57.異世界より来る巫女
渓谷に到着した次の日の朝。
僕らはさっそく、行動を開始した。
ゼロさんが入手した情報から、アウラがどこにいるのかわかっている。心配だったミーネさんの体調も悪くなく、なおかつルシテアが今にも行動を起こしかねないゆえの強行軍だ。
ルシテアは、アウラが行った成人の儀式の余波――あの体調悪化が収まり次第、すぐさま結婚式を挙げるつもりらしい。その足で、彼を再び王子の座へと座らせる算段のようだ。
そうなると、もうアウラに会うことは難しくなってしまう。
だから、そうなる前に迅速に、コチラは動かなければいけなかった。
幸いだったのは、彼がまだ渓谷に戻ってきたことが知らされていないこと。城に入られていたらさすがにお手上げだったけど、今アウラはルシテアの屋敷だった。
夜は明かりが無いから面倒、ということで真昼間の襲撃に決まり、僕らは軽く朝食をとってから屋敷の傍までこっそりと移動する。何せ、僕とお師匠、ミーネさんは向こうに顔を知られているわけだから、万が一にも見つかったらそこで一発アウトなのだ。
屋敷の入り口が見える場所に身を潜め、作戦会議を始める。
といっても、それはとても単純なものだ。
「わたしとゼロが、表からつっこむのですよ。その間に、こそっとお前らがいくです」
カグヤさんたちが暴れる。つられて敵が現れる。みんなが二人に集中する横を、こっそりと僕とお師匠、そしてミーネさんが入り込む。アウラを探して確保して、屋敷から即逃げる。
……まぁ、実に簡単な内容だ。
まとまって突っ込むよりは、たぶん成功確立も高い。
現に、満足に戦えるのはおそらく、カグヤさんとゼロさんだけだろうし……。
「では……行くですよ」
懐から巾着袋を取り出したカグヤさんは、その中から小石を一つ手のひらに乗せた。それを硬く握り締めて、ゼロさんとほぼ同時に走り出す。少し遅れて、僕らも走った。
屋敷の入り口にたむろする私兵らしき集団に、腕を振るって小石を投げた。
「――【白色魔法式】展開」
つぶやく音。
小石は地面を転がって、光る。
「――来たれや」
ものすごく遠くから聞こえたように感じる声に、石は答えるように光を強める。一瞬目を開けていられないほどにまばゆくなって、収まりながら光は一つの形を作り上げていた。
にょろり、と長い――そして大きいヘビ。
傍にいた私兵数人を長い尾で弾き飛ばして、大蛇は一人、いや一匹で戦いだした。
「ヒメモリは、異世界から何かを呼ぶ力に長けている家系なんだよ。元々いた世界でも、ああやっていろいろと呼んでいたらしい。今もそう呼ばれるが、巫女という役目を請け負っていたそうだよ。時に音にあわせて舞い踊り、時に供物を捧げて何かを呼び、ヒトを守る存在さ」
と、走る速度を落としたゼロさんは笑う。気づけばカグヤさんが隣にいた。
どうやら想像以上に大きなのを呼んでしまったらしく、うかつに近づけなくなってしまったらしい。やりすぎたです、とどこか恥ずかしそうにカグヤさんは言う。
しかし、大蛇はある程度暴れまわると、煙のように跡形も無く消えてしまった。どうも時間切れというヤツらしい。まぁ……入り口はとてもすっきりした。死屍累々ともいうけど。
もう五人固まっているので、そのまま突入する。
さすがにあれだけの騒ぎになったのだから、想像はしていたが――私兵が数十人、鋭利な刃物などを携えて僕らを待ち構えていた。中にはドラゴンの姿になって、牙をむくものもいる。
「さすがに、この数はちょっと面倒なのです」
ばっさばっさと空を舞うドラゴンを見つめ、カグヤさんはぽつりとつぶやく。うん、仮にコレがゲームだったとしたら、プレイヤーとして途方にくれる可能性のある光景だと思う。
しかしこれは現実だし、逃げるコマンドなんてものも存在しない。
「ゼロ」
カグヤさんは傍らにいた、己の使い魔を見上げる。
「お前との契約、内容を変更するです」
「……ほぅ?」
「家に戻ったら……そう、全部くれてやるですよ。だから、このザコを駆逐するです。そのための力を前借りさせろです。多少なら特殊な要求でも、呑んでやらんこともないですよ」
「全部、ね。俺は君に何をもらえるんだろうか」
「すっとぼけんじゃねーです」
ぐい、とカグヤさんはゼロさんの襟を掴んで、ついでに背伸びをした。当然のように二人の唇が合わさって――どこの海外映画だ、と思ってしまうほど濃厚なキスシーンを披露する。
しばらくして離れた二人は、どこから見ても蜜月的な熱々のカップルだ。
「ユニコーンでの逆ハーレムは、お前の為に、諦めてやると言っているのです」
どこか掠れた声でつぶやくカグヤさん。その言葉が予想外だったらしいゼロさんは少し驚いたように目を見開くが、すぐに満面の笑みを零した。僕の隣でお師匠がほほぅ、とつぶやく。
しかし僕には、二人の会話がいまいちわからなかった。
「あのね、ユニコーンは清らかな乙女じゃないと、呼んでもこないの」
「清らか?」
「んとね……直球でもーしわけないけど、要するに男性経験がないってことだよ、うん」
……あぁ、なるほど。
っていうか、そんな種族で構成されたハーレムを諦めるって、つまり。
「さぁ、暴れるですよ――ゼロ」
周囲の同様も他所に、にやりと笑うカグヤさん。その白く細い指を口に入れ、つまみ出したのはかなり大きな無色透明の結晶だった。アレが悪魔との契約で手に入れる、魔石なのか。
それを握り締め、カグヤさんは何かをつぶやく。
ゼロさんはこっちに視線を向けた。
早く行け――と、言っているらしい。
お師匠が真っ先に反応し、僕とミーネさんが続く。
僕らが細い廊下に飛び込んだ直後、背後から屋敷を震わすほどの爆発音が聞こえたけど。
「前だけ向いて、走るんだ。あの二人はね、殺しても死なないからヘーキ」
えぇ、確かにそんな気がします。
少し前を飛ぶ背中に無言で答えながら、僕らは前に進み続けた。