7.ひよこ
孵ってしまった。
ひよこが。
食用の卵が――じゃない。
お師匠が、誰かから預かったタマゴが孵ってしまった。まぁ、窓際の日当たりのいいところにおいてあったら、孵りもすると思う。問題は、それが何のヒナなのかわからないことだ。
見た目はひよこだ。
ふわふわだ。
「弟子くん弟子くん弟子くん! ふわふわだよ! もふもふだよ!」
と、お師匠のテンションが振り切れるぐらいには。確かに一匹、かごから逃亡を図ったのをとっ捕まえたけれど、ずっとにぎにぎしていたいぐらいに、ふわふわのもふもふだった。
手のひらだけでこんなに気持ちいのだから、さっきから十羽ほどの黄色い塊の中に埋もれているお師匠なんてまさに天国だろう。ちょっとうらやましい。
あぁ、でもつつかれるのはノーサンキュー。
とりあえず僕はお師匠を、毛玉の中からつまみ出して。
「それでお師匠、いつまで預かるんですか?」
「そのうち引取りに来ると思うよー」
それまでムフフー、と再び黄色の毛玉に突撃するお師匠。
楽しそうだ。
まぁ、見た目はただのひよこだし。後にどんな身の丈に育つか知らないし、多分知らない方がいいような気がするけれど、とりあえず今は安全で人畜無害のようだからほっとこう。
僕はお師匠の笑い声を聞きながら、台所へと向かう。
飼い主が残していったメモには、万が一にも孵化してしまった場合も書かれていた。要するにエサなどの世話の仕方だ。幸いにも、エサはそう面倒なものではないらしい。
基本的にはレタスとかキャベツみたいな、あの手の野菜を与えればいいようだ。朝食に使った残りがあるので、それを細かく手でちぎってお皿に持った。乾燥ハーブも忘れない。
そういえば、食用の家畜にハーブなどを入れたエサを食べさせて風味をつける、なんてテクニックがあるらしいのだけれど、これもその一環なのだろうか。
中途半端に似通った世界に、僕は時々戸惑う。食べ物の――見た目こそ微妙に違ったりしているのだけれど、名前は同じだし。まるでそれはそういう名前と決められているようだ。
誰が決めるんだよ、と心の中でつっこんで、僕はエサを手にリビングに戻る。
「ふあふあだよぅ……はふぅ」
そこには、昇天しかかっているお師匠がいた。
しばらくして毛玉たちは、元の飼い主に引き取られていった。
その後、食用のタマゴに抱きついて暖めようとしていたお師匠に対し、僕はそのタマゴでおいしい目玉焼きを作ってあげたりしたけれど、それは別に語るまでもない話だ。