20話「おうさまめいれい」
アリーシャの研究室完成から二週間。
異世界王国のメンバー達は休みの日という事で各々好きなように過ごしていた。
「プリンが食べたいっ!」
昼食後、自室に居たアルタが突如立ち上がりそう叫んだ。
座っていた椅子から立ち上がり両手を胸の辺りに上げ握りこぶしを作っている。
部屋にはアルタ一人しかおらず、当然誰の反応も帰ってこない。
(最近甘いもの食べてないっ! あぁ……プリンが食べたいなぁ)
周りの人よりも弱冠食い気があるものの、スラリとしつつも女性らしさの膨らみを持つその体型は崩れた事がない。
ダイエットをしなくても太らない体質であり世の女性達は羨むことだろう。
故にその食欲に負けることもしばしば。
普段町に出かけた時などは屋台での買い食いも多々するのだが、そういった場所では甘いものといえば果物をカットして出す程度であり、お菓子といったものはまず出ていない。
こちらの世界に来てから慌しかったこともありすっかり忘れていたが気付いてしまったらもう気持ちは止まらなかった。
(私は王様なんだし……ちょっとくらいワガママ言ってもいいよね、うん!)
王様らしい事をしたかと言われれば実際特に何もしていないのだがそれでも自分は王様である。
そう結論付けたアルタは足早に皆が居るであろう談話室へと足早に向かった。
「皆、至急会議室へと集まってくださいっ!」
談話室の開け放たれた扉をくぐったアルタは力強い声でそう言い放った。
丁度全員が談話室に揃っており、一同は椅子に座ったり寝そべったりしたまま不思議そうな顔でアルタを見る。
「何かあったの?」
いつもと様子が違うアルタに疑問を感じながらも落ち着いた声でラウラがそう返す。
だいたいは長い金髪をそのままにしているのだが、今日はヴァーニの手によって珍しく三つ編みとなっている。
「えぇ、一大事です! さぁ、会議室に!」
「何が一大事なんだよ?」
「いいから早く会議室に行きましょう!」
ブルーガイが問うもアルタは内容を明かさずとにかく連れ出そうとする。
この雰囲気で喋れば流されてしまうと思ったからだ。
僅かにおかしい空気を感じ取ったメンバー達は尚もダラダラとした体勢のままだった。
「……ふむ」
ただ、ラウラだけは読んでいた本をパタンと閉じて席を立つ。
「それじゃ皆、会議室に行こうか」
よく通る声でそう言うと他のメンバーは「りょーかい」と返事をして次々に立ち上がり談話室を後にする。
アリーシャだけは誰にも聞こえない程度の小さな声で、
「……ラウラさんの言う事にはすぐ反応するのか」
と呟きつつ移動した。
「今日大変な事に気付いたんです。実は……この世界に来てから私はお菓子を食べてないんですっ! なので、皆にはお菓子作りに協力してもらおうと思ってます!」
全員が会議室に集められてすぐやる気、というよりは食い気の治まらないアルタは勢いよくそう告げた。
本人は至って真面目なのだが内容が内容である。残念ながらその熱意は他のメンバーには伝わらなかった。
「く、くだらねぇ……。そんな事でいちいちオレらをここに集めたのかよ」
声が届かないと思い呟くようにそう言ったブルーガイだが、聞こえていたらしく直後に鋭い視線を感じすぐにうつむいた。
こうなったアルタが面倒なのは既にブルーガイ知っている。
故にここではもう余計な事は喋らない。
流れに身を任せるのみである。
「今とーってもプリンな気分なんです。だ、か、ら――今日は美味しいプリンの材料がどこで採れるか皆さんで考えましょう!」
料理の腕は問題ない。
しかしこの世界で売られているのを見た事がない以上自分達で作るしかないのだ。
そしてせっかく作るのならば材料にもこだわりたい、アルタはそう思っていた。
「ま、そんな事だろうと思ったよ。特に急ぎの用事もないし私は別に構わないよ。プリンを知らない人の為に材料を伝えると――」
アルタは「一大事」と言っていたがその様子から大した事ではないだろうと予測していたラウラは冷静にそう言った。
付き合いが長いだけあって相手の考えていることくらい何パターンか予想しており想定内の出来事だ。
「あ~それならぁ~ドラゴンの卵を使ってお~っきぃプリン作りましょう~」
「おっきぃプリン……採用します!」
「ちょっと北の方に濃厚な甘さで大層美味しいミルクを出す魔物が生息していると帝国に居た頃聞いた事がありますね」
「美味しいミルク……それも採用します!」
アルタ以外の女性陣も乗り気なのか話はとんとん拍子で進んでいく。
置いてけぼりの男性陣だったが、望が慌てたように口を挟んだ。
「ちょっとちょっと。ドラゴンとか何とか聞こえたんだけど、えっと、本気?」
「もちろん本気ですよ! ブルーさんも『オレとノゾムとラウラがいりゃあドラゴンだって倒せるブルーブルー』って言ってましたし!」
「えっ、なにその語尾。それオレじゃないだろ、どこのブルーガイさんだよ」
そしてそれまで聞く側に回っていたドラクが手をあげて話しに割り込む。
「なぁなぁ、ドラゴンってどこにいるんだ?」
「えっ……と、そういえば見た事ありませんね。アリーシャさんはどこにいるか知ってますか?」
存在は知っているがこの世界に来てから一度も見た事がなかったアルタ。
王国メンバーの中ではアリーシャを除いて自分が一番にこの世界へとやってきているので他へは聞かずアリーシャへと質問を投げかける。
「知識としては知っていますよ。ここからですと北には氷属性のコキュルス、東には風属性のウィグルス、西には土属性のガイルス、南には火属性のフレイルスという種類のドラゴンが生息しています。勿論、どれも強力な力を持っていますので一筋縄ではいかないでしょうね」
本来ドラゴンを討伐するといえば国の軍隊が動くレベルである。
アリーシャも今更ながらそれに気付き眉をひそめる。
思わず甘いものに釣られて自身も会話に混じっていたが、冷静に考えるとこの人数ではとても勝ち目があるとはいえなかった。
「でもまぁ目的は卵だけだし隙を見てちょちょいと取ってくれば何とかなるんじゃねーか?」
「いえ、それはまず無理でしょう。ドラゴンの子育てはたとえ卵から孵ってなくても付きっきりでおこなわれます。それに彼らはその膨大な魔力で目に見えなくても敵を感知することが出来ると言われています」
「何か危険そうじゃのぅ。もうプリンは諦めたらどうじゃ?」
アリーシャの表情から察して止めようとしたフォティスだが、既に火が点き勢いに乗ったアルタは止まらない。
「嫌ですっ! もう我慢出来ませんっ! これは王様命令です!」
「……それじゃ仕方ないの」
どうせ自分は戦いの場には赴かないと軽く肩をすくめて引き下がる。
目で「頑張るんじゃぞ」と他の男性陣に激励を送ると、嫌そうな顔が返ってきた。
ただしドラクだけはドラゴンという単語に目をキラキラさせている。
「それじゃまずはちょっと北に行ってミルクをゲットしましょう。その後はそのまま北上して……えっと、なんとかっていう――」
「コキュルスですね」
「そう、それです! その卵をゲットです!」
「ドラゴンが襲ってきたらどうするんだい?」
質問したのはラウラである。
誰であれ仲間が戦いに行くのをよしとしなかったアルタが目的はどうあれ自分から進んで危険な場所に行こうとしている。
元々争いを嫌う傾向はあるが、最近は人数も増えて必要以上に張っていた気が少しほどけているのである。
そのことを知っていたラウラは今の状況を悪く思ってはいなかった。
(まぁいざとなれば逃げればいいし、それだけの力が私達にはある。このくらいのわがままを言える環境の方がアルタにとってはいいだろう)
最近は見ているだけでも楽しそうにしているのが分かるアルタを見てラウラはそう考えた。
そしてアルタは質問に対し少し考えていたが、ぐっと手を握り口を開く。
「戦いましょう! でも、勝てそうになかったら逃げましょう!」
「ドラゴンですよ!? 逃げるって、逃げ切れるとは思えないのですが。卵を奪うなんて事成功した試しを聞いたことがありませんし」
苦言を呈するアリーシャだったが、周囲の反応は違ったものだった。
「逃げるだけなら問題ないと思うよ」
「そうだな。動けるヤツだけで行けばいけるだろ」
「俺はよく分からないから二人の言う事を信じるよ」
ドラゴンと戦うというのに普段と変わらぬ王国メンバーの態度にアリーシャは疑問を持ちながらも話は終わりを迎える事となった。
「それでは準備をしたら出発です。えっとメンバー五人で、私とラウラ、それにノゾムとブルーガイさん、あとは――」
「あ、そうだ私も連れていってはくれませんか?」
おなじみの転移部屋に集まった五人。
が、その中に興味深そうに部屋を見る人物がいる。
隅々まで見るように視線を動かし、頭の横で括った水色の髪が動く頭に釣られてふらふらと揺れている。
「興味深い部屋ですね」
「そうか? 殺風景だし面白くないだろ」
「いえいえそんな事ありませんよ……っと、これはなんです? ○だったり×だったり書かれていますが」
「それは今よりもっと人数が少なかったときに転移した先の危険度をメモした紙ですね。戦力も増えてもう必要ないだろうけど剥がすのを忘れていました」
へぇ、と返事をしてまた部屋をみるアリーシャ。
研究しかしてこなかった為戦闘能力は皆無だが道案内の役目と開発したばかりの魔道具のテストを兼ねて材料採りのメンバーとなった。
自衛用の魔道具もあるのだが今回は完成が間に合わず丸腰である。
身につけているものといえばいつも研究の際に着ている白衣と鞄のみ。
ナイフくらい持てば、とブルーガイが進言したが「やられるほうが間違いなく早いですね」と謎の自信を持ちながらいい返し結局武器は持っていない。
あらかた見終わると最後に地面に描かれた魔法陣へとその視線が移る。
「これが転移の魔法陣ですか。帝国で見た転移陣よりも大きいですね」
「帝国にも転移陣があるんですか?」
「距離はその地点から首都の各門まで、一度に転移出来るのは三人まで、一日に数度使えば陣の魔力が枯渇する。と、制限はこちらよりありますがね」
ラウラの疑問に答えつつも「この部分は同じ」「この場所は少し違う」等と転移陣を見てぶつぶつと呟くアリーシャ。
これは終わりそうにないと思ったアルタは、パン、と手を打ち鳴らした。
「さて、行きましょうか。まずは目指せ美味しいミルクです!」
フアルキュルレ。
異世界王国よりはるか北に位置し、作物も寒さに強いものしか育たない。
よって人里はゼロではないが少ない。
訪れるのはせいぜいこの辺りの依頼を受けた者達くらいである。
というのがアルタ達が知っているこの地の知識である。
望達が転移した場所はまだ入り口に過ぎないが、更に奥へと進んで行くとより過酷な環境となっている。
そこにはその環境下でも生存できる強い生命力を持った魔物が棲んでおり危険度も増していく。
今回はその危険な場所に向かうのだが、転移した五人の内二名は一分と経たず限界を迎えた。
「ちょっ、寒いんだけど」
「そういや服は全員いつも通りだな」
「ささ、寒いぃぃ。みみみみんな、どどどうして平気なんですすすか?」
「ブルーガイは割と頑丈だからね。ちなみに私は魔法で周囲の温度を調整してるよ」
「私は元々持っていた魔道具でラウラさんと同じ効果を出していますね」
魔法が使えない望と回復魔法しか使えないアルタは特に防寒対策をしていなかった為、気温差にすっかりやられていた。
ブルーガイは寒さにもそこそこの耐久性があり僅かに肌寒い程度となっている。
「ラウラ、頼む! その魔法を俺たちにも掛けてくれないか?」
「あぁごめん。これ自分専用の魔法なんだ」
「ラウラぁ。ななんとかしししてくだささいぃぃ!」
「いや、そう言われても私には何も出来ないってば」
寒さゆえに出来ないというラウラになおも詰め寄る二人。
日々の予定や城の貯蓄、食料の確保等といった普段の生活ではラウラが仕切る事がおおく、それにより「何か困りごとがあればラウラに相談」という習慣がこの二人にはすっかり身に付いていた。
ぎゃーぎゃーとわめく二人を見てこれは帰った方がいいんじゃないかとラウラが思い始めた時、アリーシャが二人に声をかけた。
「でしたら私と同じ魔道具をお貸ししましょうか? あまり上等なものではな――」
「お願いします!」
どちらが言ったのか、それともどちらもだったのか、とにかく二人はアリーシャへと駆け寄った。
「早く! 早く!」と急かして渡されたのは首飾り型の魔道具だった。
「それはアイスコネクトです。首にかけて一度魔力を流せば後は自動的に効果が出続けますよ」
「お……おぉ! 寒くない!」
「生き返ったぁぁ」
周囲の冷気に魔力干渉をしそれを打ち消す魔道具アイスコネクト。
元研究員であれば難なく手に入るレベルの物だが、効果もそれほど高くはない。
その代わり魔力消費は少なく複数身につければそれだけ効果は上乗せされるため魔道具の中でも割と重宝されている部類のものである。
「では、前に進みましょう」
「おー!」
魔道具の力でいつもの調子を取り戻した二人は元気良く前へと歩き出す。
余裕が生まれたせいかあっちにはアレがあるだのこっちにはソレがあるだのと城に居る時と変わらない態度で雑談もしている。
「警戒心ゼロだなあいつら」
「まぁいいじゃないか。今は危険もないし、何よりあの二人らしい」
「置いていかれそうですね。私達も進みましょう」
そう言いながらラウラたちも足を進めるのであった。




