70.世界の素材は用意済み
それにしても、この世界は面白いと思う。
科学技術――正確には、携帯などの便利な道具が存在しないだけで、それ以外の細々としたものは大体、元の世界と同じだった。一番助かったのは、食べ物がほとんど同じだったこと。
多少、色や形が違ったりしているけれど、別物というほどじゃない。
そういう品種が、僕が知らないだけで向こうにある可能性だって考えられる。そんな程度にはとても二つの世界は似通っていて、少なくとも平凡に日常を送るのに勉強は要らない。
まぁ、でもさすがに通貨などは、全然違った。
僕の世界では紙幣が多く使われているけど、こっちでは金貨や銀貨、銅貨が普通。国によって模様や、その価値などは違うようで、しかしそれほどの差は無いらしい。
「一部の国の間では、同じものを使っていたりするんだよ」
と、お師匠がクッションに埋もれ、ごろごろしながら答えてくれる。
「主要な大国――んと、ここノインやお隣のメルフェニカ、それからエルディアなんかが中心になっているんだ。あ、エルディアっていうのは北の方にある、水の国と呼ばれているトコ」
「へぇ」
「シェルシュタイン一門や、エリス一門なんかが拠点にしてる魔法国家。魔法国家としての歴史だけなら、世界のどこよりも長いはずだよ。次ぐのはメルフェニカだけど、それでも百年単位で差があるってセラは聞いたの。だから、エルディアは魔法式の聖地、なんて呼ばれるよ」
どこからか地図を取り出したお師匠は、ここがノインで、と説明してくれた。僕らが暮らしているノイン王国がある大陸には、現在三つの『大国』と呼ばれる国がある。
北からエルディア王国、メルフェニカ王国、そしてノイン王国。
やや斜めになった縦長の大陸を、ちょうど三分割している感じだ。地図から見ても、そのうちのエルディア王国が、湖と思われるものが点在し、大きな川が流れる場所なのがわかる。
斜めになっているから、この三国の気温などはそう変わらないらしい。どこも温暖というか極端な気候の変化が無い土地なのだそうだ。もちろん、場所によっては違うらしいけど。
「もっと北には大雪原ってとこがあって、そこらへんがセラの故郷なの」
「ずいぶん寒いところ、なんですよね?」
前に、カレーのようなスパイシーな郷土料理をごちそうになった。あれなら、寒いところでもすぐに身体が温まるだろう。ここは温暖だから、むしろ暑くて後が大変だった。
「そだね。でも魔法式であったかくしてあるからだいぶマシかな」
この辺ね、と地図で示されたのは、真っ白く塗りつぶされた上の方、つまり北に広がる結構大きな大陸だった。そこには、ぽつん、ぽつん、と集落か何からしいしるしが点在している。
どうやらここは国というより都市国家のようなものがあるらしく、全部で十二個あるという各都市の長が定期的に話し合って、いろいろな決め事を考えたりしているらしい。
まぁ、この広さにこれだけ点在していると、一つの国として成り立つのは難しそうだ。
「他にもいろんな国があるけど……どうしたの?」
「いえ、この前買い物に行った時、知らない国から来たらしい人と少し話をして。それで、改めてこの世界に興味を持ったんですよ。僕の故郷と似ているようで、やっぱ違うなって……」
「そだねぇ。パメラは『世界には決まった材料があって、それをやりくりしてあの世界もこの世界も作り出されている、だから共通点がある』なんていってたけど、やっぱり似てる?」
「そうですね……細々した、わざわざ『考えるまでも無い』ようなものが」
「ふぅん」
面白いねぇ、とお師匠は笑って、またクッションに身を沈める。
「でもよかったね、弟子くん」
「えぇ。おかげで暮らしていくのに、不便はないですし」
食べ物が似ているということは、それを食べる人の食生活や味の好みも、そう別物になりにくいということだし。だから僕は弟子として役立たずながら、主夫としての仕事ができる。
さて、そろそろお昼の時間かな。
お師匠のために、おいしい食事を作らないと。