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54.赤色の襲撃

 赤いドレスの女は、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 身長は僕とそう変わらないけど、何ともいえない威圧感があった。まるではるか高いところから見下ろされているようで、近寄られると思わず後ろに下がってしまう。

 彼女にとって、他者のそういう行動は当然なのか、当然のように家へあがりこんだ。

 ファリはというと、一歩下がり、従者よろしくその傍にいる。

「……弟子くん、逆らうとアウトだから、おとなしくね」

 小さな声で囁かれる。

 お師匠はヒトの姿を取って、僕の隣に立っていた。


 けれど何もしなかった。

 ――何もできない、からだ。


 攻撃に転用できる魔法式を、お師匠はほとんど使えない。ましてや相手は二人。こちらは魔法式もロクに使えない弟子、というお荷物つき。とてもじゃないが、勝ち目なんて無い。

 もしお師匠一人だったなら、戦いを挑んだかもしれない。

 でも僕が、僕という足枷が……お師匠の動きを鈍らせてしまう、封じてしまう。


「ねぇ、アウラさまはどこに?」

「……二階で、寝てるけど。今は動かさない方がいいと、セラは思う」

「お前の意見など聞いていないわ。今すぐここにつれてきて」

 さもなきゃ、と目を細める女の姿に、僕はとっさにお師匠の前に立った。

 何も出来ないなら、せめて盾ぐらいには――。

「……ルシテア、か」

 その時、寝ていたはずのアウラが、階段の手すりに縋るようにして姿を見せた。朝より体調は悪化しているようで、手すりのような何かに掴まっていないと床に崩れ落ちそうに思う。

 僕は思わず彼に駆け寄ろうとするが、それよりも赤い女は早く動く。


「アウラさまったら、んふふ……おいたわしいですわ。多種族のメスなどに心を委ねる愚行に手を染めるから、こんなことになりますのよ。あたくしにすべて、委ねてくれていたなら」


 ルシテア、という名前らしい女は、アウラのかなり成長した身体を軽々と支えた。

 どうやらドラゴン種は、ヒトの姿でもそれなりに腕力があるらしい。

 そして判読不能の言葉で何かをつぶやき、アウラはいつかに見たぬいぐるみのような大きさのドラゴンに姿を変える。あれで持ち運ぶ――いや、連れて行くつもりのようだ。

「……お師匠」

「ダメだよ弟子くん。今は、今は」

 悔しそうにつぶやくお師匠は、握った手を細かく振るわせる。

 普段は明るい感情しか出さないお師匠の、初めて目にした『怒り』だった。

「では、ごきげんよう」

 嵐のようにやってきたルシテアは、ファリにアウラを抱かせると赤いドラゴンになる。その背に魔女が乗ったのを確認すると、こちらには一瞥もくれないまま、大空へと舞い上がった。


「弟子くん、ミーネを!」


 お師匠は直後に家の奥へと走っていって、僕はミーネさんの元に向かう。

 彼女を抱き起こすと、かすかにだけど胸が上下しているのがわかった。だけど同時に、横腹を大きくえぐる、その傷口も目にしてしまう。そこからは、絶えず赤い血が溢れ続けていた。

 狩り、とルシテアは言った。

 きっと彼女は森の中で、ミーネさんを見かけたんだろう。ファリをここに降ろして、森に戻って彼女を追いかけ――こうして傷つけた。アウラが、必死に守ろうとしていた彼女を。

「ミーネさん、しっかりしてください……」

 呼びかけるが返事は無い。


 専門知識が無くても言い切れる。

 ――このままだと、危ない。


 お師匠はたぶん、治癒の魔法式の触媒を探しにいったんだと思う。それこそが、お師匠の得意分野。こんな辺鄙なところに住んでいても、それなりに食べていけるのも、そのおかげ。

 お師匠が作る触媒と、紡ぐ魔法式があれば……こんなケガ、なんてことは無いはずだ。

 だけど、だけど。

「あ、うら……あう、ら」

 焦点の合わない目を薄く開いて、ここにいない彼を呼ぶ声。ただでさえ細い声は、つぶやくごとに小さくなっていく。それはまるで、命の火が消えていくかのようで。


 でも僕は……何も出来ない。

 魔女の弟子なのに何も、何もしてあげられない。こうして抱き起こし、手を握って声をかけてあげることしか出来ない。あぁ、どうして彼女についていかなかったんだ。

 一人で大丈夫だと、笑顔で森に出かけた姿を思い、歯を食いしばる。


「――ベストタイミングなのです」


 そんな時だった。

 聞き覚えの無い声が、響いたのは。


「本国在住のクソゴラゴン共は、これだから気に入らないのです。人間の貴族なんぞよりよっぽどの害悪です。準備さえしていれば、八つ裂きにして触媒の材料にしてやったものを」

「まぁまぁ、落ち着きたまえ」

「未成人の分際で男をとっかえひっかえのクソビッチ、どうなろうとも利権が絡んだアホンダラ以外誰も気にしないのです。あの手のオンナを手篭めにし、精神をぶっ壊しては立て直すという『プレイ』がお好みの殿方などに、高値で売りつけるのも悪くない気がするです」

「……君は本当に女の子かね」

「ユニコーンで逆ハーレム作れる自信のある程度に、超清らかな純潔乙女ですが何か」

 などと言い合いながらやってくる少女、そして青年。青年は町などで見かける、ごく普通の成人男性といった格好だが、少女の方は……少し懐かしい格好をしていた。

 和服、だった。

 長い黒髪を綺麗に結った、和服――というより、大正の雰囲気漂う衣服の少女。

「え?」

 そこにお師匠が、触媒らしきものを抱えて飛び出してきた。

 二人――いや、少女の方を見て、カグヤ、とつぶやく声がする。


「久しぶりなのです、セラ。死ぬほどヒマなので、わざわざ遊びに来てやったですよ」


 少女は少しだけ笑って、すぐに笑みを消す。

 そして僕の前にやってくると、ミーネさんの傷口に指先をかざした。

 ミーネさんがかすかにうめき、あれほど溢れていた血が止まっていく。次に懐から取り出した透明な結晶をいくつか傷口にねじ込んだかと思うと、次々と魔法式を展開していく。


 あぁ、どうやら何とかしてくれるらしい――と、思ったが最後。

 弟子くん、とお師匠が叫ぶ中、僕はようやく薄れていた意識を放り出した。

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