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18話「元研究員」

「お待たせしました」


 アルタは部屋に戻り着替えると再び応接間へと赴いた。

 基本的に使っていない部屋ではあるが、もしも誰か来たらここが使われるのは分かっていたので普段から掃除用魔道具の魔力は切らしていない。

 目を引くような調度品はないが部屋の明かりとして使用されている照明はそこそこ高級品なので失礼にはならないだろう。


 軽く二回ノックをして扉を開けると、手前にラウラが座っておりその向かい側には若い女性が一人座っていた。

 髪は綺麗な水色で、ミディアムの長さの髪を横で一括りにしている。

 目も髪と同じ色をしており優しそうな色に少しキリッとした目付きが不思議な魅力を出していた。


「初めま――いえ、お会いするのは二回目です、よね?」


 アルタは初対面としての挨拶をしようとして途中で気付いた。

 以前水晶洞窟でほんの少しだけ一緒に居た人物だと思い出したのだ。

 ただ、ほんの少し自分の記憶に自身が持てず少し語尾が弱々しい。


「えぇ、以前一度水晶洞窟で会っていますね。覚えて下さっていたとは光栄です」

「アルタ。こっちに来て座ってくれる?」


 記憶が確かだったことに安堵してラウラに言われたように隣へ言って腰を下ろす。

 可愛い柄のふかふかソファーが良かったのだが、ラウラに却下され少しかたい素材のシックなデザインのものとなっているが、やはり可愛いものが良かったと今でも思っている。


「えっと、帝国の方ですよね? どうしてここに?」


 今まで何の接触も無かったのに、と疑問は尽きないが護衛も無しにたった一人で居るということは何か問題事があって困っているのかもしれないと考えた。

 ひとまずお互いの自己紹介をするが、既にアルタの心の中はもしそうであったならば「助けよう」といつもの人のよさが発揮されていた。


 そんなアルタの心境を知らないアリーシャは自分を落ち着かせるようにコホン、と咳払いして少し言いにくそうに話し始めた。


「つい先ほどこちらのラウラさんにはお話したのですが、実は私を異世界王国に入れていただけないかと思いまして……。勿論以前帝国と異世界王国さんが揉めたという過去も存じてますが私は既に帝国と縁を切っています。まぁ一方的に、ですが」


 元帝国の人間という事で気まずさから少し目を逸らしながらそう言うも言葉自体に嘘はない。


「どうして帝国を抜けたんですか?」

「それは……少し、長くなりますが」


 言いにくそうにしているがどのみち聞かなければならないだろうとアルタは頷く事で返事をする。

 それを見てアリーシャは深呼吸をして静かに語り始めた。


「実は――」


 自身と同じ研究者だった父の事。

 父と一緒に平和な世界を作りたかった事。

 その為の研究が実は嘘で、本当の目的は特定の世界に繋ぐ歪みを発生させる事。

 それはこの世界にとって害にしかならないという事。

 研究の最中に父が亡くなるが、それが実は帝国の手による殺害だった事。


 一部は何度思い出しても心の中に黒い感情が湧き出てくるが出来る限り冷静に話した。

 入れてもらえる可能性を上げる為に嘘にならない程度に事実を脚色はしつつも。


「帝国はとにかく大きな歪みを発生させようとしている。だから私は歪みを閉じる手段を持つあなた達の手伝いをしたいんです。どうか私をここに置いてくれませんか?」


 歪みを閉じる。

 そうすれば世界の平和の為に頑張った父の思いを無駄にしなくて済む。

 更に帝国へは間接的にはなるが復讐だって出来る。


 目の前に座っている長い金髪の女性、ラウラにも同じ話をしているが「もう一度話してもらい判断は全てアルタに任せる」と言っていた。

 これでダメなら異世界人にどれだけ効果があるか分からないが所有している道具のどれかを賄賂として使おう、とそんな考えをしているとアルタがバッと立ち上がった。


「分かりました! 今日からあなたもこの国の一員です!」


 拳を胸の辺りでグッと握りそう言い放つ。

 元より困っていたら助けるつもりだったアルタは、アリーシャの話を聞いてその気持ちを一層強めていた。

 想定よりも悲しい話だったからか目元には薄っすらと涙を浮かべており、もはや拒む理由はおろか例え王国の一員でなくとも放っておく気はなかった。


 抜けたとはいえアリーシャは元帝国の人間であるにも関わらず特に何も言われずこれである。

 予期していなかった展開にアリーシャは少し呆けてしまった。


「では決定だね。アリーシャさん、これからよろしくお願いします。料理とかは出来ます? ウチは当番で代わる代わるやっているんですけど」


 そうしている間も話はとんとんと進む。

 ラウラは最初にアリーシャから話を聞いた時点でこうなる事が分かっていた。

 帝国の目的というのも気にはなったが、すぐに出来る事はなさそうだと判断しいつも通りの態度である。


「えっと、本当にいいんですか? 今更言うのもアレですが帝国兵がどうも私を探し回っているみたいでご迷惑掛けると思いますよ?」

「あっ、そういえば青の髪の毛! 前にシャトの町で青い髪の女性を探してる兵士さんと話しました。アリーシャさんの事だったんですね!」


 手をパンと合わせ納得がいったように言うアルタ。


「シャト……あぁ虱潰しに探すとあの町にも当然手は伸びますね。思った以上に探されているみたいでここに来るのに随分遠回りしました」

「ここに居れば安全ですよ。前に兵士さんたちに捕まりそうになってたフォティスさんも今は元気にここで過ごしてますし!」


 ニコニコと笑顔で話しかけてくるアルタを見てアリーシャは自分が考えすぎていたことに気付く。


(これは……疑うのもバカバカしいか)


 あっさりと自分を受け入れるのには何か裏があるのかもしれないとも考えたが、この笑顔が演技だとすれば自分には看破できないであろう。

 そう結論付けたアリーシャは気持ちを切り替え珍しく顔に笑みを浮かべ手を差し出す。


「どこまでお役に立てるか分かりませんが、お世話になります」


 こうして、異世界王国に新たな人が加わった。





 数時間が経過した。

 現在厨房にはアルタが立っており、その後姿はやる気に満ち溢れている。

 本来晩ご飯の担当はラウラだったのだが担当の変更をアルタ自身が申し出て役目を入れ替わった。


「いやーしかし久々だな。楽しみだ」


 普段なら談話室に居る時間だが、食欲をそそる匂いにつられ王国のメンバーは食堂で雑談に興じている。

 うきうきとしている望今晩のメニューは急遽シチューからカレーに変更された。


「そのカレーっていうのはそんなに美味しいんですか?」


 新メンバーであるアリーシャが横に括った髪を指先で弄びながら望へと話しかける。


 こちらへと入る際心象を良くする為に直接異世界王国へは向かわず、研究繋がりの知り合いをあたりいくつか手土産を用意していたのだが、その中の一つに対象の物質をそっくりそのまま複製する魔道具があった。

 それを見つけたアルタが望へとメニューの変更を申し出たのだ。

 望としても久しぶりにカレーが食べられるならとそれを快く承諾し、現在に至る。


「あー、俺の世界だと割と人気はあったかな。大人も子供も好きな人が多かったよ」

「へぇ。それは楽しみですね」

「そういえば別に敬語じゃなくても構わないよ。俺なんか年下なのにこんな喋り方してるし」


 アリーシャの年齢は二十一歳、それに対し望は十九歳。

 望だけでなく同じく十九歳のアルタや二十歳のラウラ、更に十六歳のドラクに関してもアリーシャは敬語を使う。


「これは癖と言いますか、喋る時はこっちの方が楽なんですよね。昔からずっとなのですっかり馴染んでしまって」


 幼い頃より研究に没頭し、会話をする際は常に敬語を使っていたせいかすっかりと板についてしまっている。

 それに研究室では最年少だったアリーシャは年齢の事で何かと突っかかられたりと苦労もした。

 自分はそんな対応を取る人間になりたくないと思うのも自然で、年下である望達の名前を呼ぶ際もさん付けが自分の中でしっくりとくる呼び方であった。


「なるほど。無理してないならいいんだけど」


 理由を聞いた望は納得し、負担でないのなら問題ないかと結論付ける。


「つ、疲れた……まさかあれ程の魔力を持っていかれるとは」


 二人の会話がひと段落ついたところで食堂に新たな人物が入ってきた。

 普段のキリリとした雰囲気は無く、非常にダルそうな声と足取りをしている。


「おうお疲れ! そんなに疲れるものだったのか?」


 ビールを片手にブルーガイがダルそうな人物、ラウラへと労いの言葉を掛ける。


「カレールーだっけ? あの小さな物質を複製するだけでほとんど魔力を持っていかれたよ……これなら皆にもお願いすれば良かった」


 複製魔道具はその機能ゆえにどの国でも重宝されているが、難点が一つ。

 多量の魔力を注ぎ込まなければならないのだ。

 魔法主体で戦うラウラは高い魔力量を誇るが、自身の魔力全てを使っても今晩の分しか複製できなかった。


「えっ!? ラウラさんお一人でやられたんですか? いや、凄いですね……」


 望達にはピンとこない会話だが、持参したアリーシャは別だ。

 複製魔道具を使うとなれば国のトップクラスの魔法使いが数人がかりで事に当たる。

 そうでなければ魔力を消費するだけで何も起こらない、というのがこの魔道具の性質である。

 それを単独で使えたこと自体が凄いのだ。


 ラウラはそのまま厨房へと入っていきアルタに声をかける。


「はい、アルタ。これ」

「ありがとうございます! ラウラ、疲れた顔してますよ。大丈夫ですか?」

「美味しいものを食べたら元気になるからよろしくね」


 アルタは「任せて下さい」と元気に答え再び調理へと戻る。

 人数の増えてきた王国の料理当番は現在一人であり、大変になってきているが本人が楽しそうにやっているのでラウラは手伝うことをせず飲み物を持って食堂へと戻る。

 皆の近くに座りコップに口をつけながら周囲を見渡す。


 周りではドラクとブルーガイが漫才のような会話をしていたり、望と新しく入ったアリーシャが魔道具の話をしている。

 フォティスはヴァーニの今日の出来事をうんうんと頷きながら聞いてやっている。


(平和だなぁ)


 そんな事を思いながらラウラは今のこの環境が好きなのだと自覚する。


 ラウラは普段から積極的に会話に参加するほうではない。

 そして自分の元いた世界の事をあまり話さない。

 正確に言えば話す事がない。


 文明はこの世界とほぼ同じレベルの世界で、そこでラウラは幼い頃より魔法使いとしての鍛練を積んできた。

 両親は共にそこそこ有名な魔法使いで、その一人娘だったラウラは親の期待を一身に受け育った。

 物心ついた頃には既に魔法の練習を毎日毎日していた記憶しかなく、それは厳しいものだった。

 魔力の限界まで魔法を行使し、魔力量と制御、そして使える魔法の種類を増やす。

 倒れることも多かった。


 子供が覚えるには多く、しかしラウラの両親にとっては最低限の魔法を覚えると今度は近接状態での戦闘訓練が始まった。

 魔法使いは接近戦に弱い。

 それを克服する為に瞬時に発動出来る魔法を何度も何度も繰り返しやる。

 発動が遅ければ両親の攻撃がラウラに当たり軽くとはいえ怪我をする。


 傷を負えば回復され、回復が終わればまた訓練。


 幸い両親の魔法の熟練度が高かったため傷跡は一切残っていない。

 しかしラウラの記憶には辛かった日々が今も残る。


 仲間であるアルタを守る為にその力が役立っているものの、かといって幼少の記憶は決して楽しい話ではなくどうやって自分が力を手に入れたかを話す気にはならなかった。

 故にこうして見守ることが多いのだ。



 が、そんなラウラを周りが放っておくかというと当然そんな事はない。


「なぁなぁラウラねーちゃん! 飲み比べしようぜ飲み比べ!」


 そう言ってドラクがラウラへと話かける。

 背後にはブルーガイも控えていた。


「飲み比べ?」

「そう! 誰が一番コレを早く飲み干せるか勝負だ!」


 ドラクが持ってきた空のコップはもはやコップと言っていいのか分からない程度には大きい。

 鍋と言われれば信じてしまう者も出てくるだろう大きさだ。

 しかし側面についた取ってがそれがコップだと主張している。


「どうした? オレに負けるのが怖いかラウラ?」


 そしてアルコールが入っているせいか無駄に挑発をするブルーガイ。

 ラウラはその言葉を聞いてピクリと眉を動かすとニヤリと口を歪めた。


「全く食事前に……。それにこれまで力比べ以外の勝負で私に勝ったことがあったかい?」


 そう言われ過去の記憶を探ったのかブルーガイはびくりと体を跳ねさせた。


「うるせい! これならオレが勝つ!」

「毎度毎度その根拠の無い自信はどこから湧いてくるんだか……」

「よっしゃ用意出来た! にーちゃん達勝負しようぜ!」


 同じコップが三つ。

 それぞれに並々と飲み物が注がれている。

 ドラクは未成年の為、アルコールではなくジュースである。


 審判役にはフォティスとヴァーニが選ばれたらしく、既に近くの椅子に座って三人を見つめている。


「それじゃあ~、すた~とですぅ~!」


 間延びした声が勝負の火蓋を切った。





「なにやってるんですか、これ?」


 カレーが出来上がり食堂へと持ってきたアルタは倒れているドラクとブルーガイを見てそう言った。


「身の程知った結果さ。気にしなくていいよ」


 涼しい顔でそう応えたラウラ。


「なんだか……えっと、賑やかですね。この場所は」

「いつもこんなだよ。早めに慣れると楽しくなるよ」


 勝負の成り行きを見て苦笑いをしているアリーシャの発言に望が返事をする。

 ここなら自身のやりたい事が成し遂げられる。


 何故だかそう感じたアリーシャは自然と口元が綻んだ。

 とはいえ今は目の前の異世界料理が気になる。

 ひとまず考えを頭の片隅へと追いやり見た事もない料理へと手を伸ばした。

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