はぐれ討伐(1)
日の出と共に、俺達は起きる。
「マト」
俺が名を呼ぶと、
「……うんっ、大丈夫、こっちですっ、動き出しました、ご主人様っ」
モンスターの気配を感じ取ったらしく、マトは飛び跳ねて報告してくる。
「よし、行くぞ」
俺の号令で、パーティーは出発する。
先頭に立って先導するのはマトだ。
時々立ち止まっては、きょろきょろと耳を動かしながら辺りを見回し、それから方向を変えて進む。足取りは慎重だ。
「こっちです」
囁くように言って、マトは木々の間を縫うように進む。
まず、重要なのはこっちが先にはぐれを見つけることだ。はぐれが一体、どの程度のモンスターなのかを確認して、どういう戦法で攻めるかを決定しなければいけない。
おそらく、ある程度近づいたらマトよりも先に俺が見つけられるはずだ。知覚強化のスキルで近距離なら俺の方が有利。
「こっちです……あれ?」
マトが青ざめる。
「どうした?」
「こ、この気配……マト、昔、戦ったことあります。思い出した、これ、オロチです」
「オロチ?」
聞き返したのとほぼ同時に、俺の強化された知覚が森の奥深くをゆっくりと這いずる、巨大な蛇を察知する。
「オロチか……」
俺は思わず舌打ちする。
オロチ。ゲームでは、上級モンスターの中でも嫌われている厄介な蛇型のモンスターだった。
上級モンスターといってもピンからキリまでいる。その中でも、オロチの格はそんなに高くない。耐久力と防御力こそ最高レベルに高くしぶといものの、スピードと攻撃力は中級モンスターレベルだ。
だが、実際に戦えば、そのしぶとさで心が折れるウォードッグが続出した。自動回復能力があるために、とにかく殺せない。
おまけに一度目を付けた敵を、どこまでも追い続けるしつこさがあるため、逃げきることも難しい。
何より、毒。攻撃力は中級モンスターレベルだが、それを補って余りある猛毒をもっている。通常の毒と違い、凄まじい速度で体力を削るほぼ即死レベルの猛毒のため、高レベルのウォードッグでも解毒ポーションを使って解毒するまでに瀕死状態になる。
「オロチの牙と革を手にいれば、大金持ちになりますけど……」
マトの顔色は悪い。
「おれの部族の言葉で、オロチとウォードッグには手を出すな、というのがある」
ダイが少しどきりとするようなことを言う。
「そんなに手ごわいの?」
アーシャが尋ねてくる。
「とにかく固い。俺が進撃で全力攻撃しても、一撃じゃあ倒せないな、多分」
ということは、今の状態の、それも力を隠したまま倒そうと思ったら、一か月近くかかるかもしれないということだ。
当然、そんなことしてられない。却下だ。
さて、どうするか。
「マト、昔戦った時、どうしたんだ?」
「えっ、ま、マト達は、部族全員で死に物狂いで攻撃しました。それでも、死人はたくさん出たし、倒すまでに一日かかりました」
やっぱり、都合のいい攻略方法なんてないか。
「いや」
待てよ。そういや、ゲーム内ではオロチを低レベルで倒す方法があったような……。
「そうだ」
思い出した。問題は、あの設定がこの世界も同じか、というところだが。
「やってみるか」
俺は手招きして三人を近くにおびき寄せる。
「何?」
アーシャは怪訝な顔をする。
「作戦がある。オロチを、この四人で打倒する作戦だ」
「えっ」
マトがぴょこんと飛び跳ねる。
「す、凄いですっ、ご主人様っ」
「あるんですか、そんな、うまい方法?」
ダイは懐疑的だ。
「ああ、危険な方法だけど……」
そうして俺が作戦を話す。根拠と一緒に。
「……こういう作戦なんだけど、どうだ? マト、お前の経験上、この作戦は正しいか?」
俺の質問に、
「う、ううーん……確かに、オロチを倒した時、解体した時にはご主人様の言うような構造になってました、けど」
「なら決まりね」
さらりとアーシャが言う。
「おいおい、そんな簡単に……」
「私の目にも見えるわ、ブレイク」
「ん?」
見れば、木々が次々となぎ倒されていく。
どうやら、オロチが暴れているようだ。どうも、気が立っているらしい。そして、もちろん、その原因は。
「ご主人様、オロチが、こっちに気づいたみたいです」
「なるほど、こっちに来るな。よし、じゃあ、どっちみちやるしかないわけだ」
俺は、最後に全員の顔を見回す。
「それじゃあ、作戦通りに」
俺が言うと、全員が散らばる。
討伐開始だ。
「よし」
やはりというべきか、当たり前というべきか、一番にオロチに迫ったのは俺だった。
木の幹を蹴るようにして、一気にオロチまでの距離を詰める。とはいえ、どこかで見ているであろうマトとダイには、異常には見えないレベルで、だ。
「るる」
奇妙な音を喉で鳴らし、オロチはぎろりと俺を睨む。
それは、人間の数十倍もある、巨大な黒い蛇だ。
敵を目にしたことで更に興奮したのか、長い体をくねらせながら暴れ狂う。
「こいよ蛇野郎」
そう言ってまずは一撃、そこそこ力を込めて片手剣をその胴体に叩きつける、が。
「ちっ」
刃は柔軟かつ強靭な鱗に跳ね返される。
とはいえ、ダメージはわずかながらあったようで、
「るるる」
興奮したオロチの声。
そうして、暴れ狂うオロチの胴体が俺を襲う。
「おっと」
軽々と避ける。巻き添えのように、近くの大木がばたばたとなぎ倒されていく。
「る」
威嚇のつもりか、オロチが口を大きく開ける。
いい的だ。
「今だ!」
俺の合図で、アーシャの弓から矢が放たれる。それは、柔らかいオロチの口内へと一直線に突き進む。
「るがっ」
口に弓の刺さったオロチが、叫びと共にいっそう暴れる。
木々をなぎ倒しながら、矢の来た方向、つまりアーシャに向かってオロチが突き進む。
「行かせるかっ」
俺が横から何度も剣を叩きつける、が、無視。そのままオロチは突き進む。
「くそっ止まれっ」
つい、更に力を込めて剣を振る。
その一撃はオロチの鱗を割り、剣を胴体に食い込ませる。
「ぐるうぅ」
ようやくオロチが止まり、俺に向かって長い胴体をしならせてぶつけてくる。
「うおっ」
避けて、もう一撃剣を振ろうとしたところで、
「ちっ、安物がっ」
剣には既にひびが入っている。多分、全力で剣を振ったら後一撃で砕ける。
「むんっ」
ちょうど、そのタイミングで黒い巨大な影がオロチの胴体に向かって走り寄る。
ダイだ。
ダイは走る勢いそのまま、斧をオロチに振り下ろす。
「るぐぅ」
鱗を砕きはしないが、やはりダイの重い一撃は効いたようで、オロチが動きを止める。
「ダイ、俺とお前でかき乱すぞ」
「はい」
俺とダイで、オロチの胴体に何度も攻撃を入れる。
「ふっと」
木から木に飛び移るようにして俺はオロチの反撃をかわし続け、
「ぐ、むう」
ダイは自慢の怪力と重装の鎧でオロチが胴体を打ち付けてくるのを受けて耐える。
そうして俺とダイが攻撃し続けているうちに、少しずつだがオロチの鱗がところどころ割れ、あるいは剥がれてくる。
とはいえ、だからといってオロチに大ダメージが与えられるわけでもないし、鱗もすぐに再生してしまうのだが。
だが、いい。これでいい。
ここまでは、予定通りだ。
「がある」
怒り狂ったオロチが、また俺に向けて胴体を打ち付ける。当たらない。
「る、が」
そうして、ついにオロチは標的を絞る。
その蛇特有の冷たい眼が、ダイを捉えると、オロチはダイに向かって胴体を叩きつける。
「むんっ」
耐えるダイ。
だが、それでは終わらなかった。
「るるる」
そのまま、オロチは長い胴体でダイに巻きつく。
「ぐ、これ、は」
動きが取れず、ダイはもがく。
「離せ、蛇め」
俺もひびの入った剣でオロチを叩くが、オロチは完全に無視して、ダイだけを殺すことに集中している。
「ぐ、むうう」
ゆっくりと、だが確実に締め付ける力が強くなっているらしく、ダイのもがく動きが少しずつ鈍くなってくる。と同時に、きりきりと、ダイの装備している鎧が締め付けに耐え切れなくなったのか、音を出す。
「このっ」
俺は跳んで、オロチの目を狙う。
だが、オロチはそれを器用にかわす。目以外ならば、当たっても大したことはないと確信している避け方だった。そして、それは当たっている。
「アーシャ!」
だがそのかわした場所に向かって、アーシャが弓矢を乱射している。
タイミングはばっちりだ。
オロチの巨体、オロチのスピードでは、かわすことはできない。
一本だ。
一本でいい。目に刺さって、オロチの力が緩んだら。
だが、無情にもオロチの目に矢は刺さらない。
運が悪かったのでも、アーシャの腕が未熟なのでもない。
オロチは狡猾だった。
どの攻撃に対して、どうすれば防げるかを熟知していた。
さっき、自分の口に射てきた矢。あの程度ならば、止まっていなければ刺さることはない。その程度の攻撃だ。おそらく、そう理解していたのだ。
オロチは、飛んでくる矢を避けることができないと分かったかと思うと、大きく首を振って、むしろ自分から目を矢に当てるようにした。動いているオロチの目に、それも斜めに当たるようになった矢は、刺さることなく弾き飛ばされたのだ。
「ぐ、うう」
そうして、オロチの締め付ける力は緩まない。
ダイが苦悶の声をあげる。
だが、何とか、隙は作れた。
そう、まだ、失敗ってわけじゃあない。
「る」
そうして、どうやらオロチもそれに気づいたようだ。
首を振って矢を防いだその隙を狙って、自分の首元に恐るべき速度で飛びつき、今もしがみついているマトに。
「るる」
唸り、ダイの締め付けを解除して全身を使ってマトを振るい落とそうとするオロチだったが、それよりも、
「たあっ」
口にナイフをくわえたマトが、そのまま駆け上ってオロチの目元に向かうのが早い。
そうして、ナイフでマトがオロチの片目を潰す。
「ぐある」
これまでとは比較にならないほどにオロチが暴れまわる。
「うわっ」
マトは振り落とされ、そのまま向こうの方へと飛んでいき、
「ぐぬっ」
ダイも締め付けから解除されたのはいいが、その直後にオロチの激しい動きに跳ね飛ばされる。
だが、この瞬間。
そう、この瞬間こそが、俺にとってはチャンスだ。
今、この瞬間、ダイもマトも俺を気にする余裕がない。見ているのは、オロチと、アーシャだけ。
瞬間、俺は全身の力を解放するようにしてオロチに迫り、全力で、文字通り全身全霊を込めて、片手剣を両手に持って、オロチの頭に叩きつける。
爆ぜる音と共に、俺の剣が粉々に砕け。
そして、オロチの頭が砕ける。
「がああああああるるるるる」
血を吐きながらオロチがもだえ苦しむ。
だが、死なない。オロチはこの程度で死にはしない。
砕けた頭で、残った方の目で、俺を睨む。その目も、砕けた頭も、そして全身についた僅かな傷も、そのすべてがすでに再生を始めている。
「るる」
がぱり、と大きくオロチは口をあける。そのまま頭が裏返るんじゃあないかと思うほど、大きく。
そうして、めりめりと音を立てて、牙が伸びる。
オロチの特徴。
全てを蝕み殺す、最悪の毒の牙だ。
これを出してきたということは、オロチが本気になったという証拠だ。ゲーム内では。
そして、おそらくはこっちの世界でも。
あの牙を受ければ、俺でもおそらくただでは済まない。
「るるるるるあ」
オロチが威嚇する。
恐るべきはその牙だけでなく、再生能力もだ。
すでに、潰された目は回復しつつあり、砕けた頭も傷痕が残っている程度になっている。
まあ、そうじゃなければダイとマトに俺がどうやって頭を砕いたかを説明しなきゃいけないから、ある意味でありがたいけど。
「さて、第二ラウンドだな」
柄だけになった剣を投げ捨てて、俺は素手で身構える。
大きく口をあけ牙をむくオロチと、素手の俺。
さすがにこの状況だと、全力でやったところで、俺が勝つのは難しい。
だが。
「俺には作戦と、それから」
横目でちらりと伺えば、跳ね飛ばされたダイが頭を振りながら起き上るところだ。
マトも随分遠くまで跳ね飛ばされたようだが、走って戻ってこようとしている。
アーシャは、すでに弓を構えていつでも矢を射れる状況だ。
「それから、頼もしい仲間がいるんだよ、大蛇」




