68.ねこみみ
ねこみみ、という存在を、僕はあまり知らない。
むしろ、猫自体さえあまり知らない。
家の事情で猫を飼えなかった僕にとって、それは時々、友人の家で彼の飼い猫を撫でるぐらいの接点しかなかった。ちなみにその猫はずいぶん人に慣れていて、知らない僕にもごろにゃんとなついてくるかわいい猫だった。メスとオスの兄妹で、雑種だと聞いたことがある。
そんなことを思い出したのは、偶然買い物に行った先で見てしまったからだ。
そう、ねこみみを。
お師匠の説明によると、彼らは『獣人種』という種族だとか。
猫や犬といった獣の耳や尾を持つ、ヒトに近い種族。かつてはもっと動物っぽかったという記録があるらしく、多種族との交わりで血が薄くなったのだろうとのこと。
ぴこぴこと動くねこみみは、とてもかわいらしかった。
見かけたのが、幼稚園ぐらいのきょうだいだったのも一因だと思う。あれくらいの年代はみんなかわいいものなのに、さらにかわいいものがついて、動けば誰だってかわいいと感じる。
……それが、いったいどう化学変化を起こしたのか。
「じゃーん」
くるり、と僕の前でターンするお師匠。
長くさらさらした薄緑の髪が、動きにあわせて円を描く。
そんなお師匠の頭上には、髪と同じ色のねこみみ。ワンピースの下からは尻尾。
「変身系の魔法式を使ったのー。ちょうどね、そっち系のお仕事があったから、ちょっとしたテストってやつなのかな? でね、前に弟子くんが興味ありそうに見てたねこみみにしたの」
「はぁ……」
「こうやって、製品チェックをするのも、セラのお仕事なんだー」
と、お師匠は僕の前を、ふわふわと浮かんだ状態でいう。
同意するように、尻尾が左右に振られていた。……あれは神経のようなものが、通っているのだろうか。確かめてみたいけれど、大きさが大きさなので断念する。
「でね、弟子くん用だよ、はい」
「は?」
渡されたのは、黒い石が使われたペンダントだった。
お菓子についてくる、女の子向けのおもちゃのような……あんな感じ。あれの金属っぽく塗装されていた部分を、本物の金属にした感じというか。実にファンタジーなデザインだ。
黒い石は、ランプの火種などと同じ【黒色魔法式】のアレらしい。
ちょっと魔力を込めるだけで、望む魔法式を展開してくれる便利アイテム。それが【黒色魔法式】で作られる、この黒い――ガラスのような、つややかな断面をした石のようなものだ。
しかし、僕は各種魔法式の触媒を作ることはできるけど、使うことができない。
何かしらの道具を介して、初めてその恩恵を得られる。
これは僕が異世界から来たのが、原因なのだろうという話だ。
なので、これを渡されたところで僕には、どうにもできないわけで。
「だいじょーぶ、セラがぺかっと何とかするから。でね、うさぎがいい? それとも、セラとおそろいの猫さんがいい? きっと弟子くんなら何でも似合うと、セラは思うんだよぅ」
「いや……」
うさぎでも猫でも、何でもいいんですけどね。
僕がつけても、面白みも何もないと、思うんですよ。