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プロローグ

 俺は、何者でもない。


 当然ながら、俺には名前がある。身分もある。学生だ。住所だってあるし、電話番号だってある。


 何者でもないっていうのは、そういうことじゃあない。

 世界が、俺を無視している。社会が、俺を無視している。そういう意味だ。俺は、何者にもなれない。


 別に、取り立てて不幸なわけじゃあない。

 運動神経は普通か、それより少しだけ下。勉強に関しても、普通か、それより少しだけ上。友達は少ないがいることはいる。帰宅部。少しだけ無気力かもしれないが、ごくごく平凡な男子学生。

 それが俺だ。


 だからこそ、俺は何者でもない。

 学校で注目されることはないし、多分将来俺が大きなことをすることもない。俺の名前が、世界にとって何らかの意味をもつことなどないと思う。


 要するに、俺は物語の主人公にはなれない。精々が端役だ。

 だから、何者でもない。


 俺がこんなことを強く思うのは、特に今みたいな時間だ。

 長すぎる昼休憩、友達が全員学食に行って俺は弁当だから、人のいない中庭で手早く弁当を腹に入れた。そして、無制限に伸びくねっているツタの蔓延る鬱蒼とした中庭に、一人でベンチに座って本を読んでいる。


 読んでいるのは、いわゆるライトノベル。

 内容は、次のようなものだ。

 何の変哲もない男子学生が、突如空から現れた美少女に「一緒に戦って欲しい」と言われる。

 そして、そこから地球の命運を賭けたスケールの星間戦争に巻き込まれて、その男子学生と美少女が戦争のキーパーソンとなるのだ。


 俺はこういうストーリーが好きだ。

 主人公が、かなりぶっとんだ性格の女子生徒に絡まれて、色々と騒動に巻き込まれながらハーレムを形成していくような話。

 自分が勇者だと知らなかった主人公が、使命に目覚めて、魔王に立ち向かいながら今まで自分を侮ってきた奴らの鼻を明かす話。

 たった一人の少女のため、主人公が世界を敵に回して戦う話。


 そして、俺はこんな話の主人公にはなれない。


「――けど、それだと結局損するんじゃない?」


「違う違う、全部まとめちゃえば逆に安くなるんだって」


 女子生徒の声が聞こえてきた。

 どうやら、女子数人のグループがこの中庭に近づいてきているらしい。


 やれやれ、ここも安息の場所にはならないか。


 俺は読んでいたライトノベルを閉じると、そそくさとその場を抜け出す。

 このままここにいたら、きっと楽しくお喋りする女子グループの邪魔になる。向こうもこっちも損しかしない。





 午後の授業、俺の頭はうまく授業内容に集中してくれない。

 考えるのは、帰った後のこと。


 少し前までは、さっきのようなライトノベルを読むことが俺の唯一と言っていい趣味だった。

 読んで、それを材料とした妄想の世界で、ようやく俺は何者かになれる。


 今は違う。俺が、何者かになれる場所がちゃんとある。





 家に帰った俺は、自分の部屋に直行する。鞄をベッドに投げ捨て、パソコンの前に座る。


 パソコンの電源を入れてから、立ち上がってソフトを起動するまでの時間が苛立たしい。

 どんな高性能なCPUを積みメモリを増設したところで、ゼロにはならない。


 マウスを無意味に動かしながら、じっとその時を待つ。


 デスクトップ画面が現れたら、すぐに目当てのショートカットアイコンをダブルクリックする。

 カリカリと音を立てながら、パソコンはソフトの起動を始める。


 ようやく、行ける。

 俺が何者かになれる場所に。『ウォードッグ』に。


 一年前から、寝食を忘れるほどに嵌ってしまったゲーム、それが『ウォードッグ』だった。

 ウォードッグはネットのRPG、いわゆるMMORPGというやつだった。中々流行っているようで、俺が始めた理由も、友達がやっているからと誘われたからだ。


 初めは、少し興味があっただけだ。

 だが、すぐに没頭するようになった。ウォードッグの世界なら、俺は何者かになれた。


 ウォードッグの設定は単純だ。舞台は、魔術師同士が戦っている世界。そこで、魔術師達の戦争の尖兵となるべく別の世界から召喚される傭兵がウォードッグだ。プレイヤーは、ウォードッグとしてゲームの世界に召喚される。

 ウォードッグは、魔術師から与えられる魔力がなければ存在し続けることができない。だから、魔術師と契約して、ミッションをこなし続けるしかない。


 そんな設定だ。

 要するに、傭兵となって雇い主の依頼をこなし続けるゲームだと言っていい。


 だが、ただそれだけのゲームに嵌った。


 嵌った瞬間のことは覚えている。

 このゲームにはランキングがある。単純な強さを競うものではなくて、ミッションをいくつ、そしてどのくらい完璧にこなしたのか、それをポイント化して競うランキングだ。

 運よく、偶然が重なってデイリーランキングの片隅に俺のキャラクターの名前が載った。


 つまりは、そういうことだ。

 俺は何者かになった。

 岩が谷底に転がり落ちるように、急激に俺はゲームに没頭するようになった。


 ソフトが起動して、俺はウォードッグの世界にログインする。


 そうして、俺は『ブレイク』になる。

 累計ランキング十五位、日本はおろか世界レベルのランカーウォードッグのブレイクだ。


 俺のキャラクター、ブレイクは細身の青年の姿をしている。

 中性的な整った顔と、それとは不釣合いな鋭い眼光。服装は真っ黒くタイトなコートで全身を覆っている。

 武器は、その細身の体では扱えるはずのない巨大な刀、『進撃』だ。普段は背負っているそれを、戦闘になれば片手で軽々と振り回す。


「さて……」


 どうするかな。

 今のところミッションを引き受けてはいない。が、魔力量には大分余裕がある。しばらくはミッションで魔力を稼がなくても支障はない。


 スキルアップ、もしくは新しい装備を作るための素材集めでもいいか。 

 ブレイクのスキルは、完全に筋力と敏捷に偏って集中的に鍛えている。プラス、刀に関するスキルだけは全部ほぼマスタークラスだ。

 かなり尖ったキャラクターと言える。ミッションによっては全然歯が立たない時もある。けど、刀を振ることで貢献できるミッションでなら、ブレイクはおそらく世界で見ても一、二を争うレベルのウォードッグだ。

 だからこそ、毎日のように他のウォードッグが俺に作戦への参加を依頼してくる。


 そう、必要とされている。大勢の人間から。

 ここでは、俺は刀を扱わせたら世界でも右に出るものはいない、唯一無二のウォードッグ、ブレイクだ。


「どれどれ」


 メッセージボックスを覗けば、今日も山ほど依頼が来ている。

 適当に、上から順に内容を確認していく。

 依頼の内容は様々だ。今攻略中のミッションに協力してほしい、あるギルドと戦争中だから助太刀して欲しい、珍しいのでは弟子にしてくれなんてものまで。


「お、これかな」


 一緒に始祖竜を狩らないか、という誘いのメッセージを見つける。

 始祖竜というのは、『世界の果て』という通常の場所とは桁外れのレベルのモンスターばかりが出現するダンジョンのレアモンスターだ。

 一流のウォードッグが協力しても中々狩れない、逆に返り討ちに遭うことが多い。それほどのモンスターだ。

 それでも始祖竜を狩ろうというウォードッグが後を絶たないのは、そのモンスターのドロップする素材、始祖竜の背骨が非常に役に立つ素材だからだ。


 今、俺が持っている進撃はヒヒイロカネ製の逸品で、普通の方法ではもうこれ以上強化できないレベルに達している。

 だが、始祖竜の背骨ならばこの刀を更に強化することができる。


「メンバーは、と……うん、別に大丈夫か」


 どんな奴らでいくつもりか確認してみる。

 多少、力不足な感もあるが、俺が入れば始祖竜相手でも互角以上には戦えるはずだ。後は立ち回り次第。

 そこまで分の悪い賭けじゃあない。


「やってみるか」


 思わず顔が緩んでしまう。


 俺が頼みを了承した時に向こうが喜んでくれることを考えると。

 見事始祖竜を倒して、俺が更に強くなった後のことを考えると。


 俺は、必要とされている。

 俺は、俺の物語の主人公だ。

 俺は、ブレイクだ。


 さて、さっそく了承の返事を書くか。


 そう思い実行しようとしたところで、残りのいくつものメッセージの中に、奇妙なタイトルのメッセージがあるのが目に留まった。


「ん?」


 他のメッセージのタイトルは全て依頼について端的に表したものだ。


 だが、そのメッセージだけは違った。

 タイトルは『あなたは選ばれました』。


 何だ、これ?

 俺を選んだってどういう意味だ? 世界トップレベルのプレイヤーに対して、依頼するにしては妙だ。


 興味を引かれて、俺はそのメッセージを開いてみる。


「……は?」


 画面に映し出された、そのメッセージの本文は。


 何だ、これ?


 文面ではなかった。

 幾何学模様、とでも言えばいいのか。

 いくつもの楕円と直線が複雑に絡み合った、模様。しかも、それは僅かながら、軋むように震えるように動いている。


 こんな、こんなものがメッセージとして表示されるなんて、おかしくないか?

 こんな機能がついているなんて話、聞いたことがないし。


 模様が動くだけではなく、淡く光始める。


 何だ、何かが、まずい。

 そうだ、これ、あれじゃあないか? ウイルスって奴。俺、妙なのに引っかかったんじゃあ。まずい、だとしたら、アカウントがハックされる。データが、めちゃくちゃにされる。消える、ブレイクが、俺が消える。

 何とかしないと。


 思ったのと同時に、考えるよりも先に体が動いている。俺は立ち上がってパソコンの電源ボタンを連打するが画面は消えてくれない。


「くそっ」


 光が強くなる。


 俺はパソコンのコンセントを抜いた。ディスプレイのコンセントと一緒に、力任せに。


 どういうことだ?

 画面が消えない?


 光が更に強くなる。眩しい。


「このっ」


 くそ。

 衝動的に俺は画面を殴りつける。

 光が瞬く。

 画面にノイズがはしる。


 もう一撃。

 殴りつけたところでさっきよりも酷いノイズがはしり、耳障りな雑音が鳴り響くのと同時に、部屋が光で包まれる。

 もう目を開けていられない。


 そうして、俺は、光の海の中を、どこまでも落ちていく。

 何者でもない俺はこうして消える。

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