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盗賊退治(2)

 盗賊の首領の名はゲッコという三十代前半の、無精ひげを生やした粗野な男だった。

 味方であろうと敵であろうと、すぐに怒り狂って殺してしまうことで恐れられていた。その恐怖ゆえに部下を持つことができ、盗賊団をまとめあげていた。


 そのゲッコは怒っていた。怒り狂っていた。


 盗賊という職業は、猟師のようなものだとゲッコは思っている。

 獲物を見つけて、それを狩る仕事だ。獲物が見つからなければ飢えるしかないし、同じ場所で獲物を狩り過ぎれば獲物が警戒してしまうから、動き続けなければいけない。


 だから、安定して狩りができる餌場は貴重だ。

 そして、それを、あの村を見つけた自分達は、幸運だと思っていた。普段は気にもしない神に感謝したくらいだ。


 他の場所で荷馬車を襲って殺しつくし奪いつくす。

 そうして、獲物が見つからなければあの村に言って生かさず殺さずで食料や金品を奪い取る。

 素晴らしいローテーション。

 こんな安定した盗賊団は他にいない。


 そう思っていたのに。


 部下からの報告で、村の住民が増えたと聞いた時には、またカモが増えたと思っただけだった。

 その新しい住民が、若い男で、巨大な刀を背負っていると聞くまでは。


 ジョージ。あの腰抜けなら別にいい。

 精々が弱いモンスターから村を守る程度のことしかできない雑魚だ。

 だが、新しく入った奴がどのくらいの実力なのかは知らないし。

 何より。


 その報告が、村からじゃあなく自分の部下からもたらされるというのがゲッコには我慢ならなかった。

 本当なら、他意の無いことを一番に自分達に知らせるべき村の連中が、動いていない。


 つまり、村の奴らが自分達をなめているか、それとも。

 本当に、その新しい戦力で、反旗を翻すつもりか、どちらかだ。


 どちらにしろ、ゲッコには許すつもりはなかった。

 住民の半分を殺す。

 その意思の元に、自分の部下を全員連れて、村の近くにキャンプを張っていた。


 さっき、ジョージの奴がパトロール中にこちらに気付いたようだが、どうでもいい。むしろ、そっちの方がいい。

 怯えろ。

 怯えて、後悔しろ、馬鹿どもが。


 村に近い、森の中にある十数メートル四方程度の開けた場所。木々がなく、草がまばらに生えているだけの広場。

 村の食料や金品を搾取する時、いつもキャンプとして使用しているその場所に陣取って、ゲッコは怒りを溜めている。


 夜になれば、村を襲撃するとゲッコは決めていた。


 だから、予想もしていなかった。

 キャンプに、森の奥から訪問者が現れるなんて。


「あ?」


「誰だ、おい?」


 ゲッコの部下たちがざわつきだす。


 突如、森の中から現れた男に、全員が身構える。

 ゲッコも、当然身構える。

 数年前に旅人を殺して奪った、最近は切れ味の落ちてきた剣を片手に、ゲッコは男に近づく。


「誰だ、てめぇ」


 ドスの効いた声を出してから、ゲッコは答えが返ってくる前にそれが誰なのか分かった。


 黒いコート。優男。不釣合いな、背負われた巨大な刀。

 どれもが、部下から報告にあった、あの男を示している。

 村が雇ったと思われる、傭兵。ゲッコを不快にしている原因。


 ゲッコの部下達もすぐにそれに思い至ったらしく、全員が目を怒らせて、じりじりと男を包囲する。


「ブレイクだ」


 唐突に、男はそれだけ言う。

 大勢の荒くれ者に囲まれているとは思えない、平静な声で、名前だけ名乗った。


 そのことが、ゲッコを更に怒らせる。


「ああ、ブレイク? てめぇの名前なんか知るか、何の用だ?」


 敵意をむき出しにしたゲッコの声と同時に、その場の空気がざわりと変わる。

 部下達が、いつでもゲッコの号令と共に飛びかかれるように準備をしたのだ。


「村に、手を出すな」


 短く、ブレイクはそれだけ言う。


「聞けると思うか? そんな馬鹿な話をよ。死ね」


 もう、いい。

 こいつを殺して、さっさと村の奴らを殺そう。

 もう、面倒だ。皆殺しにしちまえ。生かしておいたら、また逆らおうとするかもしれない。死ね。全員死ね。


 ゲッコが片手を挙げようとする。

 その手が挙がりきった時が、一斉に飛び掛る合図だ。


 部下達の身が沈む。


「俺はウォードッグだ」


 だが、ゲッコの手はその言葉でぴたりと止まる。


 部下達も、瞬時に顔を見合わせる。


 ウォードッグ?

 ウォードッグだと?


 ゲッコも、聞いたことがあった。

 この無限世界にいるものなら、誰であろうと耳にしている。


 魔術師によって雇われる、異世界からの傭兵。

 人知を超える力を持ち、一騎当千どころか一騎当万、一騎当億とも言われる。たった一人で国を滅ぼす力を持つとさえ言われる。

 御伽噺の世界の住人だ。

 大地を切り裂く剣士、海を焼き尽くす魔法使い、山よりも大きな獣。

 ウォードッグについて耳にするのは、そんな子供だましの話ばかりだ。

 話だけは聞くが、実際に見たことがある奴なんて周りにはいなかった。大袈裟な嘘話ばかりが横行する、うさんくさい存在。

 それが、ゲッコの印象だった。


 それが、この男が、ウォードッグだと?

 妄言か、それとも馬鹿にしているのか?


 ゲッコは、黙ってブレイクの顔を見る。


 だが、その中性的な整った顔から、何も読み取ることができない。

 強いて言うなら、ブレイクは何か迷っているようだった。だが、何を迷っているのかまでゲッコには分からない。


「てめえ」


 搾り出すように、ゲッコは続ける。


「ウォードッグだと? はん、で、だからなんだって言うんだよ」


 ブレイクは答えない。


 びびってるのか?

 ゲッコには判断がつかない。

 だが、たとえこいつが本当にウォードッグだとして、何だというのか。

 馬鹿みたいに大きな刀を、こいつは背負ったままで身構えてさえいない。そして一人。

 一方、こっちは十数人。しかも、全員がいつでも飛びかかれるように準備はできている。

 どんな力を持っていようが、一瞬で終わる。


「あれか、俺はウォードッグだから、お前らじゃあ敵わない。村を襲うのはやめて、尻尾を巻いて逃げろってことか? ああ?」


 言いながら、ゲッコは自分の言葉で更に怒りだす。

 血管が浮き出て、今にも発狂しそうなまでに憤怒が渦巻いているのが自覚できる。

 いつものやつだ。自分をここまで怒らせた奴は、次の瞬間、ミンチの塊になってしまう。今まではそうだったし、これからもそうだ。


「ふざけるなよ、クソガキ」


 ゲッコが挙げかけていた手を、ついに挙げて、部下達が各々獲物を振りかざして飛び掛るのと、


「やっぱり、こうなるか」


 諦めたようにブレイクが呟くのが、同時。


 そうして、一方的な暴力が始まる。


「おっ」


「ああ?」


 飛び掛ったゲッコの部下達が、困惑の声をあげる。


 当然だ。

 ゲッコも自分の目が信じられず、怒りを忘れて呆然としている。


 完全にゲッコの部下が囲んでいた。それなのに、ブレイクの姿が、ない。

 ゲッコは目を離していない、断じて。それなのに、どうして。


「あっがっ」


「うあっ」


 再び、声が上がる。

 ただし、今度は困惑のものではない。反射的な叫びだ。


 二人、ゲッコの部下が、突然その場に転んだ。ゲッコにはそう見えた。


「ぎああああっ」


「いいっだっ」


 だが、転んだ二人は呻き続けている。

 そうして、その二人の両脚、脛の部分が、深く斬りつけられているのが見える。二度と、歩けないのではないかと思えるほどに深く。


 何だ、攻撃?

 呆然としていたゲッコは、ようやくそのことに思い至る。


「おい、てめぇら、見張れっ、攻げ」


 叫ぶゲッコの言葉が終わらないうちに、


「うっ」


「ぎあ」


 次々に、部下達が転んでいく。いや、倒れていく。脚を斬りつけられて。


「何だ、これ、おいっ!」


 ゲッコが叫ぶが、答えは返ってこない。


 見えない。

 どう見ても、ゲッコには部下が勝手に一人で転んでいるようにしか見えない。だが、その脚には傷がある。

 何もないのに、斬られている?

 いや、強いて言うなら、風だ。

 ゲッコは、風が、さっきから自分と部下の周りに吹いているのは感じている。

 まさか。


「ひいっ、何だうぎゃっ」


「助けっがあっ」


 一陣の風。

 それが吹く都度、部下が斬られ倒されていく。


「何だ、こりゃ、ウォードッグって、こんな、馬鹿なっ」


 ウォードッグの御伽噺の中で、こんなものもある。風よりも速い戦士。だが、まさか。

 本当だったのかよ。

 ゲッコは信じられない。

 ウォードッグ。

 本当に、これほどの化け物だったのか。

 風が、あいつか。


 ゲッコが、それに気付いた時には、


「化け物だっ、ひぃっ、ひっ」


「死ぬ、死んじまう」


 ゲッコの部下は全員、呻き声をあげながら全員地面に転がっていた。


「くそがっああっ!」


 見えない。いや、ぎりぎり、何か風が吹いているようには感じることができる。

 怒りのまま、ほとんど直感で、ゲッコはその風に向かって叫び剣を叩きつける。


「むっ」


 声。


 金属音と衝撃。


 風が止み、ゲッコの剣は、ブレイクが片手で構える巨大な刀によって止められていた。


「当ててくるか」


 ブレイクは少しだけ目を見開いて、


「てめぇ、この、く」


 喚いて更に攻撃しようとするゲッコを、単純な膂力で、剣ごと跳ね飛ばす。


「うおっ」


 宙を舞うゲッコ。

 一瞬、自分の現在の状況が把握できなくなる。


 そうして、空中で呆然と舞うゲッコに、巨大な刀がはしる。


「ぐあっ」


 両脚を斬られたゲッコが、悲鳴と共に地面に落ちる。


「こんなもんか」


 ぽつりと、まだ迷いを明らかに声に滲ませて、ブレイクが呟く。


 だがそんなものゲッコにはどうでもいい。

 痛みと、怒り。

 それが脳の全てを支配している。


「がああああああ、て、めぇ! 殺す、殺してやる!」


 立ち上がれず、地面に転がったままで手に持った剣を振り回す。


「ぎゃ、やめっ」


 近くに転がっている部下に当たり、悲鳴があがる。


「キャンプの近くだし、今すぐに野垂れ死にはしないだろ。で、その脚じゃあ、もう他人を襲うことは無理だ」


 諭すように、とうとうとブレイクが語る。


 それが、更にゲッコの逆鱗に触れる。

 ふざけやがって。ふざけやがって、ふざけやがって!


「てめぇ、殺す、殺すからなっ」


「あとは、問題は、お前らがヴィエヌの兵にでも捕まった時に、村のことをばらさないか、だけど」


「殺す、殺してやるっ」


「……喋ったら殺す、なんて脅かしても、この頭領相手には通じそうに無いな」


 困りきった顔でブレイクは頭をかく。


「しょうがない、長期戦だな」


 ブレイクはゲッコの近くに腰を下ろして、


「おい、誰も動くな。動いたら、殺す」


「死ねっ」


 当然、ゲッコは剣をブレイクに叩きつける。

 瞬間、ブレイクの右手が握っている刀ごとぶれて、ゲッコの剣の刀身が消失する。


「やっぱり、そう言われてもお前は動くよな」


「ぐっあっ、くそっ」


 剣を失い、それでも暴れるゲッコの攻撃を、ブレイクは座ったままでいなす。

 無言でいなし続ける。





 どれくらい、経っただろうか。


「ああ、があ、くそっ」


 部下の呻き声はやみ、さすがのゲッコも暴れる体力をなくして、よろよろと動くだけになった。

 ゲッコの声にはもう力がなく、青白い顔に脂汗が滲み出ている。


「ああ、ぐう」


「それくらいにしておけ」


 そうして、ようやくブレイクは声をかける。


「お前の部下はともかく、お前みたいに暴れ続けてたら、出血多量で死ぬぞ」


「うる、せぇ……」


 ぜえぜえと呼吸を荒げながら、ついにゲッコの動きが止まる。


「おい、盗賊の頭領」


 そのゲッコに、ブレイクは覗き込むようにして声をかける。


「俺がいなくなったら、自分と部下の手当てをしろ。終わったら、ここら辺から去れ。もう、その脚じゃあ人を襲うなんてできないだろ。何か盗賊以外のことをして暮らせ。どうやって暮らす、とか俺に訊くなよ。そこまでは面倒を見切れない。それから」


 そこで、声を落とし、ゲッコを睨みつけるようにしてブレイクは、


「村のことは誰にも言うな。言ったら、いつだろうとどこだろうと、俺がお前らを皆殺しにする。分かったな」


「こ、の……」


「分かったな」


 もう暴れる気力と体力をなくしたゲッコに、ブレイクは問い質す。


「……ああ」


 ゲッコは、疲労と苦痛の海の中、自分の芯が折れる音を聞く。


「分かったよ」


 ようやく、しわがれた声でそれだけ言う。


「よし」


 ブレイクは立ち上がると、そのまま森へと消えていく。一度も振り返ることもなく。


 それを、ゲッコは、自分がブレイクにとって取るに足らない存在だということを証明しているようにも思える。


「くそが」


 殺された方がマシだった、というほどの敗北感と屈辱に塗れて、ゲッコは倒れたまま空を見る。

 むかつくほどにいい天気で、雲ひとつ無い青空だ。

 地上では、ブレイクが消えたとたんにゲッコの部下達が呻きながら動き出していた。自分達の傷の手当てをしよういうのだろう。


「……くそが」


 空を見上げたまま、ゲッコはもう一度言う。

 やはり、その言葉には力が無い。

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