田舎のギルドで自由で楽して生きたいです
人生で重大なのはどういった風に人生を楽しむかだ。俺の場合は近くのギルドで受付やったり、森で薬草を採りやったり、赤ん坊のお守りと家事全般、つまりは家政婦などをしてその日の宿費を稼ぎ、払って、その夜、酒場で酒飲んで酔い潰れてギルドの受付口で一晩寝て、叩き起こされて、二日酔いでズキズキ痛む頭で昨日払った宿費が勿体無かったと後悔したりする毎日が楽しい。
「そんな生活を続けてよく生きているな」
今日も宿屋には帰らずギルドの受付口で起きた。ボケーッと依頼書の束を眺める。眺めるだけで、選ばない…………が、選ばないと今夜の宿が無い。何時もより重く感じる腕を上げて目を閉じ、束から依頼書を一枚握る。
「赤竜の討伐……却下だな」
次に選んだのは氷蜘蛛の巣の処分依頼。これも却下。
「二日酔いの頭で依頼書と睨めっこしても全部、嫌になると思うけど?」
皮肉めいた声で言うのは同僚のアレンだ。身長は低く(高校に入ってから伸びるタイプであろう)、声は甲高い。子供のクセして人一倍頑張るし、副ギルドマスター(略して副マス)と同じぐらい遅くまで働く。
「うるさい、お前の甲高い声で言われると余計に頭痛が酷くなる」
「そんな事、言っていいのなぁ?せっかく受付で潰れてたクーロンの為にと思って、水を持って来たんだよ?」
クーロンとは俺の名前だ。名字はこの世界では名乗ってない。漢字では九龍と書く。この名前で小学生時代は中国人呼ばわりされた。まぁ、暴力で解決してきたが。そのせいか、甲斐があってか、悪名が轟いたのか、高校では名前でバカにはされなかった。
アレンの手元を見てみると本当に水の入ったジョッキを持っていた。流石は出来る子アレン。どんなクズ相手でも小さな気配りを欠かさない。
「さんきゅ……」
氷でキンキンに冷えた水を一気に飲み干した。飲み干してしまった。するとカキ氷を食べた時みたいに二日酔いとは別の頭痛が襲って来た。
「くおぉぉ………!!」
「あ、やっぱり、頭に来る?」
右目を押さえ、悶絶したいる俺を見て、アレンは詫びる様子も無く言う。
「まぁまぁ、そんな睨まないでよ。いい仕事教えてあげるからさ」
いい仕事とは何時もの如く、ローランク、ノーリスク、ハイリターン……つまり低級の依頼で危険もなく、そのランクにしては高い報酬を貰える仕事をいつもアレンから教えてもらっている。ま、その礼として受付の仕事を手伝っているんだけどな。
「ダーグア領、領主フィオラ卿の奥さんが妊娠してて、そろそろ出産の時期だから人でが足りないんだってさ」
「出産以外の家事は出来る俺にはピッタリだな」
この世界に来る前は一人暮らしを強いられていた俺は自然と家事が出来るようになっていた。まぁ、今回の仕事はアレだろ、家事全般やれってことだろ。
「因みに今回は僕も仲介人として行くから」
「ん?お前、受付の仕事は?」
いや、受付係とか受付嬢とかは歴としたギルドメンバーだから別に可笑しい要素は無いが、受付係が依頼に行くってのは軽く違和感がある。
「二週間分の仕事はやったよ?」
アレンは可愛らしく小首を傾げる。はぁ、こいつが女ならロリコンでも良かったのに………。だが、俺にはショタや男の娘の気は毛頭ない。
「む、なんで溜息吐いたのさ…」
おっと、どうやら心の中で吐いた溜息は本当にしていた様だ。
「相変わらず出来た子供だなって思っただけだよ」
「ふーん。じゃ、身支度とかあるから僕、行くね」
そう言ってそそくさとギルドから出て行った。その時のアレンの表情は少しだけ嬉しそうだった。
「全く、こんな勇者崩れに言われて何が嬉しいんだが。性格………悪くても子供は子供か」
「それでも勇者崩れだからじゃないの?」
高いソプラノの声で俺を小馬鹿にした(特に勇者崩れの部分を…)のはここ、《亡き聖者の酒場》のギルドマスターだ。
「レンちゃんも夢見る子供だからねー」
「たまには旅行がてらにこういのもいいってか?」
たまに行くっつーか、よく行ってもいいとは思うけどな。
「そういや、アイツの保護者ってマスター達だったか」
実は既婚者のマスター。因みに相手はここの副マスだ。仕事が多忙なせいで夜の営みが出来ない二人はアレンを養子に迎えた。
「………解せぬ」
アレンがマスター達の養子に迎え入れられる時、ついでに俺も養子にしようとか言われたのだが、その時、何故か全力で拒否するアレンがいた。
「何がかしら?」
「俺があんたらの養子に入る時の事」
正確には入ろうとした、だが。
するとマスターは何か思い当たる節があるようで、あぁ、と声を上げた。
「それはぁ、まぁ、いずれ知る時が来るでしょ。あ、ダーグア領に行くのよね。お土産期待よろしくね?」
マスターの歯切れの悪い返事を貰ったと思ったら、いきなり土産を頼まれた。
「……ま、いいか」
俺は立ち上がるとマスターは怪訝な顔をした。それはまるで「こんな朝から酒?」とでも言いたげな顔だった。
「勘違いすんな。アレンを迎えに行くだけだ」
そう告げて、ギルドの出入口から出ようとしたら誰かとぶつかった。
「あ、悪い。二日酔いでふらついていたみたいだ」
実際の所、酔いは既に覚めていて、胸焼け以外は特に何も無い。だが、村の酒豪の中で五本の指に入る俺なら通じるのだ。軽く頭を下げて相手を見る。相手は透き通るような白銀の髪に整った顔。更にはものすごく発育した胸。服装は華美なドレスで、その上に胴と小手と脚と片手剣と盾を装備したダークエルフだった。
「こちらもすまない。考え事をしていた。それにしても君のような若者で酒を飲むとは少し変わってるな」
ダークエルフは随分と意外そうに言った。いやいや、こんな田舎に来る、アンタの方が意外だよ。
「まぁな、やる事が無いから取り敢えずって感じだけどな」
この世界で飲酒していい年齢は十七歳からと、随分と微妙な歳からだった。いやー、魔王倒したら暇で暇で、な。
「あぁ、あそこに座っている奴がギルドマスターだから、依頼だったらアレに頼め」
黒い森人にそう言って俺は今度こそ、外に出た。黒い森人は律儀に深々とお辞儀をしていた。