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60.永遠を誓う

 そこは、おそらくは彼女の部屋だった。

 窓際の壁に、めり込むように叩きつけられている、赤いドレスの女――ルシテアの。

 内装は絵に描いたようなお嬢様の部屋、という感じだ。彼女の衣服同様に赤がメインに使われていて、優美で華やかで、そしてそれとない自信や高貴さを感じさせる。

 その中央に。


「……アウラ」


 四肢を投げ出し、ぴくりとも動かない彼女を抱きかかえる、彼がいた。赤い絨毯の一部はその色を深め、おそらくはじっとりと濡れているのだろう。彼女から溢れた、液体のせいで。

 アウラはただ、ミーネさんを抱きしめていた。


「俺を……かばったんだ」

 ミーネさんはここまでたどり着いて、ここで眠っていたアウラも目を覚まして。二人で脱出しようとしたところに、ルシテアもやってきた。そして二匹の竜は、本気の殺し合いをした。

 しかし、成人して間もない病み上がりのような状態のアウラと、すでに落ち着いているルシテアでは、少々前者が不利だった。次第に彼は押され、そしてルシテアはいう。


 ――貧弱なメスに骨抜きになった王子は、その娘に殺されたことにしましょう。

 ――娘は悪女で、王子は哀れ謀られたといえば、ふふ、すべて収まりますわ。


 メチャクチャだよぅ、とお師匠がつぶやく。何と言うか、そんな人に好かれるぐらいなら同性にモテる方がましなのではないか、と僕は思った。さすがに愛ゆえに殺されたくはない。

 そして振り上げられる、竜のそれに変じた腕。

 けれどそれが切り裂いたのは――二人の間に割ってはいった、ミーネさんだった。

 崩れ落ちるその身体を抱きしめ、アウラは渾身の力でルシテアを壁に叩きつけ。

 それからまもなく僕とお師匠が駆けつけた――という、流れだった。


「アウラ、まずはミーネを離すんだよ。すぐに手当てをするから」

「……いや、俺がやる。逆鱗を使えば助かる。こいつを眷族すれば助けられる」

 言いながら、アウラが取り出すのは、ミーネさんが剥ぎ取った彼の逆鱗。それを、切り裂かれてむき出しになって、赤く染まった彼女の胸元に押し付けようとする。

「駄目だよ、アウラ」

 けれど、お師匠はそれを止めた。

「ねぇ、アウラ。ドラゴン種の眷属の意味、わかるよね? わからないなら、殴ってでもその頭に叩き込んであげるよ。それは運命を共にするという意味。アウラ、君は――」

 一歩前に出て、さらに前に出て。

 今にも傷口に異物をねじ込まんとする彼の手を、つかんだお師匠は続ける。


「ミーネに、自分と共に生きて死ねと、言うつもりなの?」


 成人の儀式により二人の間に生まれた繋がりは、せいぜい名付け親と名付けられた子程度の関係でしかないという。確かに死ぬまで切れることは無いが、それほど重要でもないと。

 けれど、アウラがしようとしている眷属の契約は、そんな生易しいものじゃない。眷属となる契約は多々あれど、ドラゴン種の逆鱗を用いるソレは、まさに運命共同体となるための儀。

 ミーネさんはアウラが死ぬまで、絶対に死ぬことが出来ない。

 逆に言うなら、不慮の事故等でアウラが死ねば、ミーネさんも道連れだ。

 それが彼らの逆鱗を使う、特別な眷属の契約。他種族との婚姻に使われることが多く、いつ壊れるとも知れない世界で生きることとなる、時に呪いとも呼ばれる行為。


「だけど、セラ姉じゃ助けられないだろ!」

「そんなこと、わからないじゃないか。本人の同意ナシに眷属にするより、ずっとマシだとセラは思うんだよ。ミーネに嫌われたまま、長い時間を『独り』で生きていくつもりなのかな」

「だけど、でも俺は、俺にはもう」

「それに今のミーネを眷属にすると、後で傷つくのは彼女なんだよ?」

「そ、そんなことは……俺が許さない」

 許さない、と繰り返す声は、だんだんと弱くなる。

「とにかくミーネが助かるなら俺は、俺は――」

「これは……どういう騒ぎだ」

 今にも泣きそうなアウラの声に重なるように、やけに渋い男性の声が響く。部屋の入り口からやってきたのは、黒髪を長く伸ばした男性だった。年齢は、たぶん僕の親ぐらいだろうか。


 その鋭いまなざしの中に、僕は見知った面影を見つける。

 まさか、という疑問は抱いた直後に肯定された。

「城まで音が響いていた。……アウラ、いつこちらに戻っていた?」

「……父上」

 アウラはミーネさんを抱いたまま、男性に視線を向ける。

 彼の父親ということは、これが竜帝と呼ばれる存在なんだろうか。

 確かに王様、という感じの風貌で、思わずひれ伏したくなる。

 彼は息子の姿と、腕の中にいる少女の有様、そしてお師匠が回収した逆鱗を見て、何がどうなったのか悟ってくれたのだろうか。小さくため息を零し、それからお師匠に向き直る。


「魔女よ、供物があればその娘は救われるか?」

「まぁ……だけど手持ちだと延命にしかならないと、思いますよ」

「そうか」

 アウラ、と竜帝は息子に視線を向けた。同時に、腰にぶら下げている剣を抜く。

 ぎょっとする僕を他所に、彼はそれを息子に突きつけた。

「竜の血は最高級の供物……そうだろう、魔女よ」

 その言葉にアウラは、ハっとした様子でお師匠を見た。

 彼女が、少しだけためらいながらゆっくりと頷く。

 そこからの行動は、あまりにも早く、躊躇いの欠片もなかった。アウラは剣で腕の肌を結構深く切り裂いて、お師匠の指示の元、そこから溢れたものをミーネさんの口に含ませる。

 すでに意識が無い彼女だけど、ゆっくりとそれを嚥下していく。

 その間にお師匠は、ミーネさんに巻きつけていた包帯を取り外す。それを握り締め、呼吸を深く静かに繰り返した。ゆっくりとアウラが、ミーネさんを床に寝かせて、少し離れる。


「――【混色魔法式】展開」


 握っている包帯が消え、ミーネさんの傷口が消えていく。

 血の気が失せていた白い肌に、ほんのりと赤みが戻っていく。

 う、と小さくうめいたミーネさんは、ゆっくりとその目を開けた。

 視線が周囲をさまよって、最後に見たのはアウラだった。アウラはゆっくりと彼女を抱き起こして、腕の中に収める。痛いっす、と笑うミーネさんの声は、少しだけ震えていた。

 僕はひとまず安堵の息を吐く。でも問題は終わっていない。

「しばらく、ミーネは様子を見ないといけないね。かなり強い魔法式を使ったから。最悪の場合は【対魔法術式】を使って、魔法を消去して……元通りにしなきゃ、いけないかも」

「そっか……」

「まぁ、ミーネも魔女だから、だいじょぶだよ」

 セラが一緒だからね、とお師匠は自分の胸をドンと叩く。そうだ、そっち系に特化した魔女であるお師匠が一緒なら、何があっても大丈夫。不安になる自分自身に、僕は言い聞かせる。

 あぁ、この期に及んでもやっぱり無力な自分が情けない。

「アウラ、それが例の……手紙に書いてあった、娘なのか」

「……はい。俺は彼女と一緒にいたい。彼女との結婚を、許してください」

 失踪といっても手紙は書いていたのか、竜帝はミーネさんのことを知っていたらしい。急に話を振られたミーネさんは、アウラの腕の中で身を硬くし、うつむいてしまっている。

 元はといえば、許婚がいるのに違う少女を愛した、というのが発端。同族同士の結婚を重視するドラゴン社会においては、ミーネさんは招かれざる客であるのは明らかだ。

 万が一にも、ここまで来て二人の仲が反対されたら――。


「許婚――ルシテアのことは気にするな」

「……ですが」

「同族結婚を我らは重視する。だがな、それは同意の上でのことだ。この惨状を見るに、とても同意して彼女と共にここにいたとは思えぬ。ゆえに彼女との縁は絶たねばなるまい」

 と、竜帝は言うけれど、実際はそう簡単にはいかないのは僕でもわかる。絶対にミーネさんの存在を疎む、ルシテアのような人は出てくるだろうし、反対の声も大きいはずだ。

 王族に他種族の血が入る、というのも大問題ではないだろうか。

 しかし件の竜帝は、その程度のことがどうした、といわんばかりに口を開く。

「どうせ完全に純潔といえるドラゴン種など、もはや存在しないのだ」

 だから気にせずに愛する娘を娶れ、と竜帝は笑う。


「あぁ、そうだ。眷族にするのは、彼女がもう少し成長してからにするといい」

「なぜですか?」

「さすがに――その幼さでは、孫を求めることは心苦しいからな」

 その発言に、竜帝以外の全員が言葉を失う。


 何でも眷属になると、そこで身体の成長が止まってしまうんだそうだ。つまり、十三歳のミーネさんのまま、アウラと共に死ぬことになる。確かに、それでは子供はちょっと……。


 だから止めたんだよぅ、とお師匠はつぶやく声を、僕は聞き逃さない。

 確かに多種族を妻にする以上に、世継ぎが望めないというのは大問題だ。

「ち、父上、まだ気が早いのでは」

「欲しくは無いのか。好きな娘との間に、大切な子が」

「いや、それは……えっと、あの」

 にやり、と笑いながら息子をからかう竜帝は、実に楽しそうだった。手紙でのやり取りがどの程度だったかわからないけど、十年近く会っていない息子が、花嫁を連れて帰ったのだ。

 いや、連れ帰された王子を花嫁が追いかけてきた、という方が正しいか。

 まぁ……どっちにしろ面白いのだろう、父親としては。

 場の空気が和やかになってきた頃。


「なん、で、すの……どうし、て」


 床に崩れ落ちながら、それでも立ち上がろうとするそれの存在に、気づいた。あの日、アトリエで出会ったときの姿からは想像も出来ないほど、今の彼女の姿はあまりにも哀れだった。

 ドレスは破れ、汚れ。

 顔には痣と鼻血が流れた痕跡がある。

 憎悪に歪む唇は、口紅ではない赤で彩られていた。

「ゆる、さない……そうよ、眷族にするためには身体が必要。それがなければ、なければ。アウラさまの伴侶は、このルシテア以外に、以外、に、いてはなら、ない。そうでしょうっ?」

 立ち上がるルシテアを、竜の親子は心底汚らわしいモノを見るような目で見る。お師匠も同様だった。これだけの大騒ぎの元凶となってなお、彼女は何も諦めない。

 その諦めの悪さは、もしかするとある意味ですごいのだろうけど。


「殺し、やる。壊……全部、全部っ」

 ぎらつかせた瞳を晒し、こちら――いや、ミーネさんに迫ろうとする姿に。

 僕は、殺意のような強い感情を、確かに抱いた。

「しつこいのは、ほぼ確実に相手に嫌われるんだよ」

 フラれたの自覚しようよ、とお師匠がぼやいて顔をしかめる。

 ですよね、と僕は心の中でその言葉に同意を示す。示しながら、かちゃかちゃ、と慣れた手つきで弾を入れ替え、その銃口を負け犬ならぬ負けドラゴンのご令嬢に向けた。

 今の彼女には、きっとよけるという判断すら出来ない。

 とはいえ、相手は屈強なドラゴン種。

 一発で仕留められるか、わからないから。


「お師匠」

 僕は隣にいるお師匠に、もう一つの銃を手渡す。


「急に左手が痛くなったんですよ。なのでちょっと持っててくれません? ついでに試し撃ちなんかしてくれると助かるんですけど。えっと、弾はこれで。入れ方わかりますよね?」

「奇遇だね弟子くん。セラ、左手の調子がすこぶるいいんだよね、もうぜっこーちょー。使い方だって見てただけだけどさ、ちゃーんと覚えてるから無問題なんだよーぅ」

 僕とお師匠は寄り添うように並んで、まっすぐにルシテアを見た。

 アウラが叩きのめしたソレは、今すぐ倒れて意識を手放してもおかしくない。

 しかし相手はドラゴンだし、もしかしたら何かされるかもしれないから。


「くたばれ、負け犬!」


 お師匠の一言。

 同時に引き金を引く。

 空気を震わす轟音と共に、二発の銃弾がほぼ同時に発射された。

 まっすぐに、ぶつからずにそれらは、みすぼらしい女の額へと命中し。

「ああああっ」

 ルシテアは細かく身体を震わせ、白い煙を上げながら後ろへと倒れていった。

 残念だけど、僕はヒト殺しは趣味じゃないんでね。

 取って置きの――力加減が出来ていない、試作段階の痺れる弾丸を見舞ってやった。

 しびれるを通り越して感電の域だが、死んではいないようなので問題ない。


「っていうか、殺すにしたって相手を選びたいよねぇ。あんなの手を汚す価値もないとセラは普通に思ってしまうの。もちろんヒト殺しがいいとは言わないけどさ、やるにしたってね」

「ですよね」

 つまりお前にはわざわざ殺してやる価値もない、と。

 僕はどこの悪役だと言わんばかりに、お師匠と低い声で笑い続けた。

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