69.故郷のお味
じゃ、じゃ、と野菜が焼けるいい音がする。
「んふふー、ふーん」
鼻歌交じりにフライパンを振るっているのは、僕じゃなくてお師匠だ。なにやら、作ってくれるらしい。今は台の上に立って、野菜をこんがりと焼いている……のだと、思われる。
僕はリビングにいるので、音が聞こえるだけだ。
かすかに後姿というか、髪が見えるだけ。
何でも、野菜たっぷりの香辛料が利いたスープを作ってくれるそうだ。
昨日から、野菜の一部と肉を、じっくりと煮込んでいる。
「ちょうどねー、スパイスとか安かったんだよぅ」
という一言を発しながら、お師匠はたくさんの香辛料などを買い込んだ。そして、古くなっていたストックを一気に使い切る、という作戦に出たわけだ。
街道がそれなりに整備されているとはいえ、この辺りにはなかなか回っては来ない。
だから何かを買う場合は、少し多めに買い込むのだという。特に調味料関係は。最初はスパイスなんていつ使うのかと思ったけれど、肉にまぶすなど結構使いどころが豊富だった。
元の世界のように、すぐに使える状態で売られているから、便利だな。
「弟子くん弟子くん」
こっちきてー、とお師匠が呼んでいる。僕は読みかけの本を置き、台所に向かった。くったりした野菜を混ぜているお師匠が、隣のコンロにある大きめの鍋に目を向ける。
そこには、じっくり煮込まれた肉と、とろとろに溶けた野菜。
「んとね、セラがこれの中身をお鍋に入れるから、弟子くんにちょっと混ぜててほしいの。その間にフライパンを洗ってね、残りの材料とスパイスの準備するから」
「はい、わかりました」
僕はお師匠から形の変わったお玉のようなものを受け取り、鍋の前へ。フライパンの中身が加えられたその中は、これという味付けがない今の段階でも充分においしそうに思えた。
背後にあるテーブルでは、お師匠がいくつかの瓶や袋を取り出している。
赤やオレンジ、暗い茶色など、暖色系の粉末を、丁寧にさじで計量していった。
まるで実験か何かをしているかのように、その様子は真剣そのもの。もしも不必要に声をかけたら、僕はこの鍋の中身にありつけないのではないだろうか、とさえ思う。
気になるけどおとなしく、鍋を焦がさないようかき混ぜていると。
「よーし、できたよぅ」
明るい声とともに、お師匠が隣に立った。
その手には粉末が盛られた皿。
かすかにスパイシーというか……何とも、カレーのような香りがする。
「入れたら綺麗に混ぜてね。ダマになったらおいしくないの」
「はい」
さらさらさら、と鍋に入る粉末。僕は言われたとおり、丁寧にかき混ぜていく。お師匠は少しはなれたところで野菜をいくつか取り出し、まな板の上で細かく切っていた。
今も充分野菜たっぷりだけど、まだ入れるつもりらしい。
細かく切られた野菜も入れてしまうと、後はさらに煮込むだけだ。
この調子だと、夕飯には間に合うだろうと思う。
かくして出来上がったスープは、仄かにカレーのような香りのするものだった。全体的にサラサラしていて、少しぱらっとした白米のようなものに良く会う。
……うん、完全にスープカレーというやつだ。
「んとね、これ、セラの故郷のきょーどりょーりってヤツなの」
「へぇ……」
「雪国で寒いから、暖かくなるスープとか、香辛料とかよく使うんだー」
たまに食べたくなるの、と嬉しそうに肉を頬張るお師匠。
彼女が、今度は弟子くんの故郷の味を食べたいな、なんていうので、どうにかして味噌と豆腐とワカメに似たモノを探し出し、お師匠のために味噌汁を作ろうと僕は心に誓った。