物語の終わり(2)
注意:人によっては不快を感じる表現が含まれています。また、本作は特定の人物、団体、作品を批判する意図は一切ありません。
あと、今回長いんで二つに分けてあります。一度に(2)と(3)を投稿してあります。ご注意を。
注意しなければ。
こいつが、ウォードッグだとすれば、一筋縄ではいかないはず。
俺はロックを観察する。
年齢は三十代に見えるが、ウォードッグなのだから実際の年齢は分からない。下手したらダイを上回りかねない堂々たる体格、適当に切り揃えられたらしい短髪、無精ひげ、厳つい顔。革の鎧の隙間から見える、全身を覆っている筋肉。
まさに、歴戦の戦士といった風貌だ。
「部下を殺さなかったから、おそらくそうだろうとは思うが……」
剣を片手に持ったまま、散歩でもするようにロックは近づいてくる。
「お前、まともなウォードッグじゃねえな」
「かもな」
瞬間、俺は、全速、全力の一撃を繰り出す。
速度と攻撃力だけを磨き続けたブレイクの、全速全力の進撃による一撃。
相手がウォードッグである以上、出し惜しみをするつもりはなかった。一撃目で、確実に決める。
「むっ」
余裕を持っていたロックの顔が、驚愕に染まる。
驚きながらも、ロックはその巨体に見合わない速度で体をのけぞらせると同時に、剣で進撃の一撃を受け流す。
「っ!」
驚愕したのはこちらも同じだ。
あれをかわすとは、何という反射神経。剣ごと砕くはずの一撃を受け流すとは、何という技量。
「ちょっと、驚いたが、しかし」
のけ反った姿勢のまま、ロックは首を捻り、後ろにいるゴールに顔を向ける。
「なあ、ゴールさん、どう思う?」
「兵士長。俺には段々分かってきたぞ、この奇妙な状況のからくりが。どうしてそのウォードッグが最初ここにいなかったかも、ランキングとは裏腹にさっきの一撃が鋭い理由もな」
「ランキング?」
意味の分からない言葉に、俺が思わず呟く。
「ブレイク……」
悔いるような呟きが、俺の背中から、アーシャの呟きが聞こえる。
俺にはそれが、とても不吉な呟きにも思える。
「アドバイスだ。兵士長、競うのではなく、きちんと、戦ってみろ。そうすれば、お前にもそのブレイクとかいう男の本質が分かる」
「さいですか」
ロックが、ゆっくりと姿勢を戻す。
「んじゃ、ま」
そう言うと同時に、ロックは、
「は?」
剣を、鞘に仕舞う。
「何の、つもりだ?」
「ちょっとお話でもしようかと思ってな……お前、どうしてこの村のことが俺達にばれたか知ってるか?」
油断させる、つもりか?
俺は答えずに、ただ進撃を油断なく構える。
「お前が解放した奴隷、マトとダイだっけ、あいつらからの情報だ」
「な……」
そんな、馬鹿な。
「ほおら、隙ができた」
気づいた時には、ロックの蹴りが、俺の腹に突き刺さっていた。
「ぐっ、ぶぅ」
背骨が軋み、内臓が暴れる。喉を、胃液がせり上がる。そして、何より。
苦しい。痛い。
この世界に来て、初めて受け取った、本物の苦痛。
「がはっ」
胃液を撒き散らしながら、俺は進撃を振り回しながら後退する。
くそっ、マトやダイがこいつらに村のことを報告するはずがない。そもそも、あの二人は村のことを知らなかったはずだ。
こいつの口先に、惑わされた。
「はん、こんな簡単に心がぶれるとは……なるほど、分かりましたぜ、ゴールさん。ようやく俺にも。こりゃ、ランキングが低いはずだ」
「さっきから……ランキングって、何の話だ。それに、ダイとマトのことを、どうして知っている?」
ようやく、苦痛を抑え込んで俺は再び構える。
「へっ……お前、ランキングを知らないのか? それに、どうして知ってるって……あ」
ロックはぽかんとした顔の後、笑いだす。
「はっ、はっはっはっ、ああ、そうか、そう言うことか。はははっ、馬鹿馬鹿しい。え、でも、じゃあ、どうしてこいつの攻撃はそれなりなんですか、ゴールさん?」
「おそらく、転生式だ。噂くらい、聞いたことがあるだろう」
「ああ、それで……ははっ、こいつは、傑作だ。こりゃ、救えない奴だ、ははっ、はははっ」
剣を鞘に抑えたままで、ロックは腹を抱えて、げらげらと笑い続ける。
隙だらけだ。
誘っているのか? いや、しかし。
迷うな。ここで、全身全霊の一撃を繰り出せ。
「しィッ」
俺の進撃の一撃。オロチですら切断するであろう、視認すら不可能な速度と威力を併せ持つそれは。
「ははっ」
笑いながらロックにかわされる。いとも、簡単に。
「なっ」
そして、代わりに、ロックの拳が、俺の顎に。
「ぐ」
世界が揺れて、回転する。
痛みすらない。衝撃、そして、意識が飛びかける。
「なあ、いいか?」
そうして、ロックの声が俺の耳元にある。
俺はコートの襟首を掴まれ、引き寄せられているのだと気づく。
「ぐっ」
襟首を掴んでいるだけではなく、ロックは親指を俺の首と胸の中間辺りにめり込ませていた。
たったそれだけで、俺は全身が痺れたようになって動けない。
「あの元奴隷が、マトとダイが俺達に教えてくれたんだよ。この村と、ウォードッグらしきお前のことをな」
「嘘だっ、あの二人は、この村のことも、ウォードッグのことも」
凄いですご主人様、とマトは何度、俺のことを褒め称えただろう。
そう、俺は、褒め称えられるような行動をしていた。オロチと戦っている間も、何度か、人間離れした動きをしていた。
でも、それは、見えていなかったはずだ、あの二人には。注意していたんだ。
本当に?
俺の剣技や立ち振る舞いを、達人の域だと、そうダイは評していた。
本当は、俺が、ただの人間でないことを。
「嘘……だっ」
俺は全身の痺れに耐えながら絞り出す。
マトは、オロチの気配を探る際に、人の気配を、大勢の人の気配を察知していた。
だから、だからといって。
「王城が……つーかゴールさんがそういう人間離れした奴とか無いはずの村の情報とかを高く買ってるって話、知らなかったのか? まあ、知らないよな。誰もお前に知らせるわけがない。余計なことを言いたくないものな、村の連中も。お前も、自分から色々と探ろうと動きはしなかったんだろ、実際?」
「たとえ、そうだとしても、あの二人が、それを、お前達に、伝えるはずが、ないっ」
どんどんと親指を突き刺す力は強くなっていき、痺れだけでなく鈍痛が全身を支配している。
そんな中で、叫ぶ。
解放すると言った俺に、感動してくれていたんだ。
奴隷と主人じゃなくてパーティーだと、そう言った時に、喜んでいたんだ。
俺を、売るようなマネを、あの二人が。
「なんっつーか、本当にいらつくな、お前」
世界が回転。
投げられた。
と、同時にロックが剣を抜き打ってくる。
「ぐっ、あ」
かろうじて、空中で進撃でそれを防ぐが、その勢いのままに地面に体を打ち付ける。
息が、できない。
「ああ、あれか、ひょっとして、お前のいた世界、奴隷とか獣人とかいなかったのか? 虐げられている側は、絶対に心が綺麗だとか、そんなことを思ってちゃったりする? 酷い奴だよ、お前は。奴隷も人間だよ、ただの。侮りすぎだ。裏切りだってするし、汚いことだってする。上を目指すし、下に落ちるのなんてまっぴらごめんだ。そんなこと、多分、お前以外の全員が分かってたと思うけどな」
奴隷を解放すると言った時のアーシャの、不安そうな、寂しそうな、何かを諦めたような態度。あの目。
嘘だ。そんな、馬鹿な。
「ぐ、う」
ようやく立ち上がった俺の喉元に、ロックの蹴り。同時に、進撃に剣が振り下ろされる。
馬鹿な。
信じられない。
喉を蹴られて苦しんでいるのに、その苦しみよりも驚愕が大きい。
進撃が、あっけなく、男の持つ何の変哲もない剣の一撃で、砕けた。
「ああ、奴隷制度をよく思わない、というか奴隷制度の存在自体に違和感を持つお前が、奴隷を恰好よく解放して、元奴隷達はむしろ奴隷だった時よりも自分に対して忠誠と信頼を、とか、ひょっとして、そんな薄っぺらい物語でも想像してたのか?」
うる、さい。
早く、こいつを黙らせないと。
「う、あっ」
進撃がないなら、素手で。
引き裂いてやる、こいつを。こいつを黙らせないと、そうしないと、俺は。
「落ち着け」
無様に掴みかかった俺は、無様にロックに組み伏せられる。
「がっ、はなっ、せ」
もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。もがく。
俺を組み敷いているロックは、びくともしない。
「おい、お前ら、何をぼおっとしてるんだよ。こいつは、もう動けない。さっさと予備の短剣でもいいから、構えろ」
ロックが、茫然としている兵達に命令する。
さっきまで戦意を喪失していた兵達が、慌てて武器を構える。
「やめろっ」
叫ぶ。
叫ぶだけだ。何もできない。どうして。
「やはり、こうなったか」
そして、バクルが呟くのが聞こえる。
「ブレイク、許せよ」
そして、粗末な武器を構えた、覚悟を決めた様子の村人達に向かって、兵達が、進んでいく。
「やめっ」
喉が張り裂けんばかりに叫ぼうとする俺に、
「うるせぇな」
顔面に、拳。それも何発も。
衝撃で、後頭部が地面に打ち付けられて、世界が、狂う。視界はモザイク状になり、平衡感覚が消失する。耳鳴りがうるさい。
意識が途切れる。
くそ、くそ、くそ。
なんだ、これ。なんなんだよ、これ。馬鹿な、馬鹿な。
「俺は、最強の、ウォードッグなんだ」
朦朧とした意識の中で、俺は呟いていた。
「気持ち悪ぃ」
ロックが、もう一撃、顔を殴る。
歯が何本か折れて、口の中ががりがりと鳴る。あるいは、とっくの昔にそれは折れていたのかもしれない。
「いいか、ブレイク」
耳鳴りの世界で、ロックの声だけが俺に届く。
どうして。
どうして、こいつの声が聞こえてるんだ。一番、聞いちゃいけない声なのに。
黙れと叫びたいけど、声が出ない。出てくれない。
「あまりにも哀れだから、教えてやる。この無限世界のことをな。お前は、何も知らないんだろ? 知ろうとしてこなかったし、誰も教えてくれなかったんだろ?」
ぐちゃぐちゃの状況なのに、もう、何も見えないし聞こえないのに、ロックの声だけが脳に染みるように。
「素早さと鋭さはなかなかのものだが、そんなもの、ウォードッグにとっては何もならない。そんなことも、知らなかったんだろう?」
うるさい。
黙れ。
黙ってくれ。
「この無限世界には、現在のところ大体六百億人が暮らしている。そして、その中で、現在魔術師として存在しているのは三百人程度だ。魔術師は生まれながらの希少な才能によるから、そんなもんだ。神を含めればもう少しいるがな」
神?
ああ、もう、やめろ。
興味がないんだ、そんな話は。なのに、どうして。
五感が全部駄目になって、それなのにこいつの話だけが、俺の頭に。
「魔術師は魔力を操り、万物の理を知る。その果てに、永劫の研鑽の果てに、神となるのが目的だ。そうだ、無限世界を中心に無限に世界がつながっているのは知っているか? それらの世界を作ったのは、神の域まで至った魔術師だ。世界を新たに作り出し管理することが可能になった魔術師を、神と呼ぶ」
そんなことは、俺の知ってるゲームには、書いていなかった。
嘘だ、だから嘘だ。
「けど、そうなる前に、魔術師達は自らの命を守らなきゃいけない。だって、六百億人の中の三百人程度なんだぜ? 希少価値は抜群だし、ウォードッグって一騎当千の傭兵を呼び出せる。国や権力者が放っておかないし、立場を手に入れれば今度は命を狙われる。けど、魔術師の周りにはウォードッグがいる。だから、魔術師を殺せるのは、ウォードッグだけだ」
つまり、そのウォードッグと契約できる、魔術師こそが。
「魔術師同士の戦争、陣取り合戦。それに使われる奴隷。そう、他の世界から連れてこられ、契約で縛られて、魔力のために戦い続けなきゃいけない正に奴隷だ。それがウォードッグだ」
目には見えないが、ロックが自嘲をその言葉に込めたのは分かる。
「分かるか、俺もお前も奴隷なんだよ。でな、奴隷がどの程度役に立つか、魔術師の連中やら、他の権力者やらは知りたがるだろ? だから、特別な組織ができた。カラーズチェーンって組織だ。探査に長けた魔術師とウォードッグで構成されている組織らしいが、まあ、そこはいい。それで、その組織で、ランキングを付けているんだ。ウォードッグの有用度のランキングをな」
知っている。
その話は、知っている。
そして、俺は、そのランキングで、世界でも有数の、十五位の。
「ウォードッグは現在五百五十九人だ。まあ、複数のウォードッグと契約している魔術師もいるから、そんなもんだな。で、俺は、ランキング四百七十位だ。こっちの世界に来て、六千年以上経ったっつーのにな。二つ名は『凡百』。俺にふさわしいと思わねえか」
笑う。
耳触りな、笑い声だ。
それにしても、俺は、知らない。知らなかった。そんな、ランキングのことなんて。
「お前のランクも知ってるぜ。ブレイク。ランキングに、お前の情報も載っていた」
やめろ。聞きたくない。俺は。
最強の、ウォードッグなんだ。
俺は、もう何者かになれて。
「ランキング五百五十九位。『ブービー』ブレイク。会えて光栄だぜ」




