51.関係変化
朝は実に気持ちがいい。
僕はさっと顔を洗ってから外に出て、軽く身体を動かしていた。この辺りは気候が程よい地域らしく、実にすごしやすい。たまに四季が恋しいのは、僕が日本人だからだろうか。
もう少し身体を動かしてから、朝食を作ろうか。
確か畑にレタスなどが実っているから、あれをサラダにしよう。
パンとサラダと、ソーセージでいいだろうか。スープは無くてもいいだろう。
頭の中にあるレシピ帳。そのドレッシングのページをぱらぱらとめくる。薄く雲に覆われた空に昇る太陽に、思わず目を細めた瞬間。――背後にある扉が、ゆっくりと動く音がした。
「……おはよう」
「おはようござい、ま――」
振り返った先には、見知らぬ少年がいた。
「あの……どちらさまですか」
おかしいな。
このアトリエには、子供が一人に一人。
そして僕とお師匠しか、ここにはいないはずなのに。
でも、目の前には少年がいる。僕がわずかに視線を上げないと目が合わない、要するに僕よりも身長が高い少年が。そんなバカな。いったいどこから。寝起きの頭が見せる幻か。
それにしても、綺麗な黒髪に黒い瞳だ。
漆器のような黒は、思わず見ほれるほどに深い。
「……なんだよ、ニンゲン」
気も悪い、と顔をしかめながら放たれた声に、僕の意識は一気に現実へと戻る。
今の声に口調となると、僕には一人しか思いつかない。
「アウラ?」
「そうだよ……」
ふわぁ、とあくびを漏らす少年改めアウラ。
確か逆鱗をはがしたのは、昨日だったような気が。
思った以上にぐんぐん成長していく。このペースで平均一週間前後となると、確実に成人男性といって差し支えない大きさになるだろう。実にうらやましいことだ。
というか、この世界は見た目と年齢が合わないヒトが多すぎる。
お師匠なんて年齢不詳だし。
……たぶん年上だと思うんだけども。
「はよーっす……ふわぁ」
どこかで聞いた声とあくびを漏らしつつ、トテトテと階段を降りてくるのは、すでに普段着へと着替えを終了させたミーネさんだ。ちなみに寝巻き姿は見たことが無い。
お師匠の普段の格好を見る限り、寝巻きに関しては元の世界とさほど変わらないようだ。
彼女のことだから、たぶんお師匠と同じくごくごく普通の感じだろう。
あの二人はよくファッション話で盛り上がっているから、好みも似ているはずだ。
「ミーネさんおはよ――」
「……っ」
僕が挨拶すると、ミーネさんは脱兎のごとく逃げ出した。……いや、僕は特に何もしていないはずだし、こんな時間に見えてはいけない類の何かが見えた、なんてサプライズもない。
だとすると原因は、まぁ……彼しかいない、ということで。
ちらり、と見上げた先には、不機嫌そうにむすっとしたアウラ。自分が原因なのはさすがにわかったらしい。……いや、多分何かしら、思い当たるフシがあるんだろう。
「……何したの?」
「別に」
もっとも、答えてくれるはずも無く。
アウラはミーネさんが逃げ去った方へ、早歩きで向かっていった。
あぁ、彼女のこれからに幸がありますように。