13話「召喚された勇者?」
「おおおおお!」
叫び声が洞窟に響き渡る。
「隊列を立て直せ! 鋏が来るぞぉぉぉ!」
指揮が飛ぶと兵士達が素早く固まって防御する。
直後、魔物の鋏が兵士達に向かって振るわれる。
吹き飛んでもおかしくはない威力だったが、厳しい訓練をこなしてきた兵士は根性でこれを耐えぬく。
そして、自分達を攻撃した鋏へ十本の剣が突き立てる。
「ギィィィィイイイ!」
聞く人が思わず不快を感じるような声で叫ぶ魔物。
自由を取り戻そうと剣が刺さった鋏を動かそうとするが、十人もの兵士が押さえ込む。
そのやり取りが行われている隙にサイドからに三つの人影が魔物へと接近。
一人目は思い切り拳を握り締め、魔物の後頭部に力の限りそれを叩きつける。
防御の薄そうな部分は何度も攻撃したが、致命傷は与えられずそれならばと防御を突破する事にしたのだ。
拳が勢いよく振るわれると鈍い衝撃音と同時に魔物の硬い殻に僅かなヒビが入った。
見るからに重厚と分かる殻にはダメージが入ってはいるが、満足出来なかったのか舌打ちをしつつ距離を取り、この後続く人物の為に場所を開けた。
二人目は柄の長い槌を自在に振り回しながら飛ぶように跳躍した後、遠心力を加えヒビの入った箇所へと槌を当てる。
ヒビの入った部分へ直撃した攻撃は先ほどと同じような衝撃音が鳴る。
そして魔物の甲殻の耐久を超えた証として後頭部の殻が割れる。
長い耳を持ったその人物は結果に満足だったのか笑顔で距離を取る。
二人目がその場から離れた後、最後の人影が二人の攻撃した場所に向かう。
悪あがきのように空いている鋏で攻撃してくる魔物だが、それを見越していたかのように回避。
体ごと動かそうとしているのか、鋏を抑えていた兵士達も引っ張られるように動いた。
(ここで決めないと……)
必死に動きを止めようとしている兵士達の残りの体力を考えるとここで仕留めておきたい。
それに、これまでの戦闘で自身も既に半分以上の体力を消耗している。
途中受けたダメージは頼れる味方の魔法によって取り除かれたが、それではスタミナや精神的な疲労は癒されない。
手に持った鋭い刃を魔物へと向け、渾身の力で振るう。
「ギギッ! ……ギ……」
魔物は一瞬大きく動いたが、すぐに動きを緩やかなものへと変え、しばらくして動かなくなった。
「…………お、おぉ、勝ったのか……?」
兵士の一人がそう呟く。
場にいる全員が魔物へと視線を向ける。
呼吸音のみが洞窟に響く。
十秒程全員が魔物を見つめていたが、再び動き出す事はなかった。
トドメを刺した三人目、望も大きく息を吐く。
「やっと終わった……」
戦闘に要した時間は約三十分。
兵士含め十五人いて魔物一体を倒すのにその時間である。
歪みが大きくなったと思ったら巨大なサソリ型の魔物が出現。
急所と思われる部位は強固な殻で覆われており、最初は柔らかい部分を狙って全員が攻撃した。
巨大すぎて切断は試せなかったものの再生能力が非常に高く、斬っても斬っても傷が塞がってしまうのだ。
兵士の体力が限界を迎える前にブルーガイ、ヴァーニ、望が同じ部位を連続で攻撃するという賭けに見事成功し魔物は倒れた。
「三人共大丈夫ですか!?」
戦闘が終わるや否やアルタが三人に駆け寄る。
そして残っていた細かな傷を治していく。
「あー、異世界王国だったか? 助かった。礼を言おう。正直お前ら無しじゃ勝てたかどうか」
全員の治療が終えるのを待っていたかのように兵士の一人が望達へ近寄った。
剣は刃こぼれし、鎧は壊れてこそないものの細かな傷が無数についている。
格の高い者の証であるマントはボロボロになっており新調しなければならないだろう。
「お互い様さ。最後動きを止めてくれて助かったしさ」
「そう言ってくれると気が楽になるぜ」
望が兵士と言葉を交わす。
そこにアルタが割って入る。
「あの、女の人が歪みを自分達が起こしているって言ってましたけど、どういうことですか?」
「ん? あー……」
兵士は一瞬口よどむ。
しかし先程研究者自身が普通に話していた事を思い出しまぁいいかと再び口を開いた。
「何か歪みついて研究してるらしいぜ。こちらはただ護衛しろと言われているだけだがな」
「研究……?」
「ほら、最近多くなったっていう世界転移に関係する事らしいがぶっちゃけよく知らないんだ。まぁ今回みたいな魔物が溢れたら困るし防がなきゃならんだろうさ」
「防ぐ為……なのに今開いていたんですか?」
「そう言われると何とも言えんが……まぁ何か考えでもあるのだろう」
「今までにどのくらいそれを行ってきたのですか?」
「それも分からないな。この隊が護衛の任務につくのはこれが初めてだし」
兵士はそこで話を切ると自分達は仲間と合流すると言って出口へと向かって行った。
「アルタ、歪みを」
「あっ。そうですね」
ラウラが考え込んでいたアルタを促す。
ラウラ本人も先ほどの会話の内容には首をひねるばかりだったが、答えを知っている人物が居なくなったのではしょうがないと頭を切り替えている。
アルタが先頭を歩き、残りの四人がその後ろをゆっくりとついていく。
歪みは先ほどの魔物を排出した時にそのサイズを変化させており、人の何倍もある状態からギリギリ人一人が通れるくらいにまで小さくなっていた。
「小さくなってるな」
「基本的に歪みから何か排出されたら消えるみたいですね。たまに残る事もあるとは聞いた事ありましたが、私もこうやって歪みを見るのは初めてです」
望はアルタと会話しながら歪みを見る。
かつて自分がこの世界に来た時もそういえば歪みはすぐ無くなっていたなと記憶を掘り起こす。
「ん……?」
何気なく歪みを見ていた望だが、その歪みから何かはみ出ている事に気付く。
「なぁアルタ。アレ、何か出てない?」
「えっ?」
望にそう言われ、アルタもじっと歪みを観察する。
ぐにゃぐにゃと歪む景色。
その景色の中に「歪んでいないもの」がアルタの目に入った。
それを認識して声を出そうとしたその時――。
「うぉわぁぁぁ!」
歪みから叫び声と共に一人の少年が出現した。
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「いってて……」
一人の少年は尻をさする。
歩いていたら何故か尻から「落ちた」。
全く意味が分からなかったが痛みを訴える尻をなんとかしようと、とりあえず尻をさする。
数秒ほどで痛みは和らぐが、少年の動きが止まる。
地面にあった視線を上に向けていくと自身の背丈よりも遥かに大きな水晶があったからだ。
水晶は知っていたし宝石といった類を目にした事はあったがどれも爪ほどの大きさであり、ここまで大きなものは生まれてこの方見たことがなかった。
「なんだ……ここは」
驚きのあまり声が掠れてしまい、誰にも聞き取れないであろう音量でそう呟く。
そして一つの可能性が脳内に浮上した。
(もしかして……これが俗に言う召喚!?)
少年は書物で読んだ事があった。
世界の危機に現れる勇者の話を。
遠い異世界より召喚され世界を救う救世主の話を。
(ということはっ!)
バッと勢いよく振り返る。
そして見つけた。
男二人に女三人。
恐らくはこの人物達が自身を呼んだのだろうと予測する。
もちろんただの勘違いなのだが、少年はそう信じ間違っているとは微塵も思っていない。
少年は昔から憧れていた。
強く優しく世界の希望と謳われる、そんな人物になる事を。
今までは何の変哲も無く周りと同じように生きてきた。
いや、少々変わり者のレッテルは貼られていた。
それはともかくさっそく救世主である自分が五人に声を掛けようと立ち上がった所、視界の隅に巨大な何かが見えた。
鋭い鋏に禍々しい深緑色の尻尾。
残念ながら少年の位置からは割れた殻の部分は見えず、まるで無傷のように見えた。
(げっ! いや、待て。最初に強敵のパターン……という事は既に俺には勇者の力が備わっているはず!)
少年は現状の整理を素早くこなすと後ろの人物に向かって叫ぶ。
「誰か知らないが下がっていろ! ここは俺に任せるんだ!」
ポカンとする五人を少し疑問に思ったが、それどころではないと意識を切り替える。
右手を前に突き出し左手でそれを支える。
「『我が右腕に封印されし邪悪なる黒龍よ! 我が魂の呼びかけに応じその力を示せ! イグニッションフレア!』」
洞窟内に少年の声が響き渡る。
声は洞窟内に反響し、そしてシンと静まりかえる。
アルタ達はただただそれを見ていたが、望だけは状況を理解した。
(あの子、中二病だ……絶対)
人物の力量がある程度が分かるようになった望の目には少年は極々普通の男の子に見えた。
故にそう結論付けた。
何も起こらないと分かった途端「何故だ! 俺は召喚された勇者じゃないのか!」だとか「とてつもない力を得たんじゃないのか!?」などと喚いている。
元の世界で中学生が主に罹る心の病だ。
アルタ達の世界では馴染みがないのかよく分かっていない顔をしている。
それを横目に視ながら望は一歩前に出て少年に声をかける。
「なぁ」
「こっちに来ると危ないぞ! いつあそこの化け物が起きるか分からない!」
「いや、あそこの魔物はもう俺達が倒したから死んでるよ」
「……なに?」
「ついでに言うと俺達もキミと同じように別の世界からやってきてる」
そういやこっち来た時は混乱したなぁと思いながらも望は少年に向かって説明をする。
この世界がユミルキーアという名前の世界だということ。
自分達は異世界人同士集まって暮らしているということ。
元の世界へと帰る方法は今の所無いということ。
五分程で望はあらかた話した。
ラウラが帰還の方法が無いと伝えたときは混乱した頭でも気を使っているのが分かるほど言葉を選んでくれていたが、そんなことはしなかった。
実際に異世界にいるというのにこの態度ならば問題ないと判断した。
少年は最初こそポカンとしていたが、顎に手を当て考える素振りをみせながらもすんなりと理解していく。
「なるほど、お前達五人は別の世界から来た勇者ってわけか」
「いや、勇者じゃないけどね俺達」
突っ込みを入れつつも望は目の前の少年が本当に先ほどの話を理解したのか少し不安になる。
「あの……ここじゃなんですし、良かったら城に戻りませんか?」
そう言ったのはアルタだった。
更にラウラが続けて口を開く。
「そうだね。戦闘を終えたばかりで私達も疲れたし。えーと、キミ名前は?」
「俺の名前はドラク・シュバルツルードだ。始祖ヴァンパイアの血を引く偉大なる一族の末裔だ」
胸を張り堂々と自分の名前を誇らしく告げるドラク。
喋っていることに嘘偽りはなく女性のように伸ばした銀色の髪と普通の人間よりも尖った耳がその証拠である。
ただし、その血は限りなく薄く証明するのはその二点だけである。
六人は洞窟を出て、転移陣へと向かう。
ドラクにとっても水晶の洞窟は感銘を受けたらしく、「すっげぇ。ここが……俺の始まりの場所か」と呟くほどだった。
城に到着して談話室へと入るとドスッと音をたてて椅子に座るブルーガイ。
「今日は予想外の事が色々起こって疲れたぜ」
「本当にね。明日は一日休みを入れようか」
ラウラはそう言いながら全員に飲み物を配る。
そしてドラクへと向き座る。
「さて、ドラク。望がほとんど説明しちゃってるけどもう一度簡単に説明するね。私達はキミ同様別の世界からやってきた存在でここで一緒に暮らしているんだ」
「ちゃんと覚えてるぞ。そういえば魔王とかは居ないのか?」
「魔王? そういうのは居ないけど、勝手に外に出ると魔物に襲われる可能性もあるから一人で行動するのは出来れば控えて欲しい」
続いてアルタが口を開く。
「そうですよ。えっと、ドラクくんも一緒にこの王国で暮らしませんか?」
「ん? 王国? 国なのかここは?」
「はいっ! まぁ、名ばかりの国で人数もここにいる人間だけですけどね」
少し恥ずかしそうにそう告げるアルタ。
しかしドラクは長い銀髪を指でくるくると弄び思考に耽りながらブツブツと呟く。
「人の居ない王国そして召喚。これは王道RPGの流れなのは間違いない。となると地道なレベルアップが必要なのか? 確かにゲームの勇者だってレベル1から始まるしな」
全員が近くに集まっている為丸聞こえであったが、誰も突っ込みはしない。
とはいっても望以外は何を言っているのか分かってないだけだが。
そんな望達をよそに一分程考え、ドラクは決断する。
「くくく、いいだろう! 我、ドラク・シュバルツルードは貴様達に手を貸そう! 光栄に思うがいい!」
立ち上がり、右手で顔を覆いそう宣言する。
こうして体に始祖ヴァンパイアの血を流すドラク・シュバルツルードが異世界王国へ仲間入りした。




