6.かわいいドラゴン
森の中にまるーく切り開かれた場所があって、その真ん中には家がある。
それがお師匠のアトリエだ。
たぶん、空から見たらものすごく目立つと思う。この周囲の森はかなり広範囲で、地元じゃ樹海とか言われてるらしい。その中にまっすぐ、古い街道が通っている。
お師匠のアトリエはその旧街道から、少し外れたところにあった。
「こんちゃーっす。毎度おなじみ『魔女宅配』でーすっ」
元気そのものといった声が聞こえ、続いて。
「はいはいはーい、今いくよーぅ」
と、お師匠が答える声がする。
週に一度の恒例行事。
二階の廊下から下を覗くと、おさげの女の子が見える。この世界でよく使われる宅配サービスの最大手、その名の通りに魔女――女性や少女しかいない『魔女宅配』の社員だ。
確か年齢は僕より下だったはず。中学生ぐらい。
赤茶色の髪を、無造作に二つに分けて三つ編みにしている。何度か話をしたけど、師匠に負けず劣らずの明るい少女だ。僕より年下なのに、いくつか縁談もあるらしい。
とはいえ本人は仕事をしていたいらしく、片っ端から断っているそうだけども。
「いつもいつもわるいねー」
「いえいえー。じゃ、頼まれてたブツはここにおいときますねー」
懐から先端に飾りのついた、いかにもな魔法のスティックを取り出し、彼女は宙をかき混ぜるように何度かクルクルと回した。描かれる見えない円の中央に、光が集まっていく。
その光に『あそこに行け』というように、杖の先端を家の玄関のそばに向けた。
すると次の瞬間、そこに木箱や袋がドーンと出現する。
魔法で特殊な空間にしまってあるらしいのだけど、いつ見てもすさまじい。
「あ、預ける荷物はあれだよ」
お師匠は庭の隅に積み上げた荷物を指差す。昨日、僕が必死に運んだものだ。
中身はお師匠が調合した、魔法に使う触媒というやつ。お師匠は調合した触媒を売ることで生計を立てている魔女だ。僕がイメージするほど、魔法は簡単なものじゃないみたいだ。
まず魔法には触媒というのがいるし、触媒には魔素と言うものが必要になる。魔素はそこら辺でも普通に売られているらしいのだけれど、触媒は基本的に自分で手に入れるしかない。
そこらの石とかも、魔素さえあれば触媒になるそうだ。
だけど更なる効果を求めるなら、それ専用に調合しないといけない。
石を砕いて混ぜ合わせたり、草をすりつぶして混ぜ合わせたり。それを魔法には影響がないノリのようなもので固めて、丸く団子状にする。……で、それを箱詰めして出荷するんだ。
調合にはレシピがある。
さながら名店のソースやスープのように、門外不出の貴重品だ。簡単な調合レシピなら市販されている書物に載っているそうで、一流はそれを自分専用に改良するのだという。
お師匠が作っているのは、一般向けの適度に力を押さえ込んだ触媒だ。
要するに、全部買ってきて済ませてしまう、本職の魔法使いじゃない人用。ランプとかキッチン用品などで結構使われているらしい。乾電池みたいなものだろうか。
ちなみに『魔女宅配』は元が商家で、出荷したブツはその場でお金に変えてもらえる。
「さすがセラさんですねー、これならちょっと割り増しサービスっす」
「わーい」
と、いつもより多めにお金をもらっていた。
お師匠が作る触媒は、質がいいので評判なのだという。
「では、またのご利用をー!」
彼女はひらりと軽やかに――ドラゴンにまたがった。ホウキじゃない。あれは間違ってもホウキと読んでいいものじゃない。お師匠もかわいいドラゴンだねー、とか笑ってるし。
というか、かわいいのだろうか。今にも炎を吹きそうなのが。確かに飼い主になでられてネコのようにゴロゴロ喉を鳴らしているのは見たけど、一軒家サイズをかわいいとはとても。
この世界の魔法は、やっぱりなんかおかしい。