5.開く、かもしれない
お師匠の家には地下がある。
人を殴り殺せそうなほど大きな錠前が、十個ほどついた扉の向こうに。
何が恐ろしいって、そこには鍵穴が存在しないんだ。穴がない、鈍器として運用可能な錠前だけが、十個ぐらいずらりと並んでいる奇妙な扉だ。はっきり言って意味がわからない。
飾りかと思ってたたいたら、向こう側へ音が響いていた。
扉の向こうが、空洞になっている証だ。
なぜ地下とわかるかというと、あの扉と錠前の意味を尋ねたことがあるから。
「あそこはね、セラの師匠のけんきゅーしつなの。それから書庫ね」
という、意外な言葉が返ってきた。
「あの人は昔、【古魔法】っていう魔法式を研究しててね。あの扉の向こうで、その実験をしてたみたいなんだ。って言っても、そのころのセラは学校にいたから知らないんだけどね」
あはは、と笑うお師匠。
お師匠の師は、ここで研究に明け暮れていたそうだ。
そしてある日――ぽっくりと、なくなってしまったんだという。彼――男性だったらしいその師の弟子はお師匠だけで、彼が遺したものはすべてお師匠が相続することになった。
身内はいたかもしれないけれど、魔法使いでなければ使い道がないものも多かったという。
その中に、この家があった。
地下の、研究室があった。
一人の魔法使い――魔法師が、理想を抱いて追い求めた研究が残る場所が。
「でもね、師匠が研究してた【古魔法】って理論が文献にもほとんど残ってなくてさ、不安定ですっごく危ないんだよね。だから弟子くんも、不用意に地下に入っちゃ駄目だよ」
「はい」
「魔法のせいで空間とかねじれててさ……いや、多分意図的に捻ってるんだろうけど。ありえない広さだったりするんだよ。シロウトさんは迷うだろうし、そうなると一発アウトかもね」
と、少し怖いことを言ってから。
「魔法のお勉強が進んだら、案内してあげるね」
なんて、お師匠は笑った。
つまりお師匠は、あの部屋を使っているということなのか。
「そだよ。本当の本当に危険なじっけんとか書物は、みんなそこに収めてあるの」
「へぇ……」
「いくら弟子くんがゆーしゅーでもね、セラは危険な薬品とかを弟子くんがうっかり触らないように気をつけているわけー。いい子でしょ? セラはいいおししょーさんでしょ?」
「えぇ、僕にはもったいないぐらいですよ」
小さな頭を指先でなでる。
お師匠はうれしそうに目を細めて、もっともっと、と僕に擦り寄った。
あぁ、かわいい。
「弟子くんがもっともーっとすごい魔法使いになったらね、一緒に書庫で本を読もうね」
と、お師匠は笑っているけど、悲しいことに僕が誇れるのは知識の記憶力だけ。魔法の方は本当に初歩の初歩の初歩しか使えない。ひらがなの『し』とか『つ』だけ書ける感じだ。
普通、こういうシチュエーションの場合、何らかの要因で天才的な才能を授かってもいいとおもうんだけれど、あいにくと話す言葉を理解するだけにとどまっている。
……当分開く気がしないとは、ご機嫌なお師匠には言えなかった。