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56.遠き渓谷の国へ

「……わたし、会いたい。アウラに会いたいです」


 次の日に目を覚ましたミーネさんは、お師匠に抱きついて泣きながら言った。それに自分を連れて行けという。奪還については望むところだが、問題はミーネさんの体調について。

 一応、傷もふさがって歩ける程度に回復したとはいえ、今は歩くので精一杯。

 激しく動くなんてできないし……旅なんて、もっての他だ。

 しかし本人がどうしてもいく、と言い張るし、例の連中がもしかしたらまた襲いに来るかもしれないということで、ミーネさんも連れて行くことになった。

 念のために、と更なる魔法式を、丁寧に施していく。さらにお師匠特性の薬効成分を染み込ませたガーゼをまだ痛々しい傷跡に押し当てて、その上から包帯を少しきつく巻きつけた。

 こういうときこそ魔法式、と思いたいところだけど、世の中そう甘くは無い。

 魔法式は傷を確かに治すけどゲームのように簡単にはいかないようで、ミーネさんが負わされたケガの場合は、せいぜい血を止めて傷口をふさぐ程度しか使えないという。


「強すぎる魔法式はね、毒になるんだよ、弟子くん」

 その力に身体が耐えられないの、とお師匠は言う。


 何事も、便利で良い面ばかりではない、ということなんだろう。

 そんなわけで一通りの処置を終えて、動けるようになったミーネさん。しかし彼女には最後の試練がドーンと待ち構えていたのだった。おそらくは、最大にして最強の壁が。

「えっと……これ、飲まないといけないですか?」

 渡された緑色の液体入りコップを見つめ、ミーネさんが尋ねる。

 うん、気持ちはわかるよ……僕だって、さすがに飲もうとは思わない色だから。

 しかしお師匠とカグヤさんは、にっこり笑顔と無表情で飲めの一言。そう、魔法式は傷口こそ何とかしてくれたが、今も彼女が感じているであろう痛みだけは、取り除かないのだ。

「……んん」

 しばらく迷った彼女は、目を閉じて痛み止めを一気に飲み干す。痛み止め、ではあるけど体内に吸収されながら傷口に作用する薬でもあるので、これも治療の一環だったりする。

 包帯やガーゼもあって、万が一に傷口が開いてもすぐに危ないことにはならない。


「はい、どうぞ」

「んぐ……どもっす」

 口直しに果物の果汁で作ったジュースを渡す。一度味見をしたことがあるんだけど、あれはヒトが口にしていい味じゃない。祖母に飲まされたセンブリを思い出させる。

 かろうじて後味はそう引きずらないのだけど、口直しナシにはやはり飲む気がしない。

 うえぇ、とうめくミーネさんを他所に、お師匠はテキパキと準備を進めた。魔法式に使う触媒やらお薬やら。ドラゴン種の『本国』と呼ばれる渓谷は、ここから数日の距離にある。

 だが、ドラゴンに乗れば、一日もかからないそうだ。

 数日かかるのは陸路で、途中で山を一つ二つ越えなければいけないから、とのこと。確かにそれを飛び越えたら、ぐっと早いだろう。問題は、どこでドラゴンを調達するか、だけど。


「そこは俺に任せたまえ」

 と、笑ったのはゼロさんだ。


 カグヤさんが言うには、普段は黒猫の姿をしている彼は、いろんなものに変身することが出来るらしい。ここまで来たのも、彼が変身したドラゴンに乗ってきた、とのこと。

 その他、一目見たならたいていの生き物に変身できるという。相手を深く知れば、個人に姿を似せることも不可能ではない、とのこと。疲れるから余りやりたくないらしいけれど。

 変身能力に長けた悪魔種の中でも、ゼロさんは特に才能があるらしい。


 着替えの類は持たず、奪還作戦に使うものだけを持ち出す。

 僕も例の拳銃と、試作品も含めた弾丸をすべて持っていくことにした。使えるものは何でも使わないと。もう足手まといやお荷物になるのはコリゴリだから。

 最後にお師匠は地下に向かって、しばらく何かを探して、そして戻ってくる。秘蔵の触媒でも取ってきたのかもしれない。やはり危険なものなのか、僕には見せてもくれなかった。

 戸締りをしっかりとして、庭に出る。

 ゼロさんはすでに、巨大なドラゴンに姿を変えていた。


「悪魔種って、ほんとに便利だねー」

「セラにはやらないのです。ゼロはわたしの下僕なのですよ」

「いや、要らないよぅ。セラには弟子くんがいるもん」

 ……僕は下僕と呼ばれる人と同レベルですが、そうですか。

 ほんの少しだけ落ち込みつつ、ドラゴンに変身したゼロさんの背中に乗る。お師匠は僕の服の中に入り込んで、ミーネさんが先頭に。次にカグヤさん、最後尾に僕という順番だ。

 ぐわん、とゼロさんが翼を大きく振るう。

 ゆっくりとその巨体が浮かび、そしてあっという間に空へと舞い上がる。


「渓谷まで、しゅっぱーつ」


 旅行にでも行くんですか、といいたくなるほどの明るいお師匠の声を合図にして、ゼロさんは遠くにかすかに見える山に向き直ると、ぐんぐんスピードを上げながら進んでいった。

 空がかすかに赤みを帯びる時間帯、僕らはついに目的地に到着する。

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