66.不思議なお弟子さん
その人は、とても不思議な人だった。
わたしのパートナーの彼と同じ色合いの容姿なのに、何かがぜんぜん違う。どこから来たのかも知らないその人は、気づくとお得意先の魔女――セラさんの『弟子』だった。
ずっと森の中で、一人で住んでいたあの人の、弟子。
でも、魔法式はあまり得意じゃないらしい。
もっぱら、日々の食事の準備や畑をいじってばかりだった。本人は、とても楽しそうにそれらの作業をこなしている。普通、魔女の――魔法使いの弟子だったら怒るだろう、雑用を。
魔法使いの弟子は、魔法式を教わるために弟子入りする。
それをさせてもらえないのは、屈辱であり、苦痛。
けれどあの人は、出来ることをやるだけという感じに日々を過ごす。セラさんもそんな弟子のことを大事にしていて、危なくない魔法式からゆっくり教えているらしい。
簡単な魔法式を扱う魔女の一人であるわたしからすると、ちょっと不思議な関係だ。
良くも悪くも貪欲な人々を、見すぎたせいなのかもしれない。
今日もわたしは、はるかな空を巡る。
わたしは世界を巡る運送業『魔女宅配』の、従業員。ドラゴン族とペアを組んで、わたし達は荷物を運ぶ。わたしが扱うのは、魔法式で纏められる荷物が中心。
魔法式に使う触媒だったり、その材料だったり。
家具のような大型の荷物とか、牛や馬といった生き物は運べない。
後者はともかく前者がなぜ無理かというと、魔法式による専用の別空間への収納には、幾つかの制約が存在している。生きているものはムリだし、大きさにも限度があった。
量に関しては結構余裕があるので、細かいものを纏めるのは便利。
なのでわたしとパートナーのアウラが扱うのは、そういう細かい荷物や、急がなければいけないようなナマモノが中心。アウラは早さが売りのドラゴン種だから、一気に空を移動する。
担当区域はノイン王国の国境沿い。
そこにある森の中に、件の魔女とお弟子さんは住んでいた。
「アウラ」
遥か下方に見慣れた森を見ながら、わたしはぺしぺしとドラゴンの首を叩いた。
ちらり、とわたしに視線を向けた彼は、小さくうなづく。
それから数秒待って、アウラはゆっくりと、旋回しながら下降していった。上に乗っているわたしに負担がかからないように。そんな優しいところがあるから、ついつい甘えたくなる。
少し前に――意図的なところがあったけれど、ほぼ同時に成人したわたしとアウラ。
ドラゴンとしての姿は変わらないけど、ヒトの姿はずいぶんと変わってしまった。わたしよりずっと小さかったはずの彼は、わたしが知る誰よりも身長が伸びて、実年齢も上がった。
……というか、やらなければいけない成人の儀式を、ずっと遅らせていたとか。
わたしと一緒に、いたかったから。
バカだなぁ、と思う。でも、少しだけ胸の奥が苦しい。これがきっと、愛されている、ということなんだろう。恥ずかしいけど。だっていきなり、アウラが大人になってしまったから。
だけど、何も変わっていないことをわたしは、ちゃんとわかっている。
アウラはアウラだし、中身の年齢はまだまだ幼い。ずっと子供のままでいた結果だと、彼の父親は呆れ気味に苦笑していた。本人は、自分は大人だと主張したけど。
うん、アウラはまだまだ子供だとわたしは思う。
人のことは言えないけど、だからこそ、アウラはわたしと『同じ』だった。
元々血の気が多いドラゴン種でも、結構頭に血が上りやすいところも。欠点や失敗などを指摘されると、すぐに機嫌が悪くなるところも。あと、ガマンがどうにも出来ないところも。
たぶん……だから、あの人は自分の身長をあっという間に追い抜いた、実年齢も実は年上だとわかってしまったアウラを、子ども扱いしているのだと思う。
アウラは、それが何よりに気に入らない様子だけど。
本当に不思議な人だ。
普段はセラさんと同じでほわんとしていて、でもいざって時は凄い。もしアウラが子供のままだったら、なんて思うくらいに、わたしはあのお弟子さんが好きなんだと思う。
――なんて言ったら、またアウラが機嫌を悪くするから、言わないけど。
だけどね、彼がいたからきっと、今がある。
こうして一緒に、空を飛んで一緒に過ごす時間がある。
だから少しぐらい褒めるのは、許してくれてもいいと思うよ、アウラ。