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盗賊退治(1)

 無限世界に召喚されてから数日。


 意外と依頼もなく、俺は村やその村を取り囲む森を軽く散歩する日々を送っていた。


 時折、思い出したように素振りや筋力トレーニングといった鍛錬をしてみるが、全然体の負担にならないので、多分訓練になっていない。

 どんなに重いものも軽々と持てるし、どんなに走っても息切れ一つしない。

 ブレイクとして、完成してしまっているのだろう。


 この数日の間の変化といえば、村人と仲良くなったことだ。


 最初に会った時に突っかかってきた老人も、俺を見れば軽く会釈してくれるようにはなったし、その奥さんはいつもにこにこと笑って声をかけてくれる。

 ただし、あの二人の名前は未だに知らない。アルやアーシャ、バクルすら知らないらしい。もっともそれはこの村では珍しいことではないらしい。名前も何かも捨てて逃げてくる人間がほとんどだからだ。


「よお、元気かあ、ブレイク」


 今日も朝から村を散策していると、大きな斧をかついだ大柄な男がいつもの間延びした声をかけてくる。


 マイクだ。

 木こりのマイクは、よく俺に服だのなんだのをくれる。代わりに、木を斬るように頼まれるが。まあ、これも広く言えば依頼の一種か。


「おお、マイク。これから仕事か?」


「そおだよお。まあ、あんたが手伝ってくれたらすぐ済むんだがなあ」


 最初の頃、とにかく村人と親交を深めなければと思って、マイクの木こりを手伝ったことがあった。

 進撃ですぱすぱと大木を斬る俺を、マイクは目を丸くして見ていた。

 やりすぎたかと少し心配したが、マイクはただただ自分の作業が楽になったのを喜ぶだけだった。基本的にのんびりしているのだ、こいつは。


「やってもいいけど、そのうちお前のやることがなくなるぞ」


「そうだよなあ」


 ははは、と笑い合って、


「さて、それじゃあ、働くかあ」


 マイクは心底嫌そうな顔をする。


「お前、労働の楽しさとか微塵も感じさせないな」


「当たり前だろお? 働かないで済むなら、絶対俺は働かないなあ」


 こいつ、俺の世界にいたらニートになってたんじゃないか?


「お前はいいよなあ。毎日散歩してるだけでよお」


「そう言うなよ。これはこれで、結構肩身が狭いんだ」


 早く依頼を受けたい、というのは本当だ。

 自分が必要とされていると、実感したい。何者かになりたいんだ。


「ええ!?」


 マイクは信じられないものを見た、とばかりに目を丸くする。


「ブレイクは変わり者だなあ。俺は、木なんて斬りたくないけどなあ」


 ぼやきながらも、


「じゃあなあ」


 と、マイクは近場の森へと木を斬りに行く。


 本当に、ものぐさな奴だ。とはいえ、憎めない奴でもあるけど。


 消えるマイクの後姿を見送って、村の散策を続けていると今度は、


「あら、ブレイクじゃないか」


 水場の近くまで来たところで、大声をかけられる。頭の芯まで震えるような大声だ。


 大声の主はジェシカという、背は低いが横幅の広い中年の女性だ。

 主に野菜を作っているらしく、よく俺にも野菜を分けてくれる。

 大声と、肝っ玉の太さが特徴で、最初から俺にも物怖じする様子はなかった。人当たりもよく、この村のまとめ役みたいな形でバルクの補佐もしているらしい。


 ジェシカはじゃぶじゃぶと野菜を水で豪快に洗いながら、こちらに笑顔を向けている。


「あ、どうも」


「今日も散歩かい?」


 大声のままジェシカは続ける。この人は、この声が標準だ。


「ま、それしかやることがないからね」


 肩をすくめる。


「で、で、で、そろそろアーシャちゃんとの仲は進んだのかい?」


 この人は二言目にはすぐこれだ。初対面の時からそうだった。


「そろそろも何も、俺、まだこの村に来たの最近なんだけど」


「男と女の仲に時間なんて関係ないよ、あんた。で、どうなんだい?」


 興味津々、といった目をしてジェシカは会話に集中するあまり野菜を洗う手が止まっている。


「どうもこうも。そういう風に見たことなんてないよ」


 これは結構嘘だ。


「なっさけないねぇ、あんた」


 野菜をほっぽりだしたジェシカに、ばん、と結構な力で背中を叩かれる。

 今の俺には、痛くもないけど。


 それにしても明るい人だよな。

 こんな村に逃げなきゃいけない暗い理由があるなんて、想像もつかない。


「散歩なんてさっさと終わらせて、アーシャちゃんにアタックしに行きな」


 どうしてこのおばさんは俺とアーシャをくっつけたがるんだろう?


「それは、元々そのつもりだよ、昼食はアーシャの小屋でもらうつもりだ」


「頑張るんだよ」


 大きく手を振って気合を入れているジェシカに苦笑しつつ、俺はその場から去る。


 昼になり、アルとアーシャの小屋まで昼食をもらいに行く。


「あ、ブレイクー」


 ぶんぶんと両手を振るアル。

 最近は大分懐いてくれている。


「まったく、最初はあんなに怖がってたのに。顔が怖いー、とか言って」


 料理の準備をしながらアーシャが呆れる。


「えー、言ってないよ、ブレイク、優しい顔してるもん」


「そうだよな、俺、優しそうだよな」


「ねー」


 料理を待つ間、俺とアルはにこにこと笑いながら喋っている。アルは俺の膝の上に座っている。


「まったく」


 ため息とともに、今日の朝食であるミールが出される。

 毎日食べていて、ようやくこの味にも慣れてきた。


「しかし、あれから結構経つけど、まだ一件も依頼がないのは困ったな」


「別に、依頼がなくても私が必要最低限の魔力なら補充してるでしょう?」


「まあ、それはありがたいけど」


「別にありがたがらなくても、専属のウォードッグを持つ魔術師としては当然のことよ? 依頼がないからって、魔力切れで消えられたら大変でしょ」


「確かに」


 それが慣例ってわけか。


「何だ、じゃあ、アーシャが親愛の情から魔力くれてるわけじゃないのか、残念」


「バカ」


 すい、とアーシャが手を伸ばしてきて、そのままでこぴん。

 かなり激しい音がする。もちろん、俺は痛くもかゆくもないが。


「むっ、あたしの鍛えに鍛えた、木の板をも割る必殺のでこぴんが」


 痛がらない俺を見て、アーシャは不満そうだ。


「それしきじゃあウォードッグは倒せないな」


 恰好をつけて指を振ると、


「うるさいわね。魔力止めて消すわよ」


 恐ろしい女だ。


「ブレイクは、消えないよー?」


 膝の上から俺の顔を見上げて、アルは不思議そうな顔をする。


「え、ああ、そうだよ、俺は消えない」


「だよねえ、うん」


「こら、アル、意味も分からないのに話に入ってくるんじゃないの」


「えー、分かるよわたしだって。魔力がなくなったら、ブレイク消えちゃうんでしょ」


 アルが頬を膨らませる。


「大変だ!」


 そこに、騒々しい足音ともに、粗末な鎧姿の若者が駆け込んでくる。


「うおっ、ど、どうした、ジョージじゃないか」


 ジョージは俺と同い年程度の、主に村の出入り口の警備を仕事にしている村民だった。元々はどこかの兵士だったという噂だ。

 それで警備が勤まるのかというくらい臆病な性格だが、何かと俺を慕ってくれていた。


「た、大変です、ブレイクさん、と」


 そこで、あまりに慌てているためかフリーズする。


「と?」


 仕方なく、続きを促すと、


「盗賊が、む、村の近くに!」





 盗賊。

 ファンタジーの世界ではお約束ともいえる連中だ。

 当然、この無限世界にも存在している。

 徒党を組み、人の財物を強奪することで生計を立てている者たち。


「じゃあ、盗賊にはこの村の存在自体はばれてたわけか?」


 作戦会議ということでバルクの小屋に集まったのは、俺とアーシャ、ジョージにジェシカだ。


 もちろん、村長であるバルクもいる。


「そうだ」


 俺の疑問にバルクは頷く。


「もともと、盗賊も国の目の届く場所を縄張りにはしない。わしらのような人間と事情は似ている」


「つまり、縄張りにしたい場所はかぶるってことか」


 だが、大きな違いがある。

 バルク達は村を作り自給自足で生きていくことを決め、盗賊は略奪によって生きていくことを決めている。


「だが、向こうも、略奪が過ぎてわしらが切羽詰れば、自爆覚悟で国に訴えることもわかっておる」


「ふうん、だから、今まではこの村から生かさず殺さず略奪してたわけか」


 この村にも歴史ありだな。


「それが、状況が変わったってわけね」


 ちらりとアーシャが俺に目をくれる。


「そっか、大きな刀を背負ったブレイクを、どこかで目にしたわけだね」


 ジェシカが大きな体を揺らしてぽんと手を打つ。

 しかし声がでかい。


「ウォードッグかどうかは別にして、この村が傭兵を雇ったと思ってもおかしくはあるまい」


「つまり、この村が盗賊どもから手を切るつもりだと思ったわけか」


 そこまで言ってから、ふと疑問が過ぎる。


「なあ、これって、盗賊の早とちりなのか? どっちにしろ、俺をこの村の専属にしたってことは」


「好きに考えろ」


 俺の言葉にかぶせるように、バクルはそう言って石のように無表情になって考えを読ませない。


「そ、それで、どうするんだよ、これから」


 ジョージの声は震えている。


「二十人、いや、三十人は村の外に、あ、集まってたぞ、さっき見たら」


「依頼ね」


 アーシャがぽつりと言う。


「そうだな。ブレイク、村を代表しての依頼だ。盗賊どもと話をつけてきてくれ」


「話って?」


 何となく分かってはいるが、一応正確なところを確かめる。


「これからは、お前らにはびた一文も払わないと言って、納得させろ」


 納得するわけないだろ。


「それで、戦闘になったら?」


「当然、村に被害が出ないようにしろ。どんな手を使おうとな」


 バルクの老いた目が、冷たい光を帯びている。

 圧倒的な強者のはずの俺の背筋が少し凍る。

 ようするに、殺せってことか。まだ、人を殺したことはない。殺せるのか、俺に?

 にしても、殺せと依頼せずに、まるでこちらの判断で人殺しをさせるように話を持っていくつもりか。村長だけあって、老練だ。


「報酬は、五百ビットで構わない?」


 アーシャが訊いてくる。


「ああ、もちろん」


 正直なところ、村のウォードッグとして、定期的に消滅しない程度の魔力をもらえて、そしてこれからもこの村に住めるのなら、それでいい。別に個別の依頼の報酬なんていらないんだけど。まあ、もらえるものはもらうけど。


「それでは、頼むぞ」


「はいよ」


 緊張は押し隠して、自分に人が殺せるのかという恐れを飲み込んで、あえて気軽な返事をして俺は小屋を出ようとする。


「ねえ」


 ふい、と近づいてきたアーシャが俺の袖を掴み、小声で、


「大丈夫?」


 と訊いてくる。


 おいおい、ここでそういう訊き方をするかよ。何が大丈夫なのかを言わずに、そんな風に訊かれても、返事は決まってるだろ。


「ああ、安心しろ」


 それ以外に何が言える?


 そして、俺は威風堂々を小屋を後にする。


「さあて、行きますか」


 自分を鼓舞して、ジョージに聞いた方向に駆け出す。


 村から十数キロの地点に盗賊がキャンプを張っている、という話だった。俺の脚なら数分で到着する。


 跳ぶように走って、一瞬の間に村を飛び出る。


 感覚を研ぎ澄ませば、吹き飛んでいく景色をコマ送りのように認識できるし、木々に遮られて視認できない遥か向こうに、確かに十数人の人間の気配を感じる。


 あれか。


 森の中を、茂る木々の幹を蹴り進む。

 木から木に飛び移るようにして、音を越えた速度で進む。


 もうすぐだ。

 こんな速度で森の中を進む俺に、気付いている気配もない。

 不意打ちするならば、多分簡単に全滅させられる、が。


 どうする?

 殺すか。

 不意に、勝手に足が鈍る。

 とは言っても、凄まじい速度に違いは無いが。

 どうする?

 殺せるのか、俺に。

 殺さずに話を収めることは、可能か?

 こんなところくらい、殺す覚悟があるかどうかくらい、決めてから出発すればよかった。

 まあ、後の祭りだ。今更、足を止めて考えるというのも間抜けだし。


 どうする?

 思考速度が加速する。

 今のうちに、方針を決めないといけない。

 そうして、おそらく、ここで決めた方針が、これからの俺の人間の敵に対する基本方針になる。

 慎重に、ならなくては。


 殺したくは、ない。

 木を蹴りながら思う。

 殺したくはないし、今の俺の力なら、圧倒的な力を持って殺さずに盗賊を確保することは可能だろう。

 けど、確保して、どうする?

 国に引き渡すことはできない。村の立場を考えれば。国にばらすことになる。

 村に手を出さないように言い含めて解放する?

 じゃあ、他を襲うのはいいっていうのか?

 誰も襲えないように、武器を壊し、あるいは肉体的に戦闘力を奪う?

 例えば、全員の片腕を奪う。残酷なようだが、殺すよりかはマシかもしれない。

 けど、それ、最終的にどうなるんだ?

 片腕をなくした盗賊が、どうやって生きていくっていうんだ?

 要するに、野垂れ死にさせるのとどう違う?


 決めた。

 まずは、会話だ。

 会話で、着地点が見つかるかもしれない。俺が今、思いつかなかった盗賊を生かしたままうまく解決できる着地点が。

 そして、それが見つからなかったら。


 殺す。

 そうだ、殺す。

 俺は、盗賊を殺す。


 自分に言い聞かせて、背負っている刀を意識する。

 この進撃で、盗賊達を斬り殺す。

 難なくできるはずだ。今の俺なら。

 そうだ、ウォードッグがどんな存在だったか思い出せ。ゲームの中で、ウォードッグは依頼のためなら情け容赦なく人の命を奪う、無敵の傭兵という設定だった。

 今、俺はあの村に雇われたウォードッグだ。

 己の、務めを果たす。


 心は決まった。

 あとは、実践するだけだ。

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