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58.名前を呼んで

 入り口と、入ってすぐのところでの大騒ぎが功を奏したのだろう。

 僕らは特に誰と遭遇することも無く、奥へ奥へと進んでいけた。

 道しるべとなるのは、アウラとミーネさんの間に結ばれた契約の糸。彼の成人の儀式を手伝った――もとい、逆鱗をはがした結果、特別な関係が二人の間に生まれているらしい。

 それだけ、彼らにとって成人の儀式というのは、重要なもの。

 ルシテアがミーネさんに、やたら敵意を向けたのもそこら辺にあるらしい。本人たちの意思なくしてその繋がりは途切れず、あえて可能性があるとするならどちらかの死以外には無い。


 そんな特別な関係を欲したが故の、嫉妬。

 たぶん……ルシテアは、ミーネさんを殺せたと思っているんだろう。

 普通、あれだけのケガを負えば、死んだと誰もが思う。


「そこが、箱入りお嬢様の失態だよね。まぁ、それでセラたち、助かったんだけどさー」

 お師匠がにたりと笑う。

 確かに、彼女のミスはそこだった。彼女はミーネさんを、殺し損ねたんだ。結果、僕らはまっすぐにアウラを目指すことが可能となった。彼とミーネさんの間にある、糸を辿って。

「こっちっす!」

 彼女の案内で、屋敷の奥へ。

 アウラがいる場所を目指して進む。

 とはいえ、そう簡単に物事が進むなんて展開が、現実に起こりうるわけも無く。


「おやおや、なにやらうるさいハエが三匹いるね」


 忘れえぬ容姿を持つ『魔女』は、当然のように僕らの前に表れた。

 破壊しか知らぬ魔女――と、同じ名前を持つ魔女ファリ・ニルヴェルヘーナ。相変わらず黒の豪奢なドレスに身を包み、優雅に、そして余裕に溢れた笑みを口元に浮かべている。

「入り口の騒ぎは、君らの仲間かな?」

 しかしヒメモリとは厄介な、とファリはつぶやく。

 どうやらカグヤさんの一族は、それなりに名の知られた存在らしい。まぁ、あんなのをバンバン呼び出せるような家系だったとすると、厄介だ、という彼女のつぶやきも理解できる。

 まぁいいや、とファリは腕を広げて笑った。

「ボクはファリ・ニルヴェルヘーナ。誇り高き神の名を継ぐ、何番目かのファリ。迷いの森の魔女よ。ちょっとボクと踊ろうか。ボクはとてもヒマなんだよね。すごく、退屈している」

「セラ的に、ニルヴェルヘーナは遊び相手にはならないんだけどなぁ」

 嫌いだから、と、お師匠は低い声で答える。

 それからくるんと回って、ヒトの姿になって、ミーネさんを見た。その視線は、笑ってはいるものの、今まで見たことが無いほどに真剣な色を宿している。

「ミーネは先にいくんだよ。アウラを見つけて、たたき起こしてあげるんだ」

「で、でもセラさん」

「セラを誰だと思っているのかなー。れっきとしたエリス一門の魔女だよ? そりゃあ、戦いに使える魔法式はあんまり得意じゃないけど、それなりに準備もしてあるんだから」

 にこり、と笑う。

 ミーネさんは僕らと、相手をしばらく交互に見て。

「……」

 小さくうなづき、少しためらいながら先に進んだ。ファリはこの奪還作戦がどうなろうと余り気にならないのか、そこは依頼の範疇ではないのか、傍らを通り過ぎる彼女を無視する。

 いや……もしかすると、雇い主が頼んだのかもしれない。

 ミーネさんを、自分が直接害したい、と。

 やりかねないなぁ、と思いつつ、僕は戦うための準備をした。腰にある拳銃を握り、ちゃんと弾を入れているかをチェックする。使うのは当たった箇所に衝撃を与えるタイプの弾丸だ。

 これが一番簡単に作れ、さらに量産できて、さらに安定している。

 お師匠曰く、魔法使いほど魔法式以外に疎いから、意外といけるカモー、とのこと。


 かくして、僕とお師匠は、戦うことにのみ特化した魔女と相対する。

 魔女は、ファリは、こちらをみて笑っていた。

 余裕がある、というよりも、戦う行為が楽しくて仕方が無いという感じだろうか。ゆらゆらと聞こえない音楽か、それともそよ風にでも身を委ねているかのように、身体を揺らす。

 広がっていた腕が前に向かって、指先が。


「――【赤色魔法式】展開」


 僕に向けられる。

 弟子くん、と叫び声。僕はとっさに柱の影に身を隠した。

 もとい、お師匠に容赦ない力で、蹴られたのだ。

 お師匠は僕を蹴り飛ばしながら、どこからか白い錠剤のようなものを取り出すと、それを足元に叩きつける。直後、お師匠の前方に、半透明の壁が生み出された。

 炎の固まりがぶつかったそれは、一部を液体に変えながら崩れていく。

 あれは……氷だったようだ。

「ふぅん、無音でいけるのか」

「そっちだって、喉がつぶれていてもいけるんじゃないかなぁって、セラは思うけど」

 言いながら、二人は攻撃を繰り返し、それを防ぐ。互いに、僕が知る魔法式を使う場合に口にしている、あの呪文のようなものを口にしない。にもかかわらず、魔法式は使われている。

 どうやらアレは、呪文ではないらしい。

 少なくとも、必ず言わなければいけないものでは、ないようだ。


 あぁ、まだ僕は知らないことが多すぎる。そして実に情けないことだ。柱の影に隠れ、じっとしていることしか出来ないなんて。武器がちゃんと、この手に握られているのに。

 出来ることといえば、騒ぎに気づいてこちらに顔を見せた私兵の存在を、いち早く察知すべく周囲に視線を向けることだけ。幸い、僕という存在は、ファリの眼中にはいないらしい。

 さっき狙ったのも、お師匠を試す意味合いがあったようだ。

 二人の実力は、たぶん互角なんじゃないかと思う。もちろん互いに、本気を出している保証など無い。ファリなんて笑いっぱなしで、とても本気で戦っているようには見えないし。


 お師匠はというと、戦うのはやっぱり苦手なんだろう。唇を横に結んで、どこか苦しそうに立ち回っている。触媒を取り出す手も、だんだんゆっくりになってきた。

 まるで、その残量を確かめるかのように。

 そんなタイミングだった。ファリが一歩前に出て、触媒を投げたのは。お師匠は触媒を出そうとしたらしいけれど、その動きが止まる。目を見開いて、動かなくなってしまう。

 触媒が――なくなったんだ。


「セラ……っ」


 柱から飛び出して、間接が軋むほどに手を伸ばす。

 きょとん、とした顔が僕に迫る。伸ばした腕で彼女を抱き寄せた。ぼすん、と僕の腕の中に納まったお師匠は、やっぱり想像以上に華奢で小さい。僕なんかの腕に、すっぽりと収まる。

 そのまま床をごろんごろんと転がり、別の柱の影まで移動した。

 起き上がった直後に、さっきまでお師匠がいたところに火柱が上がる。

 あぁ、飛び出して抱きついて正解だった。さすがのお師匠も、あの状態で何とかできた可能性は薄いだろう。さすがに、丸焼けになったお師匠は、ちょっとどころではなく遠慮したい。

「お師匠……大丈夫、ですか?」

 僕は腕の中のお師匠の無事を、確かめるように抱きしめる。

 お師匠は動かない。

 僕の服をぎゅっと掴んで、胸に顔をうずめ、じっとしたままだ。

「ずいぶんと甲斐甲斐しい弟子だねぇ」

「……そりゃあ、お師匠はお師匠だし、恩人だ。どうせ僕は戦ったり出来ないわけだし、こうして出来る範囲で守るぐらいはしないと。僕だって、その、男なんだから」


 そう、男なんだから。

 女の子を守るのは至極当然の行為だ。いかにお師匠であろうとも、この腕の中にいるのはれっきとした女の子で、多分年上だから女の人だ。守るのは当然の行為だと、僕は思う。


 そこまで言い切ると、腕の中のお師匠がぴくんと震えた。

「ねぇ、弟子くん」

 ゆっくりと顔を上げて、お師匠がつぶやく。

 息がかかるほど、その綺麗な瞳が僕に迫っていた。頬は少し赤くて、もしかしたら僕の発言に照れてしまったのかもしれない。……それくらい恥ずかしいことを口走った自覚はある。

 どうやってお師匠を元に戻そうか思案しかけた僕は、予想しない言葉を告げられた。

「セラの名前、呼んでほしいな」

「は……い?」

「呼んで、名前。そしたら、セラ、がんばるから」

 もう一度呼んで、とせがまれる。

 乞われるまま、ボクは小さく彼女の名前を呼んだ。セラ、と。だけどお師匠は首をゆるゆると横に振った。まさかフルネームで呼べというのだろうか……でも、僕はそれを知らない。


「……セラはね、セラのほんとーの名前は、セラフィアっていうの」


 セラフィア・スノーホワイト。


 告げられるままに、お師匠の名前を呼ぶ。

 瞬間、彼女は心からうれしそうにふわりと笑って。

「弟子くん、大好き」

 再び、かの魔女の前に立ったのだ。

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