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11話「水晶洞窟」

 クワルツロッシュと名づけられた山がある。

 それはかつて一攫千金を夢見る者達が数多く訪れた場所である。


 この山には水晶が至る所でみられ、良質なものは高値で取引されている。

 だが強力な魔物も多く生息しているので長時間の滞在は難しく、日数を掛ければ掛ける程ポーション等の消耗品も必要となる。

 その為、採掘に掛かる費用と採掘で得た収入が割に合わず自然と人が訪れる事が少なくなっていった。

 一番近くの村ですら歩いて二日掛かるというのも原因の一つだろう。


「ここが水晶洞窟のある場所かぁ」


 クワルツロッシュの登山口付近に転移した望達は山を見上げていた。

 土の地面もあるのだが、所々から色のあるキラキラとした部分が覗いていたり、あからさまに巨大だと分かる水晶が見えていたりと望はその光景にしばし見とれた。


「異世界の山って感じだな……」

「ふふ、なんだいそれは。でもこういう山は私の世界にも無かったなぁ」


 望の感想に少し笑いながらも同意するラウラ。

 

「ここからは魔物も出ますし皆さん油断をせずに行きましょう」


 そしてアルタの一声で五人は山を登り始めた。


 過去に人が入っていただけあって道のようになっている部分があり一同はそれをなぞるように進む。

 並びとしては前に望、ヴァーニ。

 その後ろにアルタ。

 そして最後尾にラウラ、ブルーガイとなっている。


 とはいっても何度もアルタが前に行って望達の会話に加わっているので実質は二列で動いているように見える。


「まだ入ってすぐなのにちょいちょい水晶があるな」

「そうですね。でも誰も採った形跡が無いって事は価値がないんでしょうね。なんだかくすんでいるようにも見えますし」

「だろうなぁ」

「でも、これでも充分綺麗ですよぉ~」


 わいわいとまるで遠足にでも来ているかのように和やかに話す三人。

 後ろではラウラとブルーガイが会話をしているが、この二人は戦闘経験が豊富なだけあって会話もそれに沿ったものとなっている。


「この辺りは魔物が多く危険だと聞いていたけれど、そうでもないね」

「本当にな。たまに感じる気配もせいぜい弱い魔物程度だしちょっと拍子抜けだな」

「とはいえ油断はしないようにね」

「わーってるって」


 望達とラウラ達は共に周囲を見回しているが、前者は「眺めている」後者は「観察している」といった違いが表れていた。

 これは経験の違いもあるがどちらかと言えば組み合わせの要素が大きい。


 望と一緒に居る時のアルタは信頼からか安心するようになっているし、アルタと居る時の望も気の合う友人とでも話しているかのようにリラックスしている。

 ヴァーニはいつものようにマイペースである。


 肩透かしともいえる山登りをし、五人は洞窟の入り口と思わしき場所を発見した。


「あ、ココが洞窟の入り口かな?」

「ぽいですね。ここからでも中がキラキラしてるのが分かりますね」

「うわぁ~すごいですねぇ~。早く入りましょ~」


 中を見ると薄暗くなっているが、それでも水晶がびっしりと視界に入る。


「それじゃ皆コレを持って」


 ラウラがあらかじめ用意していた「リュミエール」という光を放つ魔道具をそれぞれに手渡す。

 腕に嵌めるリング型の形をしており、これを使うと光の人工妖精が顕現し、使用者の意思で光の強さや向きを指示する事が出来る。


 魔道具だけあって発動には魔力を消費するが、戦闘をしない一般人でも長時間発動出来る程度の消費量しかなくこの世界で広く普及されているものの一つである。


 ちなみに、全く同じ効果を持つ同名の魔法もあるが残念ながら今の異世界王国で使える者は居ない。


「おっ、これ凄いな。一つでもかなり明るくなりそうだ」

「そうだね。でもはぐれたら困るし一応全員持っておいて」


 皆が付けたのを確認し、ラウラが先ほどと同じ陣形を組むよう伝え五人は洞窟内へと入って行く。

 奥に進むにつれて魔物が強くなるこの洞窟は踏破した者が極僅かしか居ない。

 そこまではラウラも情報を集めており、慎重に進むことを前提としている。


 中はそこそこに広くリーチの長い武器を扱っているヴァーニでも問題なく戦える構造となっている。

 そして先頭を歩いていた望、後衛を歩くラウラとブルーガイがある事に気付く。


「居やがるな……」


 ポツリと呟いたのはブルーガイ。

 声量を抑えていたがその声は洞窟内に僅かに響いた。


「二人共、いける?」

「あぁ、任せておいてくれ」

「頑張りまぁす!」


 望とヴァーニは武器を手にゆっくりと歩を進める。

 コツ、コツと二人の足音が洞窟に小さく木霊する。


 そうして一歩一歩警戒心を持って進み、足を進めた数が十に到達した時。


「来たぞっ!」


 望の目の前に現れたのは子犬程度はありそうな程に大きいコウモリだった。

 既にこちらの存在を察知していたのだろう。

 風を巻き起こすような音と共に勢いよくこちらへと突っ込んでくる。


 我先にとヴァーニが前に出て槌を振るう。

 が、空間に限度はあれど飛び回る魔物に中々攻撃が当たらない。

 素早い魔物に対応するだけの経験と器用さがヴァーニにはまだ足りなかった。


「あたりませ~ん!」


 ぶんぶんと槌を振るいながら泣き言を漏らすヴァーニ。

 そこにタイミングを計っていた望が素早く接近する。

 速度はヴァーニに劣るがそれでも常人を遥かに凌駕する動きである。


「はぁっ!」


 ヴァーニの大振りの攻撃を避けた瞬間を望の剣が縦に切り裂いた。

 耐久力はそこまででもなかったのか、あっさりと息絶えた。


「凄いですねノゾム!」

「ん? あぁ、今のコウモリは避けた時に上に逃げる癖があったからな。ヴァーニのお陰で隙を突けたよ」


 アルタが笑顔で声をかけると少し照れくさそうに答える望。

 ヴァーニが居たから使えた戦法で完全に自分の力では無かった為、手放しで褒められると少し照れくさかった。


「それでも充分凄いよ。弱点を素早く見抜いたのはノゾムの力だからね」

「おう、そうだぜ!」


 ラウラとブルーガイも望を賞賛する。

 用事のある日を除いて毎朝訓練を続けてきたとはいえ、これほどの戦力になるとは最初は思っていなかった。


(ブルーガイが絶賛するのも頷けるね)


 最近の訓練の報告では特に変わった事は無かったが、常にプラス評価の報告をしてきたブルーガイにラウラ自身も心の中で同意した。


 しかし浮かれてばかりもいられない。

 一般的に空間内に漂う魔素が濃い場所の魔物は強いと言われている。

 正確には濃度の高い場所で育つと魔物は強力な力を持つのだが、まだその意見は一部で囁かれている程度なので大多数の知識としては「魔素濃度が高い場所」が「そこに生息する魔物の強さ」となっている。

 僅かな違いはあるものの、生まれた場所でそのまま生活する、という習性を持つ魔物が大半を占める為ほとんど正解とも言える認識である。


 そしてこの水晶洞窟は水晶自体が魔力を多く含み、洞窟外に居る魔物よりも内部の魔物の方が強力だと言える。


「お、これ、階段……?」

「うわぁ」


 先頭を歩いていた望とヴァーニが立ち止まり、それぞれが声を上げる。

 そこには水晶を削って作ったであろう階段が下に向かって伸びていた。

 一段が広めにとられているそれはリュミエールが無ければ大した景色ではなかっただろうが、光を浴びその儚くも美しい姿となって一同は思わずため息が出た。


「これは凄いね……随分前に作られたようだけど何というか、芸術的にすら見えるね」

「お城に欲しいですね。水晶の階段!」

「流石に階段が作れるようなデカい水晶は持って帰れねぇけどな」


 既に異世界なのだが望は「別の世界に来たようだ」と思いながら一段一段降りていく。

 アルタに至っては目を奪われ余所見をしながら降りているので前を歩く望に軽くぶつかったりもしている始末だ。

 水晶の階段はどのくらいの時間をかけて作られたのかもわからない程で、ずっと続くのではないかという気持ちすら芽生える。


 二、三分はひたすらに階段を降りていたが、それも終わりを迎える。


「そろそろ終わりだな。割と長かったな」


 階段を降りきるとそこには今までよりも上質であろう水晶があちこちに見られた。

 とはいえここはまだ大勢の人間が立ち入った場所なのは明白で、持ち帰っても売れたとしても二束三文にしかならないのだろうと簡単に予測できた。


「なぁラウラ、もう少し進む?」

「うーん。魔物にも余裕を持って対処出来て問題は無さそうだし、進んでみようか。アルタもそれでいい?」

「はい。どうせならいい物を持って帰りましょう!」


 望はいつものように振舞っているが内心はテンションが上がっており、水晶が気に入ったアルタもやる気が漲っている。

 そしてこのメンバーの強さを考えれば前に進むのは当然といえた。


「さっきのが上層ならここは下層に位置するのだと思う。奥に進む程魔物が強くなるらしいから気は抜かないようにね」


 ラウラの忠言に全員が頷き、陣形を崩さないように気をつけて歩く。

 下層と表現されたこの空間も広さ的には問題なく戦いに困る事はなかった。





「ちっ! ヴァーニ、頼む!」

「はぁ~い!」


 望が攻撃を外し、そのフォローに回るヴァーニ。

 現在交戦しているのも先ほどのコウモリ型の魔物だが、上層よりも一段階強くなっており二人で戦わなければ長期戦は必至である。


 それは望もヴァーニも理解しており出し惜しみなく自身の力や連携を取る。


「よし、任せろ!」


 そしてヴァーニの攻撃を回避した魔物に向けて遠距離攻撃である「剣閃」を放つ。

 訓練によってみるみる威力が上がっており元々大した防御力を持たない魔物にとっては致命傷となった。


「ふぅ……」

「終わりましたねぇ~」


 息が切れる程ではなかったが、集中しなければ攻撃が当たらないということでほんの少し疲れが出ている。

 ラウラとブルーガイが戦闘に参加しないのは「望とヴァーニが思った以上に強かった」という事もあり、帰りは役割を交代するというのを先ほど話し合って決めた。


「この調子だったら良質の水晶が眠ってる所まで行けそうだなぁ」

「そうですね……ってノゾム、腕に傷が!」


 剣を鞘にしまいながらアルタに話しかけた望だが、そのアルタの声によって自身の腕に一筋の傷があるのを見つけた。

 下層に降りた際には無かったものなので先の戦闘でついたのは分かったが、攻撃は全て避けていたと思っていた望は少しびっくりした。

 とはいえ大した傷ではないので問題はないか、と結論付けた。


「気付かなかったよ。ま、浅いし大丈夫でしょ」

「ダメですっ! ちょっと腕貸して下さい」


 もうっ! といつもより少し強い口調で望に迫るアルタ。

 白く細い指でしっかりと望の腕を掴み、もう片方の手で短めの杖を傷口にかざす。

 そして回復魔法であるヒールを使うと瞬く間に傷口は綺麗に消えた。


「ありがとう」

「ノゾムはもうちょっと誰かを頼って下さい! いいですか?」

「え? あ、あぁ……でも充分皆に頼ってると思うけど」

「もっとです! 足りません!」


 そう言われるとアルタの基準を知らない望は言い返すことも出来ずひとまず頷く事とした。

 戦えない状態から戦えるように、常識を知らない状態から最低限の知識を得る、と割と頼っているように思ったがアルタの基準ではどうやら違ったらしい。


 アルタはアルタで日頃から思っていた気持ちに火がついてしまったらしく更に言葉を続ける。


「だいたいノゾムはヴァーニさんの時もフォティスさんの時も無茶ばっかりして私がどれだけ――」

「はいはい、お説教はあとあと」


 手を叩きながらラウラがそれを止めると望は助かったとばかりにこっそりと深く息を吐いた。

 魔物の出る場所でやる事ではなかったのでアルタも反省したが、それでも「本当に無茶しちゃダメですよ」と言い残してから後ろへと下がる。


(まさかそんな風に思われてたとは……今度適当に何かお願いするか)


 望は今後の対策として帰ったらアルタ個人に頼みごとをしようと思った。


 五人が再び歩き出すと、奥の方から微かに音が聞こえ始めた。


「何か聞こえる?」

「ホントですねぇ~」

「あ、私も聞こえました。何の音でしょうね」

「この洞窟は入り口が複数あるみたいだからね。風かはたまた酔狂な冒険者か」

「ま、行ってみりゃわかんだろ」


 進むにつれ高い音と低い音の両方が聞こえるようになった。

 そしてそれは一定のリズムではなく連続で聞こえてくる時もあればしばらくシンと静まりかえったりとバラバラである。


「人の……声、ですかねぇ~」


 最初に気付いたのはヴァーニであった。

 長い耳をぴくぴくとさせ音を探る。

 残りの四人はまだそこまで判別出来ず黙っていたが、ヴァーニは確信したように口を開く。


「うん、やっぱりこれは人の声ですねぇ」

「よく分かるな。俺はそこまで分からなかったよ」


 望が感心したようにそう言うとヴァーニは嬉しそうに「褒めてもいいんですよぉ」と笑顔を見せた。


「滅多に人が来ないって話なのに珍しい事もあるもんだね」

「ま、オレらも人の事言えないだろ。どの世界にも物好きってのは居るもんだ」

「そうですね。せっかくですし挨拶しておきましょうか、そう遠くもなさそうですし」


 もしかしたら良質の水晶がある場所等の情報が貰えるかもしれない、という僅かな下心を秘めて五人は声のする方向へ進む事に決めた。


 次第にヴァーニを除く四人も人の声だと判別出来るようになり近づいている事が分かる。

 高い音に聞こえたのはどうも女性のようで、低い音は男性だとも分かりそこそこの人数がいるようである。


「あ、開けた場所に出るみたいだぞ」


 音が反響している為内容までは分からなかったが、そこから声がしているのは明白であった。

 望が一番にその場所へと足を踏み入れる。

 そして驚きの声を上げる。


「えっ……」


 そこには思ったよりもたくさんの人が居た。

 自分達と同じ魔道具を各々が装着しており、空間が明るく照らされている。


 壁や天井は水晶がむき出しになっており魔道具の光が反射して赤や青といった色が洞窟を飾る。

 それはここに入って一番幻想的な風景だと感じるほどだ。

 もっとも、心に余裕があればだが。


 望の眼に映ったのは漆黒の甲冑に身を包み、手には支給されたのであろう同じ武器を持った者達。

 その中に二人、白衣を着た男女が一人ずつ立っている。


 そこまではまだ理解出来た。

 漆黒の甲冑も既に見た事がある存在で、白衣の人物は元の世界ではいかにも「研究者」らしい服装である。


 望が驚いたのはそこではない。


 かつて地球で見た最後の景色。


 「歪み」がそこには存在していた。

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