開場 紅茶淹れれば幕上がる
またお会いしましたね。この古い図書館でどのような物語をご所望かな?
決まっていないのならばまずは一杯のお茶をどうぞ。上質な香り高いアールグレイでございます。
さあ、カップの中身を覗いて。
透き通る赤の中、あなたにはもう見えているはず。
そこは西国、ラルムヴァーグ。最北にある通称、恐れの森。
何百年も誰も立ち入ることはない不気味な場所で、殺人鬼の住み家とも、怪物の塒とも言われている。
鬱蒼としてなんとも物々しい雰囲気だろう?
そんな森の奥には半壊した館がある。城のような館の存在をラルムヴァーグに住む人間は誰一人として知らない。
そんな館の裏庭に、綺麗な白薔薇の木が一本植えられている。
否、植えられている、というよりはこの鬱蒼とした森の中に間違えて生えてしまっているように見える。なぜならば白薔薇の周りは雑草だらけで、獣でさえも近づかない不気味な場所に不釣り合いに生えているのだから。
その薔薇は廃墟と化した館の隣で存在を主張するように強く、そして品よく咲き誇っている。
日付も越え夜が最も深まった頃、その木の近くに二つの影が見える。
あなたにも見えるだろうか? あの長身の男と華奢な少年を。
「百年、綺麗に咲いたなぁ」
長身の男は呟くように言う。
今宵は満月。でっぷりと太った月は彼らの輪郭を優しく映し出す。
長身の男の髪は鮮やかな葡萄色で、それに付き添うように隣に佇む少年の髪は深い紅梅色だ。その二人の鮮やかな髪色が暗闇に存在を主張している。
そして二人の手に持たれた銀色のスコップも鈍く光るのだ。
「早いところ始めよう。彼が待っている」
紅梅色の少年はスコップを構えると薔薇の木の足元を躊躇なく掘り始めた。
迷いなく二人は土を削り、掘り進める。
スコップで土を掘る二人はどこか穏やかな、そして何かを待ちわびる顔をしていた。
そしてそのスコップが何かにカツンッとぶつかる音がする。それは固く、何度も何度もスコップを鳴らす。
「あまり深くまで潜っていなくてよかったな」
葡萄色の男は嬉しそうに更に力を入れて掘り進める。
半刻もしないうちに土は掘り返り、立派な棺桶が姿を現した。
「思ったより時間がかからなかったな」
二人は汗を拭い息着いた。棺桶は所々傷がついているものの状態も良く、丁寧に運び出せばまるで今から埋葬される棺桶のようだ。
二人は暫くその箱を静かに見つめて、紅梅色の髪を持つ少年がその棺桶の四隅を二回ずつノックした。
何かを呼び覚ます様に、又は訪ねるようにゆっくりとそして何回もノックを続けていく。
ガタンと中から何かが動く音がして、ゆっくりと四隅の釘ごと蓋が横に滑る。
おお、恐い。なんとオカルティックな現象だろうか。
曲がった釘が耳に痛い音を立てて、引きずられていく。
恐怖心を煽るその光景を見て二人は満足そうに笑うのだった。
勝手に蓋が開いた。それは息絶えたようにガタンと大きく傾き地面に投げ出される。
露わになった中を見れば美しい男が眠っていた。
少々痩せすぎに見えるが、絹のような白い髪と、蝋燭のような滑らかな肌を持つその男は安らかに眠っているように見える。
月明かりが彼の顔を照らすとその男はまぶしそうに眉根を寄せ、少しずつその瞼を開いていく。
そこから覗いたのはどんな宝石よりも深く鮮やかな青だ。
「おかえり、よく眠れたかい?」
――おっと、紅茶が冷めてしまいますよ。早くお飲みなさい。
さあ、この広い図書館の中に数多ある本から今宵あなたにお届けするのはこのお話。
病弱な少年、フィル・ベインのお話だ。
彼は、命を重んじ、生に飢える悲しい少年。
人生の大半をベッドで過ごし、今も尚その上で呼吸を乱し、苦しんでいる。
黒い髪は光とともに深い緑に染まり、それよりも濃いエメラルドの瞳を潤ませている。
雪のように白い手から真っ直ぐに伸びた華奢な指には何か大きな秘密があるようだ。
さあ、行こう。病弱な少年と緑色の薔薇が芽吹く季節の始まりに……
百年という年月は短い
ひと眠りしたと思えば十年が経ち、またひと眠りすれば三十年が経過する
慣れてしまった暗闇に、耳に響く新鮮なノックの音
「……お帰り、よく眠れたかい?」
月に瞳を潤ませると懐かしい顔が百年の時の経過を告げる
「ただいま戻りました。……良い眠りでしたよ」
久しぶりに足へ伝う地面の感覚に少し戸惑いながらも
また美しい月が見ることができて心が満ちた
百年前と変わらぬ満月
あなたがいなくとも綺麗な満月が今宵も輝いている
――Blood ROSE 第6章 新芽再演 緑薔薇生誕編 始まり唄より




