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殺したいのは誰?(1)

「権謀術数の世界で生き延びてきた、バクル、お父さんだから、こんな馬鹿げた話を考えたんだと思う」


 消え入りそうな声で、ぜろぜろと喉を鳴らしながら、アルが、目の前の死にかけの少女が語る。


「どっちにしろ、ゴールがいた時点で、魔術師が産まれれば、イコール、その魔術師の死、だから。バクルは、何の策もなく、ただただ、自分の娘を、あたしを、死なせるしかなかった」


 ぼんやりと、少女の枕元で、俺は立ち尽くしている。


 そのうち、消えそうだが、消えても別にいい。

 だから、少女の話を黙って聞いている。


「それが、我慢ならなかったんだと思う。策を弄して生き延びてきたのに、無策で娘を死なせることが。だから、自分も、もう一人の娘も、自分に従ってくれる人々も、そして」


 こほり、と少女は咳をする。


「他の世界から召喚する他人も、犠牲にして、魔術師であるあたしを、生き延びさせようと思った。狂人の発想よ。そんなもの、何の意味もないのに。きっと、ただ死なせることが我慢できなかっただけ」


 アルの話を聞きながら、ようやく、蘇ってくる。

 村での日々。アルやアーシャと食べた食事。バクルの眼光。


 ばらばらだった、自分の意識と記憶。

 それがパズルのようにはまっていく感覚とでも言えばいいのか。だが、決して元に戻っているわけではないのも気づいている。パズルのピース自体が、変質してしまっている。


「アーシャじゃなくて、あたしが魔術師だった。それを、バクルは皆にずっと隠し続けてた。知ってたのは、あたしと、アーシャと、バクルだけ」


「どこ、まで」


 自分ものではないかのように、口が勝手に動く。


「どこまで、計画していた?」


 俺がそれを本当に疑問に思っているのかさえ、分からない。ただ、何となく質問している。

 奇妙な気分だ。自分が自分ではないような。

 いや、違う。対話するという行為を通して、自分ができあがりつつある。


「全て。バクルは、全て計画してたわ」


 ゆらゆらと、アルは枯れ木のような片手を、俺に伸ばす。


「あなたを呼び出して、それを苦し紛れの策だと思わせること。そうして、どんな経緯であろうとも、最終的に村が滅ぼされて、皆、アーシャも含めて皆が死ぬこと」


 無感情な声で、アルが言う。


 アーシャ。あいつは自分が死ぬ策に乗っていたのか。どんな顔で? もう、表情は思い出せない。

 バクル。あいつは自分の娘を助けるために、自分の娘を死なせる計画を立てていたのか。どんな顔で? 全然、表情が思い出せない。

 そもそも、思い出す必要ってあるのか?


「アーシャが、死んだのをあたしはこの目で見たの。死んだのを確認してから、あなたとの契約を切った」


 そうして、落ち窪んだ目が少し細まる。笑ったのかもしれない。


「だから、まだ生きているなんて思わなかった。見た目、大分変わっちゃったけど」


「お互い様だ」


 軽口が出てくる。

 ああ、そう言えば、こんな風に喋っていたな。

 かつての自分の残滓、それが確かにあるのを感じる。ひとかけらだが。


「お前も、死んだって聞いたけど」


 アル。

 そう、アルの死も、かつての俺の心をばらばらにした。


「ああ、くだらない、手品よ。バクルに覚えさせられた魔術は、召喚と契約、それから自分の死の偽装。どれも、お粗末なものだけど」


「ああ、そうか」


 あの時、確認したのはただの兵士。それも当然か。アルはただの幼女だった。死んでも死ななくてもいい程度の。


「死の偽装は、疑われたらお終いなわけか」


 だから、アーシャが魔術師だって騙してたのか。

 そうでないと、死の偽装なんて効果がないから。


「なあ、アル」


 また、口が勝手に動く。


「お前は、当時、どこまで知ってたんだ? その、計画のことを」


「全部」


 吐き捨てるように、アルは言う。


「全部知ってたわ。あなたを利用することも、アーシャが死んで村が滅びるのも計画に組み込まれていることも。知ったうえで、あんな風に振舞っていたの。驚いた?」


 その目には、確かに挑戦的な色が浮かんでいる。

 それを知った俺が、何をするのか、いや何かをしてみろと煽っている色。殺してみろ、罵ってみろ、恨んでみろと。


「いや……」


 汚いことなど何も知らない、純粋無垢な幼女。その幻想に浸っていた俺に、その幼女の目の奥にある何かを、見抜けるはずもない。

 都合のいいものしか見ていなかったのだから。


「残念、だったわね。無邪気でかわいいアルがいないくて」


 蝋のような頬を歪めて、アルは嘲笑を作る。


「いいんだ。安心、している」


 本心が零れる。

 そうだ。

 それでいい。そんな、純粋無垢さは、もういらない。そんなものは。

 ノイズ。


「それで……病か?」


 頭痛で体をよろけさせながら、会話を続ける。

 俺は、アルと喋っているうちに、霧が晴れるように、自分の頭が鮮明になっていくのを感じる。あるいは、魔力切れで消えていく、最後の煌めきのようなものかもしれない。


「ああ、これ? 病っていうか……ほら、ゴールに、あたしの魔力、多分識別されちゃったから。魔力を取り入れられないの」


 喉を鳴らして、アルは笑う。死人の笑いだ。


「魔術師は、魔力を操って無限に生きることができるけど、その反面、魔力を取り入れるのをやめたら、体は弱いの。一般人よりも、ずっと」


「死ぬ寸前ってところか」


 それを聞いても、俺には何の感慨も湧かない。

 そうだ、湧いてくれない。


「まあ、別に、いいけどね。あれから、十年。滅びた村を逃げ出して、計画通りこの小屋に逃げ込んで。義務は果たしたでしょ」


「義務?」


「ゴールの裏をかいて、生き延びること。バクルの、単なる意地。あたしたちは皆、あなたも含めて、それに付き合っていただけよ。バクルだって、生き延びた後、あたしに先があるとは思ってなかったもの」


「そうか」


 そう考えると、あの村自体が、ひどくおぞましいものにも思える。

 だが、そのおぞましさが、今ではそう不快ではない。むしろ、懐かしい。善良な小さな村の皮を被った、ある男の妄念の城。誰も幸せにしない計画のための箱庭。

 あそこに戻りたいとすら、少しだけ思う。


 そう、思っている。

 思うこと、感じることが、少しずつできるようになってきている。少しずつ、意識がクリアになっていく。その意識が、決して健全な人間のものではないとしても。


「死にたいのか?」


「くく」


 俺の何気ない質問に、アルは体を揺らして笑い出す。その笑いで、やせ細ってしまった体が壊れてしまわないか不安になるほどに。


「死にたい、と、思う?」


「さあ?」


「死にたくはないわ。何百年、何千年、何万年も生きた魔術師やウォードッグはそんな気持ちになるらしいけど、あたしは、死にたくない。ねえ、ブレイク」


 落ち窪んだ目が、恐ろしい熱を持って俺を向く。


「逆恨みだけど、あたしはあなたが憎い。あなたが無力だったのが、憎い。あなたが全てを覆すような、バクルの計画を覆すような存在だったら、今頃、あたしも、アーシャも」


「そうだな」


 疑問の余地はない。

 バクルの計画通り、俺は最弱の、ゴールの手から村を逃すことなどできない程度のウォードッグだった。

 だから、こうなってる。


「でも、くく、あなたも、相当苦しんだみたいね」


 アルの目が、俺を上から下まで舐め回す。


「そして、魔力切れで今、消える。ご愁傷様」


「そのことだが、アル」


 はっきりとした意識で、俺は今こそ、自分の意識で口を開く。


「魔力を取り込んで、俺と再契約してくれないか?」


「……は?」


 呆れたように、アルは口をだらりと開ける。


「そんなことをしたら、ゴールがすぐに察知して、今度こそあたしを殺しに来るわ。まあ、どうせこのままでも死ぬから、同じことだけど……再契約して消滅を回避したあなただって、またロックに殺されるわよ」


「いいさ、別にそれで。ひょっとしたら、俺がロックとゴールに勝つかもしれないぞ」


「……ブレイク」


 暗黒のような瞳に、俺が映っている。


「勝つ自信でもあるの?」


「ないな」


 そんなものはないし、そもそも。

 それは、重要な問題じゃあない。


「なら、どうして? 今からでも、全力で王城に行ってゴールにあたしのことを伝えた方が、まだマシでしょ。褒美で契約してくれるかもしれないわよ?」


「そういうことじゃあない」


 そうだ、生き延びたいわけじゃあない。


「だったら、どうして? 大体、あなたこそ、あたしを、あたし達を憎んでいるんじゃないの? あたしのこと、今、とどめをさしたら?」


「お前達に、恨みはない」


 ない。恨みも、憎しみも。


「だったら、あの二人への、復讐? ゴールとロックを、殺したいとか?」


「それも、おそらく違う」


 真っ赤な意識のまま、狂った獣として暴れていた時、俺は何を殺したくて、暴れていたのか。


「だったら、何を……」


 答えを見つけようとするように、アルの深い穴のような目が、俺の目を覗き込み、そして。


 アルが体を強張らせ、震える。

 死ぬことすら、受け入れていた少女が、一体何を恐れているというのか。アルは、がちがちを歯を鳴らして、震え続けている。


「どうした、アル?」


 そんなアルの様子の意味が分からず、俺は訊く。


「ブレイク、あなた、その、目」


「ああ、これか。どうも、モンスターの目を無理矢理くっつけているみたいだな。まあ、目だけじゃなくて全身がそんな状態だけど。魔力の補給が始まったら、全部回復していくから、心配するな」


「違う、その……」


 かすれた声で言いかけて、アルはゆるゆると首を振る。


「まあ、いいわ。ねえ、ブレイク。あたしが魔力を取り込み出して、あなたと契約すれば、ゴールはすぐに気づくわ。早ければ半日以内に、気紛れで遅れても多分、一日も経たずに彼らはここに来る」


「そうか」


「いいのね?」


「ああ。ずっと、自分の体の回復に集中していれば、それなりに回復した状態で出迎えられるだろう」


「ブレイク、回復した途端、あたしを斬り殺したりしない?」


 その質問に、俺は黙って首を振る。

 そんな無駄なことは、しない。恨んでなどいないからだ。


「そう、本当に、変わり者ね、あなたは」


 そうして、アルは木の枝のような指を、俺に向ける。


「それじゃあ、魔力を取り込んで、あなたと契約するわ。ブレイク、あなたを、あたしの剣にする。あたしのために戦ってもらう? いいわね」


「ああ。契約が不完全だ、など心配しなくていい。お前を裏切るつもりはない」


 そうだ、そんなつもりはない。


「契約成立だ」


 そして、自分の中に暖かな何かが流れ込んでくるのを感じる。

 ぼろぼろだった体はもちろんのこと、黒い布きれと化していたコートも、柄だけになっている進撃も回復を始める。ゆっくりと、ゆっくりとだ。


 アルの変化は、もっと急激だった。

 頬が色づき、骨と皮だけだった全身に、少しずつ肉が付いていく。生気が蘇っていく。今にも立ち上がれそうだ。


「それじゃあ、俺は、奴らが来るまで、寝ておく」


 それだけ言って、俺は獣がするように、その場で床に伏せる。両手両足を縮めて丸くなるようにして。


「ねえ、ブレイク」


 ベッドの上から、そんな丸まった獣のような俺に、アルの声がかけられる。独り言のような声。


「あなたは、一体何になったの?」


 答える気はない。

 それにそもそも、答えられない。今の自分が何なのか。知るはずもない。

 ただ言えるのは、ブレイクという名。そして、ウォードッグであることだけだ。

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