65.仁義なき師弟の戦い
それは静かな朝の出来事。
いつものように、僕は二人分の朝食を作ろうとして、それを四人分にした。理由は、朝早くからミーネさんとアウラが、休みを利用して遊びに来てくれたからだ。
珍しくおさげを解いたミーネさんが、ヒトの姿をしているアウラと一緒に、今か今かと朝食の完成を待っている。その手にはしっかりとフォークが握られ、目がきらきらとしていた。
それにしても、久しぶりにアウラがヒトの姿をしているのを見た気がする。
アウラはドラゴン種で、普段は巨大なドラゴンの姿をしていた。
二人は『魔女宅配』という運送業者の従業員と、そのパートナー。荷物などを持ってそれなりに頻繁にやってきてはくれるのだけど、いつもアウラは黒いうろこが綺麗なドラゴン姿。
別にどっちが楽ということはなく、ヒトとドラゴンの姿を行き来するのが、それなりに負担になるのだそうだ。だから頻繁に変化することはないという。
ちらり、と見たアウラは、ご機嫌なミーネさんをじっとみて幸せそうだ。
いろいろあったけど、好ましい結末が迎えられて良かったと思う。
見ているだけで、こっちまで幸せな気持ちになれた。
「いやー、弟子さんのおりょーりはおいしいですからねー」
「……ミーネ、お前も覚えた方が」
「しゃらーっぷ」
などという夫婦予定漫才を、わざわざ披露してくれている。机の下でがつん、といういい音が小さく響いて、アウラが鈍いうめき声を発して、テーブルに突っ伏した。
いやはや、仲がいいのは、いいことですね。
さて、そんな二人の明るい声を聞きながらの作業は、あっという間に終わってしまう。
本日の朝食は、塩コショウとレモンと、しょうゆのような味わいの調味料で作ったドレッシングをかけたたっぷり野菜のサラダ。それから俗に言う、スクランブルエッグというヤツ。
ミーネさんのお土産である、今朝出来立てのパン。
あとは、庭にもっさもっさと実っている数種類の果物と、ヨーグルトのような乳製品を合えたデザートだ。肝心のヨーグルトが少なくて、量が作れなかったのが悔やまれる。
まぁ、要するに早い者勝ちだ。
「ではでは、いっただきまーす!」
ミーネさんの音頭で、朝食は始まる。
ちなみに、お師匠だけど――現在徹夜明けにて就寝中。眠ったのは、たぶん明け方なんじゃないかなと思う。一応、声はかけたのだけど、かすかに呻いただけで終わった。
あの様子では昼ぐらいまで、きっと起きてこないだろう。
つまり、デザートは三人で分けることになる。
四人だと少し厳しいなという感じの量も、三人なら適量を少し上回る。
そして、食べた残骸を始末すれば――バレない。
お師匠はこのデザートをとても好む。基本的に甘いフルーツが好きらしい。で、これを食べ損ねたと知ったらきっと、子供のようにじたじたはしないだろうけど、いじいじはする。
それはそれでかわいいのだけど、かわいそうだからね、うん。
知らなければ、幸せでいられるはずだ。
「……弟子、くん?」
しかし、そこへ空気を読みすぎたお師匠が起きてきてしまう。テーブルの上には、何ものっていない皿がずらり。すでに、用意した食べ物はすべて、三人の胃袋の中。
お師匠の目はスクランブルエッグの皿でも、サラダの皿でもなく。
白いものと、果物の欠片が残る、ボウルに注がれていた。
「――ひ」
くしゃり、とその表情がゆがんで。
薄緑の瞳がゆるりと潤む。
「ひどいよ弟子くん! セラが、それが好きって知ってて、知ってて!」
ぴゅーい、と僕の前まで飛んできたお師匠は、僕の髪をぐいぐいと引っ張り出した。
それは次第に、ぽかぽかと殴る動きへと変わっていく。
僕は、これからのことを考えた。どう対処してもお師匠は、きっと怒るし、泣くし、すねるのだろう。それが変わらない未来ならば、僕に出来るのは今後への『備え』となる行為のみ。
すぅ、と息を吸って、僕は。
「……だから?」
淡々と、冷たい声で言い放った。
「え――」
「だから、なんですか?」
「え、と……だって、弟子くん、それ」
「それがどうかしたんですか? ほら、世の中言うでしょう?」
――弱肉強食。
そして、早い者勝ち。
にっこりと笑みを浮かべて、僕はそう告げた。
僕なりの『正論』を。
「う、う……うわああん、弟子くんのばかあああああ」
お師匠は勢いよく二階へと飛んでいく。
しばらくして扉が開閉する音がしたので、おそらくは部屋に引きこもったのだろう。とはいえ食事を取っていないお師匠だから、どうせ昼過ぎには出てくるに違いない。
うんとおいしい料理の香りを、家中に漂わせればイチコロだ。
「ニンゲン、お前って、結構……」
何か言いたげなアウラを視線で黙らせ、僕は食器を手にキッチンへ。
あぁ、うん。自分でもちょっと時々おかしいと思う。でもああやって泣いたお師匠は、それはそれはかわいいので。泣いた後、もぞもぞと甘えてくるところとかも、かわいい。
だからついつい、こうして苛めてしまうのだ。