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Blood ROSE -新芽再演 緑薔薇生誕編-  作者: 鈴毬
第二幕 朽ちれば新芽静観する
9/12

4

 雨が降り出し、ダンの眠りを見送った住人は暖かな家へと戻って行った。

 皆、口数は少なく心の寒さを、濡れたからだを暖炉傍で寄せあい暖めた。

 そんな中フィルは、まだ室内に戻らすダンが眠る墓石を眺めていた。屋根がせり出した場所に身を置いて、ひたすらダンの眠る場所を眺めた。屋根の隙間から雫が垂れてフィルの頭を数秒に一度濡らしていた。

 裏庭には初めてきたが墓石と思われる石が周りにたくさんあることに気が付く。ここで人生を終幕した者が眠っているのだろう。すべての物に文字が彫られているが、フィルはその全てを読むことが出来なかった。

 フィルはその石たちを見渡し、少ない知識であるものを探していた。


「……ス、エス、ユー……あ、あった」


 フィルは何かを見つけると雨に濡れるのも構わず屋根から一歩出た。

 小さな墓石、そこにはスミーと細く彫られてあった。

 フィルが今着ているスーツの持ち主だ。数字がいくつか記してあって、それが彼の生きた年代だとは分かったが、計算が出来ず彼が何歳で天に召されたのかは分からなかった。


「スミー……いや、スミーお兄さん。スーツを借りたよ、ありがとう」


 フィルはダンへの花束から一本抜いておいた白いユリをその石に寄りかからせるように手向けた。


――雨が、止んだ。


 いや、雨は降っている。周りの土には雨が落ちている。だが、フィルは自分の肌に冷たさを感じることはなくなった。

 不思議に思って振り向けば厚手のマントを被ったダーヴァスが傘を持って立っていたのだった。


「こらこら、傘も持たぬまま濡れては風邪を引きますよ」


「ご、ごめんなさい」


 この雨に当たり続けたら今晩は具合が悪くなることは予感していた。だが、フィルはこのスーツの持ち主にどうしても今会っておきたかったのだった。


「スミーは18歳でこの世を去りました。とても正義感に溢れた若者でしたよ」


「スミーは病気で亡くなったの?」


「ええ、十年程前に流行った疫病でね」


 ダーヴァスはうっすらと目を細めてそしてフィルを見た。濡れたスーツの襟を正して、古いフレームのしかし高価そうな眼鏡を上げながらしげしげとこちらを見つめる。度の強いレンズで少しだけ大きく見えるダーヴァスの瞳はフィルをしげしげと見つめ、何かを思い出したように幾度か瞬きをした。


「これはスミーのスーツですね」


「うん、アーサーがこれを着たらいいって出してくれたんだ」


 ダーヴァスは白い息を吐きながらそうですか、と言葉を落とすとゆっくりスミーという少年について話してくれた。


「スミーはとても正義感溢れる少年でした。場にいれば皆を笑わせる、しかし本人はいくら辛くとも涙を見せることはないとても強い少年でした」


 アーサーが言っていたことと同じようにダーヴァスも語った。スミーという少年は正義感強く、聡明な若者だったと。

 容姿はもしかしたら自分に似ていたのかもしれない。アーサーはフィルにスミーのスーツを宛がって、懐かしむように目を細めたのだから。


「スミーは死ぬとき怖かったのかな……」


 フィルはスミーの墓石を見つめて言った。それはこの下に眠る彼に聞いているようだった。


「彼は息を引き取るときこう言いました。死ぬのは怖くない。それよりも自分の死で誰かが悲しむのが怖い。だからみんな笑ってくれ、と」


「どうして、死ぬのが怖くなかったのかな……?」


 答えは出るはずはない。言った本人はこの世にはいなく、冷たい雨吸い込む土の下で眠っているのだから。

 それなのにフィルは持っている不安を押さえる術を求めるように疑問をぶつけた。


「話題を変えましょう。フィル、あなたは死ぬのが怖いですか?」


 フィルはそこでやっと顔を上げてダーヴァスの方を振り返った。そんな質問をぶつけた老人の表情は穏やかで、皺だらけの皮膚に囲まれた瞳には反して怯えたフィルの顔が映っていた。

 瞳の中のフィルの口がほんの少し開かれる。


「怖い、よ。たまらなく。1日1日が過ぎて自分の死期が近づくと感じるのがたまらなく怖い」


 瞳に捕えられたフィルは何かに怯えるように震えていた。


「そうですか。恐れることは恥ではありません。ここであなたはたくさんの生に会い、喜びを知り、そして悲しみ、絶望することもあるでしょう。それでいいのです。皆が皆、同じようにフィルもここで様々なことを学ぶでしょうから。……大丈夫ですよ」


 それはフィルが求めていた明確な答えではなかった。しかし、ダーヴァスの言葉をすべて理解はできなかったものの心は先程より落ち着いていた。

 その際、抱きしめられた感覚でいかに自分の体が冷えているかを実感した。


「さあ、室内に戻りましょう」


「うん」


 暖炉の部屋に戻れば、皆が一斉にフィルを見た。不安と心配交じりの顔で、フィルを確認すると安堵で胸を撫で下ろしている。

 ヨエルは此方に急ぎ足で向かってくると眉を吊り上げ、フィルの手を引いた。


「こんな雨の中、どこに行ってたんだよ! 帰ってこないからみんなで心配したんだぞ」


 強い力で腕を引かれ、よろけながらもヨエルについていくとと暖炉の前に座らせられた。

 用意されていたタオルで乱暴に拭かれると、隣に寄り添うようにぴたりとくっついて座ってくる。


「まったく。フィルは兄ちゃんなんだから弟に心配されるようなことはするなよな」


「うん……ふふ、ごめんね」


「ん」


 まだ怒っているのかそっぽを向いたまま、しかしぴったりと寄り添うヨエルにフィルは不意に笑顔が漏れた。

 兄、と言われたことがなんだか嬉しくて、スミーもこんな弟がいたら幸せだったのではないかと思う。


「さあ、ミルクを温めてきましたよ」


 振り向くとトレーにカップを乗せたダーヴァスがこちらに歩いてくる。

 まだ悲しみは拭いきれないが、ミルクの様に温かな時間がそこには流れているのだった。

 フィルは皮肉にもダンの死がきっかけで家族という温かさを知ることができたのだった。

 振り向けばそこにはダンと見知らぬ少年がフィルを見て微笑んでいるような気がした。

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