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21話「牛、しかし五倍」

 雑草がぽつぽつと生えている程度の地を歩いて数時間。

 見晴らしがよく遠目で見る事はあれど幸い一度も魔物と戦闘することなく進めている。

 なのだが目当てであるミルクを出す魔物には出会えていない。


「アリーシャさん、大丈夫ですか?」

「はぁ、はぁ。え、えぇ……だいじょう……ぶ、ですよ」

「大丈夫じゃねーなコレは」


 普段からあちこちの町で依頼をこなしているアルタ、ラウラ、望、ブルーガイの四人はまだまだ体力に余裕があったが、部屋に閉じこもって研究ばかりをしていたアリーシャは違っていた。

 足取りは重く、肩で息をしており誰の目から見てもへばる寸前であった。


 異世界王国に来る前にあちこち寄り道をしていたのだが、その体力の低さから思いのほか日数が掛かってしまったこともアリーシャの記憶には新しい。

 それでも大丈夫だと思ったのには理由があった。


「もうすぐ、村があるはずです。そこで少し、休ませて、もらえれば……」


 疲労を前面に出してそう言うアリーシャに他の四人は少し驚く。


「あれ、人がこの辺りに住んでいるという情報は無かったと思うのですが」

「うんうん。前に町で地図を見た時はこのあたりには一つも村なんて無かったですよ?」


 ラウラとアルタのその疑問に思い当たる節があったのか「ああ」と頷くアリーシャ。


「地図にはメイルプル王国とアルデスト帝国に属している所しか記載されていませんよ」

「なんで全部載せねぇんだ?」 


 ブルーガイの疑問に望も同意する。

 二人の感覚で言えば分かっているのならば地図に載って当たり前であった。


「二大大国に属していない村は基本的に危険地域という事が多く、集団で移動したり滅んでしまうことがあるからです。特に移動に関しては頻度の多いところもありますからね。それに移動したはいいものの数ヶ月程度で再び元の場所に、なんてことだってあるんです」


 なので基本知っている人から情報を得る事がほとんどですね、と締めくくった。

 この世界での地図というものはそういうものかと全員がひとまず納得した。

 何度かこういった認識の違いを経験するとそれなりに順応するのである。


 アリーシャも異世界王国へ来る前にこの地域の情報は仕入れており、この先に村があることは既に知っている。

 だから体力が無くとも付いてきたのだ。


「へぇ。異世界の文化っていうのは本当に色々……ってもしかしてアレかな?」


 アリーシャの話に感心していた望が指をさす。

 そこには木と藁のようなもので出来た質素ではあるが確かな建物が存在していた。


「ようやくありましたね。聞いた話よりも時間が掛かってたので少し不安に思っていたのですが」

「何はともあれ少し休ませてもらおうか。危険な民族ではないんですよね?」

「えぇ大丈夫ですよ」


 五人が村に辿り着くとそれまでそれぞれ作業をしていた村人が一斉に注目した。

 この村には特に名前は無く、王国や帝国では「名も無き村」と言われる。

 そして村人は基本的に善良で外から来る者を温かく迎え入れる。


「こんな所に来るなんて珍しい! お前さんらはどっから来たんだ?」

「疲れてるだろ? ウチで休んでいくかい?」

「バッカヤロー! 宴会だ宴会、今日は呑むぞー!」


 ゾロゾロと現れる村人に驚きを隠せない五人。

 アリーシャも知識としては歓迎される事を知っていたものの、この対応には面食らってしまった。


 あれよあれよと村の中へ誘導され一番大きな家へと入る。

 そこには歳を感じさせるものの鍛えられた身体を持つ老人が居た。


「騒がしいと思ったら客人か。おれぁこの村の長をやってるもんだ。村の連中にゃあ驚いただろうがまぁ座ってくれや」


 威圧している訳ではないが、力のある声でそう言う老人。


「これはどうも。えーっと、私達はどうしてこんなに歓迎されてるのですかね?」

「こんな場所に来るなんて物好きはそうそう居ないから皆珍しがってるだけさ。あぁ、言っておくがこの村には宿なんてねぇから今日はここに泊まっていけ」

「は、はぁ。ありがとうございます」


 珍しいから、とラウラにはよく分からない理由で歓迎されているが休めるのなら有難いとその申し出を受ける事にする。


「んで、お前さん達はどんな用があってこんな土地まで足を運んだんだ?」


 五人分の飲み物を持ってきた長があぐらを掻きながら質問をする。

 長の背後には特に興味があるのだろう村人が数人控えており、アルタ達が話すのを今か今かと待っているのが窺える。

 ちなみにこういう時に話すのはほぼラウラであり、その他のメンバーはその周囲で大人しくしている事がほとんどだ。


「この先に美味しいミルクを出す魔物が居ると聞いてやってきました」

「んん? ……あぁ、そいつぁカローヴァだな。おれらもたまにとりに行くが、そんだけの為にわざわざ来たのか?」

「それとドラゴンの卵ですね。コキュルスというドラゴンが生息していると聞いています」

「コキュルスだとぉッ!」


 目を見開いて驚く長。

 後ろで話を聞いていた村人も同様に驚愕を顔に浮かべている。

 しかし当然の反応であった。

 この名も無き村の住民は数年に一度大きな移動を行うのだが、その原因がコキュルスである。


 詳細までは分かっていないが、コキュルスが数年に一度の割合で行動範囲を大きく広げこの土地までやってくる事があるのだ。

 もし遭遇したならばこの村はまず間違いなく壊滅する。

 それを回避する為に常に土地の変化を観察しつつ住民はここで生活している。


「――止めはしないが忠告はしておいてやる。やめておけ」

「そういう訳にはいきませんっ! プリンがかかってますから!」


 少し真面目な顔をした長に対し真面目な顔をしたアルタが反論する。


「ぷ、ぷりん? なんだそれは?」

「お菓子ですよ、お菓子っ!」


 一瞬言っている意味が理解出来なかった長だが、そんな物の為に、と呟いたのがアルタに拾われた。


「そんなものじゃありませんっ! これは私達の譲れないところなのですっ!」

「お、おぉ……お前ぇさんら見た目と違ってクレイジーだな」


 勢いのあるアルタに押され長は曖昧に頷きそう呟いた。


「まぁそういう訳で私達はミルクと卵を手に入れたいのですが、ミルクはこの辺りで採れるんですよね?」

「近場にカローヴァの棲みかはあるが、アレは朝に採るといい。状態のいい物が手に入るじゃろう」


 長のその言葉にアリーシャが少し驚く。


「へぇ。まだ生態がよく分かっていない魔物に分類されているのによくご存知ですね。」

「こんな場所に住んでいるからな。カローヴァのミルクなら今までに何度も飲んでいるから間違いないはずだぞ」

「でしたら明日の朝にしませんか? 保存ならば私の魔道具で新鮮なままを維持出来ますし」


 研究者の性というべきか若干テンションの高いアリーシャ。

 魔物の生態に関しては専門ではないが、興味がないわけではなく既に明日の事を考えてか口元が少し緩んでいる。


「カローヴァについてはまた明日説明してやる。さぁて、部屋に案内してやろう」


 そういって立ち上がった長に続いて五人も立ち上がりそのあとを付いていく。

 案内された部屋は質素ながら広く寝床としては十分であった。


「宴会の準備もまだだろうししばらくのんびりしててくれ」

「色々とありがとうございます」


 気にするな、と言って立ち去った長の背中を見送り五人はあてがわれた部屋に腰を下ろす。


「驚いたね。人が住んでいたのもそうだけどこんなに良くしてもらえるなんて思ってなかったよ」


 改めて感想を述べるラウラに他の四人は同意する。


「私も知識としては知っていましたが、あそこまでの歓迎ぶりだとは思っていませんでした」

「魔物についても教えて貰えるみたいだし何か凄く楽になったね」


 勢いに任せて出発したと思っていたが、思わぬ協力者に出会えた。

 探す手間も省け休む場所まで手に入り五人の機嫌はそこそこに良い。


 更にしばらく待つと宴会の準備が整ったといわれ、そこでも大いにもてなされた。





 翌日。

 村を出て真っ直ぐ北に、枯れた大きな木まで歩いたら東に方向転換しそのまま三十分進む。

 そう教えられた五人は言われた通りに動き目的の場所まで辿り着いた。


「これは牛だね、牛」

「ノゾムの世界にも同じ魔物がいたんですか?」

「魔物っていうか動物なんだけどね。ただ、大きさはこっちのが五倍はあるな」


 望の言葉通り目の前にはカローヴァと呼ばれる人よりも遥かに大きな魔物が群れをなしていた。

 元の世界の牛と同じ見た目ながらも全く違う大きさに望は少し尻ごみしてしまう。


 なぜなら、この世界のカローヴァと呼ばれる牛に限りなく近い生き物は自分より強い存在にしかミルクをとらせないと今日の朝、村を出発する前に長から聞かされたからである。

 一定距離まで近づくと襲い掛かってくる気性の荒さも持っており、ミルクをとる目的以外では名も無き村の住民達も近づく事はない。


 その大きさからくりだされる体当たりは全身を鉄の鎧で固めたとしても簡単に吹き飛ばされる程度には威力が高く、いくら魔力で強化された服を着ているからといっても変わりない。


「しかも相手に傷をつけ過ぎるとミルクの質も落ちるときたもんだ」


 はぁ、と思ったより高い難易度に思わずため息をついてしまうのも仕方ないだろう。

 幸いなのはそこそこに賢く、自身の状況から勝ち目がないと判断すると大人しくなるということだろうか。


「さっ、頑張りましょう!」


 隣にいるアルタは今までにないやる気を見せている。

 とはいえ戦えるわけではないので誰かが怪我をしたら回復するくらいしかやる事はない。


「はぁ、はぁ……やっとついた。あぁ、皆さん頑張ってくださいね」


 アリーシャは筋肉痛になったらしく今日も早々に体力が無くなっている。

 ぎこちない足取りではあったが何とかここまで付いて来れた。


「んじゃとっととやっちまうか!」

「ブルーガ、カローヴァに怪我させすぎちゃダメなのは覚えているね?」

「わーってるって! そっちこそまともに戦えんのか?」

「心配はいらないよ」


 大きな獲物に闘争心が刺激されたのかブルーガイはアルタに負けず劣らずのやる気を見せている。

 ラウラはいつも通りの雰囲気で戦闘準備に入っている。


「フシュルルル……」


 望、ブルーガイ、ラウラの三人がカローヴァに近寄ると相手が警戒を見せる。


「自分より強いと思わせる、そうすると大人しくなるって話だから二人共負けないようにね」

「はんっ! 速攻で決めてやるぜ!」

「本当にでっかいなぁ。ま、頑張るさ」


 有言実行とばかりに真っ先に駆け出したブルーガイ。

 そしてその後を追うように望も地面を強く蹴ってカローヴァへと迫る。

 カローヴァも望達を完全に敵とみなしたのか臨戦態勢に入っておりいつ動いてもおかしくない。


「先制はいただくぜッ!」


 大きく跳躍し腕を振りかぶり、全力ではないもののそこそこに威力を込める。

 そして同時にカローヴァも一気に動く。


 拳と頭がぶつかりあい衝撃音が鳴った。


「ぐっ、うおぉっ!」


 焦ったような声と共に吹き飛ぶブルーガイ。

 しかし突進したカローヴァも勢いをほとんど殺されておりすぐに立ち止まる。


「……正面からはダメだな」


 望は吹き飛んでいった仲間を見てそう一人呟く。

 今回は魔物との戦闘のみを想定していたが、念のためにと持ってきておいた刃引きされた剣を抜いた望は側面に回る。


 望の中の牛といえば基本的に大人しいという印象であったが、その考えを一度捨てる。

 先ほどのブルーガイを見て全力を出さないと自身も同じ目に合うと簡単に予想出来た。


 訓練によって鍛えられこちらに来た当初とは比べ物にならない一撃を横っ腹に見舞おうとするが、


「これでどう……うわっ!」


 攻撃を当てる直前にこちらを振り向きながら器用に前足を動かし、薙ぎ払うように望を攻撃するカローヴァ。

 牛という外見からここまで器用に早く攻撃してくるとは思っていなかった望。

 これも一種の油断である。

 防御はしたもののブルーガイと同じく跳躍してからの攻撃だった為踏ん張りが効かず結局吹き飛ばされてしまう。


「むむ……これは私も参加しますかね」


 魔道具の実験として付いてきたアリーシャだが疲れから座って休んでいた。

 しかし主力の二人があっさりと返り討ちにあった事によりその重い腰を上げる。


(さて、キミの弱点はどこかなーっと)


 相手に意識を集中させる。

 すると視界が一変し世界の色が変わる。

 そしてアリーシャの水色の瞳があるポイントを捉えた。


「首の付け根が弱点ですっ!」


 残っているラウラにそう叫ぶアリーシャ。


 いくら努力したといってもまだ若い。

 それでもアリーシャが帝国で上級研究員を務め、数年に渡って実績を出し続けていたのには理由がある。

 アリーシャの有するスキルは「ウィークスポット」。

 弱い部分を見出す事の出来るスキルでその対象は幅広い。


 これを研究で使い欠陥部分を潰していたのである。

 自身が手がけた魔道具もこのスキルを使って作られており、完成度は非常に高い。


 カローヴァは残ったラウラへと目をつける。

 鼻息は荒く馬のように前足で地面を掻いている。


 今にもその巨体が動きそうだというにも関わらずラウラの表情はいつも通りの冷静さを窺わせるものであった。


(首の付け根……か)


 今しがた掛けられた言葉を脳で反芻させる。

 戦闘に疎く、そしてカローヴァに関しての知識は名も無き村の住民以下だった。

 それなのに何故弱点が分かったのか分からなかったが、ラウラはアリーシャの言葉を信じる。


(私もすっかり影響されてるな)


 こんなに無条件で誰かを信じるなんて、と自分がおかしくてくすりと笑う。

 そしてその笑みを消し掌をカローヴァへと向ける。


「さて、終わりにさせてもらおうか。『ラファームハンマー』」


 掌から一瞬魔法陣が出現し消失する。

 そして次の瞬間にはカローヴァの首元から鈍い音が鳴った。


「『グラビティエリア』」


 唐突に訪れた衝撃にうろたえるカローヴァに追撃で魔法を撃つ。

 一定範囲の重力を変化させるその魔法はダメージを受けたカローヴァをいとも容易く地面へ伏せさせる。


「『ルフト・ディ・ベント』」


 ゆっくりと歩きながらラウラは呪文を唱える。

 これは攻撃でもなければ防御でもない魔法である。

 効果は言語を超えて相手に自身の思いを伝える、というものだ。


 そして自身の重力魔法の範囲ギリギリまで歩きいつもより若干冷たい声で言う。


『さぁ、どっちが強いか分かったろう? まだやるかい?』


 声が僅かに響いて聞こえる。

 空気にラウラの声が溶けてカローヴァへと届く。

 近づく事すら出来ず的確に自身の弱点を狙って攻撃したラウラにカローヴァが持った感情はたった一つ。


「モ、モォォ……」


 恐怖だった。

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