9.起きたらそばに
ひどい夢を見た。
誰か知らないけれど、かなり体格のいい誰かに、のしかかられる夢だ。ひどいにもほどがあるというか、苦しいので勘弁してくださいと言いたくなる夢だ。
こういう場合、身体の上に何かが乗っているという。
……本だろうか。
いや、確実に本だろうな。
寝る前に読んでいた。魔法のあれこれが書いてある本だ。僕はまだまだ見習い以下で、読んでいる本は本来ならずっと小さい年頃の子が見るような内容らしい、けれどかなりぶ厚い。
魔法に関してはまるっきり未経験ゾーンで、知らないことが多すぎる。だから寝る間は惜しまないけれど、できる限り知識をためようと僕なりに努力しているのだけれど。
重い。
こう……ずっしりとした重みがある。さっさと目を開けて起きてしまえばいいものを、二度寝したくなってしまった僕は、そんな当たり前の選択肢を蹴り飛ばした。
変わりに、重さを撤去するために腕を動かす。
ここでも目を開ければいいのに、睡魔が飛んでいきそうで開かない。
さらり、としたものに触れた。
……糸だろうか。
それにしては束のようにたくさんあるし、長いし、つやつやしてそうな感触だ。びっくりするほど指通りがいい。シルクの表面のような感じがするから、絹糸もこんな感じだろうか。
さすがに本ではないことを理解し、僕は渋々まぶたを上げる。
薄青いそれが、僕の胸の上にあることを知った。
「……」
なんで、いるんだ?
一瞬で目が覚めてしまった。
むしろ覚めすぎて、軽く頭痛さえする。
「……お師匠?」
そこには、ヒトの姿のお師匠がいた。十歳くらいの少女だ。羽はない。彼女ら妖精種の羽というものは魔力的な何かの塊らしく、それを消すと十倍以上に身体を大きくできるという。
なお、羽は元の大きさに戻れば自動的に復活する。
――違う、そうじゃない。
なんでお師匠が僕の部屋にいるんだ。僕の上で寝ているんだ。お師匠は確かに夜遅くまでいろいろ作業をしていたし、だいぶお疲れのようだったけれども寝ぼけたことはなかった。
いや、何度かあった気がするけれど、部屋を間違えた上にこんな、こんな……。
とりあえず僕は、静かに静かにお師匠の身体を横にずらした。
同時に、僕の身体を逆の方向にずらした。
お師匠はまさか僕の上で眠っているなんて思ってもいない、穏やかな寝顔を浮かべ静かな寝息を立てている。この上ない熟睡モードだ。静かにすれば、起きないはずだ。
そっとお師匠の下から脱出し、僕が寝ていた位置に寝かしなおす。
よし、これでミッションコンプリートだ。
さぁ一階にいこう。朝ごはんを作るというセカンドミッションを。
「……弟子くん?」
背を向けて扉に手を伸ばした僕の背に、お師匠の声が突き刺さる。
寝起きなのか、どこか舌足らずな感じの声だった。
ふりかえると――お師匠は寝ていた。寝言、のようだ。もう食べられない、というベタな寝言は聞こえなかったが、お師匠が完全に熟睡しているのはわかった。
僕は廊下へとすべるように脱出、一階のキッチンに直行。
吐き出せなかった息を、そこでようやく吐き出した。
お師匠は朝ごはんの準備が終わるころ、小さいいつもの姿でやってきた。
「なんかねー、弟子くんのトコで寝てたよー」
「気づいたら侵入されてました」
「うー、ごめんねー。セラ、疲れてると寝相とか悪いらしいんだよねー」
たまに外に落ちてることがあるんだよね、と欠伸と共に語られる内容は、スープを作る手元が少し滑りそうになるものだった。……落ちてたって、それって飛んでたってことですよね。
「でもこれからはきっと、弟子くんに引き寄せられて弟子くんのトコにいくから、とっても安心だよねー。あのねあのね、弟子くんのトコで寝ると、すっごくいい夢を見るんだよー」
うふ、と意味深な、けれど意味を知りたくない笑みを浮かべるお師匠。
僕は決意した。
お師匠を極度の疲労にさらさないと。