インタールード(2)
美しく雑な部屋。
豪華でありながら粗の見える部屋。
白い大理石と赤い絨毯、そして年代ものの木製の椅子。
そこに、長髪の男が座っている。
「ふう」
物憂げに手に持ったグラス、その中のワインを揺らす男の目は、濁っている。濁りきった目で、そこではないどこかを見ている。
ぎしり、と音を立ててドアが開く。
「朗報ですぜ」
入ってきたのは粗野なひげ面の大男。
兵士長だった。
「朗報?」
その言葉にも、長髪の男は目を動かすことすらしない。金と銀の生地からできたローブに包まれた体も、動きはしない。
「俺に、朗報などあるのか?」
「もちろん、例の件ですよ、例の件」
「悪いが、記憶も思考力も鈍ってきている。もっとちゃんと説明してくれ」
「アーシャです」
「ああ、彼女か。どうした?」
「場所の手がかりをつかみましたぜ。多分、かなり正確なのを」
どろりとした男の目が、ようやく動いて兵士長を向く。
「時間の問題か」
「ええ、多分。近日中に、見つかるかと」
「そうか、楽しみだな」
長髪の男が体重を椅子の背もたれに預けると、古い椅子がぎいぎいと鳴く。
濁った目が天井を向く。
「知っているか、兵士長?」
「はい?」
「魔術師は戦闘向きではないから、ウォードッグを呼び出す。だが、それも相対的な問題でな。例えば、圧倒的に力を持っている魔術師であればウォードッグなしでも戦えるだろうし、相手によってはウォードッグに勝てるかもしれない」
「アーシャが、そういう魔術師だとでも?」
発言の意図が分からないらしく、兵士長は訝しげに片眉を上げる。
「まさか。彼女は若すぎる。俺が言いたいのはな、兵士長、魔術師がそこまでの力を持つには、やはり相当な時が必要だということだ。努力、という言葉では生易しい。苦行の末にそこに辿り着く。それで、どう思う?」
「どう、とは?」
「俺はもう降りた。堕落した身だ。この俺が、ひょっとしたらこれから苦行の末に何か素晴らしい力を手に入れるかもしれない魔術師を、可能性を狩り出す、この是非だよ」
「是非ぃ?」
げらげらと兵士長は笑いだす。
「是非だの善悪だの、くく、そんな言葉を聞いたのは、前に、『白翼公』に殺されかけた時くらいですな」
「ふん、確かにな。感傷だ、忘れろ。自分がどれほど下らん存在なのか自覚があるだけに、惰性で生きるために他者を犠牲にするのに疑問を抱くこともある。それだけのことだ」
「はっ、そりゃ、実際に剣でもって人の命を奪わないからですよ」
兵士長は革の鞘から、粗末な剣を取り出す。
「こいつで初めて人を殺した時に、そういう疑問は抱いて捨ててくんでさあ。麻疹みたいなもんです」
「なるほど。やはり、自分の手で他者を犠牲にする人間と、俺とは違うということか」
ワインを飲み干すと、男は立ち上がる。
「おっと、どちらへ?」
「すぐに見つかるんだろう、アーシャは……一応、あの老いぼれた王やら官僚どもにも、話を通してこなければいけないからな」
「ふふん、別に根回しなんぞしなくても、この国であんたに逆らえる人なんていないでしょうに」
「さてな。俺は臆病者だからな。万全を期したい。いや」
そこで、長髪の男は目を閉じ、
「そもそもが、アーシャを探そうとすることすら、俺にとって、臆病ゆえのことだ」
「ですなあ」
「兵士長」
「はい」
「アーシャの傍に、バクルはいると思うか?」
「当然でしょう」
「そうか……そうだな」
男は指から力を抜き、空になったグラスが床に転がり落ちる。
「であれば、見つかった時の対策を何か、用意している、か」
「さて、どうですかな。この状況でとれる策など、たかがしれているでしょう」
「それでも悪あがきをしないような男ではあるまい。辣腕を振るった男だ」
「ふふん、確かに。しかし、やはり多少は老いぼれているでしょうからな」
「む」
そこで、長髪の男は目を丸くする。
「そうか、そうだな。十年足らずとはいえ、時は時だ。忘れていたよ。あの男も、老いるのか」
「老いますよ、そりゃ」
「まあ、いい」
長髪の男は、ローブを翻しながらドアまで進む。
「兵士長。準備をしておけ」
「はいはい、ちなみに、期待しておられるんですかな?」
「ん?」
「あっさり片付くのと、厄介なことになるの……いや、むしろ逆に終わらせられるのと、どちらを?」
「兵士長。俺は惰性で生きている」
「ええ、そりゃ、俺も同じです」
「惰性は、断ち切るのも長引くのもつらく、苦しく、そして……」
「楽しい、でしょう?」
兵士長が言葉を引き取ると、
「ふん」
と男は鼻を鳴らして、そのまま部屋を出ていく。




