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即席パーティー結成(1)

 一気に三話投稿です。

 これで書き溜めはゼロです。

「おい、着いたぞ。そろそろ降りた方がいいんじゃないか?」


 遠目に町らしき影が見えてきたので、俺はそう言って止まる。


 が、返事がない。

 そして気づけば、俺の首に絡まっていたアーシャの両腕が、力いっぱい俺の首を絞めつけたままぴくりとも動いていない。


「お、おい」


 心配になって揺すると、ようやくよろよろと俺の背中から降りる。


 振り返ると、アーシャの顔色は健康的な小麦色だったはずが青白くなっている。


「わ、悪い、速かったか?」


「速いなんてもんじゃないわよ……」


 よろよろと手を伸ばしてきて、力なくでこぴんしてくる。


 一応、気を遣ったつもりだったが、あれでも速すぎたか。


「さて……」


 一応、まだ森の中だし、アーシャを背負って走っていた俺の姿は誰にも見られていないはずだ。ここからは、普通に歩いて行こう。

 あそこに見えている町まで、大体三キロくらいかな。


「あれが、村の最寄町、サイよ。ヴィエヌでは、結構大きな町の方ね」


 元気のない声ではあるが、アーシャが説明してくれる。


 なるほど、確かに木造の小屋と田畑ばかりのあの村とは訳が違う。

 遠目から見ても、レンガ造りの大きな建物が建ち並んでいるし、道には人通りが多いのも見て取れる。


「で、あそこでハンターを雇わなきゃいけないわけか。それも、二束三文で。その上、そのハンターに俺がウォードッグだとバレないようにしつつはぐれモンスターを倒さなきゃいけない。前途多難だな」


 ため息と共に言う俺を見て、幾分顔色の良くなったアーシャが目を丸くする。


「鈍いわね」


「え?」


「まだ、バクルのやり方に慣れていないみたいね。バクルは、汚いことを自分から言わずに、こっちに自分の判断としてやらせるやり方をとりたがるのよ。昔の癖みたいなものね」


「……つまり?」


「とりあえず、その刀」


「『進撃』?」


「いくら本気を出さなくたって、そんな大きな刀を使っていたらすぐにばれるでしょ」


「ああ、そっか」


 こんな常識外れの大きさの刀を持っている時点で、どうしようもなく怪しい。自分の体の一部のような感覚だから何も感じなかった。


「というか、早く言ってくれよ。村に置いてきたのに」


「だから、本当に鈍いわね」


「え?」


 数時間後、俺とアーシャは路地裏にある建物から金貨の入った布袋を片手に出る。


「全く、だから裏の質屋は嫌なのよ。買い叩いちゃって」


 アーシャは頬を膨らませている。


「こっちも身分を証明するものがあるわけじゃないから、仕方ないわね」


「三百万ギルか……それでも、大金には違いないな」


 俺は片手にある『進撃』の代わりに手に入れた金貨袋を眺めてから、


「とは言うものの……へこむな」


 ゲームの感覚で言えば、『進撃』にはその二百倍近くの金をかけている。それが、たった三百万ギルとは。

 まあ、あんな大きな刀だから、完全な観賞用の芸術品だと嘘をつくしかなかったから、こんなところが妥当ではあるが。


「質屋なんだから、後ではぐれの素材を売ってお金を返せばいいじゃない」


「まあな。で、これからどうする? とりあえず、金で代わりの安い剣でも買った方がいいか?」


 もう、ここら辺の段取りに関しては完全にアーシャに任せることに決めた。

 進撃で金を作るなんて、全然思いつきもしなかった。


「それよりも先に」


「ハンターを雇うのか?」


「ええ」


 言いながら、ちょっと嫌な顔をするアーシャ。


 ん? ハンターを雇うことがそんなに気が進まないのか?


「贅沢は言ってられないし、一番効率のいい方法を使うしかないわね。それも、バクルの思惑通りだろうから腹が立つけど」


「何の話だ?」


「さあ……」


 気分を切り替えるように、アーシャは深呼吸をする。


「奴隷商人のとこに行くわよ」





 その言葉の響きから想像していたのとは違って、いわゆる奴隷商人の店は、清潔なレンガ造りの巨大な館だった。

 錆びた金属製の鎖も、不潔な檻もない。


「ブレイクの世界には、奴隷はいなかったの?」


 明らかに緊張してきょろきょろしている俺を見かねたように、小声でアーシャが喋りかけてくる。


「あ、ああ。うん」


 喉がカラカラだ。


 さっきから、奴隷商人の案内で館を回っているが、何度も首輪をつけた若い男女とすれ違う。

 誰もかれも、首輪をつけている以外は、服装も見た目も一般市民と違わないように見える。


「獣人もいるんだな」


 俺はこっそりとアーシャに声をかける。


 時折、耳が猫のようだったり、爪や牙が長く鋭い奴隷とすれ違う。

 確かに、ゲーム内でも獣人族は存在したが、こうして実際に見たらインパクトが違う。


「そう。そして、あたしたちの目当ては獣人族よ」


 言葉少なにアーシャが答える。

 奴隷市場で何をするつもりか、いや、そりゃあ奴隷を買うつもりなんだろうが、何のためにか一切教えてくれない。

 多分、余裕がないのだろう。俺も我ながら相当緊張しているとは思うが、アーシャも冷静を装いつつも顔が引きつっている。


「この国では、犯罪者が刑期の間奴隷となる場合と、借金が払えずに落ちて奴隷になる場合があるわ。どちらにしても、貧しくて弱い立場の人間が奴隷にされやすい。獣人族は基本的に少数民族だから、奴隷にされ易いの。身体能力なんかは、圧倒的に普通の人間より高いんだけどね」


「その割には、首輪つけてるだけで普通に歩かせてるな。反乱とか脱走とか怖くないのか?」


 前を歩く商人に聞こえないように小声で言うと、アーシャの顔が忌々しそうに歪む。


「あの首輪、魔術師が作ったものらしいわ。大量生産の安物みたいだけど、効果は十分。ご主人様に逆らうと」


 アーシャは首に手をやって、爆発するゼスチャーをする。


 マジかよ。


 前を歩く商人が何やら奴隷の説明をしているが、全く耳に入ってこない。

 さっきからすれ違う奴隷たちが、首輪をつけているだけで自由に館を歩いているように見えながら、目と表情が死んでいた理由に思い当り、気分が沈む。


 今すぐ、目の前を歩いている商人をぶちのめして奴隷を全員解放してやりたい。

 けど、それをやるってことは、国と喧嘩をするってことだ。いやでも、俺の能力なら、小国くらいは潰せるかな。この一件が片付いたら、本気で検討してみようかな。


 そんなことを考えていると、


「それで、どうですかな? お目当ての奴隷は見つかりましたか?」


 肥えた奴隷商人が、足を止めてわざとらしい笑みを浮かべながら俺達の方を向く。


「ええ」


 冷たい、氷のような表情をしてアーシャは頷く。


「犬の獣人の若い娘と、熊の獣人の男。あれがいいわ」


「お目が高い! ひょっとして、お客様方はハンターですかな?」


 え?

 突然、話が目的とつながってきたので俺は驚くが、慌てて表情を平静に戻す。


「ええ、そうよ」 


 アーシャはどうでもいいような顔をして、髪をかき上げつつ頷く。


「ははあ、猟犬と盾が欲しいわけですな。けれど、あの二人はこちらとしても目玉商品でして」


「いくらなの?」


「そうですね、初めてのお客様ですので、これからもご贔屓にということで……三百五十万ギルになります」


 にやつく商人だが、目は冷たい。

 アーシャの粗末な服装を上から下まで何度も舐めるように見ている。

 お前のような貧乏人に、本当に払えるのか、とでも言いたそうだ。


「ブレイク」


 名前だけ読んで、アーシャはこちらを向きもせず手を差し出す。

 何のことか分からず、一瞬動きが止まるが、


 あ、あれか。


 慌てて懐から金貨袋を出し、アーシャに渡す。


 こちらを見ずにそれを受け取ったアーシャは、袋から金貨を一枚だけ取り出すと、残りを商人に投げ渡す。


「おっと、これは」


 受け取った商人が、その重みに驚く。


「三百万ギル。そこから今日の宿屋代と帰りの馬車代を引いた二百九十万ドル。それがあたし達の出せる全額。無理なら、諦めて帰るわ」


「ふうむ」


 袋の中の金貨を確かめていた商人は目を細めて、さっきとは打って変わって鋭い目でアーシャを睨む。


「……いいでしょう、お客様。やはり、即金で渡されるのは強いですなあ。今回は私の負けです。お譲りしましょう」


 嘘くさい笑顔に変わった商人は、金貨袋を懐に入れる。


 こうして、奴隷を買うという俺にとって違和感しかない行事が終わった。





 商館を出た途端、


「犬獣人は、ハンターとして生計を立てているので有名なの。熊獣人は体が頑強だから一緒に狩りをするには都合がいいわ」


 アーシャが解説を始める。


「つまり、バクルが言ってたハンターと協力者を雇えって言うのは……」


「こういうことよ。奴隷なら、万が一あなたのことがバレても口封じが簡単でしょ」


 言ってから、その発言を後悔するようにアーシャの顔が歪み、そのまま目を逸らす。


「……アーシャ、心配するな。お前が思うようなことは、起こらない。いや、俺が起こさない」


 俺が言うと、アーシャは弱弱しく笑う。


「あの……ご主人様……?」


 と、二人で密談をしていると、どうしていいのか分からなくなったのか、一緒に館から出てきた二人の奴隷のうち、犬の獣人の娘がおずおずと話しかけてくる。そもそも俺とアーシャのどちらが主人なのかも微妙らしく、どちらに話しかけていいものかも迷っているようだ。


 犬の獣人の娘は、マトと言うまだ幼さの残る少女だった。

 おかっぱ頭に動きやすそうなハーフパンツに半袖のシャツといったいでたちで、首輪と耳が明らかに犬の耳だという以外特に普通の人間と違いがない。


 一方の、ずっと黙ってマトの後ろに立っている熊の獣人の男は、ダイと言う名らしい。

 見た目は、ちょっと人間っぽい熊が首輪をつけて大きな体に布を巻きつけているような感じだ。


「ああ、ご主人様はこっちよ」


 しれっとアーシャは俺を指さす。


 え、俺!?


「あ、ああ、俺だ」


 取り繕って、俺はうろたえながらも返事をする。


「この度はマトを買っていただきありがとうございます。それで、マトは何をすれば……」


 不安そうに俺の顔を見上げてくるマト。

 こんな少女を奴隷として買って、しかも危険なモンスター討伐に巻き込もうとしていることにとてつもなく嫌な気分になる。


「とりあえず、落ち着ける場所に行こう」


 逃げるように俺はそう言って、四人で近くにある酒場まで急ぐ。


「ここでいいか」


 そう言って俺は酒場に入ろうとするが、マトとダイが酒場の入り口で止まってしまう。


「ん、あれ、どうした?」


 何だ、何か問題があるのか?


 俺が困惑していると、奴隷の二人も同じくらい困惑した顔をしている。ダイの方は熊なんで若干分かりにくいが。


「その、ご主人様、マト達が何か?」


 あれ、話が噛み合わないな。


「二人は、奴隷だから店の中には入らずに外で待っておくと思ってるのよ」


 アーシャが顔を寄せて囁く。


 ああ、そういうことか。


「一緒に来てくれ。店の中で話そう」


「えっ?」


 マトはダイと顔を見合わせている。


「その、マト達も中に入ってよろしいのですか?」


「うん」


 頷いて俺が酒場に入ると、ようやくマトとダイはおっかなびっくり一緒に店内に入ってくる。


 獣人の奴隷が店に入るのが珍しいのか、店内の客が無遠慮な視線を俺達に向けてくるが、知ったことか。


 ともかく、店の奥のテーブルに腰を下ろす。


 が、マトとダイは立ったままだ。


「あ、二人とも、座ってくれ」


「えっ、ま、マト達が座ってもよろしいのですか?」


「いいよ、別に。とにかく、座って話をしよう」


 そうして、ようやく俺とアーシャ、マトとダイが同じテーブルに座ることができる。


「好きな物を頼んでくれ。いいよな、アーシャ」


「後で武器なんか買わないといけないから、ほどほどにね」


 俺とアーシャの会話を聞いて、マトは信じられないと目を大きく見開く。


「ま、マトは、奴隷ですよ?」


「いいからいいから」


 その後も、俺が強く催促してようやくマトとダイは飲み物を注文した。


「で、だ」


 俺は炭酸水をジョッキで飲みながら、声を潜める。

 ここからは、ある程度本当のことを言わなきゃいけないな。


「二人を買ったのには、理由がある。してほしいことがあるんだ」


「なっ、何なりと!」


「ぐう」


 マトがぴょこんと元気よく身を乗り出し、ダイがうなり声なのかよく分からないものと一緒に頷く。


「実は、モンスターを狩りたいんだ」


「でしょうな、おれも、そうおもっていた、熊と犬だから」


 少したどたどしく、ダイが喋る。

 ようやくまともに喋ったな、こいつ。


「ここからは秘密だ。喋るなよ」


 俺は更に声を潜める。


「はいっ」


「しゃべれないですぞ、首輪があるから、そう言われると」


 あ、そうか。

 ダイに指摘されて気づく。

 主人に逆らったら死ぬんだっけ。


「ま、いいや。ええと」


 で、どう喋ればいいのかな。全部話すのはまずいし。


 困って横のアーシャを見ると、仕方ないといった様子でアーシャが口を開く。


「あたし達、盗賊のキャンプを発見したの。正確には、キャンプの跡ね。盗賊は皆、モンスターに殺されたようだったわ。抵抗したはずなのに、モンスターの死体や体の一部は全くなかった」


「あっ、はぐれですねっ」


 小さな声でマトが驚く。耳がぴょこぴょこ動いている。

 さすがハンターの種族。すぐ気づいたらしい。


「凄いです、ご主人様っ。はぐれは、上級モンスターを狩ることができる唯一の機会ですっ。うまくいけば、億万長者間違いなしですっ」


「うむ。分かった、おれらを買った理由」


「あ、でも」


 そこで、マトの耳がしゅんとしおれる。


「はぐれだと、マトとダイさんだけでは倒せないと思います」


「ああ、大丈夫だ。俺も参加する。これでも、少しだけ腕には自信があるんだ。少しだけ」


 少しだけ、と強調する。


「ご、ご主人様が一緒に戦うんですか?」


「ああ、もちろん。だから、正確には」


 俺は言葉を探す。

 そうだ、あれでいいや。ゲームでよく使う言葉だ。


「俺とパーティを組んでほしい」


 俺のセリフに、マトは言葉を失ったように口に手を当てて固まる。


「はじめてです、あんたみたいな人」


 ぽつりと、ダイが呟く。


「危険な仕事だ。もしも、嫌なら拒否してくれて構わない」


 アーシャに睨まれつつも、俺はそう言ってしまう。

 奴隷だからといって、無理矢理に命を賭けさせるのはやはり嫌だ。


「わっ、わっ、わっ、ま、マト、戦いますっ、ご主人様のためにっ」


 手足と耳をぱたぱた動かしながら、マトが宣言する。


「おれも」


 ダイも短く、だが力を込めて言う。


「よし、じゃあ、これで……」


 俺がまとめようとしたところで、


「よろしく。この四人で、即席のパーティー結成ね」


 しれっとアーシャが横取りする。

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