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目覚め(1)

 森。

 木々の間の狭い空を見て、森だと思う。

 俺は森に仰向けに倒れているらしい。

 森の臭い、ふかふかとした土の感触。

 森だ。

 どうして、俺は森で寝ている?


 疑問が頭を過ぎろうとするが、どうしようもなく眠い。勝手に瞼が落ちる。


 目を開けていられない。

 ちょっと、ちょっとだけ寝よう。考えがまとまらない。


 目を閉じる寸前、足音。

 狭くなっていく視界の中、こちらを覗き込む十歳前後の少女の顔が見えた気がする。気のせいかもしれない。

 そうして俺は眠る。泥のように眠る。

 夢を見る。徒競走の夢だ。自分がビリだった気もするが、よく覚えていない。


 次に意識を取り戻した時、まず目に入ったのは素朴な木造りの天井だった。


「……ん」


 頭が覚醒するにつれて、一気にこれまでの出来事がフラッシュバックする。


 ウォードッグ。

 奇妙なメッセージ。

 模様。

 発光。

 森。


「はぁ!?」


 ようやく事態の異常性に気付いて俺は飛び起きる。


 俺は粗末な木製のベッドに寝ていたようだった。

 飛び起きて、そのベッドからとりあえず降りる。


 部屋を見回す。木で組まれた、簡単な小屋のようだ。

 ベッドのほかには、いくつもの水瓶や農機具らしいものが無造作に積まれている。どうも、倉庫の片隅にベッドを置いているといった方が正しいらしい。


 何だ、誘拐?

 え、どこだここ?

 窓がないから、外の景色は分からない。


 恐る恐る、ドアを開けて外を覗く。


「は、あ」


 朝。それも早朝だろう。ようやく、日が出たところのようだ。辺りの空気が清清しい。


 小規模な田や畑が遠目に見えた。そして、その先には森。どの方向を見ても森。そして、いくつもの小屋。

 小鳥のさえずりが聞こえる。そして、遠くからは水のせせらぎ。


 森の中にある、小さな村。

 そう表現するのが一番しっくりくる。


 で、どこだここ?


 外に出て、ふと小さな水場があるのに気付く。地面に水をためているだけの、簡単なものだ。


 そういえば、今の俺、どういう状況だ?


 疑問ばかりで頭をいっぱいにしながら、俺はその水面を覗き込む。水鏡に自分の姿を映そうと。

 そうして、混乱はついに極まる。


「これ、は」


 俺は思わず自分の顔を手でなでると、水面に映る像も同じように動く。

 間違いない、これは、俺だ。

 思えば、服装もそうだ。この、真っ黒いコート。俺がさっきまで来ていた学生服じゃあない。


 水面に映っていたのは、真っ黒いコートに身を包む整った顔の優男。

 ブレイクがそこにいた。


「気がついたか」


 後ろからの重苦しい声。

 慌てて振り向くと、一人の老人と、その横に並ぶ少女がいた。


 二人とも、一枚の布を体に巻いてそれを腰にある紐でとめるという、和服に似た服装をしていた。もっとも、俺が知る和服に比べればかなりシンプルな服装だが。


 老人の方は白く長い髪と、同じく白い髭を蓄えていた。体つきはがっしりとしていて、肌も日に焼けている。多分、喧嘩をしても絶対に勝てない。


 その横にいるのはおそらく俺と同い年くらいと思われる少女だった。健康的な浅黒い肌、大きな目、長い黒髪。意志の強さを表すように尖っている眉と大きな目。

 凛としていて美しいが、一筋縄でいかなそうだ。


 そして、なによりも、二人ともが、こちらを警戒心をむき出しの目で凝視していた。


 こ、これはまずい。

 何か、言わないと。


「あの、こ、ここどこですか?」


 辛うじてそれだけ言うが、二人の目つきは変わらないし、返事も返ってこない。


 ん?

 そこで気付く。

 二人じゃあない、三人だ。

 老人の後ろに隠れるようにして、もう一人、少女がいた。おかっぱ頭の少女だ。老人の服の裾を力一杯掴んで、恐る恐る顔を半分だけ出してこちらを窺っている。

 明らかに怯えている。

 しかし、この少女、少女というよりは幼女だ。俺を睨みつけている少女とは年齢が違う。精々、小学生程度だろう。

 少女の髪と背丈をそのまま縮めたらこの幼女になるってくらい、少女と幼女は似ている。多分、姉妹だ。


「アル、どうだ? この男で、大丈夫か?」


 老人が幼女に目を向けて、そう尋ねた。


 怯えながらも、アルと呼ばれた幼女は首を縦に振る。


「そうか……」


 そうして、老人は、俺に目を向ける。さっきまでとは違う、どこか同情するような目で。


「アーシャ、行くぞ」


「はい」


 老人に名を呼ばれて、返事をしたのは少女だった。


「お主も来い。訊きたいこともあろう。教えてやる」


「え、あの」


 戸惑う俺を尻目に、老人とアルという幼女が背を向けて歩き出す。


「あなたは」


 混乱する俺に、アーシャが声をかける。


「あなたは、選ばれたの」


 どこかで聞いた、いや、見たようなセリフだ。


 そうして、他にどうするべきかも分からなかったので、俺はアーシャと一緒に、老人とアルについて行く。





 ついて行った先にあったのは、老人の家らしき小屋だった。

 小さな部屋にベッド、そしてテーブル、かまどがあるシンプルなものだ。


「ここはわしの家だ」


 老人はそう言って、とうとうと今いる場所の説明を始める。


 ここが名前もない隠れ里のような小さな村であること。

 村民は農業と狩りで細々と生活しているということ。

 俺がさっき目を覚ました場所は、本当に倉庫だということ。とりあえず空いている場所がなかったので、使わないベッドが置かれている倉庫に俺を運び込んだ、ということ。


 だけどそんなことは全てどうでもいい。

 もっと先に説明すべきことがあるだろう。


 とは、もちろん言えない。

 この老人に口答えしたら、叩きのめされそうだ。


「そうだ、とりあえず、これを返しておこう」


 老人はそう言うと、両手で抱えるのようにして、部屋の隅から大きく横に長い布包みを持ってくる。


 無言で差し出されたので、俺は仕方なく受け取り、びびりながらその包みをはがす。


「あっ」


 そうして出てきたのは、ブレイクの、俺のトレードマークとも言える、巨大な刀だった。


 進撃。俺の、ブレイクの相棒。


 これは、やっぱり、本格的に、そういうことなのか?

 ライトノベルで読んだことのある展開だ。

 つまり、これは。


「俺、は」


 緊張でつっかえながら言う。


「しょ、召喚された、って、こと? この世界に」


「理解が早いな」


 老人は平静に返して、椅子に座る。


「座れ。ゆっくり説明しよう」


 そうして、俺はテーブルを挟んで老人と向かい合うように座る。老人の両側には、アルとアーシャがそれぞれ立つ。


「自己紹介からか。わしはこの名も無き村の、一応村長のような役割をしている。名はバクル。そうして、こいつらはわしが面倒を見ている姉妹だ。姉がアーシャ、妹がアル」


 紹介に合わせて、アーシャもアルも会釈をする。

 だがどちらも目が警戒を解いていない。


「さて、とはいえどこから説明すればいいか……この世界の話でもするかお主は別の世界から来たわけだからな」


 世間話でもするように、バクルは切り出す。


「この世界は無限世界と呼ばれている。無限に存在する他の世界の全ての根源であることからそう呼ばれているらしいが、まあ、魔術師でもなければそこの辺りは関係ないところだ」


 バクルはテーブルの上においてあった鉄瓶を手に取り、湯飲みにお茶らしきものを注ぐ。


「お主も飲むか?」


「あ、いや、大丈夫、だ、です」


 それどころじゃあない。

 やっぱりだ。

 バクルの説明は、そのままウォードッグのマニュアルに書いてあった世界設定と一緒だ。

 俺は、ウォードッグの世界に来たんだ。


「そうか」


 お茶をすすってから、バクルはテーブルの上で指を組む。


「魔術師というのがこの世界でどういう位置づけなのかだが、お主、分かっているか?」


「え、ええ、まあ」


 要するに、ウォードッグの世界で魔術師とはどういう存在なのか、だろ?

 やばい、どきどきしてきた。

 今更ながら手足が震えだす。

 夢みたいだ。

 異世界に、召喚された。まるでライトノベルだ。

 凄い。


「魔術師っていうのは、魔力を扱うことができる人間のことで、ま、魔力をアイテムに込めたり、術を使ったりできるんでしょっ。で、でも戦闘向きのことはできないから、戦闘をしてくれる奴を異次元から召喚して契約を結ぶ」


 全部、ゲームのウォードッグからの受け売りだ。


「ほう、なかなか詳しいな。ひょっとして、元の世界でこの世界についての説明があったのか?」


「あ、ああ、その」


 とはいえ、MMORPGをどう説明すればいいものか。

 悩みながら、俺はできるだけ噛み砕いて、どうして俺がこの世界のことを知っているのか、どういう経緯で今ここにいるのかを説明する。


「なるほどな」


 意外にも、バクルはあっさりと納得したように頷き、傍らのアーシャに目配せをする。


「お主をこの村に運んできたのはここのアーシャだ。見つけたのはアルらしいがな。山菜採りの最中、倒れているお主を見つけたらしいが」


「ああ、何となく」


 記憶にはある。

 森と、空。覗き込んでくるアルの顔。


「そのアーシャが、お前がウォードッグだと言うからわしも興味を惹かれてな、こうやってお主と話しているというわけだ」


「え、じゃあ」


 俺が、ウォードッグだと分かるってことは、この女の子も只者じゃないってことか?

 目を向けると、アーシャはバクルとアイコンタクトをしてから、俺に頷く。


「あたしは、魔術師の卵よ」


 初めてアーシャが喋る。

 その声は鈴のようだ。高く、繊細で、どこか固く尖っている。


「ああ、だから、アーシャは魔力を扱える。お主がウォードッグだと、召喚された立場だということも分かった」


「ん? じゃ、じゃあ、あんたらが俺を召喚したわけじゃないの、いや、ないんですか?」


「無理に敬語にせんでいい。そうだ。わしらがお主を召喚したわけじゃあない。アーシャも、まだウォードッグを召喚する技量はないしの。お主の言うMMORPGとやらがどんな遊戯かはしらんが、おそらくお主はどこかの魔術師に転生式で召喚されたんだろう」


「転生式?」


 聞き慣れない言葉に、鸚鵡返しにする。


「わしも噂でしか聞いたことがないが、転生式とは特殊な召喚の方法だ。直接異世界の存在を召喚するのではなく、別の存在に転生させてから召喚する秘術よ。非常に難しいとは聞くが、おそらく、そのMMORPGとやらがお主の世界に存在するのも、魔術師が関わっているんじゃろう。この無限世界を模した世界で遊戯させることによってこの世界への召喚の敷居を下げて、同時にその遊戯の中の擬似存在への転生も可能にする。手間はかかっているが、なるほど、よくできておるわ」


 魔術の知識とやらは全然ないが、それでも少しだけイメージできる。

 まず、この世界そっくりのゲームをやっていたから、この世界に召喚しやすくなるって話。これは、イメージできる。そっくりの模造品を通して、俺とこの世界が繋がってたと思えばいいわけだ。

 そうして、俺をゲームのキャラクターに転生させる。これも分かる。俺が一から育てたキャラクターだ。そいつに俺を転生させるのが、別の何かに転生させるよりも簡単だっていうのも直感的に理解できる。


 しかし、そうか。そりゃそうか。

 俺を、そのまま召喚したって何の役にも立たなかっただろう。俺を、ブレイクとして召喚するからこそ、意味があるわけだ。


「で、その、召喚した魔術師はどこなんだ?」


 きょろきょろと部屋を見回す。

 もちろん、単なるゼスチャーで、この部屋に隠れているなんて思ってない。


「知らん」


「え」


 思いもよらないバクルの言葉。

 知らんってことはないんじゃないの?


「おそらく、召喚が失敗したんじゃろう。森の中で倒れていたのも、それで説明がつく。お主の話を聞くまではどうしてウォードッグがそんなところで倒れていたのか不思議じゃったが」


「俺の話って……あ」


 そうか、あれか、召喚が失敗した理由。

 だって、多分、召喚の儀式の最中に、俺、思いっきりディスプレイどついたりしてたもんな。

 そりゃあ、失敗くらいするか。


「え、あれ、じゃあ」


 待てよ。

 ここがウォードッグの世界と同じなら、俺、呼び出した魔術師と契約できないってことは、消えるんじゃないか?


 冷静になって自分の状態を確認してみれば、言葉にはできないが、アルコールが蒸発するように、僅かながら確実に自分の何かが薄くなっている気がする。


「お、俺、消えるのか?」


 遅れて、ようやく今になって足元から水に浸かるように恐怖が染みてくる。

 せっかく、ここにブレイクとして転生できたのに。

 何者かになれたのに。


「そうだ。このままではな」


 ごく平然とバルクは頷き、


「そこで、相談がある」


「さっき言ったように、あたしは魔術師の卵なの」


 アーシャが言葉を引き継ぐ。


「どう? あたしと契約して、この村専属のウォードッグになってくれない?」

 

 普通なら、そうすれば帰れるのか、とか、待ってくれ意味が分からない、とかなるところだ。

 けど、俺は、


「もちろんだ」


 俺は考えるよりも先に答えていた。即答していた。


 俺が何者でもない世界に、そんなに未練はない。


 この小さな村のウォードッグ。

 そこから始めるのだって構わない。むしろ望むところだ。ここから、上がっていく。すぐに、世界中に俺の力を認めさせてやる。できるはずだ、何者でもない俺じゃあなくて、今の俺なら。

 俺は、世界でも有数のウォードッグ、ブレイクだ。

 これから、ブレイクの、俺の物語が始まる。

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