12話「不完全なる鍵」
望達は人の声が聞こえる方向へと進んだ。
すると大きな空洞が見えそこに人が居る事が分かった。
しかしそこで見たのは、望がこの世界へと来ることとなった原因そのものである「歪み」だった。
光の人口妖精を顕現させる魔道具、リュミエールの光が捻れた空間に吸い込まれるように伸びる。
多様な色で飾られている洞窟内の空間で、中央に佇むその「歪み」は異様な光景であった。
かつて望が地球で接触した歪みは人間の大きさを優に超える程に大きい歪みだった。
だがここにあるのは同じく円形に景色が歪んでいるもののまだ望の背丈の半分程度しかなく、どことなく弱々しい。
歪みというのはこの世界でも突発的に起こる危険な現象という認識で、かなり問題視されているのは誰しもが知っている事である。
しかしその異常ともいえる現場に居合わせているにも関わらず甲冑の兵士達は誰一人としてうろたえている様子が無い。
白衣を着た研究者らしき格好をしている男女に至っては当たり前のように歪みに近寄っている。
男は、髪型には興味がないといった感じで男性にしては長い髪があちこちにはねている。
背の高さは標準的で兵士達と特に変わりはないが、筋肉が付いていない腕や体はほっそりとしていて見るからに力が無さそうである。
手に持っている紙に色々と書き込んでは歪みを見る、そしてまた紙へと何かを書き込む。
夢中になっているのがその様子から手に取るように分かる。
研究者らしいといえるだろう。
女の方は水色の髪を横に一括りにしているが面倒くさがりなのか少々雑である。
海の浅瀬のような綺麗な水色の瞳は真剣そのものでじっと「歪み」を観察している。
金属で出来たタクトのような物を手にしており、先端の宝石のような石が光っている事から魔法を使用している事が分かる。
白衣の二人は立ち振る舞いからしても戦闘など縁の無い生活を送っていたのは明白であった。
ならば兵士は二人の護衛なのだろう。
その兵士の中にマントを付けているのが二名。
ウード村の出来事から装いで兵士としての階級を判別出来るのを知っていた望はあの二人が強いのだと予測した。
混乱する頭に整理をつけた時、兵士の一人が望を見つけ大きな声で叫ぶ。
「誰だっ!」
兵士の半数、十人もの黒い兵士が足並みを揃えて望に近寄り、隊長であろうマントをつけた兵士が問う。
「私達は見ての通り帝国の兵士だ。お前達は何者だ?」
前回の接触で敵認定されているかと思ったが、どうやら兵士達は自分達の事を知らないらしい。
望はこれなら戦わずに済むかなと思った。
「こっちも見たら分かるだろ? ここにある良質な水晶を探しに来てるんだよ」
「しかし人なぞ滅多にここには来ないはずだぞ」
正体を知られずに済むならそれに越したことは無いと上手くはぐらかし、このまま無事に終わればいいなと思いながらいかにもそれらしい台詞を吐く。
「そんな事知ってるさ。だからこそ儲けられると思わない?」
勿論この異常な光景が気にならない訳ではない。
人物は違えど以前戦った帝国の兵士が居て、更に自分がこの世界にきた原因が目の前にあるのだから。
しかしそれ以上に相手の人数を考えると一度立ち去るのが得策だと考えたのだ。
「ふん、まぁいい。ここは俺達が使っている。帰るなりもっと奥に――」
望を追い払おうとした兵士がふいに言葉を切る。
視線が後方へといっており、望もそれを辿る。
「あれは……歪、み?」
口に手を当て、目を見開き驚くアルタがそこにはいた。
少し後ろに居た仲間達がこの空洞内へと入ってきたのだ。
「ん? 青い肌の男にウサギの耳をした女……。お前達、もしかして異世界王国とかいうところの奴か?」
帝国の兵士は多い。
だが報告や連絡は当然ながら常に行われている。
ここに居る兵士達は全員が異世界王国について報告だけは受けていた。
兵士にズバリ言い当てられ望は内心驚いたが、かろうじて表情には出さなかった。
とはいえそれに大して意味はなく青い肌の男とウサギの耳をした女と一緒にいる望の無言は肯定と取られたであろう。
しばしの間両者は沈黙を保ったがそれを崩したのは兵士の方であった。
戦闘になるかと思ったが相手からは戦意は感じられず、続けられた言葉は意外なものだった。
「まぁ黙って立ち去ってくれればお前達が何者でもいいけどな」
そう兵士は言い捨てた。
自国の特務部隊が異世界王国なる存在に任務の邪魔をされた事は知っていたが、この場を立ち去るというのならば見逃す算段であった。
というのもここに来る道中は決して楽なものではなく、山の麓からずっと魔物に襲われ続けてきており自身も仲間達も疲労がたまっていたからであり、更に言えば異世界王国へは「注意しろ」というだけで討伐対象とはなっていない。
ちなみに望達が楽に水晶洞窟まで辿りつけたのは彼等の後に山へと入り既に魔物が掃討されていたからだ。
歪みが驚異的な自然の力であるという認識を持っている望は一刻も早く退避したかったが、ふと後ろから小さな声が聞こえた。
「やっぱり……魔素の流れがおかしい」
そう呟いたのはアルタである。
異常があった場所はなるべくゲートキーを使って調べる。
ずっと前にラウラに言われ異世界王国全員の世界転移地点やこれまでに見つけた怪しい点は既に調べている。
そしてこの空間の魔素はかつて自分やラウラ、ブルーガイが世界転移した時の流れとはどこか違う、そう思った。
(何かこう不自然、というか無理やり……みたいな?)
違和感は以前にも感じた事があった。
それが今目の前でも起こっている。
「アルタ、もしかしてここも?」
考え事をしているとラウラから声がかかる。
「はい、ポルタ村のメモリーウルフがいた森で調べた感覚と似ています」
「そう。やっぱりこの世界で起きている世界転移には二種類あるって事が確定したと言っていいね」
ラウラはこの世界に来て手に入れた情報の中に「異世界人をよく見かけるようになった」というものがあり一つの仮説を立てていた。
歪みは世界の自然的な異常発生というのは周知の事実だったが、頻度が高くなっているのは世界がよりおかしくなったか、もしくは他の要因によってそれが起きているという二つの可能性。
そしてポルタ村で起きた魔物の大量発生。
アルタのお陰でそれに歪みが関係している線が濃厚となったが、その発生源は「自分達が通った歪みとは違い何か不自然」という情報。
ここで誰かの手によって行われている可能性を引き上げた。
とはいえ仮説は所詮仮説でしかなく証明する事は出来なかった。
今までは。
誰が、どうして、どうやって起こしているのか分からなかったからだ。
しかしそれが今日解決した。
「ラウラ、この場所だけ魔素の濃度が急激に減っています。恐らくあの女の人が持ってる杖のせいです」
今も尚ゲートキーで調べているアルタの口からそんな言葉が出てきた。
(場の魔素の濃度が減っている? よく分からないけれど答えはきっと彼女が持っているだろうね)
分からない事は後ほど答えを持っている人物に聞けばいい、そう判断したラウラは思考を切り替える。
まずやるべき事は目の前の歪みをどうにかすることだ。
「アルタ、ゲートキーを使って歪みは閉じられる?」
「やった事がないので成功するかは分かりませんが、転移の現象なら干渉する事は出来ます」
「そう」
何とかして歪みに近づかなければならない思った時、一人の女性が近づいてきた。
「あなた達、歪みに干渉するって言いました?」
頭の横で束ねられた髪を揺らしながら女性はアルタ達に問いかけた。
帝国研究所の上級研究者であるアリーシャは僅かに聞こえたきた声を拾いそれが自身の研究と関係があると分かった途端、自然と体が動いていた。
「え、はい。えっと、このままだと魔物とか出てくるかもしれませんし危ないですよ」
「この歪みは私達が起こしているんですよ。なので心配いりません」
「あ、アリーシャ殿っ!」
帝国の歪みに関する研究は全てが極秘。
それをあっさり口にしたアリーシャに兵士は非常に慌てた様子で「そんな事を口外してもいいのか」と詰め寄る。
内容こそ注意するものだったが口調が完全に上司へのそれだったことから研究者の地位が高い事が分かる。
「ここ最近どれだけ外で実験してたと思ってるんです? よその国にもとっくにバレてますよ」
兵士の忠言をバッサリと切り捨て、目の前の女性二人へと向き直る。
長年研究を重ねようやく歪みを開くという事のみの干渉が可能となった。
しかし目の前の自分と大差ない年齢の女の子がそれを閉じようというのだ。
最終目標であるその手段を、仕組みを知りたかった。
もし本当にそれが出来るのならば、父の願いが、そして自身の願いでもある研究が完成する。
二人に詰め寄ろうと一歩進んだその瞬間、後ろで驚いたような悲鳴のような、そんな声が上がった。
慌てて振り向くと小さかった歪みが大きくなっていた。
近くにあった三メートルはあったであろう水晶が消えている。
大きくなりすぎた歪みに完全に飲み込まれたのだ。
今まで何度も実験したがこれほどのサイズは初めてでアリーシャはポカンとそれを眺めるしかなかった。
そして――。
「ギシャァァァァァアア!」
一体の魔物が現れた。
巨大な歪みにふさわしい巨大な魔物。
深緑色の甲殻に覆われ、腕の先にはその身体に見合う鋏がついている。
長い尻尾の先端は鋭い針がついていて毒液がじわりと滲み出ている。
「うわ……なにあれサソリ?」
望は元の世界で見た事あるような姿の魔物に思わず呟いた。
勿論サイズは天地ほどの差があったが。
危険な所にはあまり行かず魔物を見る機会もこれまでほとんどないアリーシャではあったが、目の前の存在がとんでもなく危険というのは本能的に理解出来た。
「嘘ッ! こんな大型の魔物が現れるなんて――」
歪みから魔物が出てくるのはまだ理解出来る。
出来るが本来の予測はもっと小型の魔物であったはず。
予定と大きく違う今の現象に戸惑い混乱する。
呆然とそれを見つめていたが、ぐいと腕を強めに引っ張られた。
「アリーシャ上級研究員殿! すぐに避難を!」
そう言い少しでも魔物から離そうとしたのは望と話していた兵士であった。
アリーシャはそれに従い、兵士達の後ろへ移動する。
「これは予定外の出来事、でよろしいですね?」
「……えぇ、そうですね」
「では、非常事態として避難を最優先に私達に従っていただきます」
「しかし、これを何とかしなければ――」
「なりません。想定していたことよりも危険になった場合、速やかにあなた方の安全を確保するのが私達の任務です」
兵士と会話しながらも何がいけなかったのか、何故こんな事になっているのかを考えるアリーシャ。
少しの間前を見つめていたが、すぐに兵士に促され思考は中断することとなる。
「撤退するぞ! そっちの隊は研究員のお二人を護衛してくれ! 私の隊は魔物を食い止める!」
指示を飛ばしながら兵士は自らの部下と共に陣形を組む。
それを見ながらアリーシャは別の兵士達と共に出口へと向かう。
最後に目に映ったのは異世界王国と名乗る人物達が武器を取り出して戦おうとしている姿だった。
「どうすんだ?」
そう言ったもののブルーガイはすっかり戦闘への闘志を昂ぶらせている。
問いかけはあくまで確認の為だった。
「まずはあの魔物を倒します! その後歪みを閉じます!」
「そうこなくっちゃな!」
アルタから欲しい言葉が聞け、掌に拳を叩きつけやる気を見せるブルーガイ。
「それじゃブルーガイとノゾムはいつも通り前衛で、ヴァーニさんは二人が作った隙に攻撃を叩き込んで下さい」
「あぁ、分かった」
「はぁ~い」
ラウラが指示を出し二人が頷く。
そこに先程望と会話をした兵士の声が飛んできた。
「おぉい! お前らこの魔物と戦うのか!?」
「そうだよ。ウチの王様の意向でね」
「そりゃ都合がいい! ちょっと共闘しないか?」
本来の喋り方なのか堅苦しさは無くなっていた。
この兵士は帝国の上層部の間でも変わり者と呼ばれており、他者の事を考えて動く傾向がある。
貪欲に結果を追従するタイプではないが、それでも実力はそこそこに高いため今回の任務に選ばれた。
望はといえば帝国の兵士といえば以前は噂どおりの印象で剣を向けてきたのにと思いながらアルタに判断を仰ぐため目を向けるが「任せます」と短く返ってきただけだった。
(敵意は無さそうだし、敵は強そうだし……だとすると一緒に戦うのが無難だよなぁきっと)
望はそう結論付けると兵士に向かって少し大きな声で言葉を投げかける。
「それ乗るよ!」
「お、有難いね! それじゃこっちが攻撃を引き付けるから後ろから頼む!」
「足ひっぱんじゃねぇぜ!」
「おいおい俺らもプロだぜ? んな事するかよ!」
ブルーガイの軽口の別の兵士が反応する。
二人共口元に笑みを浮かべており似たような性格なのかもしれない。
帝国の兵士十人と異世界人五人が手を組んだ。




