23話「卵と魔物」
「見ました? 笑ってましたよ?」
「あー吹き飛ばされたから見てねぇけど、何か想像出来るわ」
ラウラがカローヴァを負かしてから少し。
吹き飛ばされたブルーガイと望が戻ってきてアリーシャは二人に告げた。
「私が弱点を教えたらニヤリって笑ったんですよ。ラウラさんのイメージが少し変わったんですが、実は戦闘狂だった
りします?」
「そんな事はないと思うけど……」
望は否定しようとしたが、一緒に戦った事はあまりなく言葉は途中で途切れてしまう。
「聞こえてますよ。あと、私は別に戦闘狂じゃないですからね」
「あっ、いや、ごめんなさい」
「えっ、いやいや怒ってないので謝らなくてもいいですよ」
ラウラは変な誤解をされた為にそれを解こうとしたが、淡々とした口調が災いし怯えられてしまう。
一つではあるが自身より年上で更にこちらの世界の住民という事で、アリーシャは異世界王国にとってかなり重要な
存在である。
何より少しずつ打ち解けてきたと思っていた中での誤解は避けたかったからハッキリとそれを伝えようとしたら逆効
果だった。
「本当に怒ってないですからね。それより、さっさとミルクを貰っちゃいましょうか」
アリーシャに念を押すように告げ、伏しているカローヴァへと向きなおる。
完全に戦意喪失しているのを確認すると重力魔法を解いて近づく。
「それじゃミルクを頂くよ」
「モー」
ラウラの声に反応して一声鳴いてから腹を横に向けるカローヴァ。
用意しておいた容器が満タンになるまでミルクを入れるとしっかりと蓋を閉める。
「あのあの、それ一口貰えませんか?」
「……ダメだよアルタ。我慢しなさい」
「あぅ」
キラキラと目を輝かせるアルタに少し心を揺さ振られたもののラウラは容器をアリーシャへと手渡す。
「それじゃ預かりますね。一ヶ月は問題なくこの状態を保ったままにさせられます」
アリーシャが箱型の魔道具で保管。
更にその箱型の魔道具を鞄型の魔道具に収納する。
大きさとしては箱型の魔道具の方が大きいのだが吸い込まれるようにして鞄型の魔道具に入っていった。
「便利そうだなそれ」
「えぇ、人の生活を豊かにするのが魔道具ですから」
そう言って鞄の紐を持ち肩にかける。
「それじゃ先に進もうか。村の長の話だとあまり遠くないって話だったし」
「そろそろ活動範囲が村に到達するんでしたね」
詳細は不明ながら経験則からか確信を持った口調で長はそう言っていた。
となれば深部と言われる強力な魔物だらけのエリアまで行かずともコキュルスに会う事が出来る可能性が高い。
勿論そこに卵があるかは不明だが。
「それにしても強かったね。村の人達はどうしてるだろ?」
歩きながら望は疑問を呟く。
小さな村だった為、一晩泊まれば村人全員が大した戦力ではないという事が分かっていた。
それなのに何度もミルクを口にしているのが不思議だったのだ。
「群れの移動に合わせて罠を仕掛けるって言ってましたよ。一ヶ月くらいかけて罠を作って一体かかるかどうかってと
ころらしいです」
その疑問には村に滞在していた時に色々と聞いていたアルタが答えた。
情報をくれた村人は喋り好きだったらしく一時間に渡って罠の仕掛け方などをアルタに伝授したが、今回はそんな暇
はないのでアルタがメンバーに話す事もなかった。
北へと進んでいくに連れて寒さは激しさを増す。
耐性や魔法、魔道具でそれを凌いでいる五人だがそれらも万能ではない。
「ちぃと寒ぃな」
「帝国では以前この辺りで実験をしようと企画が持ち上がりましたが、なるほど頓挫した理由が分かりました」
アリーシャが自身の魔道具アイスコネクトを見るとその効果が限界を迎えそうになっていた。
今はまだ大丈夫だが、これ以上寒くなると耐性を超えた冷気が体を襲うことになる。
重ねがけが出来る魔道具ではあるのだが、数を揃えるとなるとそこそこ大変であり一人がいくつも使うということは
ほとんどない。
「ところでアリーシャさん、実験とやらはやらないの?」
ふと望は気になった事を言う。
戦闘には向かず体力も無いアリーシャが厳しい環境であるこの地域へとやってきたのは目的があったからだ。
しかしそれをいつやるのかそしてどの程度の時間が掛かるのかは一切耳にしていなかった。
質問を受けたアリーシャは「それなら」と言ってポケットから棒を取り出した。
その棒に魔力を流すと魔法陣のようなものが現れたが、少し違う。
淡い光を放っており、アリーシャ以外には理解出来ないものであった。
見た目だけで言えばぱっと見る限りアルタの所有しているゲートキーに近い。
「今も作動しているのですが、これで周囲の魔素を常に測定しているんです」
「へぇ。何かゲートキーに似てるね」
「アルタさんに見せて貰ったので見た目も性能も大きく影響は受けてますね」
研究室が完成してから取り掛かったそれは現在では魔素の濃度を調べる機能しかついていない。
「手探りにはなりますがゆくゆくはゲートキーと同じく歪みに干渉する機能も付けたいですね」
まだ時間はかかりそうですが、と付け加えるが悲観した様子はなくむしろ目には力がある。
歪みに干渉する事が出来る技術は未だ無い。
帝国でやっていたことはあくまで魔素に干渉してその結果歪みが発生するという間接的な方法なのである。
ちなみに名前は「ミールキー」と名づけられている。
現段階ではキーの役割を持っていないが。
「何か手伝えることがあれば言ってくれよ。手伝うからさ」
「ありがとうございます。完成品がすぐそばにあるので頑張りま――あっ!」
話しながら歩いているとアリーシャが石に躓く。
思い切り転ぶか、と思われたが望が抱きとめる形で何とかそれを防ぐ。
そこに前を歩いていたアルタがタイミングよく振り返り驚いた顔をした。
「なっ、何してるんですか!?」
話をしながら歩いていた為、アリーシャの短い悲鳴は聞こえず何となく後ろを振り向いたら二人がくっついていた、
という結論に至り焦る。
同様に前を歩いていたラウラとブルーガイも後ろを振り向いたがすぐに何があったかは察しており特に口を開く様子
はない。
「だ、大丈夫?」
「すみませんお陰で助かりました。いやはや躓いてしまうとはお恥ずかしい」
二人の会話からアルタもようやく何があったのか理解出来た。
しかし何故焦ったのかまでは思考が及ばない。
「じゃ、じゃあブルーさん! アリーシャさんに付いててあげて下さい」
「ん? おう別にいいぜ」
アルタにそう言われたブルーガイは気前のいい返事をしてアリーシャの横まで歩いていく。
望達と一言二言交わすも声までは聞こえなかったが、大方「オレが見ててやるよ」とでも言っているのだろうと予測
出来る。
入れ替わるようにして望がアルタ達の方へと歩いてくる。
ちなみに、ずっと結果の出ていないドラクの特訓に付き合っているブルーガイは不満を出したことが無い。
故に「意外と面倒見がいい」というのが異世界王国メンバーの評価だ。
この流れに違和感を感じた者は居なかったようで何事も無かったかのように五人は再び歩き始める。
しかしラウラだけはこう思っていた。
(わざわざブルーガイをつけたのはわざとか……いや、無意識だろうなぁ)
寒さが少しずつ厳しくなってくる。
奥へと歩いて行くにつれて数メートルはあるだろう岩がゴロゴロと転がっており、前方には崖も見えてきており徒歩
で進むのは気温もさることながら地形的にもそろそろ限界だろうと思われる。
ブルーガイにいたっては魔法も魔道具も使用しておらず、服装もいつも通りのものである。
しかし定期的に筋肉を収縮させることで体の熱を調整しており未だ元気なままだ。
「ふしゅぅうううう……」
体温の調整である「シバリング」を行い呼吸音と共に体がブレるように震える。
「それ怖いんだけど」
「文句言うなよ。オレだってさみーんだ」
目をカッと開き強く拳を握る。
そして一気に筋肉を収縮させるその様は傍から見ると異様な光景でありメンバーの評判はすこぶる悪い。
だが、そうしなければ体温が奪われていく一方なのでブルーガイはそれを辞める事はない。
「かなり低い気温になっているようですね。これ以上は私達も危ないかも――ん?」
「どうかしましたか?」
アリーシャが突然自身の魔道具であるミールキーをじっと見る。
魔法陣のようなものには様々な情報が記載されているが他のメンバーにはそれを理解する事は出来ない。
何とも言えない表情をするアリーシャにラウラが声を掛けるが反応は鈍い。
「いえ……いや、でも。もしかしたら……」
結論が中々出ないのか考え込むアリーシャ。
ラウラは更に突っ込んで聞こうとしたが、そこへアルタの声が聞こえそちらを向く。
「あっ、見て下さい! あれ!」
斜め上を指差すアルタ。
望達はそれに釣られて視線を移動させてゆく。
そして見つける。
「薄い青の大きな卵……あれがコキュルスの卵」
視線の先にはどこから集めたのか大量の藁が敷き詰められており、そこには大きな卵が一つ置かれていた。
長から聞いていた通りの色をしており大きさに関しても恐らく情報通りだろう。
「やったっ! さ、一つ貰っていきましょう!」
「一つしかないけどな」
「……さっ、急いで下さい!」
ブルーガイの突っ込みを無視してメンバーを急かすアルタ。
周囲には生き物の気配は無く、ここまで近づいたにも関わらずドラゴンの姿は見当たらない。
「おかしいですね、卵を育てている間は基本的に離れないはずなのに」
「というよりこの辺りから生き物の気配がしないね。どういう事なんだろうか?」
頭を捻るも答えは出ない。
ドラゴンが他の魔物にやられたのだとしても卵だけが無事なのもおかしい。
相打ちになったのだとしたら戦いの名残がどこかに見られてもいいのだがそれもなかった。
「おーい、こっち来てくれや! 早く収納しちまおうぜ!」
「そうですね。すぐ行きます」
ひとまず目的の卵は目の前であり、障害もない。
だとすれば考えるのは後にしてさっさと撤収するのが得策である。
「目的達成ですねっ! これでプリンが食べられます!」
喜ぶアルタの横でアリーシャが箱型の魔道具に卵を入れ、更にそれを鞄型の魔道具へと仕舞う。
ミルクと同じ方法だったがまだ容量には余裕があるらしくあっさりと入った。
目的の物も手に入れてアルタはご満悦の様子であり、後は帰るだけとなったその時。
「そうですね……ん? 魔道具に反応が――」
「――魔物だッ!」
アリーシャの声に被せるように突如焦ったような望の声が辺りに響き、同時に金属のぶつかる音が鳴る。
全員油断してはいなかった。
だけど気付けなかった。
「どっから沸いてきやがったッ!」
「気配が薄い……? いや、見えてるのにまだ感じ取れない!?」
戦闘に長けているブルーガイとラウラも驚きの顔で強襲した相手を見る。
人型で全身が真っ黒。
遠目から見れば帝国の兵士に見えてしまうかもしれない程に全身が黒い。
だが、それは兜も鎧も見につけておらずただただ真っ黒なのである。
人と呼べるのはそのシルエットだけで 目、耳、鼻、口全てが存在しない。
力を抜いた前傾姿勢のように立ち、腕の部分はダラりと下げている。
(はぁ。こうなると思ったよ)
望は心の中でやっぱりか、と愚痴る。
ドラゴンの棲みかに行くと決定した時点で前の世界のゲームや漫画ならばこれは強敵との対戦フラグだな、と思って
おり他のメンバーよりも警戒を緩めなかっただけである。
気配は感じ取れなかったが常に視線を動かしており運よく敵を捕捉出来た。
ただ、五十メートルは離れているであろう距離から腕を針の様に変形させた上でこの速度の攻撃してくるとは思わな
かった為、反応が遅れ攻撃が掠り頬から血が流れている。
「ノゾムッ!」
アルタが慌てた様子で望へと駆け寄るが再び敵の攻撃が放たれる。
「……くっ!」
攻撃速度が早く、一度見たはずの望が何とか反応出来るかというほどである。
巻き添えになりそうだったアルタを抱えて回避したものの完全に避けきることは出来ず再び体に傷を負った。
「『ヒール』」
即座にヒールを掛けるアルタ。
ものの数秒で完治させると助けて貰った望に礼を言う。
「そ、その、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。こっちこそ回復サンキュ」
いつも通りのやり取りだがアルタの声が固い。
俯いているもののその顔は真っ赤である。
未だ強く抱きかかえられているのが原因なのだが。
「あの、そろそろ降ろしてもらえないかと……その、まだ私達け、け、結婚も、してませんし……ちょっと早いかなー
、なんて」
「え、何? 敵の攻撃きそうだからちょっと待って」
だんだんと声が小さくなり前方に注意を向けている望の耳には後半部分は届かなかった。
敵の手がこちらを向き、高速で腕が伸びる。
回避しようとした望だが、今度は何者かの影が割り込む。
「ッしゃらあぁぁ!」
鋭い凶器となった黒い腕を思い切り殴ると望達へ届く前に地面へと突き刺さった。
「一旦体勢を立て直すぞっ!」
「ブルーガイっ! アルタ、今の内に下がって!」
「え、あと、気をつけて下さいねっ!」
礼を言いながら望がアルタを解放し下がらせると入れ替わるようにラウラが前に出る。
「アリーシャさんも安全な場所まで下がってもらったよ。まぁ射程なんて分からないんだけど」
喋りながら魔力を練る。
そしてカローヴァ戦でも使った重力魔法を黒い魔物に向けて発動させる。
が、相手に変化は見られない。
「効いてない……?」
魔物の周囲は地面が悲鳴を上げるようにミシミシと音を鳴らしているが、肝心の魔物は変わらずその場所に立ってい
る。
そしてしゃがんだかと思うと望達へと向かって大きく跳躍し重力魔法の範囲から脱出した。
「重力魔法の範囲にいながらあれほど跳ぶなんて……」
素直に驚いたよ、と呟くラウラ。
そして距離が近くなった事で一人の男がニヤリと口を歪めた。
「近接上等ッ! いくぜぇぇ!」
掌サイズの石が舞い上がる程に地面を蹴り一気に相手へと迫るブルーガイ。
二十メートル以上あった距離は瞬く間にに半分となった。
危険を察知したのか今度は両の腕をムチのようにしならせ縦横無尽に動かし迎撃を試みる魔物。
まるで雨のように降り注ぐ攻撃であったが、ブルーガイはそれらを全て殴り返し懐へと入る。
「そんなんでオレを止めようなんざあめぇんだよッ!」
渾身の右を魔物の腹部に叩き込む。
同時に遠距離攻撃用の衝撃波も使いその威力を倍増させる。
人間ならば鉄の鎧を着ていようと間違いなく一撃で戦闘が終わるレベルの拳を勢い良く振りぬく。
残念ながら貫通させることは叶わなかったが、魔物は弾丸のように吹き飛び岩へと激突した。
「やったか!?」
「ノゾム、それキミが言ってたフラグってやつじゃないの?」
「たまに言いたくなるんだ。ブルー……」
軽口をたたきながらブルーガイへと声を掛けようとするが、ふと止まる。
目線の先は当然ブルーガイだ。
完璧な一撃を入れたはずであったが、その表情は厳しいものだった。




