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目覚め(2)

 アーシャが俺の額に、細いけれど硬そうな指で触れる。


「汝、召喚者との間に主従の契約を結ぶことを誓うか? すなわち剣ならんことを誓うか?」


 鈴の音のような声でアーシャが言うので、


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 さっそく契約しよう、とのことで始まった儀式だが、疑問が多すぎる。


 一つ一つ、確認しなければいけない。

 俺の存続がかかっているんだ。


「訊いていいか? まず、第一に俺は召喚者とは契約を結べない。というか、召喚者が誰か知らないんだ。無理だろ。それに、主従の契約って、具体的な内容が全然分からないじゃないか、そんなもの、オッケーできるかよ」


 奴隷のように一生扱われるとしたら、そんなのは御免だ。


「それは……」


「お主、勘違いするな」


 鋭い眉と目を少し崩して困った顔をするアーシャを見かねたのか、バクルが割って入る。


「これは古来より続く伝統、下準備のようなものだ。この儀の後に、具体的な契約を結ぶ」


「え、じゃあ、これは、単なる儀式みたいなものってこと?」


「そうだ。基本的に、召喚した魔術師と契約する魔術師が違うなんてことはないから、文面がこれで固定されているんだ。いいから、誓え」


 うんざりした顔のバクル。さっさと次に進みたいらしい。


「あ、ああ、分かった。誓う、誓います」


 その途端、かちり、と自分の中で歯車がはまったような感覚がする。


「ようし、これでお主は正式に契約を結べるな。では、契約についてだ」


「ちょっと待ってくれ」


 いきなり具体的な契約内容に入ろうとするバクルを俺は止める。


「その前に、今更だけど、俺が何をできるか確かめたいんだ」


 そう。

 完全に失念していた。

 俺は姿こそブレイクになっているが、完全の能力がどんなものか全然試していない。

 むしろ、普通の現実の自分と同じ感覚で体を動かしている今の状況の俺が、ブレイクのように百戦錬磨の戦士の能力を持っているという方がぴんとこない。


「ふむ、一理あるな……」


「でも、あなた……ええと、名前を」


 アーシャが戸惑う。


「ああ」


 こっちが名乗っていなかった、そういえば。


「ブレイクだ」


 当然、俺はそっちの名前を名乗る。


「ブレイク。あなたは、そのMMORPGとかで、強者なんじゃないの? その存在に転生したんじゃないの?」


「確かに、MMORPGの世界ではそうだ」


 そこはそうだ。

 俺は頷きながら続ける。


「けど、それが転生で完全に再現できてる保証はないだろ。特に、召喚自体失敗してるわけだし」


 召喚した魔術師の元ではなく、関係ない森の中に召喚されたくらいだ。


「そっか」


 納得したようにアーシャは眉を寄せて頷く。


「杞憂だと思うがな」


 バルクが言う。


「ん、どうしてだよ?」


「わしが両手でようやっと運べるそれを、お主が片手で持っているからよ」


「え?」


 そう言われて、俺はようやく無意識のうちに片手で無造作に持ち上げているその存在に気付く。

 巨大な刀、『進撃』。


 無意識に持っているくらいに、進撃は手に馴染み、そして俺の腕は重さを感じていなかった。


「まあ、ちょうどいい。契約についてだが、こうしよう。この村の住民がお主に依頼する。報酬の魔力についてはその時に提示する。お主が受けるかどうかは自由だ。そして、依頼を達成すれば提示された魔力が魔術師から支払われる。これでどうだ?」


 問題はなさそうだ。


「ああ、分かった。それで契約する」


 かちり、とまた歯車がはまった。


「では、さっそく依頼だ。お主の力試しも兼ねてな。最近、村の作物を荒らすモンスターがいる。近くの森の中に巣を作っているゴブリンだ。最近はどんどん調子に乗って、村民を襲うようにもなっていてな」


 ゴブリンは、ゲーム内と同じなら、最弱クラスのモンスターのはずだ。普通のNPCの兵士でも、一対一なら負けないような敵。確かに力試しには持ってこいだ。


「ゴブリンを全滅させてもらいたい。報酬は……」


 そこでバルクが共犯者のような視線をアーシャに送り、彼女が引き継ぐ。


「そうね、三百ビットでどう?」


 ビットとは魔力を表す単位で、このあたりはゲームと一緒だ。

 三百ビットは、何もしなければ三十日はウォードッグが存在できる量の魔力だ。チュートリアルのようなミッションの報酬としては、妥当なところだ。


「よし、乗った」


「契約成立ね」


 アーシャの言葉と共に、自分の内部に何かが刻まれたような感触がする。

 どうやら、これでミッションを引き受けた状態になったらしい。


 よし、やってやる。やってやるぞ。

 俺が、本当にブレイクの能力を持っているなら、楽勝のはずだ。


 やる気に震える俺は、ふと視線を感じてそちらに目を向ける。

 結局、一度も喋っていないアルという幼女が、バルクの服の裾を掴んだまま、じっと俺を見ている。睨んでいるようにすら感じる。


「人見知りなの、その娘」


 アーシャが少し済まなそうに言う。


「ああ、いいよ、気にしてない」


 これから、仲良くなっていけばいいだけの話だ。


 俺がにっこりと笑いかけると、びくりと体を震わせて、アルはバルクの後ろに隠れてしまう。


「ブレイク。お主、顔が怖い。特に、目がな」


「ああ」


 それでか。

 キャラクターメイキングで目を鋭くしたの、失敗したな。





 まずは、素振り。


 村を出て、アーシャとバルクに案内してもらったのは、村のはずれ、ほとんど森との境目になっているような広場だった。


 ちなみにアルは留守番とのことだった。

 アーシャとアルはバルクの小屋の隣にある小屋に二人で住んでいるらしい。


「ここでならいくら暴れても大丈夫だ。村人もここには来ないからな」


 バルクの言葉通り、その広場には人の気配が一切無い。


「それ、この奥の森が妙なのと関係あるのか?」


 広場から繋がる森の奥、そこから妙な気配がする。

 蛾が光に引き寄せられるように惹かれ、獣が罠を回避するように忌避する、そんな気配だ。


「ほう、まだ魔力に慣れていなくてもそれくらいは分かるか」


 感心したようにバルクが頷く。


「いかにも。この奥の森は、多少魔力が濃くてな、『帰らずの森』と村民には呼ばれている」


「え、魔力って、そんな風に森とかに普通にあるのかよ?」


「無論だ。魔力は世界のありとあらゆる場所に流れている。それを操り利用できるのは魔術師だけだがな。この奥の森は、その魔力が濃い場所だ」


「へえ、この奥がねえ」


 興味があるので、ちょっと森の奥を覗くようにする。


「言っておくけれど、行かない方が身の為よ」


 アーシャが釘を刺してくる。

 どうも、最初の印象とは違い、結構面倒見のいい、心配性のタイプなのかもしれない。見た目で鋭い印象を持っていたけど、眉と目が鋭いのはどうももともとそういう顔みたいだ。俺の目が鋭いのと一緒だ。


「魔力が濃いから、上級のモンスターが集まっているし、何よりも魔力の濃い場所は時空が歪むわ」


「時空が歪む?」


「うむ」


 バルクが引き継ぐ。


「分かり易い例を出すなら、帰らずの森での二時間は外の世界の五分程度に相当する」


「はああ」


 あまりのことに想像がつかず、とりあえず納得したような声を出しておく。


「時間の流れが変わってしまうわけだ。ベテランの魔術師なら、その時空の歪みを利用することすらできるが」


「今のあたしじゃ、無理。残念ながらね」


 肩をすくめるアーシャ。

 全然残念そうじゃない。


「まあ、そんなことはいい。とりあえずやってみろ」


「それじゃあ、遠慮なく」


 バルクに促されて、まずは片手で進撃を構える。構え方も特に意識せずとも、体が勝手に構えてくれる。まるで体に染み付いた動きのように。正直、少し気持ち悪い。


 しかし、見た目に反してやはり全く重さを感じない。

 発泡スチロールか何かで作った模造刀みたいだ。


「ふっ」


 刀を片手で振り下ろす。

 易々と刀が振られる。

 そうして、地面すれすれで、刀は停止する。停止させるのにも、ほとんど力を使っていない。


 二度、三度、それを繰り返す。

 問題はない。


「よし」


 今度は、進撃を両手で構える。空気が、少し変わった気がする。


 ゲーム内では、俺は全力で刀を振ると衝撃波が前方に飛ぶ『斬撃範囲プラス』というスキルを身につけていたが、それがこの世界でも再現できるかどうか試してみるか。


 前方にある森を睨みつける。

 あそこに向かって斬りつけるイメージだ。もし何か衝撃波が飛び出したとして、あの森に向かってなら問題にならないだろ。


「む」


 少し顔色を変えたバクルが、アーシャを下がらせて自分も下がる。


 それを横目で見ながら、


「はっ」


 今度は、意識して全力で、両手で刀を振り下ろす。


 風切り音と共に、刀が地面に突き刺さる。

 同時に衝撃。地面全体が、俺の鼓膜が、そして周囲の空気がびりびりと震える。


「……あ」


 そうして、十メートル以上先にある森の境目の大木が、その幹がすっぱりと袈裟斬りに断たれていた。

 ぐらり、と揺れて大木があっけなく斬り倒れる。


「凄い」


 思わず、と言った様子でアーシャが呟く。


「ウォードッグ、一騎当千とは聞いていた、これほどとはな」


 ずっと冷静沈着だったバルクも、呆然としている。


 だが、呆然としているのは俺も一緒だ。

 まさか、あんな離れた位置にある大木を、衝撃波一撃で切り倒すとは。


 ゲーム内では見た光景だが、これが現実になるとここまで凄まじいものか。

 けど、これで確信できた。俺は、ブレイクだ。最強クラスのウォードッグだ。


「これなら、ゴブリン程度なら余裕だろう」


 バクルの言葉に、アーシャも頷く。


 俺も振り返って、二人に向かって頷いてみせる。


 そうだ、これなら問題ない。

 俺の物語が始まる。


 まずは、ゴブリンを倒そう。





 詳しい場所を教えてもらい、一人でその問題の場所まで歩いていく。


 ゴブリン程度なら楽勝だと確信したとはいえ、モンスターが出るかもしれないと思えば緊張もする。進撃を握る手にも力が入る。


 そんなに村から離れていない場所に、奴らの巣はあるらしい。


 森の中を、一歩一歩、緊張しながら草を踏みしめて歩く。


 大丈夫だ。俺は大丈夫だ。俺はブレイクだ。

 自分に言い聞かせる。


 この方向に真っ直ぐ歩いていけば、すぐに見つかるらしい。

 だがこっちが見つけられるってことは、向こうもこっちを見つけられるってことだ。先手を取れるか?


 俺は失念していたが、ゲーム内でブレイクは、『気配察知』のスキルを身につけていた。

 だから、当然のように。


「――あれ、か」


 先に、俺がゴブリン達を発見した。


 ゴブリンは人間の半分くらいの背丈の、まさしく小鬼といった見た目だった。黒い肌、鋭い爪と牙、そして額にある短い角。ぼろきれを身にまとい、棍棒を片手に十数匹がうろうろと歩き回っていた。

 近くには木屑を集めてできた穴みたいなものがある。どうやら、あれが巣らしい。


 やれる、か?

 知れず、唾を呑み込む。


「ぎ?」


 その、あまりの緊張のために何か感じ取らせてしまったのか、ゴブリンの一匹がこちらを向く。


「まずい」


 呟く。

 もう、行くしかない。

 一歩踏み出したのと、他のゴブリン達全員がこちらを向くのがほぼ同時。


「ぎあああああああ!」


 突如雄たけびをあげ、棍棒を振りかざしてこちらに突進してくるゴブリン達を、


「来いっ」


 不安と恐怖、そして何よりも期待に鼓動を早くさせながら、進撃を振り上げて迎え撃つ。


「――これは」


 凄い。思わず、呟いてしまうほど凄い。


 ゴブリン達は小柄なだけあってその動きは素早い。素早いのだが、今の俺には、止まって見える。


 集中したとたん、世界がスローモーションになった。おそらく、俺が限界まで鍛えたスキルのひとつ、『知覚強化』の効果だ。


 勝てる。絶対に勝てる。

 俺は、ブレイクだ。


「せいっ」


 まず、剣を振り下ろす。衝撃波をゴブリンの集団、そのど真ん中に当てるような感覚だ。


「ぎあ」


 あっけなく、衝撃波でゴブリンの二匹三匹が斬り飛ぶ。


「ぎっ?」


 突然、仲間が死んだことに戸惑ってゴブリンの動きが一瞬だけ鈍る。


 いい的だ。


 俺は一歩踏み出す。


 瞬間、ゴブリン達の動きとは比べ物にならない、まるで世界が縮んだような速さでゴブリン達に近づく。


「ぎあっ」


 近づいた俺にゴブリン達が一斉に棍棒を振り下ろしてくる。

 動きが見えるし、読める。視界の外の攻撃さえ。

 かわすのなんて、楽勝だ。

 ステップで俺は全ての棍棒を避ける。余裕たっぷりに。それに合わせるようにして、今度は片手で、軽く刀を振ってみる。踊ってるようなものだ。


 その踊りで、次々とゴブリンの首が飛ぶ。面白いくらいに。


 まだだ。

 まだまだ動ける。このまま、一時間だって飛び跳ね続けられそうだ。


 俺は踊り続ける。


「――はっ」


 そうして、息を吐いて俺は動きを止めた。


 ゴブリンを見つけてから、多分一分も経っていない。だというのに、既に辺りにあるのは、首のないゴブリンの死体だけだった。

 小鳥のさえずりしか聞こえない。

 多分、全滅させてしまった。


「……これで、終わり、か」


 俺はそのあまりのあっけなさに驚く。

 けれど、この結果は当然だ。俺が、あのゲームの中の、ブレイクというキャラクターに能力もそっくりそのまま転生したのだとしたら、当然の結果。


 進撃を眺める。

 その鋭い刃には、血の一滴もついていない。あまりにも速い斬撃のためか。


「さて」


 このままいても仕方ない。

 俺は来た道を真っ直ぐ、来る時とは打って変わって風のような速さで駆けて戻る。


「うおっ」


「きゃっ」


 森の入り口で待っていたバルクとアーシャは、凄まじい速度で戻ってきた俺に驚く。

 そして、


「ど、どうした、何かあったか?」


 そうバルクが言ってきたので、俺は苦笑したいのを我慢しながら、


「もう、済んだよ」


 とだけ答える。


「……何?」


「嘘、もう、なの?」


 呆然とする二人。


 一方の俺は、契約を果たしたために体に魔力が流れ込むのを感じる。

 なるほど、こうなるわけか。


 面白くなりそうだ、と心から思う。

 この世界でウォードッグとして生きていく生活、これまでの生活とは比べ物にならない。

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