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インタールード(1)

 諸事情により2話連続で投稿します。


 諸事情の詳細に万が一興味があれば活動報告まで。


 あと、「どうしてこの小説が日刊に載ってるんだ?」と不思議な方も活動報告まで。

 大理石で囲まれている豪華な部屋なのに、同時にどこか雑な部屋だ。


 たとえば、壁と床の隙間。わずかに空いた隙間は、床に使われている大理石の歪みを表している。たとえば、絨毯。赤く立派な絨毯は、微妙に色がくすんでいる。


「ふん……」


 その豪華だが雑な部屋の中心で、年代物の椅子に座って葡萄酒を傾けている男。

 美しい男だ。整った顔。白い肌。紅い唇。長く艶やかな髪。だが、病的だ。目の下の隈は長年染みついたもののようだし、切れ長の目は明らかに濁っている。


 男は、金色の布と銀色の布からできたきらびやかなローブを着ている。その明らかに装飾過多のローブも、男には妙に似合っている。


 重厚な木製のドアが音を立てて開く。


「また自室に引きこもって黄昏ておられるのですか」


 慇懃な口調とは裏腹に、にやにやといやらしい笑みを浮かべて別の男が入ってくる。

 入ってきた男は三十代後半といったところか、短髪に無精ひげ、筋骨隆々とした男で、粗末な革造りの鎧を身にまとっている。


「兵士長。くだらない式典は終わったか」


 見た目からは意外なほどに老いた声を出す長髪の男。


 兵士長と呼ばれた男は、肩をすくめる。


「あなたが出ないから、国王も怒ってましたぜ」


「ふん、器の小さい男だ」


 興味なさそうに、長髪の男は葡萄酒を口にする。


「何が不満なんですか、こんな王族と同じくらいの部屋を与えられて、破格の待遇で暮らせるってのに」


 大げさに両手を広げて兵士長は部屋を見回すが、そのひげ面には馬鹿にするような笑みが張り付いている。


「皮肉屋め。小国の贅とやらは、所詮この程度だ。もう飽きた」


 そう、この部屋は小国、ヴィエヌの王城の中に存在した。

 ヴィエヌ最高の素材、最高の技術を結集して作られた部屋。だが、そこには綻びがある。ヴィエヌという国自体が、小さく弱く、未だ発展途上の国であるためか。


「わがままですなあ」


 呆れたように兵士長は片眉を上げる。そうすると、厳つかった顔が存外愛嬌のある顔になる。


「それで、まだ見つからないのか、兵士長」


 ゆるゆるとグラスを揺らした後、長髪の男は葡萄酒を一気に喉に流し込む。

 その目は虚空を見つめ、心はここではないどこかへと行ってしまっているようだ。


「まあ、なかなかね。俺は探し物得意じゃないですし、ほら、そういうのはそっちの方がお得意でしょ」


「ふん。結界でも張っているのか、忌々しい。俺にも分からないさ」


 空になったグラスを、不思議なものでも見るかのようにじっと見つめる男。


「魔力とかで分かったりしないんすか?」


 子どものように無邪気なその質問に、


「一度会って、魔力の特徴を覚えれば可能だが、まだ結局一度も会えてないのでな」


「仕方ないですな。待ちましょう」


 きっぱりと言って、兵士長はげらげらと笑う。


「その結果が、この憂鬱な時間だ。もう五年だぞ」


「まだ五年、でしょう?」


 不意、に兵士長の顔から笑みが消える。


「いつまでも待てばいいじゃないですか。俺もあなたも、どうせ道から外れた身だ。ドロップアウトした俺達が、一体何を急ぐってんですか?」


 さっきまでとは打って変わって、静かな口調で兵士長が言う。 


「痛いところを突くな、兵士長」


 ふっと息を吐いて、長髪の男は空になったグラスを天井に投げつける。

 大理石にぶつかったグラスは粉々になり、ガラスのシャワーが部屋の中に降り注ぐ。


「惰性で生きている身だ、お互いな。だが長年染みついた惰性というのは、馬鹿にはできん。惰性の生とはいえ、それにしがみつきたくもなる」


「そりゃ、分からなくもないですがね。俺も同じようなもんですから」


 兵士長はガラスのシャワーを浴びながら、首を捻る。


「しかし、どっちにしろ、そろそろだと思いますぜ」


「どっちにしろ、とは?」


 どんよりとした長髪の男の目が、兵士長を捉える。


「終わるにしろ、終わらないにしろ、です、例の娘、アーシャですか、そろそろ見つかりますよ」


「どうして分かる?」


 全身にガラスのシャワーを浴びても、長髪の男は少しも気にせず気だるげに座ったままだ。


「一言で言えば勘ですなあ」


「そうか、なら、一つ聞かせてくれ」


 長髪の男の声は、懇願に近い。


「何なりと」


「お前の勘では、どうだ、終わるか、今回で」


「はは、どうですかな」


 兵士長は頭をかく。その都度、髪に挟まっていたガラスの破片が落ちる。

 わずかな沈黙を挟んで、


「……多分、終わらんでしょうな」


「そうか」


 その声には特に落胆も喜びも感じられない。ただ、機械的な返事だ。


「まあ、できるだけ楽しんで、終わるまでの時間を過ごすしかないでしょう、お互いにね」


「兵士長」


 目を細めた、長髪の男の蛇のような視線が兵士長に絡む。


「はあ」


 常人なら怖気をふるうその視線を受けても、兵士長は意に介さない。気の抜けたような返事を返すだけだ。


「お前は、楽しいのか?」


 その質問に、しばらくきょとんとした顔で止まった後、破顔一笑、


「はっはっはっ、それは、愚問というものですな」


 顎をさすりながら兵士長は、


「戦士たるもの、道を外れて惰性で生きるのは苦痛でしかありません」


「なら、どうして俺に付き合う?」


「苦痛に耐えるのも、また戦士の宿命ですからなあ」


 腰に吊ってある、革製の鞘に入った刀をぽんと叩く。


「こいつと一緒に、行けるところまで行くだけですわ」


「そうか……分かった。いや、分からないが、分からないことが分かった」


 初めて、長髪の男の口元に僅かばかりの苦笑が浮かぶ。


「ともかく、娘の捜索は続けろ」


「了解です」


 そうして、兵士長は出ていく。


 後に残った長髪の男は、しばらくどろりとした目で兵士長の出て行ったドアを見ていたが、やがてすっと視線をそらして、自らの両手を返す返す眺める。


「アーシャ、どこにいる、お前は」


 濁った眼は、両手を通してこの場にいない誰かを探しているかのように動く。


「つまらん結末か、また。それとも……いや、それを、惰性で生きるのを望んだんじゃあなかったのか、俺は」


 ぶつぶつと呟いていた男は、はっと顔を上げ、部屋を見回す。


「……そうだ、そうだとも。この部屋が、俺の世界だ。ふさわしい。小国の最上級の部屋。まさしく、俺にふさわしい」


 際限なく、男は呟き続ける。





 ドアの向こう、壁に寄りかかって男の呟きを聞いていた兵士長は、苦笑する。

 例の、片眉を上げた愛嬌のある顔で、苦く笑う。


「ありゃ、長くはもたないな」


 呟いてから壁から背中を離し、ため息と共に歩き始める。


「壊れる前に、見つかって欲しいもんだがね、実際」


 真っ白い廊下を、いや、白くはあるが、ところどころにひびが浮き出ている廊下を、兵士長は歩く。


「まっ、どうでもいいけどなあ、俺は。どうなろうが剣を振るだけだ」


 軽い口調で言うが、その足取りは重たい。

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