17話「フォティスの安らぎ」
チチチ、と小鳥の鳴き声を目覚ましに意識が覚醒する。
まだまだ早い時間ではあるが毎日の事なので特に苦にも感じずベッドから起き上がる。
顔を洗い着替える、という毎日のルーチンを済ませるとカーテンを開け自室の窓から外を眺める。
最近、といっても自身もこちらに来たのは最近だが、それでも最初は誰よりも早く目覚めていた。
それが今では二番目となっている。
(毎朝精が出るのぅ)
フォティスよりも早く起きている人物、ドラクが外で運動を行っている。
普段は変な演技がかった発言や無駄に物騒な発言をしたりもするが唐突に丁寧な言葉遣いになったりもするドラクをフォティスは微笑ましく思っていた。
有り余る若さからとにかく勢いはあるが他人の事を考えていない訳ではない。
人の事を考えられる心を持っているとフォティスは短い時間ながら理解していた。
(あの努力が実らんことを……)
諦める事なく目標に向かうドラクを見てそんな事を思いながらフォティスは自室を出るのであった。
「準備は出来ましたか?」
転移部屋に三人が立っている。
ここだけは他の部屋よりも照明が少なく薄暗い。
メンバーにはあまり評判のよくない場所であるが、部屋に入れば転移するし戻ってくればすぐに部屋から出るので環境が改善されることがないままである。
全員が朝食を終え、いつもの服を着てすっかりトレードマークとなったクラウンの髪飾りを付けアルタは正面に立っている二人にそう問う。
「いつでも行けるよ」
「毎度ながら歩くのだけは大変なんじゃよなぁ」
片方は軽い声で、もう片方は少し億劫そうな声で答える。
後者はフォティスである。
億劫である事には間違いないが、それは移動だけであり目的そのものは楽しみにしている。
フォティスが転移した場所はレイシア湖という場所である。
そしてそこをたまたま通りがかった二人の親子がフォティスを助けた。
母であるルルリアは持病を患っており、こうして月に二度フォティスが薬を直接届ける。
子であるサリアも祖父のように慕っているフォティスが来るのを楽しみにしており、ウード村を訪れる時は昼食を一緒するのがいつものパターンだ。
「歩くって言ったってそんなに時間掛からないじゃないですか」
「そうは言ってものぅ。まさか「歩いて三十分」なんて若い学生が使う歴史の教科書にしか載っていないような言葉が当然のように飛び交うのは中々慣れんもんじゃて」
フォティスの住んでいた世界は文明が非常に発達しており、このユミルキーアという世界を遥かに凌駕していた。
故に不便さに関してはフォティスが一番被害を受けているといっていいだろう。
「ワシも若い頃はスカイムーヴで世界を旅した事もあったがのぅ。それとこれとじゃちと訳が違うて」
「ノゾム、すかいむーぶって何ですか?」
「さぁ……。まぁでも乗り物だと思うよ」
アルタは聞くと話が長くなりそうなフォティスに疑問を返さず望へと問いかけた。
当然ながらフォティスとは違う世界から来た望は明確な返事を返すことが出来なかったが、フォティスの言葉から予想出来る答えをアルタへと告げる。
それは見事に当たっており、スカイムーヴは半球状の防御シールドに覆われた空中移動用の乗り物である。
高度一万メートルまで上昇が可能となっており、中は温度や酸素等の調整が常に行われており快適に過ごせる空間が維持されている。
最高時速は十万キロで、空間を僅かに捻じ曲げる事を数回繰り返し擬似的にその速度での移動が可能となっている。
もし不慮の故障が起こってしまったとしても、別システムで搭載されているトランスポーターが自動で安全な場所へと転移させる。
更にそのトランスポーターが異常を発したとしてもスカイムーヴは世界単位で管理されている為、世界の中心にあるマザーコンピューターがそれを察知し先ほど同様強制的に安全エリアへと転移させるようになっている。
安全に安全を期した結果、一世紀以上も使われているスカイムーヴの死亡事故はゼロという驚異的な数値を出している。
「そろそろ行きましょうか」
ここで無駄に時間を消費させても意味がないとアルタは転移する。
すると何度目にしても綺麗だと思える風景が視界に広がる。
前を見ると広い湖。
水は澄んでいて上から照らす太陽の光をキラキラと反射させている。
この湖には数種類の魚が生息しており、時折遠くで水がパシャンと跳ねている。
「久しぶりに来たけどやっぱりここはいいな」
普段は同行しない望は嬉しそうにそう言う。
この辺りは村人も出歩く程度には安全で、以前一度だけ来た時には「ここでのんびりしたい」と感想を持ったが、その時は皆と一緒でやる事もあったので到着してすぐにこの場を離れたのだ。
「確かに景色はいいですけど、これくらいなら普通じゃないですか?」
「俺の世界じゃ中々無いよこんな綺麗な場所。あったら間違いなく人気のキャンプスポットになってる」
アルタと自分達の世界の違いを話し合う。
今回も残念ながら薬を届けるという大事な用事があるので長居は出来ない。
望は少し名残惜しさを感じながらも二人の護衛としての役割を果たすためウード村へと歩き出した。
「平和そうで何よりだ」
「そうですね」
望がそう言いながら見たのは一言で言うならば「のどかな村」だった。
建物は木材のみを使用し建てられており、村の中心の少し広い場所では子供達が元気に遊んでいる。
大きな町にあった石畳や人々の活気はないが、温かみのある雰囲気がありこの村を使う商人達の評判はいい。
以前ここに来た時には早々に帝国兵と剣を交える事になりのんびりと村を見る事はしていなかった。
(そういえばフォティスさんは狙われてた割に王国には兵士が来ないんだよなぁ。もう大丈夫なんだろうか?)
元々異世界人を集っていたこともありフォティスを王国に招待したものの平和な日々が続いている。
帝国ほどの大きな国であれば探そうと思えば異世界人を集めている王国に調査が入ってもいいのだがそれもない。
(一度共闘したしプラマイゼロで見逃してくれた……とかは流石にないだろうしなぁ)
望には考えても答えが出ず、一度考えを打ち切る。
この世界で強くなったものの結局は一般人の価値観してもっていない望には確信出来るような答えなんて出ない。
三人は元気にはしゃぐ子供達、外に設置されている椅子に腰掛け休んでいる商人らしき者が居る中央の広場を通り村の奥へと進む。
村にしては活気があり何度か畑仕事にでも行くのだろう男達ともすれ違い一つの家へと辿り着く。
フォティスが一歩前に出て木の扉をトントントンと三回ノックする。
「ちぃとばかし早かったが居るかのぅ」
呟くようにそう言うと、しばらくして中からトタトタと足音が聞こえた。
それは少しずつ大きくなり扉へと近づいていることが分かる。
「おじいちゃん! いらっしゃい!」
勢いよく扉が開くと同時に小さな少女がフォティスへと飛び込んだ。
それをしっかりと受け止めるといつものように優しく頭を撫でてやる。
「こんにちはサリア。お母さんはいるかね?」
「いるよ! いまね、お昼ごはんつくってるの」
一月に二度は会っているのだが、毎度喜びを全開にして表現するサリア。
フォティスは孫とも思える十歳の少女とのやり取りが大好きであった。
「おねえちゃんもいらっしゃい。あ、今日はきんにくのおにいちゃんじゃないんだね」
「サリアちゃんこんにちは。今日はブルーさんじゃなくてノゾムが来てくれたんですよ」
「や、久しぶりだね。覚えてないかもしれないけど」
フォティスにしがみついたままサリアはうーん、と考える。
「あっ、怖い兵士さんたちがいたときに助けてくれたおにいちゃんだ!」
帝国兵と一戦を交えた時にサリアはすぐにその場を離れ、望達はその後ものんびりと会話をすることなくフォティスを王国へと連れ帰ったが、おぼろげながらもサリアは望の事を覚えてはいた。
比較的平和なこの村で育ったサリアにとっては衝撃的な一件だったのである。
「サリア、いつまでそこで話してるの? 早く中へご案内してさしあげて」
奥から歩いて出てきたのはサリアに良く似た女性であった。
以前は持病により長時間活動することが出来なかったが、フォティスの薬のお陰で体調は快方に向かっており飲み忘れさえなければ普通に活動出来るようにまでなっている。
「久しぶりじゃのルルリア。体調はどうじゃ?」
「おかげさまで少しずつですが良くなっていってます。以前は辛い時もあったのに本当にありがとうございます。さ、どうぞ中へ」
三人はサリアの母であるルルリアに案内され家の中へと入る。
フォティスはすっかり自分の位置となった椅子に腰を下ろし、いつも一緒に訪れるアルタも同様に座る。
望はどこに座るか少し迷ったが無難にアルタの隣へと座る事にした。
「これが薬じゃ。いつものように使っておくれ」
「ありがとうございます。大したもてなしは出来ませんがお昼は食べていって下さい」
「たべていってくれるよね?」
ルルリアに続いてサリアもフォティスへとお願いする。
それを断れる訳もなく即座に了承の返事を返す。
「それではもうしばらく掛かりますのでゆっくり休んでいて下さい。サリア、迷惑かけちゃダメよ?」
「はーい!」
料理の支度が出来るまでの間、フォティスはサリアに最近の出来事を話す。
とはいえ毎日城に引き篭もっている為話題などはそうないのだが、それでもサリアは楽しそうに頷いたり驚いたりと表情がコロコロ変わる。
「――での、またヴァーニちゃんが作った料理がニンジン尽くしじゃったんじゃよ」
「前もニンジン料理が出たって言ってたよね。あのおねえちゃんそんなにニンジン好きなんだぁ!」
お互いの日常を話す何気ないこの時間。
元の世界に居た頃には趣味の調合をやっていれば幸せだったが、今のフォティスにとっては孫ともいえるサリアとの会話こそがかけがえの無い大切なものとなっている。
「お待たせしました。どうぞたくさん食べてください」
「おぉ、こりゃ美味しそうじゃの」
そしてもう一つの楽しみである娘のように思っているルルリアの手料理。
この世界に来て初めて食べた時から大好きな味である。
「ここまで歩いてきた甲斐があったというもんじゃ。さて、頂くとするかのぅ」
楽しい時間に美味しい料理。
顔に笑みを浮かべつつフォティスはスプーンを手に取った。
昼食が終わり、しばらくサリアと遊ぶ事となったフォティスを家に残しアルタと望は村を歩いていた。
「フォティスさん嬉しそうだったな」
「そうですね。でもここに来る時は毎回あんな感じですよ」
城に居る時とは少し違う表情を見せるフォティス。
「孫大好きってのがよく分かったよ」
「完全にでれでれしてるおじいちゃんって感じですよね」
くすくすと笑いながら二人は話し合う。
今も心底楽しそうにサリアと遊んでいる様子が思い浮かぶ。
話しながら歩いていると商店が並ぶ場所に来ており、アルタは丁度いいと望に一つ提案する。
「あ、今の内にお買い物しちゃいましょうか」
「そうだな。今日はアルタが料理当番だっけ?」
「そうですよ」
王国の料理当番は女性陣が話し合いで決めている。
男性陣は全員料理の腕が女性陣より格段に劣るため除外されている。
ブルーガイとドラクに至ってはありとあらゆる物を焦がしてしまうため料理の為に厨房へ立ち入る事が禁止されている程だ。
「俺はアルタの作る料理が一番好きだなぁ。勿論他の人の料理も美味しいけどね」
「えぇっ!? あ、ありがとうございます」
アルタは「好き」という単語に少し過剰に反応してしまい頬に少し赤みがさす。
元いた世界では男女が二人で出歩くというのは夫婦もしくは結婚を約束した者同士がするものである。
更に相手の料理を褒める場合でも「焼き加減がいい」「調味料の加減が絶妙」など少し具体的に褒めるものが普通であり、望のように「好き」という単語はまず使用しないのだ。
こちらの世界に来てそういった文化の違いは大分緩和されたものの、あちらではプロポーズに該当する贈り物をしてきた望が相手では少し意識してしまっていた。
それにやはり自分が褒められているのは嬉しく、機嫌を良くしたアルタは望へと一歩近寄り声のトーンを一つ上げ話かける。
「えっと、それなら今日はノゾムの好きな物作ってあげますよ?」
「お、ほんとに? それはラッキーだな」
丁度その時、食材を探しているだろう二人を見つけた近くの商売人が威勢のいい声でいつもの営業トークを二人へと投げかけた。
「よぅそこの新婚さん! 夫婦で買い物たぁ珍しいな。安くしとくから俺んとこで買っていかないか!?」
「お、安くしてくれるだって」
「ふ、ふふ夫婦っ!?」
安くなるならラッキーと思った望と違い明らかに動揺するアルタ。
アルタの世界では基本的にこういった話しかけられ方はしないのだが、仮に勘違いされたとしたら必ず男性側が訂正をする。
混乱している頭ではそれをしない望はもしかしたら自分を、と勘違いしそうになっていた。
「今日の晩飯は何なんだ? ウチは色々取り扱ってるぜ!」
「俺の好きな物を作ってくれるんだ。そうだな、久しぶりに具がたくさん入ったシチューがいいなぁ」
「お、いいねぇ! それならこれとあれと、おぉそうだこいつもどうだい?」
いつも通りの態度で店の主人と話す望。
(な、なんでノゾムは普通にして……あ、そうか。こういうのもノゾムにとっては普通なんだ)
ふと冷静になり、同時に少し沈んだ気分になる。
考えがその理由に辿り着く前に望から声がかかった。
「アルタ? おーいアルタ?」
「へっ……? あ、はい、なんでしょう?」
「いやだから今日はシチューがいいなって話」
前を見ると不思議そうな顔をして望が自分を見ていた。
「あ、ごめんなさい聞いてませんでした……。えっとシチューですね! 腕によりをかけて作りますよ!」
聞いてなかった事を謝り一緒に食材を選んで購入する。
少し頬が紅潮していたが幸い気付かれることはなかった。
「まいどありっ!」
食材を買った二人は店を後にする。
時間が経って冷静さを取り戻したアルタはいつも通りの調子で望へと話しかける。
「ちょっとのんびりし過ぎましたね。そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
来た時と同じ道を来た時には無かった荷物を持って歩く。
しかし食材を持っているからか勘違いをした商売人が何度か先ほどのような声をかけてきて、アルタは再び赤面するハメになったのだった。
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何も無かった部屋に三人が現れる。
「戻ってきましたね」
「お疲れ様。材料を食堂に運んでおくよ」
「今日も助かったわい。またよろしく頼むよ」
部屋を出て少し歩くといつもと違う空気が流れていることに気付く。
というより普段使われていない応接間の前にブルーガイ、ヴァーニ、ドラクの三人がなにやら神妙な顔で立っているのだ。
「どうしたんですか? 三人でそんな所に集まって」
アルタが話しかけると部屋の前に立っていた三人は少しトーンを落としひそひそ声で喋る。
「いやー、それがよぉ……」
「さっき急に自分は帝国の研究者って名乗る人が来たんだよ」
「今はラウラさんが対応してますぅ」
帝国とは一度揉めた事もある。
望はフォティスの心配を先程のウード村でしていた事もあり少し顔を歪めた。
「アルタにラウラからの伝言だ。戻ったら身だしなみ整えて入ってくれだとさ」
ブルーガイが扉を親指で指しつつ伝言を伝える。
一体何が起きているのか分からなかったがアルタは頷き急ぎ着替える事とした。




