表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そうだ祭へ行こう

作者: 水桐

 ゆらゆらと屋根から垂れる藍居の尾を見つめてぼんやりと外を眺めていた瀧二郎はふと、本当に何気なくカレンダーに目を移すと、ある日付に目が留まった。

「そうか、来週祭なんだ。」



『へ?祭?』

「そう、うちの境内でするんだよ。」

 携帯電話を片手に瀧二郎は押入れの中から祭で着る衣装を引っ張り出していた。一応神主の息子でもある瀧二郎は手伝うことが全く無い訳ではなく、一日目にある祝詞を捧げる行事には参加しなくてはいけない。とは言っても父の横で輪唱のように祝詞を一部読み上げるだけなのだが。それが存外難しい。

 そしてそれには正式な服装で参加しなければいけないので今のこの状況に至っている。『へー』と呟く声が懐かしげな声色に変わった。

『祭かあ…でも最近珍しいね神社でする祭りなんて。』

「そうかな?うちでは毎年するからそんなに違和感は無いけど。」

『珍しいと思うけどなあ。じゃあ分かった、なるべくその日空けるようにしておくよ。』

 ああそうかと今更ながら気付く、当日まで一週間しかないのにいきなり言われたって都合よく休みなど取れるはずがないのだ。少し申し訳ない気持ちになりながら最後の衣装を押入れの奥から引っ張り出す。

「忙しいんじゃない?ごめんねいきなり、私も気付いたの今日で…。」

『うん?ああ多分大丈夫だよー何か必要なものとかってある?』

「うーん…そうだなー財布くらいじゃないかな……あ、そうだ折角だから文春さんも浴衣着ない?」

『へっ?浴衣?も、持ってたっけかなあ…持ってたとしても私着かた分からないんだけども。』

「あ、大丈夫大丈夫私が着付けてあげるよ。無かったら貸すしね。」

『本当?そっか…じゃあ考えてみるよ。』

 そうしたやり取りをして少し他愛の無い話をした後、瀧二郎は漸く携帯電話を閉じた。気付くと傍に水面がいた。目を輝かせながら着流しを握っている。

『ねえねえせーじろー!あのひとくるの!?』

「文春さんのこと?都合が合えばだけど…来週のお祭りに誘ってみたんだ。」

『あのこもくるかなー!』

 水面の言っている「あの子」とは恐らく彼に憑いている金髪の女の子の霊のことだろう。あの子のみならず他の霊にもあんなに慕われている(彼自身は気付いていないだろうが)のだから多分、みんな付いてくるだろうと思う。

「うん、来ると思うよ。」

 そう言って頭を撫でてやると水面は満面の笑みを浮かべて『やったー!』と畳の上をぴょんぴょん跳ねまわった。同じ年代の友達が少ないが故に、あの子とまた会えるということがよっぽど嬉しいのだろう。前に会った時は話すどころかまともに姿さえも見ることがなかったので尚更気になっていたのかもしれない。何事かとその場を通りかかった頼継に抱きついて話し始める水面たちを横目に、瀧二郎は祭への準備を始めた。



「こんばんはー。」

 遠くで声が聞こえる。誰だろうこの忙しい時に。

「あれ?こんばんはー!」

 ああそういえば今は何時だろうか。眠くて瞼が開かない。お客さん?

「瀧二郎さーん!」

『せーじろっ!』

「…!!」 

 二つ分の声に自分の名前を呼ばれて一気にまどろみの縁から覚醒する。ばちっと目を開けるとそこにはちょっと怒った顔の水面がいた。

『もーおねぼうさん!おきてー!』

「ご、ごめん…あれ、今何時?」

『よるごはんたべるじかん!』

 どうやら祭事が終わった後疲れてうたた寝をしてしまっていたらしい。うちで夕食を食べる時間は大体午後6時半くらいなので丁度その時間くらいなのだろう。寝始めていた身体を無理矢理起こして玄関に向かうとそこにはやはり彼が居た。

「あ、よかったーこっちの方に誰もいないかと思っちゃったよ。」

「ごめんねちょっと居眠りしちゃってたみたいで…あ、ほらあがって。」

 案の定、あの子はいた。いやあの子はと言うよりも「あの子たち」と言った方が的確だろう。あの子は彼の後ろに隠れてひょこっと顔を出しこちらを伺っていた。その姿が可愛らしくて思わず笑みを浮かべるとびっくりしたようにさっと隠れてしまった。

 よく見ると彼は少し大きめの紙袋を持っていたので恐らく浴衣は自分で調達できたのだろう。大きめの姿見が無いといけないなと思いながら彼を家へあげ、二人で部屋へと向かった。


「お、おおー…。」

「はい、完成。」

 彼は姿見に映る自分の姿があまりに珍しいのか、くるくると回ったりして物珍しげにしている。

「何か…ひっさしぶりに着たなあ浴衣…。」

 彼が持ってきたのは深い紺色の生地に白の縞が入った浴衣だった。彼は電話した時から着かたが分からないと言っていたが、そもそも普通の大人は着る機会すらそんなに無い浴衣を一人で着ることができる人の方が少ない。私の育ちと生活が異質なだけで普通の人はみんなそんなものなのだ。

「文春さん似合ってるじゃない。」

 まだぎこちなく腕を動かしたりしている彼を見て瀧二郎は笑って言った。

 一方瀧二郎の方は水浅黄色の生地に紫陽花が描かれた浴衣だった。いつも柄の入った着流しや浴衣はあまり着ないので瀧二郎自身としては結構新鮮ではあった。

 ただ周りから見れば結局のところ和服を着ているという点でいつもとそんなに変わりないように思われるのかもしれないが。

 気付くと、水面とあの子の姿が見えなかった。着付けの途中で彼の後ろに隠れているあの子に何やら話かけている水面を見たが、何故かそれっきり姿が見えなくなっていた。無事友達になれていればいいのだが、あの子の迷惑になるようなことをしてはいないだろうかと少しだけ心配になる。念の為に藍居に言伝をしておいた。

 夕方と言えど昼の暑さがまだ残っていたので折角だからと扇子を彼に渡してから、二人は家を出た。


 家と本殿は然程離れていない所にある。屋台は本殿へと続く一本の大きな道に沿ってずらりと並んでいた。途中で十字路もあるのでそこから分かれた通路の脇にも軒を連ねている。元々明かりの少ない境内が一年に一度だけ一際華やかに、そして賑やかに彩られるのが今日の祭だった。

「結構大きいんだね。」

「うん、町で普通にある祭みたいでしょ。」

 屋台を眺める彼のとなりで瀧二郎が笑う。ずっと昔から見てきた祭だったが、この祭はそこらの町で行われる祭よりもずっと大きい。近年はどこの祭でも屋台を出す人や祭に訪れる人が少なくなってきて規模が小さくなっているのもあるのだろうが、この祭だけは昔と変わらなかった。

 この祭に来るものは普通の人間だけではなく、人ならざる者もいるからだ。

「今年もそこそこいるね。」

「ええ、お陰さまでさぁ!瀧二郎さんも相変わらずで。」

「結構お店来る人いる?」

「そうですねぇ、今年は去年より多いかもしれませんよ。」

 ふらりと寄ったそこはとある焼きそば屋だった。威勢の良い若者が切り盛りしているらしく流れる汗を額に巻いたタオルで拭っている。人懐こい笑みを浮かべて若者はうちわを煽いだ。

「いやーしっかし。」

「ん?」

「俺たちのことが見える人間、今でもいるんだなあって思うとねぇ。もう少しこの世に留まっていたくなるもんで困りまさぁ。」

 若者はこちらに向かって走ってくるお面を被った子どもに手を振りながら言った。その子どもも笑みを返し手を振りながら瀧二郎の傍を走り去っていく。ただその子を追いかける親の方は、こちらをちらと見て怪訝そうに首を傾げながら同じように瀧二郎の傍を走り去っていった。

「…そうだね。」

「あ、ほら瀧二郎さんの連れ来たようですぜ。」

 親子を見送っていると若者がふいに声を上げた。振り向くと彼が冷やしパインを両手に持ち、誰かを探しながら歩いてくる姿が見える。「何故二つ?」と思っていると若者が呟いた。

「最近はじゃんけんで買ったら一本おまけ、とかいう店があるらしいですねぇ。サービスがいいこって。」

 「ああ、それでか」と妙に納得する。彼はまだ瀧二郎を見つけていないようだったので若者に別れを告げ、彼の元へ向かった。

「あーやっと見つけた!ここ広くてどこがどこだか分かんなくなるんだけど…!」

「ごめんね、ついつい話しこんじゃってて。さ、行こうか。」

 並んで歩くと下駄がからころと涼しげな音を立てた。そして案の定冷やしパインは買ったらじゃんけんでもう一本と言われやってみたら見事に勝って貰ってきたものらしい。これもまた久しぶりに食べるなと思いながら彼からそれを受け取り、口に運ぶ。甘酸っぱさと、きんとした冷たさに懐かしさを感じた。


 からんころんと二つ分の下駄の音が鳴り響く。その他に、数人のからころという下駄の音がすれ違いざまに鳴り響く。尤も、それが聴こえているのは恐らく瀧二郎だけなのだろうが。



「つ、疲れた…。」

「というかお腹いっぱいだね。」

 本殿へ続く階段の途中に二人は座っていた。結局あの後二人は境内の屋台を一周し射的をしたりタコ焼きを買ったりクレープを食べたりかき氷を食べたり林檎飴を食べたりくじを引いたり、とにかく祭でやれることを一通りやったのだ。いくら男とはいえ、普通より広い境内を慣れない浴衣で歩きまわることはかなり疲れるのだろう。彼は脚を揉んでいた。対する瀧二郎は涼しい顔で彼を扇子で煽いでいる。

「人多いなあ、毎年こうなの?」

「うーん、でも今年は多いかな。多分きょ……」

 未だ多い人混みをぼうっと眺めながら口に出してしまいそうになったある言葉の重さに気付き思わず黙ると、彼が不思議そうな顔をしてこちらを見た。何気なく眺めていた人混みへ向けていた視線が微かに揺らぐ。

 全てを口には出さなかったものの、「しまった」と思った。それほど重いことを何気なく呟こうとした自分を恥じた。

 珍しく内心動揺してしまった所為でこの沈黙の切り返し方が分からず、焦り始めた時。彼の手が頭に触れた。驚いて彼を見ると笑いながら「大丈夫」と微笑みながら呟いた。

「私は何も聞いてないから、大丈夫だよ。」

 そしてそのまま、髪を梳かれる。聞かれてはいけないことを口に出そうとして気まずくなったのだろうとでも思ったのだろうか。その真意は分からなかったが、その微笑みに釣られて思わずくすりと笑みが零れた。

「文春さんて、変だね。」

「えっ、何で!?」

 冗談で言ったつもりだったが彼は素直に「何で!」と焦っていた。その反応がまた面白くて笑ってしまった。そのうち階段の下の方で複数の子どもたちの笑い声が聞こえてきた、恐らく上に登ってくるのだろう。「そろそろ帰ろうか」と立ち上がると彼も子どもたちに気付いたようで、未だ変だと言われたことに疑問を感じているのか首を捻りながら立ち上がった。

 


 からん、ころんという音を響かせて二人は階段を降りていく。から、ころという音を響かせて『彼ら』は後ろをついて歩く。

 二人が歩いた後ろを蛍がふわりと横切った。

瀧二郎が言いかけたのは私としても不謹慎すぎてあまり言えないので最後まで伏せます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ