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45.おさげのあの娘は俺の嫁

「弟子くん、セラはね、何かあったら拾ってもいいって確かに言ったよ?」


 でもね、とお師匠は呆れ気味に続けた。

「子供を拾ってくるなんて……セラ、どこで育て方間違えたのかなぁ」

「拾ったというより、救助ですけどね」

「そういえば、そうとも言うよね」

 いや、そうとしか言わないでしょう、という気力も無く。

 僕は口を閉ざして手を動かした。お師匠もしゃべってはいるものの、その手はすばやく薬品などを測ってはガラス容器に入れるという、【緑色魔法式】の触媒調合作業を続けている。

 材料のほとんどは草や粉類で、キノコを干したようなものも入っている。そこに、たぶん蒸留水的なものや、青や緑系の各種薬品、そして青の魔素を慎重に注ぐ。


 件の子供は、現在リビングに寝かせたまま。

 家まで背負って戻ったけれど、未だに意識を取り戻さない。


 お師匠の見立てでは、軽く気を失っているだけだろーね、とのこと。とはいえ、念のためにいろいろと処置だけは施したい、と。なので急いで、各種魔法式用の触媒を用意していた。

 基本、お師匠クラスの魔法使いとなると、簡単な魔法でも専用の触媒レシピを持つ。術者の体質やらに徹底的に合わせた、まさにオーダーメイドっていう感じだ。

 薬は種族によって、合ったり合わなかったり毒になったり、と厄介だという。子供の種族がわからない以上、うかつな処置は出来ない。どの種族でも効能がある、魔法が最適だった。


「最近は混血種も多いっていうし、本業のお医者さんもさ、大変なんだって」


 顧客に医者が多いお師匠は、ごり、と容器の中をかき混ぜながら言う。さっと混ぜたら火の上において、軽く湯気が出る程度まで沸騰させる。材料を溶かしつつ、そして煮出すためだ。

 お師匠はひとまず子供の様子を見に向かい、僕はその間に次の作業の準備をする。

 と、そこにお師匠が戻ってきた。

 早いということは……つまり、変化無し、ということなんだろう。

「んー、まだ目を覚まさない感じ」

「そうですか……」

「もしかしたら、どこか大きな町の大きな医院に連れて行かなきゃかもね。もしも頭とか打ってたら、さすがのセラでもどーしようもないし。出来るだけはするけど……覚悟しなきゃ」

 いつに無く暗い面持ちでお師匠はつぶやき、続きの作業を始めた。

 沸騰し、煮出した時点で触媒は完成している。

 後は専用の紙を使ってろ過して、液体とそれ以外を分離し、冷やすだけ。

 冷やしていくとだんだんとねっとりとしてきて、触媒は水あめのような硬さになった。どうやら魔素の中に、そういう風になる効果があるらしい。確かに固形の方が使いやすいだろう。


「よーし。こんなもんかな」

 いつもの大きさになったお師匠は、出来上がった触媒を抱えて飛んでいく。僕は火を消すなどの後片付けをしてから、作り置きの軽い外傷用魔法式の触媒を手にリビングに向かった。

 さっきまで作っていたのは、身体に残っているであろうダメージの類を、出来るだけ軽くするための魔法式。それに用いる専用の触媒だ。今回のような意識が戻らない場合に使う。

 触媒調合を主にする魔女であるお師匠自慢の、青と緑の混色触媒だ。


「――【混色魔法式】展開」


 触媒を子供の身体の上におき、お師匠が小さくつぶやく。

 暖かい空気が、室内にじわりと満ちていくのが肌でわかった。

 お師匠の魔力が、魔術式へと変換されている。触媒をエネルギーに、設計図に、一つの形へと収まって。そしてつぼみが花開くように、ゆっくりと展開されていった。

 溶けるように触媒が消えて、お師匠は。

「……んー、こんなもんかな」

 と、僕を振り返って笑った。


 それから二人で、あちこちについている傷に触媒を塗りこむ。これは薬としても使えるものなので、肌に塗っても害は無い。このままでもいいのだが、魔法式を使ってすぐに治す。

「擦り傷はさ、お風呂とかでシミシミして痛いよね」

 ぱんぱん、とお師匠は軽く手を叩いた。ああやって手を叩くのは、お師匠が師から教わったおまじないのようなものらしい。音と行為で、自分の意識をパっと切り替えるんだとか。

 その後、テキパキと処置を施し、ついでに服を脱がしたり。あちこち穴が開いてしまっていたので、お師匠がさっと繕ってあげるらしい。その間、僕の服を代わりにに着せておく。

「う……」

「お、やっと気づいたね」

 一通り作業が終わった頃、子供はようやく声を発した。

 少し目を開いて、わずかに身体を動かす。

 どうやらうまくいったらしい。

「やぁやぁ、はじめましてなのかな? セラはセラだよ。迷いの森の、魔女のセラ」

「……知ってる」

 と、子供は目の前に浮かんでいるお師匠を見て言い、次になぜか僕を思いっきり睨んだ。

 しかし見ず知らずの子供に、そんな憎悪のこもった目を向けられる覚えは無い。そもそも子供との接点自体が薄い。ハルがいなくなってからは、ほぼお師匠との二人暮し二人っきりだ。

 こんな風に睨まれるようなことを……僕は、誰かにしただろうか。 

 必死に記憶を掘り返すものの、やっぱり思い至るふしがない。


「いいかニンゲン!」

「は、はい」


 あまりに強い口調に、僕は思わず返事をしていた。

 子供はソファーから降りて、僕の前にしっかりと立っている。さっきまで、ゆすっても声をかけても反応すらなかったとは思えないほど、今の彼はすべてにおいてしっかりしていた。

 すぅ、と深呼吸するように息を吸い込んだ子供は。


「ミーネは、アイツは、この俺様のヨメなんだからなっ!」


 絶対にやらないんだからな、と、なぜか僕に向かって叫ぶ。

 ……なぜ、そんな言葉を言われなきゃいけないのか、誰か教えてください。

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