49.アウラの告白
――なんでこんなことになったんだろう。
かすかに聞こえた、ミーネさんの震えたつぶやき。
家の影、畑の傍でひざを抱えている彼女。
泣いているのか、と思ったけど、どうやら違うらしい。ひざを抱えて、ブツブツと何かを罵倒するようにつぶやいている。僕は一度、家の中に戻ってあるものを手に彼女の前に出た。
「あ……弟子さん」
「おつかれさま、ミーネさん」
どうぞ、と差し出すのは簡単につまめるお菓子だ。クッキーのような感じで、お師匠がせっせと朝から作っていたもの。それから少し大きめのカップに入れた、ほこほこの紅茶。
それを受け取って、ミーネさんはふうふうと息を吹きかける。
どうやら猫舌な方らしい。
「あ、そうだ。逆鱗、ちゃんと見つかったんですよね」
「……はい」
「でも、まだ?」
こくん、と無言でうなづく。
昨日の夕方、ついに探していた例の逆鱗が見つかった。後はそれを、ミーネさんが丁寧にはがすだけなのだが、なぜかその場所がわかるようにマーキングするだけで終わっている。
アウラは、ずっとドラゴンの姿でいるのに疲れたのか、まだ眠っているようだ。
お師匠曰く逆鱗をはがした場合、数日から長ければ数週間ほど、微熱で寝込むような感じになってしまうという。その間に一気に成長してしまうのだと、書物に書かれているそうだ。
ヒトの姿の変化が特に激しく、書物の通りなら――目を覚ましたアウラは、間違いなくこのアトリエにいる誰よりも大きくなるだろう、とのこと。一般的な成人男性は確定、だそうだ。
それも、彼女がためらう一因だろう。
今まで自分より小さかったのに、ほんの数日で別人のように成長をする。
子供だったのに、大人になってしまう。
「べ、別に成長するなってわけじゃないんですよ? ただ、あいつは……その」
わたしに、とミーネさんは言葉を濁す。
二人の間で言いにくいこと、といえば僕は一つしか思い至らない。とはいえ、それを僕の口から告げてしまっていいものかどうか。あくまでも僕は、部外者でしかないのだから。
「どうすれば……いいんでしょうね。わかんないっすよ」
「求婚の、こと?」
「だってわたし、もう『大人』ですし……アウラも、『大人』になっちゃったら、もう子供だからダメっていう便利な理由が、使えないじゃないっすか。逃げ道、なくなっちゃった」
ひざを抱えて、ため息を一つ。
その息は、少しだけ震えているように聞こえた。
「アウラに言われたんです。答えは……起きたら聞くからって。何があっても俺が守ってやるから結婚してくれって。今までは、結婚しろっていってたくせに、まだ大人じゃないくせに」
あはは、と笑ってから、ミーネさんは立ち上がる。
空元気という感じの笑みだけど、最初よりは明るくなった気がする。
僕は何も出来ないけど、少しでも何かの役に立てたなら幸いだ。
「わかってるっすよ。わたしが選ばなきゃいけないのは……」
そして、彼女は家の中に戻っていく。まだ十三歳という年齢を知っているのだけど、その後姿がどこと無く僕よりも大人びて見えて、彼女もちゃんと『大人』になっていると感じる。
その夜ミーネさんは、僕やお師匠が寝静まった頃合に、逆鱗をはがした。