24話「逃亡戦」
一瞬の攻防ではあったが完全にブルーガイは魔物の動きを上回っていた。
にも関わらずその表情は晴れない。
「多分まだピンピンしてるぞ」
ブルーガイの戦闘時における勘はラウラも認めており、そうなると望も「じゃあ信じる」となるわけで三人の表情は厳しいままである。
そして衝撃で土ぼこりを上げていた岩から魔物がゆっくりと出てくる。
「げ、本当だ」
心底嫌そうな声で望がそう言う。
破壊力ならば王国のメンバーの中でもトップクラスを誇るブルーガイの手加減なしの一撃を喰らった魔物が今までと同じようにゆらりと立っているのだ。
後方から見ていたアルタも望達と同様に眉を寄せており、今の状況が悪い事をあらわしていた。
戦闘慣れしていないアリーシャだけがよく分かっていない顔で近くにいるアルタへと問いかける。
「アルタさん、これ、勝てるんですか?」
「えーっと、どうでしょう? 何か強そうですし隙を見て逃げたいところですね」
卵も手に入れましたし、と付け加えたアルタは周囲を見渡し他には魔物が居ない事を確認する。
となれば今の内ならば一度離脱してしまえば問題なく帰れるはずだ。
そこまで考えて一度前にいる三人に撤退を告げる。
「撤退か、まぁしょうがねぇな。ならもう一回吹き飛ばしてやるぜッ!」
顔に笑みを貼り付け戦うのが楽しいといわんばかりのブルーガイが再び接近する。
先ほどの再現のようにムチのように柔軟性を持った腕を自由自在に操り攻める魔物。
「オイオイこれしか出来ねぇのかぁ!?」
「……っ! ブルーガイ、避けて!」
挑発するような口調で攻撃をいなし射程距離に入った直後、魔物の顔が縦に大きく裂けて魔力が昂ぶっていく。
ラウラが気付き叫ぶも避けられるタイミングではなかった。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」
叫び声と共に魔力を纏った黒い衝撃波が魔物から全方位に放たれブルーガイを襲う。
カローヴァの体当たりとは比べ物にならない衝撃にブルーガイの表情が苦痛で歪む。
「がッ……ってぇな! なんだよこの威力は」
攻撃を受けた事で適度に距離が取れたブルーガイはそのまま望のいる場所まで後退する。
衝撃で口の中が切れたのか一筋の血が唇の端から垂れており、鍛えられ通常の人間より頑丈な体は所々裂傷を負っている。
魔物の周囲は地面が抉れており、その威力が高いことを示している。
安易に近づけなくなったブルーガイは肩で息をしながら隣の二人へと問う。
「おい、どうするよ」
「狙われてるって事は逃げても追いかけてくるよね、きっと」
「……仕方ない、私がやるから二人は時間を稼いでくれるかい?」
やや憂鬱な表情でそう言ったラウラに少し疑問を持ちながらも二人は頷きを返す。
男二人で一言二言言葉を交わすと両者は力強く大地を蹴る。
裂けた顔は元に戻っており先ほどの衝撃波を放つ様子もない。
時間を稼ぐと頼まれたが二人は消極的な戦いをするつもりはなく一気に距離を縮めていく。
ムチの形状ではなく鋭く尖った腕が真っ直ぐに二人を貫かんとするがこれを躱す。
伸びた時と同じ速さで元の長さに戻ったと思えば少し腕を動かして照準を合わせると再び伸びてくる。
新米兵士ならばこれで体を貫かれるだろうが、最初から来ると分かっていれば望にも避ける事が可能であり二人はみるみる魔物との距離を詰めて行った。
「到、着ッ!」
「さっきのお返しだッ!」
最後の一撃を低く屈んで回避した望は素早く両の足を切り裂く。
数瞬の間をおいてブルーガイが顔面を遠慮なく殴り、足を斬られバランスを崩した所に顔を殴られた魔物は折れたように勢いよく後頭部を地面にぶつける。
二人は止まる事なく動き既に離脱していた。
「やったか……?」
「おいノゾム、それお前が前に言ってたふらぐってやつだろ。言うなよ……」
「いや、言わなきゃ次いつ言う機会があるか分からないだろ?」
そんなやり取りをしていると倒れていた魔物がゆっくりと立ち上がる。
立ち上がる動作は自然で望が斬った足は傷一つ無い。
ブルーガイが一撃を叩き込んだ顔部分も同様であった。
「だから言ったじゃねぇか」
「おー、フラグって凄いんだな。身をもって体験したよ」
軽口を叩くも汗がこめかみを流れる。
ドラゴンが帰って来れば三つ巴、最悪両方から狙われるという可能性もあり、そうなれば撤退はより困難となるだろう。
望はちらりと後ろを振り返ると魔法の準備に掛かっているラウラが目を閉じて集中しているのが見える。
体から溢れる魔力は目に見える程であり、威力は期待できそうではあるが今しばらくの時間が必要だろう。
ブルーガイの「もう一度だな」という呟きに短く返事をして再び剣を構える。
今度は魔物を挟撃するようにブルーガイと距離を取って移動する。
魔物のと直線上に並ぶまではある程度離れて並走し、そして一気に加速して接近する。
左右に分かれているにも関わらず腕だけを動かし正確に望達へと槍と化した腕を伸ばす魔物。
(こっちを向いてなくても攻撃に問題なし、か。まぁ元々目なんてなさそうだけど)
気を抜けば串刺しにされてしまう速度だが体を捻り、時にはしゃがみそれを躱す。
更に回避と同時に伸びてきた腕を剣で斬りつけるも金属音がして弾くことしか出来ない。
硬質化しているのか、と早々に諦めた望は避ける事だけに専念して未だ腕しか動かさない魔物へと近づく。
「オラァッ!」
気合の入った声と共に太い木の枝が折れたような音をさせたのは先に到着したブルーガイだ。
片方の手で腕を掴み、もう片方の肘を思い切り魔物の腕の半ばへと叩きつけ見事に折っている。
魔物の腕は鋭く尖っており、先ほど望が諦めた形状と同じものであった。
「なんつー力してんだよほんと」
感心とも呆れとも取れる声でそう独り言を呟く。
そのまま斬りかかり腕を根元から切り落としてやろうかと思っていたが、ブルーガイが折った腕を掴んだまま望へと目を向ける。
接近から一転してバックステップで距離を取った望。
そしてブルーガイの動きを見るとその場で回転し遠心力を付ける。
ブルーガイは望の動きを見るとニヤリと笑い、次に思い切り魔物を殴り飛ばした。
望は飛んできた魔物に対し、遠心力を加えた一撃を胴体へと見舞う。
望が朝に訓練しているのはほぼ毎日であり、それにはブルーガイも付き合っている。
初期の頃より高度な訓練を行っており、連携攻撃も訓練メニューに組み込まれている。
城から少し離れて実際に魔物を使って行うときもあり、望はプレッシャーを感じる事なくいつも通りの感覚で問題なく一連の流れを終えた。
大した抵抗もなく剣を振りぬき間違いなく両断の手ごたえがあった望だが心は晴れない。
(う……何か倒せた気がしない。さっきのブルーガイと同じ心境なのかなこれ)
これが戦士の勘だろうか、等と思いながら後ろを振り返ると倒れた魔物がゆっくりと起き上がるところだった。
「もう嫌になってきた」
「ノゾムがそんな事言うとは珍しいな」
まだ動けるとはいえど体力もいずれ尽きる。
ブルーガイに至っては強烈な衝撃波も受けており消耗は望よりも大きい。
このままだと二人共やられると、マイナスの考えが頭をチラついたその時――。
「お待たせ二人共。よく頑張ってくれたね、下がるといい」
いつもの冷静な声が後ろから聞こえてきた。
声を出した本人、ラウラは体から魔力が迸り両腕を魔物に向けている。
望とブルーガイは初めて見る魔法だったにも関わらず「間違いなくヤバイ」と本能が警告をガンガンと鳴らしたのでそれに従い素早く撤退した。
「完全ではないけれどあまり時間を掛ける訳にもいかないからね。『デモリションブリンガー』!」
魔法名を唱えると体に纏っていた魔力が黒く染まり奔流となって魔物へと向かっていく。
避ける気がないのか微動だにしない魔物はそれに直撃、そして同時に吹き飛ぶ。
「よし、急いで逃げるよッ! ノゾムはアリーシャさんを担いで逃げて!」
手ごたえを感じたラウラはテキパキと指示を出す。
アルタがピクりと反応したが、少し眉を顰めただけで自らも逃げる為に体を反転させた。
「アリーシャさん、乗ってくれ」
「え、乗れって、ノゾムさんに……ですか?」
「ラウラがそう言ってたしね。急いでるって事はまだ倒しきれてないんだと思うよ」
「わ、分かりました」
一部始終を見ていたアリーシャはあんな魔物に追われるのは勘弁だと覚悟を決め小さく「よし」と呟く。
しゃがんだまま待っている望の肩にそっと手を置きおそるおそるその背に体を預ける。
「よ……っと。んじゃ走るね」
「え、えぇ。よ、よろしくお願いします」
皆が周囲の気配を探りながら逃げている間、アリーシャは自らの事を考えていた。
(お、重くないかな? 最近ちょっと食べ過ぎてたかもしれないな……でもまさか背負われる事になるなんて)
異世界王国に来てからというもの健康的な生活が毎日送れている。
研究尽くしだった日々は一日二食や酷いときには一食なんてこともあった。
それが毎日三食となり、皆で食べる美味しさにも気付いて好物が出た日にはおかわりもする程である。
それでも他人に体重が知られるということは早々にないだろうとアリーシャは大して気にしていなかった。
今日この時までは。
「ノ、ノゾムさん」
「んー?」
「あの、私おも……いや、なんでもないです」
聞いたところでどうなる訳でもなく、アリーシャは質問を途中で打ち切った。
望はしばし頭に疑問符を浮かべていたが再び意識を周囲へと向けた。
(こんな事ならちゃんと体重計っておけばよかった)
自分の体重すら知らないアリーシャは軽く後悔していた。
らしくない事を考えていると分かっていても思考は止まらず、望に背負われている間はずっと落ち着かない時間を過ごす事となった。
「――うん、大丈夫。追ってきてはいないようだ」
地面に手を当てて索敵魔法を発動していたラウラが安心したように言う。
その言葉に一同はホッと胸を撫で下ろす。
正直あの魔物とはもう戦いたくは無いとブルーガイを望む四人は思っていた。
攻撃は通じずじわじわと減っていく体力と精神力。
ひとたび戦闘に入ればそれを楽しむ節のあるブルーガイはともかく、望やラウラは特に戦闘が好きという訳ではない。
もう二度と出会いたくないと心底思っていた。
「と、ところでノゾム。そろそろアリーシャさんを降ろしてあげたらどうですか?」
「でも村まではまだ少し距離あるし俺は別に平気だよ」
現在五人がいる場所はカローヴァの生息地に近い場所である。
村まではまだ少し距離があるものの振り切った事が分かった以上ここからは無理に走る必要は無い。
故にまだ背負うと言った望の言葉にアルタの表情は少しむくれてしまう。
「なんだアルタ、疲れたのか。オレがおぶってやろうか?」
「いいえ、私は大丈夫ですよーだ!」
「何怒ってんだ? また腹でも減ってんのか?」
「またってなんですかっ!?」
違います、とアルタが反論しているところにラウラが声を掛ける。
「まぁここからはゆっくり歩いて帰ろうか。アリーシャさん、歩けますか?」
「えぇ、はい。背負われているのもその、少し落ち着きませんし」
「念のためアリーシャさんを挟むように陣形を組んでおこう。さ、行くよ」
ラウラはそれで決定とばかりに言い放つとブルーガイを連れて少し後ろへと移動する。
そうなると望とアルタの二人が前を歩く事になるのだが、二人の間に会話がない。
(こういう時って突くと余計悪化するんだよなぁ)
望は原因は分からなかったが、アルタの機嫌が悪い事だけは理解しており自分の取る行動に頭を悩ませていた。
横目でアルタを見ると片方の頬が膨らんでおり、どうも怒りの表現をしているらしいことが分かる。
日本で施設暮らしをしていた時も女の子が機嫌を損ねるとなだめるのに大層苦労した記憶がある望は慎重に様子を窺った。
てくてくと歩き数分。
二人の間には依然として会話が無く、沈黙がより雰囲気を悪化させているようにも感じるが、それに気付かない振りをして望はアルタへと声をかけた。
「なぁアルタ」
「……なんですか?」
いつもならば笑顔と共にすぐ声が返ってくるのだが今は間が空いており表情も硬い。
「流石に疲れただろ? 村まで背負ってやるから機嫌直してくれよ」
「べ、別にそんなこと……って、え、きゃっ」
「ほらほら遠慮すんなって!」
アルタが乗り気でないのを気にしていない振りをしてやや強引にアルタを背負う。
こういった時はとにかく相手に楽をしてもらう、というのが望のやり方だった。
気の利いた台詞でも思いつけばそれを選ぶのだが、生憎とそのような器用さを持ち合わせてはおらずこういった手段に出るのだ。
「そういえばさぁ、この魔道具凄いよな! 結局寒さなんてほとんど感じなかったよ」
「え、と、うん、そうですね」
「他の魔道具も今度見せて貰おうぜ。あぁそれとさ――」
強引だとしても一方的に楽をしてもらったら後は適当な話題をアレコレと振る。
アルタは驚きからか返事がおざなりになっているがそれも気にせずに望は口を開き話かける。
ただの誤魔化しに過ぎないのだが、大した事のない怒りならば時間が経てばおのずと冷めてしまうものである。
望は早く怒りが消えるのを祈りながら待つのだ。
そして背負われたアルタは機嫌が悪かったことなど頭から消えうせただただ混乱していた。
(ち、近いっ! ふとももにノゾムの手が、手がっ!)
服ごしにではあったがそれでも望の手の暖かさを感じるには十分だった。
アルタの世界では男性が女性にここまで触れるという事は夫婦または婚約してからというのが一般的である。
身の危険がある場合等の緊急措置については別だが、概ねそのような価値観を皆が持っている。
未だに存在する二人の価値観の違いに慌てるのはいつもアルタであり望は気付いてすらいない。
自分だけがあたふたしている事に少し悔しく思う。
(それでも恥ずかしいものは恥ずかしいなぁ。でも――)
もう少しこのままで。
そんな事を思いながら肩に置いた手に少し力をいれて服をギュッと掴んだ。




