67.三つの始まり
ある日、空を見上げていた僕は、それに気づいた。
空を時折飛んでいく、黒い――どこかで見たことのあるその影を。最初は鳥かと思っていたそれは、魔女宅配の彼女らとの出逢いで、鳥ではないことを知らされた。
最初はアウラの同族かと思っていたけれど、どうやらそれでもないらしい。
今日も空を群れを成して飛んでいくその影を見て、僕は隣にいるお師匠に声をかける。
「お師匠、この世界ってドラゴンなんているんですか?」
「んー、いるよぅ?」
「ドラゴン種とは、違うんですか?」
「そだねー。違うけど同じもの?」
ちょびっと説明するね、とお師匠はどこからか書物を一つ、取り出した。
タイトルは見えなかったけれど、なかなかに小難しそうな見た目。
こほん、とお師匠はせきを一つして、その本を開く。魔法か何かで浮かせたのか、本はお師匠の手から離れてぷかりと宙を上下した。その前に浮かぶお師匠は、にやりと意味深に笑う。
「弟子くんは、どうしてこの世界にたくさんの種族がいると思う?」
「えっと……」
「元々、弟子くんがいた世界には、人間種――のようなヒトしかいないんでしょ? でもここにはセラみたいな妖精種とか、いろいろいる。さて、どうしてなのかわかるかな、弟子くん」
「ん……」
どうやら、解説ではなく『講義』らしい。
僕はこの世界と、元の世界の違いを挙げていく。
まず、魔法式の有無。
こちらでは魔法式――魔法は日常の一部となっているけど、あっちではフィクション。使えると自称している人はいるかもしれないけど、はっきりと在るとは言いがたい。
あとは何だろう。
「んとね、弟子くんの故郷にはいないでしょ?」
「何が、ですか?」
「精霊とドラゴンが」
「……?」
確かにどっちも、魔法と同じくフィクションの、ファンタジー世界の住民だ。これらもいると言い張っている人はいるかもしれない。でもはっきりと存在は確認されていない、はず。
僕が知らないだけで、何かの映画のように極秘に存在が確認されていたり、あるいは飼育されていたりしなければだけど。まぁ、さすがにそこを考え始めたら終わりが来ないか。
「あのね、この世界は人間種と精霊とドラゴンしかいなかった。どうして、その三つしかいなかったのかとか、なぜその三つなんだとか、そういう細かいところはまだわからないけど」
ぺらり、と本のページがめくられる。
三つしかいなかった種族は、基本的に互いに不可侵でいた。
精霊に至っては、そもそも関わる手段もなかったけど。ドラゴンは高い山奥に集団で巣を作って暮らし、人間は野山に集落を作った。ドラゴン種が渓谷にいるのは、その流れらしい。
そんな位置関係でいた三つの種は、けれど時折関係を持った。
種を超えた、恋愛関係というヤツが生まれたわけだ。
恋愛の先にあるのは結婚、そして彼らの間に授かる新しい命。
ドラゴンとの間にはドラゴン種という、二つの姿を持つ種が生まれて、そして。
「精霊は人間との間に、たくさんの種を生み出した。たとえば精霊が持つ特殊な力と長命を引き継いだ『エルフ種』に、精霊との繋がりが強く残った『妖精種』。精霊の中でも悪さをするような類との間に『悪魔種』。ドラゴン種を筆頭とした一部以外は全部精霊からだよ」
精霊はいくつもの姿を持っていて、それぞれの特徴を残した種が生まれた。
エルフの耳も、お師匠の蝶のような羽も、僕は見たことがないけど獣人の耳や尻尾も。
例外的に悪魔種だけは見た目は、人間と変わらない。ただ、精霊の『数多の姿』とも言われる変異性が引き継がれた。そう、彼らは力さえあればどんな姿にもなれるのだ。
ゆえに、悪魔種は特に精霊に近い存在とされているという。僕的には、お師匠のような妖精種の方がよっぽど精霊に近いように思うけど。大きさというか見た目的にも、とても。
「話を戻すけどね、普通、ドラゴン種は背中にヒトを乗せたりしないんだよ」
プライドが凄く高いから、とお師匠は言う。
かつて、世界で一番強かったドラゴンという種。
それの血と姿と力を引く彼らは、自らがそうであることを好む。渓谷という、同族ぐらいしかマトモに入れない場所に住むのも、自分達はヒトではなくてドラゴンなのだという意味。
一方のドラゴンが、ヒトを背に乗せて運送業に携わる、今の世で。
彼らはかつてドラゴンが貫いていた孤高を、あえて背負って生きようとしている。
「ま、背に乗せるって言っても、いろいろ面倒だってミーネは言ってたよ。そういうヒトのことを一般的にドラゴン使いとかいうんだけど、百人候補を集めて数人要れば御の字だって」
「それはまた……凄い狭い門ですね」
「ドラゴン種のプライドの高さは、間違いなくドラゴンの血の結果だとセラは思うの」
僕のイメージでは、それはエルフの専売特許というイメージだけど。
やっぱり、単語の類やその意味が似ていても、違う世界なんだなと改めて思う。
「まぁ、そんなわけで人間種という『苗床』を中心に、この世界にはたくさんの種族が生まれてしまったわけなんだよ、弟子くん。他にもいろいろいるけど、基本はこの形なんだよぅ」
「なるほど、わかりました」
とりあえず人間は万能だということらしい。
まぁ、性別さえその気になれば思春期ぐらいで変わる種族なのだから、その程度の臨機応変さというか自由さは、むしろ自然なことのように思えるけど。