと音を立てて少しずつ削るようにニンジンを食べるコキュルスの幼体。
一本丸々食べ終わると、ブルーガイの用意した生肉や他のメンバーが持ってきた食料を全て平らげた。
アルタの腕に抱かれたまま満腹まで食べたコキュルスの幼体はそのまますやすやと眠り始めた。
「それで、そのドラゴンはどうするんだい?」
返答の予測は言葉を発したラウラだけでなく異世界王国の全員が分かっていたが、それでも確認の為にラウラはアル
タへと言葉を投げかけた。
「勿論ここで育てますっ!」
「ま、そう言うと思ってたよ。ノゾムもそれでいいかい?」
「俺もそれでいいよ」
孤児院では犬を飼っていた時期もあったし、と望は軽く考える。
それにここで反対してもどうせアルタに押し切られるのが分かっていたからだ。
「それじゃあこれからやる事は決まったね」
「やる事……?」
首を傾げるアルタ。
「名前だよ、名前。ドラゴンの子供、なんて呼び方を続けるわけにもいかないだろう?」
「あぁっ! そうですね。うん、決めましょう!」
「それはいいけどこのドラゴンってオスなの? メスなの?」
望の疑問に答えたのは目の前の二人ではなく後ろにいたアリーシャだった。
「ドラゴンには性別というものはありませんよ。子育ての際にはドラゴン二体が魔力を融合させて卵を作り出し、片方
が卵を守り片方が敵を殲滅するという役割になっているようです」
「魔力で生き物が出来るのか。凄いなそれ」
人間が魔力を融合させてもせいぜい合成魔法が出来上がるだけで普通は生命が生まれるということはない。
だが、元の世界の常識が通じないと思っている望は何となく凄いといった程度の感想が沸くだけであった。
「それじゃあドラゴンらしく強そうな名前にする?」
「いえ、ここは可愛い名前にしましょう」
「おいおい可愛い名前はねーだろう。ここは筋肉の神から名前を取ってマックスマッスルにしようぜ!」
「ふっ、我の名前を使わせてやっても構わないが? 世界をも超える気高きシュバルツルードの名と誇り高き孤高の龍
との融和がこの世界の新たな一歩となり最高にして最強の――」
「豆太朗というのはどうじゃ? ワシの最先端のセンスも参考にしておくれ」
「キャロットちゃんはどうですかぁ~? きっと皆から愛される名前だと思うんですぅ~」
あーだこーだと話し合うメンバー達。
親代わり、という事だけあってアルタが気に入らない名前はどんどんと除外されていく。
一方望はマックスマッスルと豆太朗でなければいいか、という程度の気持ちしか持っていない。関心がない訳ではな
く昔からセンスがイマイチだと言われてきたことと、自分でもそれが分かっている為発言を遠慮しているのだ。
「うーん……あっ、そうだ! チェリーシア、という名前にしましょう」
悩んでいたアルタが弾んだ声で思いついた名前を挙げる。
チェリーシアというのはアルタの元の世界で愛を司る神の名である。
更に破壊神から人々を護ったといわれる守護を司る神を夫とし、二人で愛と平和を人々に与えた存在として、アルタ
の世界では非常に有名で人気のある神となっている。
「あー、いいんじゃないか、うん」
正直センス的な事には自身がない為少し曖昧な返事になってしまったが、望もそれに同意しておく。
どうですか、と言わんばかりの視線を向けられた望はどのみち肯定するしか道は無かったのである。
他のメンバーも二人がそう言うならばとひとまず納得し、コキュルスの幼体はチェリーシア、と名づけられる事が決
定した。
「チェリ、大きくなるんですよー。ふふっ」
ニコニコしながら眠っているチェリーシアに声を掛けるアルタ。
そんな事は願わなくても間違いなく自分たちの誰よりも大きくなると王国メンバーは思っていたが、嬉しそうな顔を
するアルタを見ていつもなら茶化すだろうブルーガイも口を閉じたままであった。
こうして異世界王国に新たなメンバーがまた加わる事となった。
しかし――。
「そういえば結局プリンはどうなったんだ?」
誰かが思い出したようにそう言った瞬間、アルタの笑顔は固まった。




