14話「研究者の決断」
与えられた一室。
そこにいる人物は部屋に備え付けられた他の部屋よりも少し高級な椅子に座り大きくため息を吐く。
「どうして……?」
研究は順調に進んでいた。
自身が開発した歪みを発生させる魔道具「ディクリース」の調整も完璧だったはず。
しかし実際は失敗もいいところだった。
ディクリースは場の魔素を吸収するだけの魔道具である。
歪みの研究で必要となった為、それと平行してアリーシャは開発も行った。
攻撃や防御、補助といった能力は一切備わっておらず、ただただ魔素を吸収するだけのそれは戦闘では一切意味を成さない。。
だがそれが実験では必要だった。
歪みは魔素の濃度が濃厚であったり希薄であったりする場所で発生しやすいというのが研究員達の答えとなっており、それは正しい。
ただ人が数人魔力を使った程度では歪みが発生するという事はまず無い。
ディクリースを使いその場の魔素を急激に吸収し減らす事で場の魔素は一気に不安定となる。
その状態で更に使用を続けるとその場に歪みを発生させる事が出来るのだ。
出力を調整すればある程度歪みの規模もコントロール出来るというのはこれまでの実験で判明していた。
勿論、世界に影響を与える程の力を自在に扱うのは難しい。
今回のように失敗する可能性も十分にあった。
だがアリーシャはそれでも悔しさを抑えられず再び大きくため息を吐いた。
「ふぅ。また調整のやり直――あっ!」
意識を次の実験へと切り替えようとした時、アリーシャは思い出したかのように声を上げた。
「あの子……異世界王国って言ったっけ、あの子の言った事が本当なら――」
実験が上手くいかなかった事、そしてそれが原因で大型の魔物が出現し、最終的には慌しい中水晶洞窟からの撤退ですっかり忘れていた。
「この国と揉めたことがあるって報告が以前きたけどメリットを考えると接触は図れるはず。あ、でも揉めたって事は協力を仰いでも相手が拒否する可能性もあるかな。そうすると何かしら相手の要求に応えられるようにして――」
いつの間にか椅子から立ち上がり、ぐるぐると部屋の中を歩き回ってひとり言を零すアリーシャ。
没頭している時に出る癖の一つだが本人は気付いていない。
たっぷり五分程そうしながら考えを纏める。
「よし」
そして立ち止まり顔を上げる。
「まずは申請しなきゃね」
城外へ出る際の行動は上層部の許可が必要となる。
上級研究員であるアリーシャならば大抵の事は通ってきた。
なので申請に関しては今回も大丈夫だろうと思っていた。
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「何で通らないのよっ!」
バタン、と少し乱暴にドアを閉める。
アリーシャは申請を出しに行ったところ理由を聞かれた。
そこはいつも通りだった為、アリーシャは歪みを閉じられるようになるかもしれないという理由で異世界王国とのコンタクトを取って欲しいと伝えた。
態度からも分かるように、結果としてはアリーシャの申請は却下された。
相手が嫌がる可能性は考えていたアリーシャだが、まさかこの国がそれを嫌がるとは思っていなかった。
上手くいけば研究の目標到達にぐっと近づくという事を何度説明しても、出された結論が覆る事はなくこうして自室へと戻ってきている。
(やっぱり何かがおかしい)
以前から何度も思った。
閉じる又は防ぐ、というのが目的として作られた研究所だがいつまでも歪みを発生させる研究しかしない。
ここにきてアリーシャの帝国に持つ疑惑はいっそう濃くなった。
(こうなったら……ちょっと危険だけど調べてみるしかないかな)
この研究所には特定の権限を持った者しか入れない資料保管室がある。
そこには研究所が建てられた目的が書かれた資料を始め、これまでの研究成果、そしてこれからの研究の方向性などが書かれた重要な資料がある。
当然鍵が掛かっているのだが、その鍵は魔道具となっており解除方法は特定の暗号を入力するというものだ。
資料保管室にはアリーシャの上司であるアルベルトという男が基本的にそこに出入りする。
アルベルトは一年前の23歳の時に研究所の研究長という地位についた。
実力はただの研究員と大差ない彼は半分コネで研究所に入ったようなものなので、優秀だと言われるアリーシャに敵意に近い感情を抱いている。
一緒に居る時はアリーシャに立場を見せ付けるかのように資料保管室によく入って行く。
特に用事が無くても。
そのバカな行動のお陰もあってかアリーシャは既に入力に必要な手順を全て頭の中に入れていた。
勿論今までそれを使った事はない。
特別興味もなかった……今までは。
周囲を警戒しながら資料保管質の前までやってきたアリーシャは素早く記憶していた暗号を入力する。
今の時間帯はこの周辺に人が来る可能性は低い……が、低いだけでゼロではない。
警戒心は最大限まで引き上げる。
入力が終わると鍵は僅かに音を立てた。
ロックが解除されたのだ。
部屋に入る。
構造自体は他の部屋と大差ない。
入れる人間が限られているからか、手入れが行き届いておらず少し埃っぽい。
(研究所発足……建物の間取り……研究員名簿……どれも違う)
触った事がバレないよう注意を払う。
本棚にぎっしりと資料が詰まっており、アリーシャは目を滑らせるようにして目当ての物を探す。
上から順番に素早く。
気になるものはひとまず手に取りパラパラと捲る。
二段目、三段目とその行為を繰り返し続け、四段目。
(……研究の目的……これ!)
はやる心を抑えながら分厚い資料を手に取る。
文字がぎっしりと書かれたその本をパラパラとめくる。
数分程その音だけが部屋を支配していたが、ふいに音がやむ。
(う、そ……でしょ)
アリーシャの視線はある部分を捉えていた。
『研究の真の目的』という項目。
そこにはアリーシャ達研究員に伝えられた内容とは全く違う事が記されていた。
『歪みは各世界へと繋がっている事は周知の事である。この研究では任意の世界へと繋がるよう歪みを調整し、ユミルキーアよりも文明が発達している他世界へ赴き強力な兵器を持ち帰る事を目的としている。これが実現すれば世界の全てを我が国が治める新たなる世界、新たなる歴史が始まるであろう。』
何度か読み返し、ようやく心が内容を理解した。
(お父さんが世界が平和になるようにって頑張ってた研究はなんの為にっ!)
自分達がやって来た事は戦争の為の研究だった。
最初からそれを知っていれば平和を愛していた父親はこの研究に参加しなかったかもしれない。
そうすれば今も生きてくれていたかもしれない。
今も一緒に何かの仕事をしていたのかもしれない。
次から次へともう実現する事はない「今」が心から湧き上がる。
早くなった鼓動を抑えるように大きく深呼吸する。
そして本を棚に戻そうとしたその時。
『未発表』。
という題名の本を見つけた。
この時、既に混乱しているアリーシャが一つの可能性に至ったのはいつでも心に冷静な部分を残すようにと父からの教えがあったからだろう。
先ほどの本よりも遥かに薄いが、紙の質が最初と最後では少し違う。
何かあれば追加されているのだろう。
だからなのか、この本には目次が存在しない。
最初のページは「研究の遅延」というものだった。
当初の計画よりも数ヶ月程研究が遅れていた。
ただ、これは問題無しとされ公表されずに終わっただけらしい。
次は「非公式」。
『ポルタ村そばの森でディクリースを使用し実験を行った。歪みを発生させる事は出来たがメモリーウルフが大量にこちらの世界へとやってきた為、やむなく中断。』と書いてある。
(いつの間にこんな事……)
基本的に魔道具「ディクリース」は開発者のアリーシャに全ての権限がある。
誰かがそれを使用する時、改良する時、いかなる場合においてもアリーシャへの報告が必要となる。
だが、ポルタ村のそばで実験を行ったという報告は受けていない。
聞いていればそんな人の住む近くでやるなんてと止めていたであろう。
次々と明らかになる事実。
更に本を読み進め、あるページでアリーシャの手が止まる。
タイトルは「ヨルム渓谷での事故の真実」というものだった。
(これは……っ!)
極秘として扱われ「実験中の事故で死亡した」としか遺族であるアリーシャですら教えて貰えなかった父親の死の詳細、この本にあるのではないかと思ったが見事的中した。
母親はアリーシャを産んでたった一年で病死。
家族と呼べる人間は父親一人だったアリーシャにとってこの情報は何よりも欲しいものであった。
『ヘルト上級研究員が真実を知った。』この文章から始まっていたそのページをアリーシャは食い入るように見た。
ヘルトというのは父親の名であり、当時は研究者の中でもトップクラスの実力を持つ人物だった。
現在はアリーシャも父と同じ上級研究員となっているがその実力は未だ追いついておらず、父を間近で見てきた本人にもそれはよく分かっている。
久しぶりに見た父の名が僅かに思考を他所へと向かわせたが、すぐに意識を修正する。
ここに書かれている「真実」とは先ほど見た研究所の目的のようだった。
つまり父が自身と同じように何らかの方法でこの情報を入手したのだ。
父に並んだ気がして一瞬喜びそうになったが、ついさっきも考えが逸れそうになったところである。
気を引き締めて続きを読む。
そして――。
「……は……?」
思わず声が出た。
それは酷く掠れていた。
『実験という名目で連れ出したヘルト上級研究員を殺害し遺体は崖から落とした。まず間違いなく魔物が処分するはずである。尚、公表は予定通り「事故」とする。反対さえしなければ良かったものを、彼は愚かな選択をした。』そんな文章が綴られていた。
(え? なにこれ……え?)
真実を知らない者がそれを知ったら当然反対の意見も出てくるだろう。
アリーシャの父もそうだった。
元々だらしない上司に押し付けられた資料整理でこの部屋へと入ったヘルト。
好奇心からいくつか保管されていた資料を読み真実を知った。
そして抑えられない感情を上司にぶつけた事がヘルトの死を確定させた。
(私は、ずっと、騙されていた……?)
研究を完成させて平和な世界をと願った父が殺され、自分は何も知らず父が反対した研究を何年も続けた。
「ヨルム渓谷での事故の真実」の締めくくりは『ヘルト上級研究員の娘であるアリーシャ研究員も反対する可能性が高い。上級研究員までの昇格に留めるように。』と書かれて終わっていた。
最後の文章は上級研究員の更に上はこの部屋に入る権限を持つようになる為、それを防ぐ為に追加されたのであろう。
だが、それを考える余裕は今のアリーシャには無かった。
本を棚へとしまう手は震えている。
資料保管室を出る時、アリーシャは一切の警戒をしていなかったが幸いにも誰かと合うなんて事はなく自室へと戻った。
備え付けの椅子に座り、大きく息を吐くも心境は何も変わらない。
研究を頑張っていた父が国に殺された。
その国の為に自分は働いていたのだ。
全てを知った今は自分がマヌケだとしか思えなかった。
(これからどうしよう……)
既にこの場所で研究していく意志はもうアリーシャにはない。
当然といえるだろう。
激情に駆られ上層部に詰め寄ってもいいのだが、そうすると恐らく自身も殺害されてしまう。
心の中にいつでも冷静な部分を、というヘルトの教えが今のアリーシャにそれをさせない。
(私は研究者だ……考えろ、考えろ……!)
怒りや悲しみが心の中を暴れ回るがそれを抑えつけ思考を働かせる。
いつも優しくて大好きだった父を殺した帝国が憎い。
自分一人では恐らく大した事は出来ないが、それでも一矢報いたい。
アリーシャは拳を強く握り締め、何とか普段どおりの思考を試みる。
普段ならば短い時間でいくつもの手段が思い浮かぶはずだが中々上手くいかない。
それでも何とか一つの答えを出した。
目標を決めればアリーシャの行動は素早かった。
最低限必要な私物、残してはおかない方がいい作成途中の資料、使えそうな備品。
それらを全て一つの大きな鞄に詰める。
資料保管室の本も持っていきたかったが、危険な為それはしない。
それにあの部屋の中でも重要な本は既に読んだ。
頭の中を整理し記憶するのには自信があった。
十分程で用意を済ませ、部屋から出る。
私物をまだいくつか部屋に残しているが、それはわざとである。
これで少しは自分の捜索が行われる事を遅延出来るはずだと考えた。
研究所の出入り口にいる見張りの兵士には研究の息抜きを兼ねて父の墓参りに行くと伝えておくのも忘れない。
これまでに何度もしてきた行為である故に疑われることも無かった。
町へと出て真っ直ぐ門を目指す。
丁度馬車が出ており、それに乗り込むと一息つく。
(あそこに行こう)
行く場所は決まった。
辿り着くまでに研究所から邪魔されないように手も打ってある。
心配なのはこれから行く場所の人々が自分をどう扱うか、である。
(悪い人達には見えなかった。なんとなくだけど、そう感じた)
直感を信じて行動するなんて研究者らしくない、と思いながらも不思議とこの直感は外れていないと思えた。
思い浮かべるのは茶髪に小さなクラウン型の髪飾りをつけた歳の近い女の子。
あの人の良さそうな人物ならば悪くても追い返されるだけで済むだろうと考えた。
こうして、アリーシャは上級研究員の地位と同時に帝国を捨てた。




