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はぐれ問題(1)

 一気に三話投稿です。

 これで書き溜めはゼロです。

 盗賊達を地面に転がして、俺はそのままその場を去る。

 逃げるように。


 自分が一番、分かっている。

 手足が、情けなくがくがくと震え続けていることを。それを、盗賊達に悟られていないように祈るしかない。

 怖かった。怖くて、仕方が無かった。人を殺すことが。


 俺は、やはり、まだウォードッグとしては、半人前だ。

 ゲームの中では、盗賊退治なんてミッション、飽きるほどやったっていうのに。現実だと、こうも違うものか。


 ほっとしてるのか、結局、殺さずに済んだことに。多分、そうだ。

 自問自答してみる。


 やがて村に戻る。

 飛び出してから、ほとんど時間は経っていない。


「あっ」


 最初に顔を合わせたのは、がちがちに緊張しながら出入り口を見張っていたジョージだ。


「おお、終わったぞ」


「お、終わったって、盗賊たちは?」


「二度とこの村には顔を見せないはずだ。安心していい」


 俺が言うと、ジョージはそのままへなへなとその場に座り込む。


「よかったー……」


 心の底からの声に、少し笑ってしまう。


「ははっ、よっぽど、びびってたんだな」


 だが、言った瞬間に反省する。

 もしも、俺がジョージの立場だとしたら、これ以上に怯えていたかもしれない。


「いやあ、ほんと、びびってたんだ。安心したー、本当に」


 こっちの思いも知らず、ジョージはそう言って大きく深呼吸をする。


「俺とマイクは外を警戒してて、他の村人は皆、家の中で息を殺してる。早く、バクルのとこに行って報告してきなよ」


 座ったままのジョージの言葉はもっともだ。


 俺はさっさとバクルの小屋へと急ぐ。


 小屋の扉を開けた途端、中にいたバクル、アーシャ、ジェシカが一斉に俺を向く。


「……どうなった?」


 一瞬の沈黙の後、バクルが切り出す。


「終わったよ。あいつらは、もうこの村にはちょっかいをかけない」


 だが、そんな俺の言葉にも、バクルは一切表情を緩めない。厳しい顔をしたまま、


「具体的な話をしろ。どう始末をつけた」


 やっぱり、誤魔化しは効かない、か。


 腹を括って、俺は正直に自分が盗賊を殺していないことを打ち明ける。どうやって、盗賊達の始末をつけたのかを。


「ふむ」


 話を聞き終わっても、バクルの表情は変わらない。


「なんだ、じゃあ、何の心配もないじゃないの。しっかし、あんた、本当に強かったんだね」


 豪快に笑い飛ばすのはジェシカだが、アーシャは対照的にどこか沈んだ顔をしている。


 そして、バクルは、


「ご苦労だった。おそらくは大丈夫だろう。今回はな」


 仮面でも被ったように表情を変えないままそう言って、


「だが、ブレイク」


「……ああ」


「そんなことをしていれば、いつか」


 そこまで言ったところで、バクルはアーシャの方を見てから、


「いや、何でもない。ご苦労だった。ジェシカ、村の全員に、もう大丈夫だと伝えてきてくれ」


「はいよ。皆、喜ぶだろうねえ」


 どすどすと足音をたてながらジェシカが出て行くと、バルクは長く疲れ切ったような息を吐いてから、


「アーシャも、アルのところに戻ってやれ。寂しがっているだろう。ブレイク、お前も自由にしろ。ご苦労だった」


 そうして、その集まりは解散となる。


 俺とアーシャは、無言のまま一緒にバクルの小屋を出る。


 バクルの言いかけたことは、俺には想像がついていた。

 そんなことをしていれば、いつか、しくじる時がある。

 俺が直接負けることはないにしても、例えば村が襲われたり、村人が殺されたりしてしまう。そんなことをしていれば。

 そう言いたかったんだと思う。そして、その意見は全く正しい。

 殺すべきだった。分かっていながら、殺せなかった。


「ねえ」


「ん?」


 村の中央までの小道を歩いていると、アーシャが声をかけてくる。


 横のアーシャの顔を見れば、さっきと同じ沈んだ顔のまま前を向いている。


「あたしが、こんな風に言うのも、間違いだって分かってる。最低だってことも、でも」


 そこで、アーシャが俺の方を向く。

 目は、かすかにだが確かに潤んでいる。


「躊躇わないで、お願い」


「ああ」


 分かっている。

 雇い主であるアーシャにまでこう言われてしまっているというこの現状が、いかに俺がウォードッグになりきれていないかを示している。


 情け容赦なく、殺すべきだった。

 ああ、分かっている。


「悪いな、アーシャ」


「ううん」


 黒曜石のように黒く大きな瞳を伏せて、アーシャは懺悔するように、


「ごめんなさい、本当に」


「いや」


 この娘に謝らせていることが、つらい。


 結局、それ以降は会話をしないまま、俺とアーシャは別れる。


 自分の小屋、元倉庫に戻り、俺はベッドに腰掛けてため息を吐く。そうして、盗賊への対応を反芻する。

 あの始末のつけ方に、俺が人を殺さずに済んだという自己満足以外、一体何の意味があったというのか。


「へこむな、本当」


 凄まじい力を持っているからといって、何もかもうまくいくわけじゃあない。

 分かってはいたが、こうもいきなりそれに直面するとは思わなかった。

 力だけで、精神性がついてきてないんだろう、多分。


 ベッドに腰掛けて、そんな後ろ向きな思考に浸っている間に、時間は過ぎていく。


 漠然とした、靄のかかった時間。

 ウォードッグは睡眠や食事をとらずとも倒れることはない。ずっと、魔力が切れて消えるまで延々とこうやって考えていくこともできるだろう。


 そんな不健全な時間は、ドアを開け放つ音で中断される。


「ぶ、ブレイクさんっ」


 息を切らして飛び込んできたのは、ジョージだ。


 ついさっき会ったばかりのような気がするが、開け放たれたドアの向こうにある空は既に茜色だ。いつの間にか半日程度経っていたらしい。

 ぼんやりと考え事をしていたら、すぐに時間って過ぎていくものだな。


 まだ頭がうまく働かず、空を見ながらそんなことを考えている俺に、


「た、たい、大変だっ!」


 ジョージがぜえぜえと息を切らして、今朝よりも数段顔色を悪くして叫ぶ。


 その悲痛な叫びで、ようやく俺は我に返る。

 あれ、なんだ、こいつ、どうしてこんなに焦ってるんだ? 盗賊の問題は、片付けたのに。


「ど、どうしたんだよ」


「おっ、お、おっ……」


 ジョージは目を白黒させて、そこから言葉が出てこない。


「あっ……」


 そのまま、ぐるりと目を回転させて、白目を向いて倒れてしまう。


 こいつ、気絶しやがった。


「おいっ、起きろよ」


 慌てて駆け寄り揺するが、呻くだけで反応がない。


「まったく、臆病なのはいつまで経っても治らないなあ」


 間延びした声がして、見れば小屋の外に、斧を肩に担いだマイクが立っている。

 だが、いつものぼんやりとした顔ではなく、声こそいつものようにのんびりしているが、顔が強張っている。

 こいつが緊張してるってことは、相当の異常事態だ。


「その様子だと、どうもジョージはあんたに報告する前に気絶したらしいなあ」


「ああ。マイク、お前、何か知ってるのか?」


「ああ」


 こくりと頷くマイクの口元に力が入っているのが分かる。

 相当だ、これは。何か、相当なことが起きた。


「バクルには、もう俺から報告してあるんだあ。時間がもったいないし、歩きながら話そう」


「お前から、時間がもったいないなんて言葉がでるなんてな」


 緊張をほぐすつもりで俺がそう言うと、マイクはぎこちなく笑みを浮かべる。


「で、どこに行けばいい?」


「こっち。ブレイクもよく知ってる場所だ。盗賊のキャンプだよ。確認したいことがあるから、一緒に来てくれ。護衛だあ」


 その予想外の言葉に、俺は一瞬固まる。


「行こう、ブレイク。本当に、急がないとなあ」


 またマイクには不似合いな言葉が出たが、俺はもうそれに突っ込む気にはならない。


「盗賊の一件が片付いたってことで、俺とジョージで、一応パトロールがてら確認しようって話になったんだあ」


 さすがに森を歩くのは慣れているらしく、マイクは足場の悪い中をひょいひょい進んでいく。


 俺が本気を出せばすぐにキャンプにつくが、とりあえず情報が欲しいのでそのマイクと並んで歩きながら話を聞くことにする。


「そうして、遠目からキャンプを窺ったんだけどよお」


「まさか、盗賊達がぴんぴんしてた、とか?」


 脚を斬りつけはしたが、よく考えてみれば不十分だったかもしれない。

 これで二度と盗賊なんてできないだろうと考えたのは、俺の前の世界の感覚であって、この無限世界にはあの程度の傷なら完全に回復させてしまう薬なんかが存在しているかもしれない。

 まったく、考えれば考えるほど、俺は穴だらけの対応をしてしまったな。


「そんなことはなかったぞお。その逆だ」


「ああ、よかった。逆ってことは、盗賊達はまだその場に倒れてたわけだな」


「いや、それも違うなあ」


「え?」


 どういうことだ?


 その疑問を抱くのと、俺の強化された視界に木々の隙間から遠くの盗賊のキャンプ跡が映るのが同時だ。


 そうして、俺は、マイクの言葉の意味を知ることになる。


「……は?」


 俺は無意識のうちに呻き、そして、気付けば全力で跳んでいる。


 次の瞬間には、森を抜けてキャンプ跡に立っている。


「これ、何だよ」


 そうして、間近でそのキャンプ跡の状態を確認して、俺は呆然と呟くしかない。


 倒れている盗賊達は、いなかった。

 それだけなら、なんとか這いずるようにしてこの場から消えたのだ、と考えることもできるかもしれない。

 だが、違う。そんなわけがない。


 盗賊達はもういないが、その痕跡なら散らばっている。


 俺が斬りつけた時よりも明らかに大量に地面という地面を汚している大量の血痕。ぼろぼろになって血塗れで転がっている盗賊達の衣服、鎧の切れ端。砕けた剣やナイフ、棍棒。


 そして、千切れて落ちている、おそらくは、盗賊達の身体の一部。


「うっ」


 『知覚強化』によって敏感になった嗅覚が捉えた、そのあまりにも濃密な血の臭い、死の臭いにむせ返りそうになり、気分が悪くなる。

 いや、ひょっとしたら、臭いがなくても、この光景だけでも俺の脆弱な精神は悲鳴を上げていたかもしれないが。


「速いなあ、ブレイク。突然消えたのかと思ったぞお」


 森から、のっそりとマイクが現れる。

 普段からは想像もつかないくらいに辺りを油断無く警戒し、斧を身構えている。


「おい、これ、何だよ」


「ああ、俺とジョージも発見してびっくりしたんだけどよお、多分、考えられるのは一つだろう?」


「そう、だな」


 別に難しいことじゃあない。

 この光景を見れば、一番に思いつく可能性だ。


「動けなくなった盗賊達が、血の臭いか何かに釣られてやってきた野生動物、というよりモンスターだな、多分。そのモンスターが、食っちまったってことだろ」


 言いながら、気分が悪くなる。

 結局、俺は、盗賊達をより残酷に殺しただけじゃあないのか? 動けないまま、モンスターに食われて死んでいく。首でも刎ねられた方が余程マシだったはずだ。


「おお、そうなんだけどよ、ううん、これだけ近くで確認しても、やっぱりないなあ」


 眉をしかめて嫌そうに首を捻りながら、


「ブレイク。訊きたいんだけど、お前、盗賊達をどういう状態にしたんだあ?」


「ん……?」


 一度、バクルに報告したことだ。

 どうしてそんなことが知りたいのか。


 不思議に思いながらも、もう一度、脚を深く斬りつけたことを話す。


「ううん、やっぱりそうかあ。バクルから聞いてはいたけど、それで間違いないんだなあ」


「ああ」


「まずいなあ」


 マイクの顔が青ざめつつある。

 本当に、こいつには似合わない状態だ。


「何がまずい?」


「お前の言う通りなら、盗賊達って、脚を斬られただけで、剣を振ったりはできるんだよなあ」


「まあ、大体の盗賊は、多分な」


「だとしたら、おかしくないかあ、この状況?」


「ん?」


「襲われて抵抗するはずだろお、盗賊達だって。なのに、モンスターの死体とか痕跡が全くないだろお」


「――なるほど、そうだ、確かに」


 言われてみればそうだ。


 あまりにも陰惨な光景に目が眩んでいたが、言われてみればその通りだ。モンスターの死体や、それでなくても腕やら牙やら角やらが一切落ちていないというのは、おかしい。


「考えられるのは、やっぱり、はぐれだなあ」


 嫌そうにマイクが言う。


「はぐれ?」


「うん、まあ、とりあえず村に戻るかあ。確認もできたことだしなあ」


「ああ、分かった」


 一体何が起こっているのか、それが分からないまま、もどかしいのを堪えながら俺はマイクといったん村まで戻る。


 帰りの道中は、俺もマイクも黙りこくっていた。





「上級のモンスターは、魔力を取り込む性質を持っている。要するに、魔術師と同じようなことができると思ってくれればいい」


 日が沈みつつある時間、再び俺はバクルの小屋にいる。

 俺だけではなく、ジェシカ、アーシャ、ジョージ、マイクが集合している。


 その俺達を前に、バクルが語る。


「だから、基本的には魔力の濃い時空の歪んでいる場所にしか上級のモンスターは出現しない。もしも、上級のモンスターが平気で人里に下りてくるようだったら、今頃人間なぞ滅んでいたかもしれん」


「うちの村の近くで言うと、帰らずの森なんかがそうだねえ。魔力の濃い場所って言えば」


 ジェシカが合いの手を入れる。


「そうだな。帰らずの森の危険度はC程度らしいが」


「しい?」


 突如として出てきた意味不明な言葉に俺が聞き返すと、


「魔力濃度の高い場所は、危険度でランク分けされている。ABCといった具合にな。つまり、魔力濃度の高い場所としては、もっとも安全な場所ということだ。そうは言っても、普通の人間が足を踏み入れれば瞬殺だろうがな」


「ああ、そのCか。悪い、話の腰を折った」


「構わん。それで、マイク、間違いはないな」


「ああ、ブレイクと一緒にその場まで行って確認したけど、モンスターの痕跡らしきものは一切なかったぞお。明らかにモンスターが襲撃したっぽいのになあ」


「ふむ……ブレイク、これが、つまりどういうことか分かるか?」


 バクルからの問いかけに、


「そりゃ、上級の、手も足も出ないようなモンスターに……あれ、でも、そういうモンスターは魔力の濃い場所から出ないんだったか」


「そうだ」


 バクルは忌々しそうに頷いて、


「基本的にはな。だが、例外もある。気紛れかそれとも何らかの外的要因か、ともかく自分のテリトリーから上級のモンスターが出てくる場合だ。そういうモンスターは『はぐれ』と呼ばれている。はぐれは、一度テリトリーを出た後は、戻ることなく近場をうろついては目に付いたものを襲う」


「迷惑な話だねえ。この村が襲われなきゃいいけど」


 ジェシカがため息をつく。


「けど、問題はそれだけじゃあない。そうでしょう、バクル?」


 それまで黙っていたアーシャが、口を開く。

 その肩が少し震えている。


「ああ……ブレイク、はぐれは、国にとっても一大事だ。おそらく、はぐれが出たことが明るみに出れば、国ははぐれを狩るために全力を尽くす。山狩りも行うだろうな」


 ああ、つまり。


「この村の存在がばれるってわけだなあ」


 のんびりした顔とは対照的に、深刻な顔でマイクが言う。


「うむ。つまり、その存在がばれる前に、はぐれを狩るしかない」


 バクルが重々しくその場にいる全員の顔を見回す。


「それが、この村が生き延びる唯一の道だ」


「要するに、俺が狩ればいいんだろ?」


 気軽に俺が言うと、


「そう簡単な話ではない」


 バクルが首を振る。

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